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エリスの「仕方ありませんね」という言葉が落ち着いた応接室に静かに響いた。
それは、彼の言葉を完全に肯定するものではなかったが、明確な拒絶でもなかった。
アドリアンは、その微妙な返答を噛みしめるように、じっと彼女を見つめる。
「……つまり、お前はまだ俺に対して答えを出していない、ということか?」
エリスは、少し考え込んでから、頷いた。
「ええ。私にはまだ、恋がどういうものかがわかりません」
「それなら……お前は、俺に対して何かを感じるか?」
エリスは、扇を指先で軽くたたきながら、ふと視線を床へ落とした。
「……殿下がレイナ嬢を選べば、私は王太子妃の立場から解放されるはずでした。でも、そうなると、この苦行……恋愛について学ぶことも必要なくなると思ったのに……」
アドリアンは、微かに眉を寄せた。
「それが、気になるのか?」
「……ええ。私は、本当に婚約が解消されるのであれば、それでよかったはずなのに。そう簡単にすべてを終わらせるのは、なんだか納得がいかない気がしてきました」
エリスはゆっくりと彼を見上げた。
「殿下が、私ではなく他の令嬢を選ばれる可能性が出たとき、私はどうして『それはおかしい』と思ったのでしょう?」
アドリアンの心臓が、妙な高鳴りを見せた。
——それは、お前がもう答えに近づいているからではないのか?
けれど、それを言葉にするのはまだ早い。彼女は今、自分自身の気持ちを探している最中なのだから。
アドリアンは、ゆっくりと息を吐いた。
「……お前が答えを出すのを待つことはできる。でも、俺はもう決めた」
エリスは、じっと彼を見つめる。
「……殿下の出した答えを、お聞きしても?」
アドリアンは静かに椅子から立ち上がり、彼女を見下ろした。
「エリス、俺はお前を手放さない」
彼の低い声が、夜の静寂に溶ける。
エリスは、思わず指先を強く握る。
彼の言葉は、また恋愛小説に出てくるようなものだった。でも、それは本の中の台詞ではなく、目の前のアドリアンが、自分のために口にした言葉だった。
「……また先を越されましたわね」
エリスは小さく息を吐く。
アドリアンは、わずかに笑った。
「悪いが、こればかりは譲れない」
エリスは、初めて彼を「王太子」ではなく、一人の人間として見つめた気がした。
「……では、私ももう少し考えてみますわ」
そう言って微笑む彼女を見て、アドリアンは確信した。
——もう、あと少しだ。
彼女が答えを出すまで、待つつもりではいた。
けれど、きっとその答えは——彼にとって望ましいものになるはずだと、今はただ、そう信じていた。




