第30話:そして新しい目標へ:クロスロード③
6月中旬の金曜日、夕方6時。あのカフェ「クロスロード」。窓際のいつもの席に三人が座っている。
「やっと会えましたね」陽が嬉しそうに言う。「今日の日を、楽しみにしていました」
「私も」香織が微笑む。「ずっと楽しみで」
「僕もです」翔が頷く。「三ヶ月ぶりですね」
三人は——温かい空気に包まれる。約束通り、この日を迎えることができた。それだけで、心が満たされる。
「じゃあ、近況報告しましょうか」翔が笑顔で言う。「この3ヶ月、色々ありましたからね」
すると雨が降ってきた。かなり強くて直ぐに止みそうにはない。
香織が言う「この雨、最初に会ったときのようですね」
翔が言う。「あの時と同じように雨が止むまで帰れなそうですから、ゆっくり話せそうですね」
陽が頷く。「そうですね。では私から話していいですか?」
「どうぞ」香織と翔が促す。
陽は——少し恥ずかしそうに、でも嬉しそうに話し始める。「この3ヶ月で——世界が、違って見えるようになりました」
「世界が?」香織が興味深そうに聞く。
「はい」陽が頷く。「グリーンテックの案件、2回目の提案が無事に通って、本格導入が決まりました。プレゼンの時も——以前ほど緊張しなくなって。クライアントの顔をちゃんと見て、話ができるようになったんです。そしたら——相手の反応が見えるようになって。『あ、今ピンと来てない』とか、『ここは興味持ってくれてる』とか」
翔が感心したように頷く。「それはすごい成長だね」
陽が微笑む。「振り返れば——ただ、他の二人が当たり前にできていることを、私もできるようになっただけなんです。自分のことを気にし過ぎない。人の目を見て話す。相手の反応を見る。当たり前のこと。でも——私にとっては、心の檻から解放されたことなんです」
「心の檻——」香織が静かに繰り返す。
「はい」陽が頷く。「周りから良い人と思われたい、嫌われたくないという檻。自分がどう思われているかだけを気にしすぎて、目の前の人を見られなかった。でも今は見ることができている——確実に成長してる。次の目標は……」陽が少し恥ずかしそうに笑う。「好き嫌いをせずに、誰にでも優しく接すること。実は——苦手なタイプの人には、まだ距離を置いちゃうんです。でも、それも少しずつ変えていきたい」
翔が笑顔で言う。「素晴らしい目標ですね」
そして翔が話し始める。「僕も——陽さんと同じで世界が違って見えるようになりました。チームの成績は順調、8位から7位、5位と上がってきているし、残業も減った。でも一番大きいのは——部下たちの表情が見えるようになったこと」
「表情?」陽が聞く。
「以前は——数字しか見てなかった。目標達成率、売上、利益。そしてメールの文面。でも今は——大塚が嬉しそうに報告する顔とか、野村が若手を励ましてる姿とか、そういうのが見えるようになって。それが——何より嬉しいんです」
香織が微笑む。「素敵ですね」
翔が続ける。「僕も他の人が普通に出来ていることを、できるようになっただけ。定時に帰る。全部自分でやらずに信頼して任せる。人を見る。育てる。当たり前のこと。でも——僕にとっては、競争心という檻から解放されたことなんです。確実に成長してる。次の目標は……競争だけじゃなく、協力するという意識を、チームの外にも広げること。他部署とか、他社とか。まだ『勝ちたい』って思っちゃうけど、『一緒に成長したい』って思えるようになりたい」
陽が深く頷く。「翔さん、素敵な目標ですね」
香織が話し始める。「私もAIを怖がらなくなることが出来て、なんだか生まれ変わったような気分です。お二人に最初に会ったときはAI恐怖症だったことが嘘みたいです」
香織は続ける。
「AIを怖がっているときは、どうしよう、どうしようと思うだけで、思考が前に進みませんでした。でも、AIに恐怖を感じなくなってきてからは、AIを使って、もっと理解しようとか、そういう前向きな思考に変わったんです。それにあれだけ脅威に感じていた新人の子に対しても、自分が教えらることがあると気づいて、そして一緒に成果を出そうという仲間になりました」
陽が嬉しそうに頷く。「それは本当に良い変化ですね」
香織が微笑む。「私にとっては、自分の居場所がなくなるという不安というから解放されたことなんだと思います。お二人ともそういう不安はなかったから当然のことかもしれませんが、私にとっては大きなことで確実に成長してる。次の目標は……リーダーシップを発揮すること。プロジェクトリーダーになったけど、まだまだ苦手で推進力が足りないと感じている。自分で決断して、チームを引っ張る力をつけたい」
翔が頷く。「香織さんなら、きっとできるよ」
三人は——静かに微笑み合う。
陽が言う。「不思議ですね。他の人から見たら——自然に出来ていること。でも自分は、何故か捉われて出来なかった。そして、今、出来るようになった。周りからは大したことには思えないかもしれないけど、でも、私たちにとっては、大きな一歩で」
翔が頷く。「そう。当たり前のことができるようになっただけ。でも——その『当たり前』が、こんなに難しかったんだって、今なら分かる」
香織が微笑む。「そして——その『当たり前』ができるようになった自分が、確実に成長してるって実感できる。それが、何より嬉しい」
陽が嬉しそうに言う。「これからも——三人で、焦らず成長していきましょう」
「焦らず——」翔が繰り返す。「いい言葉だね」
「ゆっくりでいい」香織が続ける。「一歩ずつでいい。でも——確実に、前に」
三人が笑顔で頷き合う。
その時——。
窓の外で、雨音が弱まってきた。小雨になり、やがて——雨が止む。
翔が窓の外を見る。「雨、止みましたね」
陽が頷く。「本当だ。帰れますね」
香織も頷く——でも、動かない。陽も、翔も、動かない。
三人は——微笑み合う。
「もう少し、ここにいませんか?」香織が言う。
「そうですね」陽が笑顔で答える。「もう少し、お話ししたい」
「ええ」翔が頷く。「まだ時間もあるし」
3人は頷き、陽が明るく話し始める「それでグリーンテックのプレゼンのとき50人もの人が頷いてくれたときは本当にびっくりして…」
窓の外。雨上がりの街並みは一際、輝いていた。
お読み頂きありがとうございました。
人は知らず知らずのうちに檻に囚われてしまっている、そういうことは多いと思います。
あなたの心の檻はなんですか?
そしてその檻を開ける鍵は、意外にも近くにあるかもしれません。




