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偽りの惑星―fake planet―  作者: 過去(10年前)のくろひこうき
一章
6/32

合コン、七不思議、大きなパフェ


暑い。昂大の住んでいるこのボロアパートはとにかく暑かった。五月の下旬、京都は三十度を軽く超えていた。それにあわせてこのアパートの壁は薄い。熱を簡単に通してしまい、蒸し風呂のような暑さであった。そんな中昂大は汗をだらだら流しながらおにぎりを食べた。


「ぐ~。」


食べ終わったのにもかかわらず腹の虫が鳴る。昂大は仰向けに寝ながら駅前でただでもらったうちわであおいでいる。貧乏な昂大の家にクーラーなどあるわけもなく、家にいるのは地獄である。


「ピーンポーン。」

「わっ。」


昂大は飛び上がった。家のインターホンが鳴ることなどそうない。というよりほぼ初めてだった。


「誰だよ。」


少し苛立ちながら、渋々立ち上がると鍵を開け、扉を開けた。


「うわっ。なんやねんお前。水でも浴びたんか?」


この来客が昂大の出てきた時の顔を見て驚くのも無理はない。昂大はまるで海坊主のような姿であった。


「で、そっちこそなんだよ将人。」

「いやー、ちょっとな。合コンみたいなことやるねんけどお前も来てほしーなー思て。」


将人はあからさまにニヤニヤしていた。昂大は合コンという言葉にとてつもなく引っかかっていた。


「合コンって、おれ!?」

「おん。もちろんおれの友達の女の子くんでー。」

「だから何でおれ誘うんだよ。」


昂大の焦り方は尋常ではない。言葉が出てこない。開いた口がとにかく塞がらない。


「今何時?」


そのようなことはお構いなしに将人は楽しそうである。


「い、いちじごじゅっぷん。」

「まじか。はよせな始まってまうわー。もう何も持たんでええわ。いくでー。」


そう言って将人は昂大の手を引くと、一目散に駆け出した。


「お、おい。マジでおれ何にもしゃべられへんでー。」


昂大はテンパっている。


「まあまあ。誘えるんがお前しかおらんかってんもん。」


そのまま二人は駅の方へ向かって行った。


十分ほど走ってようやく駅前の〈からくりや珈琲〉に到着した。走り続けたことにより二人とも汗だくでへとへとだった。


「はあ、はあ、ついたで。ここや。」

「お、おう。」


少し息が落ち着いて、二人は店内に入った。店内はとても落ち着いた雰囲気でやわらかい音楽がかかっていた。


「あっ。いたいた。おーい。」


将人がそう言った先にいたのは、スーツを着た二人の男と二人の女子高生であった。


「おっそーい。えっ?連れてきたのは、沖田?」


そう言ったのは昂大にも見覚えのある女子生徒であった。


「ねえ桜ちゃん。あの人誰?」


そう言ったのはその隣に座っている女子生徒で、昂大とは面識がなかった。それよりも昂大は謎の男二人に戸惑いを隠せない。


「なあ将人。誰?あれ。」

「あの人たちは刑事さんやで。」


将人はそそくさと席に近づく。


「はあ?何で合コンに刑事がいんだよ。」


昂大はとにかく訳が分からなかった。


「おい、合コンなんて俺達は誘ってないんだが。」

「そうだ!こっちは暇じゃないんだぞ。」

「…すいません。」


昂大はなぜか怒られた。


「ふーん。沖田って合コンとか行くのね。」


と言って湊川桜はにやにやしている。


「いっ、行かねえよ。」


昂大は顔が真っ赤である。昂大は将人を睨んだが、将人はそっぽを向いて昂大を見ようとしない。


「ははっ。沖田っておもしろいわ。」


キャッキャとおもしろがる桜。


「桜ちゃん。だめだよ~。そんなこと言っちゃ。」


おもしろがる桜の横で昂大に気を遣うそぶりを見せているのは一年四組の和泉香帆である。昂大とはまったく面識はなかった。


「ええやん。やっぱり昂大っておもろいなー。でもおっちゃん。こいつが今日あのホームラン打ってんで。すごいやろ。」


なぜか将人が得意顔である。


「そうなのか!なかなかすごかったぞ。あのホームランは簡単に打てるものではない。」


藤堂は感心しながら腕を組む。


「あと俺はおじさんではない。藤堂だ。」


「ああ、そうなんか。オッケー。」


とても軽い言い方だった。


「お前聞いてないだろ。」


そんな藤堂の言葉は将人に届いていない。


「ねえ。刑事さん。約束なんだからパフェ食べてもいいでしょ?」

「おおー。待ってましたー。」


桜と将人はノリノリである。


「まあ、そうだな。大谷お前おごれ。」

「えー。何で俺が。」

「嫌なら帰れ。」

「ええーー!」


藤堂のあまりに強引な態度に大谷は屈した。


「やったー。じゃああたしはイチゴ練乳パフェね。夏帆は何にするの?」

「えーと、私も桜ちゃんと同じやつでいいかな。」


夏帆は桜より消極的である。


「じゃあ俺はマンゴーパフェやな。昂大はなににすんの?」


昂大はメニューに見入っている。まるでおもちゃを見る子供のように。


「お、おう昂大は今日ホームラン打ったし活躍したから何でもいいよな。」


将人はあまりに昂大が目をキラキラさせているので少し引いてしまった。


「まあ、そうだなー。がつんと食べろよ、ガツンと。」


大谷は非常に乗せられやすい性格である。かなり調子に乗っていた。


「ほ、本当に。いいんすか?」

「おう。大人がおごってやる。」


大谷が胸を張る。


「じゃあボタン押すぞ。」


そう言って藤堂は呼び鈴を押した。


十分ほどすると、すべてのメニューがそろった。皆、目の前のおいしそうなパフェに感激している。ただ一人を除いて。


「昂大。まじでお前食えんのか?それ。」


昂大が頼んだパフェはからくりや珈琲一押しの看板メニュー、そうジャンボパフェであった。総重量はなんと七キロ、8~10人用のパフェだった。そしてなにより値段がなんと一万円。このことは大谷に多大なるダメージを与えた。


「食える。まじでうめえ。」


昂大はすごいスピードで食べるが全く減る様子を見せない。


「沖田って甘いもん好きなんだね。なんか学校でマジ暗いから全然イメージ違うわ。」


桜はいちごパフェをがっつきながら笑う。


「沖田君ってなんかかわいいね。」


夏帆は少し下を向いて笑った。


「おもろいやろ?こいつ。でもまさかこんなに食うやつやったとは思わんかった。」


将人はケラケラと笑う。


「い、いちまんえん。」


大谷は口から魂が抜けているように一人下を向いて何やらぶつぶつ言っている。


「まさか一万円の十人用パフェを一人で食べる奴はこいつしかいないだろ。」


藤堂はブラックコーヒーをすすりながらあきれたように微笑する。


「で、刑事さん。聞きたいことって何?」


桜は突然、そう切り出した。


「そうだな。俺たちが今日聞きたいことは決まってない。あえて言うなら最近変わったことなんかなかったか、とかだ。」


藤堂は曖昧だった。


「なにそれ?そうねー。変わったことって言われてもねー。前川先生のことぐらい?」

「あれは印象深かったわー。」


将人は相槌を打つ。


「私の部活の先輩なんて、なんかショックだったみたいでさー。あの噂のカウンセラーのところに行ったらしいのよ。」

「嘘やろ?あんなきもい変な奴らの所に?」

「そ、そういえば私のクラスの柔道部の人もなんか行ったって言ってた。」


夏帆はもじもじしながら言った。


「そのカウンセラーって?」


藤堂が割り込む。


「なんか知らないけど校長先生のお墨付きの変な団体がカウンセラーとして保健室にやってきているの。前川先生のことで心が傷ついている人がいたら保健室にきなさいって。」

「どんなやつなんだ?」

「うーん、なんかきもくて胡散臭い感じ。」


桜はパフェを食べる。


「まじそれ。なんか変な宗教団体みたいな感じやったわ。えーと、名前は、なんやったっけ?」

 「忘れたわ。」


将人と桜は顔を見合って笑う。


「まあその変な宗教団体みたいな連中の評判はどうなんだ?」

「さっきも話したけど、行った人の中ではかなり評判いいみたいよ。なんか気持ちが楽になるんだって。」

「なんか洗脳してるみたいやん。」


将人はひどく楽観的である。


「まあ、あとは、そうね。なんかある?夏帆。」

「えっ。私?」


夏帆はどこか違う方を向いていたらしく驚いたように振り返った。


「そ、そうだね。」


夏帆はうつむいて少し考えて、


「なんか最近七不思議が流行ってるの知ってる?」

「おん。知ってるでー。なんかヅイッターで流行ってるやつやろ。」

「ああ!私も知ってる、それ。」


三人は盛り上がる。


「なんなんだ?それは。」

「確か、〈給食配膳室の幽霊〉とか。」

「おん、あと〈プールで泳ぐ男〉とか。」

「わ、私は{校舎を徘徊する二人組の兵隊}を見たことあるよ。」


桜と将人は驚く。


「ええ!?見たん?」

「う、うん。なんか塾の帰りに。怖かったよ。すごく。」


夏帆は下を向いてうつむく。


「なんか、実際見たってやつがめっちゃ多いらしいで。たしかその兵隊と、〈野球部の監督室の幽霊〉は特に多いらしいな。」


将人はにやける。


「あとの二つは?」


藤堂はかなり身を乗り出して興味津々に聞いている。


「たしか、〈研究室の物音〉と、〈トイレのかずきくん〉と、あとは忘れたわ。」

「なんやったっけ?あと一つ。和泉さんはなんか知っとる?」

「ううん、私も知らない。」


少しの沈黙が広がる。


「研究室の物音ってなんだ?」


藤堂はそこで切り出す。


「たしか。夜、研究室から物音が聞こえるとかなんとかだったと思うわ。」

「そうやねんなー。でもおれまじで人体実験でもやっとんかて思うで。なんか怪しいやんおれら入ったことないし。」

「ええー!」


夏帆は明らかに真に受けて怯えている。


「ちょっとー。将人。夏帆が怖がってるじゃない。」

「わりい。冗談や。」


将人は照れ笑いを浮かべる。


「あと一つが気になるな。」


藤堂は笑う。


「そう言われても。」


桜は首をかしげる。


「まあなんでもええやん。でさあ、おっちゃんらは何調べてんの?まさかこんなあほな話聞くだけじゃないやんな。」

「いや。あほな話じゃない。これはかなり貴重な話が聞けた。


藤堂は即答する。


「うそー。こんなうわさを本気にするの?刑事さん。」

「でも実際見た人がここにいるだろ。」


藤堂は自信気に言う。


「詳しく話してくれないか?その時のことを。」


夏帆は静かにうなずき、話し始めた。


「この間の金曜日に塾から帰るときに学校の横を通りかかったんです。その日はちょっと遅くなって11時を回っていたかな。とにかくそんな時間だったから急いでたんですけど、ふと校舎を見たんです。そしたら南校舎の二階ぐらいに二人の人影があったんです。」


夏帆は徐々に興奮してくる。


「その人はなんかよく映画なんかで見るマシンガンを持っていたんです。私、怖くなって急いで逃げました。」


夏帆は少し涙声になりながら話し終える。


「そうか、ありがとう。まじで参考になったよ。」


藤堂がやさしい声で言うと夏帆は少し落ち着きを見せた。その時だった。


「ふう。うまかった。」


そう。皆すっかり忘れていたのであった。それはあまりにもこの男が食べるのに必死だったからであろうか、いやそれともただ影が薄かったからであろうか。いや、そんなことは今この場にいる者たちにとってはどうでもよかった。ただ言えること。それは巨大なパフェの空っぽの器がそこにある、ということだった。


「あれ?みんな食べてねえじゃん。」


皆、目を丸くして何も答えない。


「おまえ、もう食べたん?あれ。」

「おう。」


皆は薄々思っていた。『どうせ食べれないだろ』と。しかし昂大はこの短時間のうちにすべてを食べきっていた。そして溢れるばかりの笑みを浮かべてこう言った。


「まじで生まれて初めて食べたわ、こんなん。あっ、もうこんな時間やん。おれ帰るわ。あざっす、刑事さん。」

「お前、何しに来てん!」


初対面のはずの刑事を含め皆そのようなことを叫んだ。そして一同周りの迷惑を考えずに腹を抱えて爆笑した。昂大ひとり、首をかしげていた。



「いつまですねてるんだ?」


来た時とは反対に今度は藤堂が運転している。レジでのあまりに高い買い物は大谷をとことんすねさせる結果となった。


「だってあいつがあんなの頼むから帰りに買おうと思っていたプラモが買えなくなったじゃないですか。」


藤堂はこの大谷の言葉を聞いて、大谷の頭を真顔でたたいた。


「いってー!何するんすか。」


思った以上に藤堂のしばきは痛く、かなり大谷は悶えている。


「てか、あんなガキどもの話を聞いてなんかわかってんすか?」


大谷は不機嫌そうに言う。


「何言ってんだ、お前。これでかなり見えてきた。」


藤堂は不敵に笑う。


「なんなんすか?教えてくださいよ先輩。」

「お前マジで何もわかんないのか?」

「え?あのよくわかんない七不思議のことですか?あんなのただの噂でしょ。」


藤堂は再び大谷の頭を殴打する。


「いってーー!!」

「お前はばかか。」


車は赤信号で止まる。


「俺が気になるのは、〈兵隊の幽霊〉だ。あれだけかなり細かかった。他は大体漠然としていたのに。」

「なんかあれっすよね?二人組でマシンガン持ってるってやつ。」

「そう。そこだ。」


藤堂は青信号でアクセルを踏み、発信する。


「どうしてマシンガンだとわかる?」


そう言って藤堂はスマホを大谷に見せる。そこにはヅイッターの七不思議に関するつぶやきが多数表示されている。


「えっ?調べたんですか?」

「さっき将人に聞いた。」

「いっ、いつの間に。」


そう言って大谷はスマホを受け取り物色し始める。


「あっ!」

そこにはあの〈兵隊の幽霊〉の写真がアップされていた。南校舎の二階にそれはいた。ぼやけてはいたがわりとはっきりと写っていた。


「たしかにちょっとリアルっすね。」

「今からそれを鑑識に持っていく。」

「待って下さい。もしそれが本物の兵隊だったとしたら、何のために。」


大谷はすっかり興奮している。


「それはわからん。でも俺は少なくともあの学校には何かあると思っている。」


それっきり車内は沈黙に包まれる。そこから警察署につくまで何も言葉が話されることはなかった。


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