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王宮の会議室では、重臣たちが静かに議論を交わしていた。
「殿下、エリス様との婚約が保留となった以上、婚約者の席を安定させるために他の令嬢を視野に入れてみるのも一案かと存じます」
ある重臣が慎重な口調で提案すると、周囲の貴族たちが軽く頷く。
「殿下は、未だにエリス様へのお気持ちを明言されておりませんし、他の選択肢を考えることは決して悪いことではありません」
「もしかしたら、あっさり恋が芽生えるかもしれませんぞ?」
冗談めかした笑いが起こる。
アドリアンはその場にいたが、微動だにせず彼らの言葉を聞いていた。そして、すっと視線を上げ、明確に言い放つ。
「それはありえない」
会議室に、一瞬の静寂が訪れる。
「……殿下?」
「俺の婚約者はエリスだ。たとえ今、距離を置いているとしても、それはこの関係を見つめ直すための時間にすぎない。他の令嬢を婚約者の候補にするつもりはない」
静かながら、確固たる意思を持った言葉だった。
重臣たちは顔を見合わせたが、アドリアンの眼差しに揺るぎがないことを悟り、無理に押し通すことはできなかった。
「……かしこまりました、殿下」
議題はそこで終了となり、会議は別の方向へと進んでいった。
***
その日の夕方、アドリアンが政務を終えた頃、近衛騎士ルイスが気楽な足取りでやってきた。
「殿下、さきほどの会議、なかなか興味深かったですねぇ」
アドリアンは書類に目を落としたまま、軽くため息をつく。
「お前、またどこかで聞き耳を立てていたな」
ルイスはにやりと笑いながら、机の端に手を置いた。
「しかし、あれだけ堂々と『他の令嬢はありえない』と断言するとは……いやはや、驚きましたよ」
「何が言いたい」
「いえね、殿下はエリス様へのお気持ちをまだはっきり自覚されていないご様子ですが……他の令嬢の話が出た途端、即座に否定するあたり、もう答えは出ているんじゃないですか?」
アドリアンは軽く眉をひそめた。
「それは違う。ただ、俺にとってエリス以上の婚約者は考えられない。それだけだ」
「へぇ、それだけ……?」
ルイスのにやにやした表情に、アドリアンは何とも言えない気分になった。
「なんでですかねぇ?」
「……」
「どうして他の令嬢では駄目なんでしょう? もしかして、エリス様が戻ってこなかったら?」
「それは……」
言葉に詰まる。
エリスが王宮を離れて以来、彼の中にあったのは「いないことへの違和感」だった。彼女がいた頃の王宮は、ただ当然のものだったのに、今はどこか満たされないものがある。
それは、彼女の役割を誰かに置き換えれば済むものなのか?
——違う。
彼は、彼女自身を求めているのではないか?
「……俺は、まだ答えを出せていない」
それが、今の彼の正直な気持ちだった。
ルイスは「なるほど」と笑いながら肩をすくめた。
「では、もう少しお考えになられるといいでしょう。ただ……」
アドリアンが怪訝な顔をすると、ルイスはさらににやりと笑った。
「エリス様のほうが先に答えを出してしまうかもしれませんよ?」
アドリアンは、なぜかその言葉に心がざわついた。
エリスが、もし先に「私は殿下に未練はありません」と結論を出してしまったら?
それは、思っていた以上に、受け入れがたい未来だった。




