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第11話 SNS断ちへの挑戦:白石陽④

昨日の夜。あのカフェで出会った二人の姿が、陽の心に焼きついていた。雨に閉じ込められて、偶然同じテーブルについた三人。あのビジネスマンと、人事の女性。


あのビジネスマンは言った。「昔はやってましたけど、今は全然見ないですね。何年も開いてないです」——SNSのことを聞いたときの返答。当たり前のように、軽やかに言っていた。


あの人事の女性も言った。「私は何もやっていませんね」——恥じるでもなく、不便そうでもなく。むしろ、それが普通だというように。


二人ともSNSをやっていない。目の前の会話に集中していた。スマホを気にする素振りもなかった。


—— 次の日。日曜日の朝。陽は目が覚めると、いつものようにスマホに手を伸ばす。指が無意識に動く。体が覚えている動作。


でも今日は少し違和感がある。ロック画面に並ぶ通知。Instagram、Twitter、LINE。赤い丸の数字が、まるで自分を急かしているように見える。寝たまま画面を覗き込んでいるので、首が少し痛むことに気付く。枕と首の間に隙間ができて、不自然な角度で固まっている。


Instagramを開く。タイムラインには、友人たちのキラキラした投稿が並ぶ。おしゃれなカフェ、海外旅行、新しいコスメ、友達との楽しそうな写真。一つ一つに、何百という「いいね」がついている。


でも今日は、いつもと違う感情が湧いてくる。「この人たちも、本当は疲れているんじゃないか」。写真に写る笑顔の裏に、何かを隠しているような気がする。投稿するために、何度も写真を撮り直したんじゃないか。キャプションを考えるのに、何十分も悩んだんじゃないか。


気づけば1時間が経過している。朝食の時間を、スマホの画面を見ることに費やしてしまった。胃が空っぽでお腹が小さく鳴る。


日曜日の午後。陽は一人でベッドに座り、またスマホの画面を見つめている。昨日投稿した写真——近所のカフェで撮ったラテアート。「いいね」の数は73。また100に届かない。


でも今回は、その感覚の後に別の疑問が湧いてくる。「これって、本当に大事なこと?100いいね集めたら、何が変わるんだろう?」


もしかしたら、自分が追いかけているものは、実は必要ないんじゃないか。もっと大切なことを、見失っているんじゃないか。


—— そして月曜日の朝。


陽は洗面所の鏡の前に立ち、自分の顔を見つめる。


少し疲れた顔。目の下にうっすらとクマがある。昨夜も、ベッドに入ってから1時間以上スマホを見ていた。睡眠時間は5時間半。


「変わろう」と小さくつぶやく。


鏡に映る自分に向かって、もう一度言う。「今日から変わる。SNSを気にしないようにしよう」


あのカフェで会った二人のように。SNSと距離を置こう。「私も変われるはず」


もうこんな時間。慌てて洗顔をして、化粧をして、朝食を食べる。支度をしながら、無意識にスマホに手が伸びる。ロック画面を解除すると、指が勝手にInstagramのアイコンに向かっている。


ハッとして画面を閉じる。「いや、見ない。今日は見ない」。心の中で自分に言い聞かせる。スマホをカバンの奥深くにしまう。これで大丈夫。


でも家を出る前、また取り出している。「ちょっとだけ。昨日の投稿の反応を確認するだけ」——そう自分に言い訳しながら、アプリを開く。


画面に表示される数字——87いいね。昨夜から14増えている。でも100には届かない。また届かなかった。胸がざわつく。スマホを握る手が、じっとりと汗ばんでいる。


(もう少しだったのに...あと13個...なんで100いかないんだろう...)


玄関を出る。朝の決意はどこへ行ったのか。たった15分で崩れてしまった。


通勤電車。座席に座り、今日のスケジュールを確認しようとスマホを取り出す。カレンダーアプリを開こうとした瞬間、 Instagramのアイコンに目が止まる。赤い丸に「1」という数字。新着の通知が1件。心臓が高鳴る。誰から?何の通知?もしかして、昨日の投稿に新しいフォロワーが?指先がわずかに震える。


「見ない、見ない」と心で繰り返す。スケジュールを確認するだけ。でも指が勝手に動いている。反射的に、Instagramのアイコンをタップしてしまう。指が命令に従わない。脳が「見るな」と言っているのに、指が先に動く。


気づいたときには、もうフィードが表示されている。通知はフォローしている同僚の美香の新しい投稿——高級イタリアンレストランでのディナー写真。きらきらと輝くワイングラス、美しく盛り付けられた料理、窓から見える夜景。既に235いいね。投稿されてから、まだ3時間しか経っていないのに。


比較してしまう。自分の昨日の投稿は87いいね。美香は235。なんでこんなに差があるんだろう。


「あ...」と小さく声が漏れる。 スケジュールを確認するつもりだったのに、気づけば10分間スクロールし続けている。他の人の投稿を見て、「いいね」の数を数えて、自分の投稿と比較して。


「次は品川、品川です」——次の駅のアナウンスで、陽は我に返る。急いでアプリを閉じる。時計を見ると、もう8時42分。会社に着くまで、あと15分しかない。


(見てしまった...朝の決意は何だったんだろう。「今日は見ない」って決めたのに...)


自己嫌悪が押し寄せる。


昼休み。陽はトイレの個室に入り、扉を閉める。周りに誰もいないことを確認してから、自分に言い聞かせる。


「午後は絶対に見ない。午前中は失敗したけど、午後は違う。私は変わる」


スマホを取り出し、設定画面を開く。Instagramの即時通知を全てオフにする。Twitter、Facebook、すべてオフ。


「完璧。これで大丈夫。午後は集中できる」。そう自分に言い聞かせる。


午後1時。陽はデスクに戻り、資料作成を始める。そして2時間、スマホに手を伸ばさずに作業できた。たった2時間。でもそれが嬉しかった。「できた」という小さな達成感。心の中で、小さくガッツポーズをする。


午後3時。マーケティング部の定例会議。陽は会議室に入り、席につく。部長が今月の売上データについて説明を始める。


資料を確認するために、スマホを取り出す。その時、ロック画面に通知センターの履歴が残っているのが見える。即時通知はオフにしたが、通知履歴は消えていない。


「○○さんがあなたの投稿にいいねしました」「△△さんがあなたをフォローし始めました」「◇◇さんがあなたの投稿にコメントしました」


心臓が早鐘を打つ。誰がフォローしてくれたんだろう。コメントには何て書いてあるんだろう。いいねは何個になったんだろう。


「見ない、今は会議中」と自分に言い聞かせる。でも気になって仕方がない。部長の説明が耳に入らない。隣の先輩が何か質問しているが、内容がわからない。


頭の中は通知履歴でいっぱい。スマホを握りしめる手に、汗がにじむ。


会議が終わった瞬間、陽は我慢できずにアプリを開く。新しいフォロワーは3人。知らない人たち。いいねは92個まで増えている。コメントは「素敵な写真ですね☕️」。


なかなか上々の出来だ。嬉しい。でも同時に、自己嫌悪が押し寄せる。「やっぱり見ちゃった...午後は見ないって決めたのに...」


帰りの電車。疲れた体を座席に預ける。今日も長い一日だった。窓の外は暗い。車内の照明が、ガラスに反射している。


また、スマホを取り出してしまう。「最後にちょっとだけ」——もう何度目かのその言い訳。アプリを開く。タイムラインをスクロールする。上へ、上へ、上へ。新しい投稿、新しい「いいね」、新しいフォロワー。終わりのないスクロール。


気づけば、自宅の最寄り駅に着いている。帰宅してからも、夜、ベッドに入ってからも、同じことを繰り返す。


深夜0時。暗い部屋で、スマホの光だけが陽の顔を照らしている。フィードを無限にスクロールしている自分に、深い嫌悪感を覚える。


( 何回失敗したんだろう...朝も、昼も、夕方も、夜も。やめようと決めたのに。なんで止められないんだろう。意志が弱いのか。それとも、もう依存症なのか。やめようと誓ったのに...でも止められない。 )


でも、諦めたくない。ここまで来ると、逆に悔しくなってきた。このまま負けたくない。いいねの数字に支配されたくない。そして自由を手に入れたい。


スマホを枕元に置いて、目を閉じる。「明日こそは...いや、明日も失敗するかもしれない。でも諦めない」


そう心に固く誓って眠りについた。


続く

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