表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/6

鏡のメンバー

さやかが交流会に現れなくなったのは、ある水曜日の夜からだった。


最初は体調かもしれないと思った。翌週も来なかった。静香はチャットでメッセージを送った。「最近見かけないけど、大丈夫ですか」。


返信が来たのは三日後だった。


「心配してくれてありがとうございます。


実は少し前に碧さんの個別セッションを受けて、その後から眠れなくて、会社も休んでしまって。


静香さんがセッションを受けたって話してくれてたから、私も申し込んでみたんです。


碧さんのことは好きだし、責めているわけじゃないけど……しばらく休みます」


静香は画面を閉じた。


しばらく動けなかった。




翌日、もう一度そのメッセージを読んだ。


静香さんがセッションを受けたって話してくれてたから。


自分がさやかに話した記憶はある。


あのセッションが良かった、碧さんはちゃんと聞いてくれる、と言った。


勧めたつもりはなかった。ただ話しただけだった。


でもさやかには、それが十分だった。


静香はサロンのチャット履歴を遡った。


さやかとのやり取りが並んでいた。碧の言葉の引用、問い、相槌。


スクロールするほどに、さやかがいつも同じ形で問いを立てていたことに気づいた。


「碧さんがこう言っていたから、こうすれば変われますか」


「セッションを受けたら、何か変わりましたか」


変えてもらえる、という前提が、いつもそこにあった。


静香はそれに気づいていたか。気づいていたかもしれない。


でも何も言わなかった。それどころか、頼られていると感じて、温かい気持ちになっていた。


さやかが頼ってくれることが、素直に嬉しかった。


もっと聞いて欲しかった、頼ってくれることに価値を感じていたのかもしれない。


その考えが浮かんで、静香はまた画面を閉じた。




責めているわけじゃないけど、という一文を、静香は何度も読んだ。


さやかは碧を責めていない、と書いている。


でもその言葉は、助けてくれないという気持ちを押し込めているように見えた。


それはかつての自分に似ていた。


松田に怒ったとき、「松田には分からない」と言いながら、本当は何かを押し込めていた。




静香は碧にメッセージを送った。


さやかのことを簡単に説明して、


「私が何か言ってしまったのかもしれません。碧さんは何か感じていましたか」と書いた。


送ってから、自分が何を求めているのか分からなかった。


謝罪してほしい?違う気がする。


それとも、あなたのせいではないと許されたいのか。


答えを求めているのはわかった。




返信が来たのは翌日だった。


「それは、静香さんにとってどういう意味がありますか。」


それだけだった。


静香はその言葉を何度も読んだ。


碧は逃げているのか。


それとも本当のことを言っているのか。


答えは私の中にあるのか——それも碧さんの言葉なのか、私から出てきたのかわからない。


ふと、33,333円のことが頭をよぎった。


あの金額は、何への対価だったのか。


使命に向かうための投資、と思っていた。


でも今、その言葉が少し遠かった。


ただ答えを聞きたくて払っただけではなかったか。


両方かもしれない、と思った。


碧の言葉はたぶん正しいのだろう。


でも静香が感じていることは、静香のものだ。


問いを問いで返すのは、答えは私しか出せないということなのか。


碧は誠実でない気もする、考えれば考えるほど、嫌なものが出てくる気がした。




その夜、静香は松田とのことを思い出した。


構造だけ見て判断するな、と怒った。


エビデンスで人の気持ちは測れない、とも言った。


でも静香は、ずっとジャッジしていた。


松田のことを「分からない人」と決めつけていた。


さやかのことを「まだそこまで来ていない」と思っていた。


新しいメンバーの疑問を「成長途中だから」と流していた。


全部受け入れる風で、何も受け入れていなかった。




松田が静香のこと、碧のことをジャッジしていると怒った。


でも静香がしていたことも、同じだったのかもしれない。


いや、もっと巧妙だったかもしれない。


松田は少なくとも、素直に考えていたことを言っていたと感じる。


私は素直に受け取ってはいなかった。


静香は、優しい顔をしながら、人を格付けしていた。


そんなことを考え始めると、胸が重くなった。


そんな思考を止めたい、そう願った。






さやかへの返信を何度か書いては消した。


「大変でしたね」は違う。


「碧さんのせいじゃないと思います」も違う。


「私も話してしまってごめんなさい」も、何かがずれている。


結局、こう書いた。


「ゆっくり休んでください。また話せる時に」


送ってから、これでよかったのか分からなかった。


でも他に言える言葉が、今の静香にはなかった。




返信は来なかったが、しばらくして通知は来た。


さやかがサロンを退会しました、と。


静香は画面を見た。それから、そっと置いた。


「ため息が出ちゃう」


実際は出ていないが、静香はそう呟いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ