第20話:偶然の再会。そして新しい約束:クロスロード②
3月20日、春分の日。金曜日、夕方6時。
カフェ「クロスロード」の扉が開く。陽が店に入る。窓際の席——あの日と同じ席が空いている。陽は迷わずそこに座り、新作のコーヒーを注文する。
5分後、扉が再び開く。陽がふと入口を見ると、見覚えのある男性——翔だ。「あ、あの時の!」と陽が声をかける。翔も驚いた表情で「本当だ、偶然ですね」。
二人が話し始めたちょうどその時、扉がまた開く。香織が店に入ってくる。「え、お二人とも!」三人は顔を見合わせて笑う。運命的な再会に、不思議な高揚感。
「まさか、また会えるとは思っていませんでした」と陽が嬉しそうに言う。「実は……今日の新作コーヒーの発売日に、もしかして同じ18時頃に来れば会えるかなって、少し期待していたんです。あの日のこと、すごく印象に残っていて。お礼を言いたかったんです」
「私もです」と香織が微笑む。「あの雨の日の会話、ずっと心に残っていて。また話したいなって思っていました」
「奇遇ですね。実は俺もです」と翔が照れたように笑う。「あの日、大事なきっかけを貰ったなと。もう一度、ちゃんと話したいと思っていました」
三人は顔を見合わせて笑い合う。偶然ではない、何か見えない糸で結ばれたような不思議な感覚。
「それじゃあ、改めて自己紹介しましょうか」と陽が提案する。三人は名刺を交換し、それぞれの仕事について語り始める。
陽が口火を切る。「私は中堅広告代理店のマーケティング部で働いています。SNSマーケティングが専門で」。そして少し苦笑いしながら続ける。「でも、プライベートでSNSを見すぎるように、半分中毒みたいになっちゃっていて...あの日はそれで悩んでいたんです」
香織が興味深そうに「SNSマーケティングって、具体的にどんなことを?」と尋ねる。
「企業アカウントの運用とか、インフルエンサーとのコラボとか。最近だと、炎上対策の相談も増えてきました」と陽。そして表情を曇らせる。「炎上って、本当に怖いんです。一度火がつくと、止まらない」
翔が「炎上する投稿って、何が原因なんですか?」と聞く。
陽が少し考えてから答える。「不思議なんですが、正論を振りかざす投稿ほど炎上するんです。『これが正しい』『あなたは間違っている』って。正しさより、関係性の方が大事なんだなって、何度も見てきました。相手を論破しても、何も残らないですから」
香織が深く頷く。「それ、カウンセリングと同じですね」
「SNSって面白い世界で」と陽が続ける。「共有が基本なんです。情報を独占しようとする人は結局埋もれていく。気づきをどんどん発信する人の方が、フォロワーが増えて、影響力が出る。与えれば与えるほど、返ってくる世界なんです」
そして少し寂しそうに付け加える。「でも最近、気づいたんです。SNSは便利だけど、本当に辛い時は、やっぱり直接会って話を聞いてもらいたくなる。画面越しのコメントより、目の前の『大丈夫だよ』の方が、ずっと心に響くんですよね」
三人の間に、静かな共感が流れる。
翔が続ける。「僕はIT企業で営業チームのリーダーをしています。SaaS製品の法人営業で」。そして少し恥ずかしそうに「あの日は、仕事に追われすぎて、家族との時間が全く取れなくて...そんな自分に嫌気がさしていました。その時に二人は全く残業をしていないという話を聞いて、自分の働き方を見直すきっかけになりました。ありがとうございました。」
陽が「SaaS製品って、クラウドサービスですよね?」と確認すると、翔が頷く。
「はい。業務効率化ツールとか、データ分析ツールとか。営業で学んだのは、自分が何を伝えたいかより、相手が何を必要としているかを考えることの大切さです。相手視点で考えられるようになって、初めて成約率が上がりました」
陽が「それ、すごく分かります!マーケティングも同じです」と共感する。
翔は少し照れながら続ける。「自分の評価ばかり気にしている間は、まだ半人前だったんです。クライアントの課題に集中できるようになって、ようやく一人前になれた気がします」
香織が「IT業界って、変化が激しいイメージがありますが、実際どうですか?」と尋ねる。
翔が苦笑いする。「激しいなんてものじゃないです。2年前の技術が、もう古いって言われる世界ですから。だから、変化を恐れるより、適応する力が大事だって学びました。立ち止まったら終わりなんです」
陽が「でも、そんなに変化が激しいと、プレッシャーもすごいんじゃないですか?」と心配そうに聞く。
「確かに。でも、逆にスピード感があるから、悩んでいる暇がないんです」と翔。「例えば、メール一つとっても、僕はパンパン打つタイプですね。でないと終わらないので。もちろん間違えるときもあります。でもそのときはきちんとすみませんでしたと素直に謝ります。そして必ず次の行動で示すようにします」
陽も香織も頷きながら聞いていた。
香織が微笑みながら「私は人事相談窓口として働いています。社員のキャリア相談や、組織づくりのサポートが主な仕事で」。そして少し懐かしそうに振り返る。「あの日は、AIに自分の仕事が奪われるんじゃないかって、すごく不安だったんです。でもお二人は専門的なことはAIに聞けばいい、便利、と仰っていて、それで気づいたんです。AIを敵とは思わずに活用すれば良いんだって」
陽が「人事相談って、具体的にどんな相談を受けるんですか?」と興味を示す。
「キャリアチェンジしたいけど勇気が出ない、上司との関係に悩んでいる、自分の強みが分からない...そういう相談ですね」と香織。「カウンセリングで大切にしているのは、相手の不安を否定しないことです」
翔が「否定しない、というと?」と聞く。
「『そんなこと心配しなくていいよ』じゃなくて、『そう感じるよね』とまず受け止めるんです。共感が第一歩なんです。それができて初めて、相手は心を開いてくれます」と香織が丁寧に説明する。
翔が「なるほど...それ、マネジメントにも通じますね」と感心する。
陽が「香織さんの会社では、組織づくりって具体的に何をするんですか?」と聞く。
「人事の仕事で大切なのは、常に会社全体のことを考えることです」と香織。「部署ごとにバラバラだと、会社全体が弱くなる。だから、一体感を出すためにいろいろなイベントを企画するんです。懇親会とか、部署間の合同プロジェクトとか。営業部と商品開発部が対立していた会社で、合同BBQを企画したら、関係が劇的に改善したこともありました」
三人は互いの仕事について語り合い、それぞれの専門性と悩みを共有する。コーヒーのおかわりを頼み、時間を忘れて会話が続く。不思議な安心感。初対面なのに、どこか深く繋がっている感覚。
会話が一段落したところで、陽がやや控えめに切り出す。「でも……正直に言うと、まだ悩んでいることがあって」。二人が静かに耳を傾ける。「常に周りのことが気になってしまうんです。職場でも、プライベートでも。誰かが私のことをどう思っているか、何か言われていないか……そう考えると、気持ちがいつも忙しくて、落ち着かなくて」
翔が深く頷く。「分かります。僕も……競争意識が強すぎるんです。先月の組織風土調査で、僕のチームだけスコアが低くて。『翔さんのチームは息苦しい』って匿名コメントがあって……。でも、成果を出さなきゃいけない。どこまで気にすべきなのか、正直、分からなくなっています」
香織も小さくため息をついて言う。「私も……資格の勉強は始めたんですけど、やっぱり不安が消えないんです。自分の居場所がきちんと確保されるのか。この資格を取っても、結局AIに代替されてしまうんじゃないか。そう考えると、夜も眠れなくて……」。香織の声が少し震える。「こうした思考の暴走から、なんとか解放されたいんです。自分自身を変えたい。そう強く思っています」
三人は静かに顔を見合わせる。それぞれがまだ「見えない檻」に囚われていることを、改めて実感する瞬間。
しばらくの沈黙の後、香織が明るい声で提案する。「また会いましょう。3ヶ月後、ここで。その時に、お互いの状況を報告しませんか?」
陽が目を輝かせる。「いいですね! 一人で抱え込まないで、また話せたら……きっと何か変わる気がします」
翔も力強く頷く。「ぜひそうしましょう。3ヶ月後の6月、ここで。そしてお互いいい報告ができるように頑張りましょう」
三人は再会を約束し、連絡先を交換。そして、それぞれの目標を心に刻む。
陽:「周りの目を気にしすぎない自分になる」
翔:「過度ではなく適度な競争意識を持つようにする」
香織:「不安に支配されず、自分の価値を信じられるようになる」
カフェの外では月明かりが夜空を照らし始めている。三人はそれぞれ、まだ見ぬ未来への期待と不安を胸に、店を後にする。
「また3ヶ月後に」
「また会いましょう」
「楽しみにしています」
温かい約束の言葉が、三人の心に小さな希望の灯をともした。
続く




