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第23話:AIに助けられ、そして奪われていく:花岡香織⑦

火曜日の午前、人事部の給湯室。


同僚の川原が香織に声をかける。「花岡さん、新人指導計画書、読みましたよ。すごくわかりやすかったです」


香織は驚く。「本当ですか?」


「はい。ピープルアナリティクスもタレントマネジメントも、あんなに分かりやすく説明できるなんて。どうやって勉強されたんですか?」


香織の心に一瞬、葛藤が生まれる。自分で勉強したと言えば、「すごい人」だと思われる。AIのお陰だと正直に言わなくても…。


でも——。


陽の言葉が頭をよぎる。「SNSの世界は共有が基本なんです。自分で独占しようとせずに、気づきはどんどんと発信する。そうすると、逆に自分の価値が高まるんです。知識は、出せば出すほど増えるものなんですよね」


香織は決断する。正直に言おう。「実は、AIに聞きながら纏めたんです」


川原が驚いた表情をする。「AI...ですか?」


「はい。このAIに、専門用語を分かりやすく説明してくださいって質問するんです。そうすると、本当に丁寧に教えてくれて」


香織はスマホを取り出し、使い方を見せる。川原は真剣に見つめている。「こうやって質問すると...ほら、こんなに分かりやすい説明が」


「すごい...!」川原の目が輝く。「私もやってみていいですか?」


「もちろん。どんどん使ってください」


川原が深くお辞儀をする。「花岡さん、ありがとうございます。私、ずっと人事の専門用語が苦手で...これで勉強できます」


数日後、川原が笑顔で香織に近づいてくる。


「花岡さん、あれからずっとAI使ってます。本当に便利で!あの時教えてくださって、本当にありがとうございました」


香織の心が温かくなる。与えることで、自分の価値が下がるどころか、むしろ感謝される。これが本当の「共有」の力なんだ。


***


木曜日の午後2時、大会議室。業務改善タスクフォースの最終報告会。


常務が最前列に座っている。岩下部長、IT部、経理部、そして香織が出席している。約3ヶ月の検討結果を報告する場だ。


香織は、プロジェクターの前に立つ。資料をスクリーンに映し出す。深呼吸をして、はきはきと説明を始める。


「業務改善タスクフォースの最終報告をいたします。これまで、人事部の主要業務について、AI化の可能性を検討してまいりました」


スライドを切り替える。「まず、給与計算業務。こちらはAI化を進めます。データの自動取り込みと計算処理により、月次業務時間を約70%削減できる見込みです」


「次に、タイムシート集計。こちらもAI化により、週次の集計作業が自動化されます。作業時間は約80%削減です」


「セミナー案内業務。社員の職種・職位・過去の受講履歴から、AIが最適なセミナーを推奨し、自動配信します。効率は約60%向上します」


「新卒採用パンフレット作成。過去のデザインとコピーのデータベースから、AIが複数案を自動生成します。作成時間は約50%削減できます」


常務が満足そうに頷いている。岩下部長もメモを取っている。


香織は次のスライドへ。「そして、人事相談業務について」少し声のトーンが変わる。「こちらは、AIマニュアルを整備いたしました。社員からのよくある質問に対して、AIが一次回答を提供します。ただし——」


香織は一呼吸置く。「対面での相談業務については、引き続き人事部が担当することを提案いたします。理由は、感情のケア、個別事情への対応、信頼関係の構築など、人間にしかできない要素が多いためです」


会議室が静まる。IT部の高橋が頷く。経理部の田中も賛同の表情を見せる。


「以上、総合すると、全体の業務量の約40%が自動化され、人事部の工数を大幅に削減できる見込みです」


香織は、最後のスライドを表示する。「これで、報告を終わります」


会議室に拍手が起きる。岩下部長が笑顔で言う。「花岡さん、素晴らしい報告でした。では、このプランで——」


その時——常務が手を挙げる。


「ちょっと待ってください」


会議室の空気が、ピタリと止まる。香織の心臓が跳ねる。


常務は、ゆっくりと立ち上がる。「花岡さん、良い報告でした。しかし——対面相談についても、AI化を検討するべきではないでしょうか」


香織は——息を呑む。「え……対面相談も、ですか?」


「そうです」常務は資料を取り出す。「他社では、AIによる人事相談の導入事例が増えています。A社では、AIカウンセラーが24時間対応しており、社員満足度も高い。B社では、AIが初期相談を担当し、必要な場合のみ人間が対応する。コスト削減と効率化の両立ができている」


香織は——何も言えなくなる。


常務は続ける。「感情のケアについても、最近のAIは共感表現ができます。個別事情への対応も、データベースとアルゴリズムで十分可能です。むしろ、人間のバイアスがない分、公平な対応ができるかもしれない」


岩下部長が頷く。「常務のおっしゃる通り、検討の余地はありますね。花岡さん、この点について、もう少し深く調査していただけますか?」


香織は——心の中で叫びたくなる。でも、ここで反論するわけにはいかない。


「……はい。承知しました」


常務が言う。「それでは、対面相談業務のAI化については、別途、特命プロジェクトとして進めましょう。岩下部長を責任者、花岡さんを担当者として。他の業務のAI化は、このタスクフォースで決定した通り進めてください。タスクフォースは、一旦解散とします」


会議室に、再び拍手が起きる。でも——香織の心は、重い。


***


会議後、岩下部長の個室。午後4時。


岩下部長がコーヒーを淹れてくれる。「花岡さん、お疲れ様。良い報告でしたよ」


「ありがとうございます……」香織は、力なく答える。


岩下部長は、椅子に座って、香織の目を見る。「さて、対面相談のAI化について。私は——推進すべきだと思っています」


香織は——驚く。「部長も……そうお考えですか?」


「ええ」岩下部長は穏やかに言う。「常務の指摘は正しい。コスト削減、24時間対応、公平性の向上。メリットは大きい。それに、AIは疲れない。感情的にならない。一定の品質を保てる。人間には、どうしても限界がある」


香織は——反論せずにはいられない。「でも、部長。人事相談は——単なる情報提供じゃありません。相手の感情を受け止めて、共感して、一緒に考える。それが大切なんです。AIには、それができません」


岩下部長は、首を横に振る。「花岡さん、それは思い込みではないですか? 最近のAIは、共感表現ができます。声のトーンも調整できる。むしろ、人間の方が——疲れていたり、機嫌が悪かったりすると、対応の質が落ちる。AIの方が、安定しているかもしれません」


香織は——言葉に詰まる。


「それに」岩下部長は続ける。「花岡さん自身、AIを活用して生産性を上げてきたじゃないですか。なぜ、人事相談だけは人間がやるべきだと? そこに、一貫性がないように思えます」


香織は——胸が苦しくなる。確かに、そう言われると……。


でも——何かが違う。何かが、決定的に違う。


香織は、必死に言葉を探す。「部長、確かにAIは便利です。でも——人事相談は、人と人との信頼関係が前提なんです。相手が『この人なら、話せる』と思って初めて、本音が出る。AIには、その信頼を築くことができません」


岩下部長は、コーヒーを一口飲む。「信頼関係……ですか。それも、測定可能なデータで検証できるはずです。AIとの相談で、社員の満足度がどう変わるか。離職率がどう変わるか。データで判断すべきでしょう」


香織は——もう、何も言えない。データ。効率。コスト。すべて、正論だ。でも——心が納得しない。


岩下部長は、優しく言う。「花岡さん、私は花岡さんを否定しているわけではありません。ただ、時代は変わっています。AIと共存する道を、一緒に探しましょう。花岡さんなら、きっとできます」


香織は——黙って頷く。


「それでは」岩下部長は立ち上がる。「対面相談のAI化について、もう一度、可能性を検討してください。メリット・デメリット、導入事例、コスト試算。すべて洗い出して、来週の月曜日に報告してください。一旦、持ち帰って検討しましょう」


「……はい。承知しました」


岩下部長の部屋を出て、廊下を歩く。香織の心は——混乱している。


( 果たして、本当に全てAI化すべきなのか? 部長の言うことは正しい。でも——何かが違う。何が違うのか、まだ分からない。でも、このままじゃ——私の存在意義は、なくなってしまう。 )

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