昏き死よ。来たる。
最終話です。先に行っておくと、煮え切らない終わりなのですが、それも当時の味ということでお許しください。
やけに長い廊下だった。昂大はまだ息を切らせながら走り続けている。昂大の頭にあったのはあの憎い狂人の顔。あのすべてを見透かしたような不快極まりないしゃべり方、笑い声。昂大は悔しくて唇を強く噛みしめた。
ようやく長かった廊下が終わりを告げる。昂大の目に飛び込んできたのは大きな扉。トラックが何台も止まれそうなそのスペースに少し驚いた。
「くそっ!奴は・・・」
昂大はあたりをきょろきょろと見回し、あの狂人を探すが、どこにも見当たらなかった。昂大は怒りが再び込み上げてくる。怒りと焦りでどうかなってしまいそうだった。
「出て来い!!ベルフェゴール!!」
昂大は叫ぶ。その語気は強く、あたりに響き渡る。そんな様子を物陰から観察してたのはあの狂人。
「おやおやおや。私を追ってきたのですかぁ?なんと愚かなことをぉ。あなた本当に罪深い人だぁ。」
どこからかベルフェゴールの声が聞こえる。昂大は再び辺りを見回す。
「黙れ!お前みたいな気狂いに言われたくねえ!出てこい!どこにいる!?」
「あなたの、心の中に・・・」
昂大がはっと気づいた時にはベルフェゴールの顔面が昂大の右肩にあった。
「!!!」
昂大は驚きつつも振り返りながらひじ打ちを繰り出すが、それは空を切った。
「うひゃひゃひゃひゃぁ!!!ワタシはねぇ、とてもうれしいのですよぉ、沖田昂大。あなたが自分の罪を自覚し、そして本性を自覚出来たというのがぁ。」
ベルフェゴールは狂喜乱舞しながら自分の指を噛んで噛んで、噛みまくっている。
「何を意味わからねえこと言ってんだ!罪とか、本性とか。おれはお前らみてえな人殺しが許せねえだけだ!」
「人殺しぃ?いいですか、あなたと私は同類ですよぉ。いえ、私からすればあなたはなんとうらやましいぃ!何せメガミに罪のお許しを請えるのだからぁ。自分の尊厳を守るために人を殺して、その罪を自覚したまま懺悔を請うのでしょう?なんたる大罪っ!!なんたる哀れな生き方なのでしょう??」
ベルフェゴールは笑いながら泣いている。喜びながら、憐れんでいる。昂大にはその言葉は理解できなかった。ただ感じるのは大きな大きな不快感だけ。
「なんなんだよお前・・・」
「はあ・・・まだおわかりにならないぃ?なぜなのですぅ!?私はそれこそ理解しがたいぃ!!わかりましたぁ、ええいいでしょう。はっきりと申しあげましょうっ!!あなたの本性は醜い人殺しの悪魔なんですぅ!あなたは人殺しに快感を覚えながら、強い罪悪感を感じているぅ!その矛盾があなたの原動力なのでしょう。」
「何言ってんだ!違う!!」
「認めたくないぃ。あああああああああくぁああああああああ認めたくないっ!!!わかりますぅ。だからこそ今まで忘れたふりをしていたぁ。だからこそ過去から目を背けてきたぁ。違いますかぁ?今ここでっ!思い出しなさいぃ。妹を自ら手にかけた感覚を。」
やめろ、
「初めて殺したターゲットのぬくもりを。」
やめろやめろやめろ!
「親友が自分のせいで殺されたぁ、その時の感覚を。」
やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ・・・・・・!!!!!
「自分を責めて責めて責めまくってぇ!心が壊れそうになってもまだ責めて責めるぅ。なぜ責めるのでしょうかぁ。どうしてそんなに自分を責めるぅ?答えは簡単ですよぉ。あなたの心の奥には人を殺すのが好きな自分がいるからですぅ。」
「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ・・・!!!」
「あなたは常に誰かの死を見てきたぁ。いいえ、あなたの周りの大切な人は死に、あなただけがどう足掻いても生き残ってしまう。自分が死ねばよかったのに、そうあなたは思い続けて生きてきた。だからねぇ、人を殺すたびにあなたの心の穴は大きくなっていくのですぅ。そのすっきりした一筋の快感だけが、あなたを生かし続けているぅ。そうしなければとっくにあなたはあなたでなくなってしまうからぁ。」
「・・・違う。・・・違う。」
昂大は目に大粒の涙を流していた。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。・・・なんて哀れなんでしょうぅ。」
ベルフェゴールは天を仰ぎ、そして地面に倒れ伏して涙する。
「だからね、あなたのためにこの学校という大切な大切な場所を破壊しますぅ。そうすればまた、あなたの中の悪魔が、天使が、あなたに生きるための糧を与えますぅ。」
ベルフェゴールは懐からスイッチのようなものを取りだした。
「このボタン一つであなたはまた快感を得られるでしょう。ああ、メガミよぉ!!!!!!!!この罪深き者のために多くの命を奪うことをお許しくださいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!」
「や、やめろーーーーーーー!!!!!」
昂大はその刹那に無意識に走り出していた。何を考えたわけでもなく、何か明確な意識に基づいた行動ではない。ただ、それだけはさせてはならないという思いが無意識に働いたのだろう。昂大はベルフェゴールを押し倒し、馬乗りになって首を絞めた。
「お前はっ!!お前みたいな奴だけは!!!」
昂大の腕の力は次第に強くなった。
「ああ、そうか、そうですかぁ。私を殺して快感を得るかぁ。それも、いいですねぇ・・・」
首を絞められたベルフェゴールはまるで抵抗しない。むしろ喜んでいるようであった。
「あ、あ。いいぃ。今の顔・・・あなたぁ、悪魔みたい、ですねぇ・・・」
「黙れーーーーーーーーー!!!!!!」
ごきっという鈍い音とともに昂大の叫びは空間に吸い込まれていった。あとに残ったものは力なく、動かなくなるベルフェゴール。顔は涙を流しながら笑っているという異様なものだった。昂大の心に残ったものは空虚な感覚、いや快感。昂大は意識を失った。
☆
午後5時31分
「何をしに来た?」
中部方面総監部の総監室に1日中こもっていた戸田はかなりイライラしていた。それもそのはず、基地の周りにはたくさんのマスコミが殺到しており、外に出られる状況ではなかったからだ。カーテン越しにそんな様子を見ては、イライラが募る。
「戸田陸将。貴方は今、なぜマスコミが殺到しているのか疑問に思っている。違いますか?」
目の前で薄ら笑いを浮かべながら椅子に座っているのは楠木正成。こちらは余裕そのもので緊急事態であるのにもかかわらず、ソファーに腰かけている。
「貴様、何が言いたい。」
「簡単なことです。今起きている2件の立てこもり、両方とも犯人の要求はあなたなんですから。」
楠木は立ちあがると、ニヤニヤしながら戸田の部屋の窓から外を眺める。
「いい加減にしろ。なぜそのようなことになっているのかと私は聞いているんだ。我々の計画では・・・」
戸田は机を指で何度もつつく。
「我々の計画?なんですかそれは。あなたが独断で行ったことでしょう。」
「き、貴様!!!」
戸田は机を拳で殴打し、激高する。
「私は、貴様があのお方の使いであるというから信用してやったんだ!貴様のような若造がその地位にいられるのも楠木家とあのお方の結びつきが強いからだ。だから他にもいろいろと口添えをしてやったし、貴様をこの計画の中枢に据えたんだぞ!それらすべては誰のおかげだったか忘れたわけではあるまいな?恩をあだで返す気か!?」
戸田の怒りにも全く動じることなどなく、楠木は窓の外を見つめるばかりで振り返ろうともしない。
「ええ、そうですよ。確かに私はあのお方の命に従って行動しています。今は、ね。ならば答えは簡単でしょう?あのお方はあなたを消すという判断を下した。そういう訳なんですがね。」
その言葉を聞いて戸田の表情がみるみるうちに暗くなっていく。
「そんな・・・ばかな。なぜだ!私は長年仕えて来たのだぞ!?この国のためにどんな仕事でもこなしてきた。なのになぜなのだ!?あのお方が私をお見捨てになるはずがない!」
戸田は取り乱して楠木の胸倉をつかみ、力を籠める。楠木はあきれたように戸田を睨んだ。
「あなたがへまをして厄介な連中に嗅ぎつけられたからですよ。我々、つまりあのお方は裏社会の中でもその存在を決して知られてはならない。あなたが派手に“学会”と組んで様々な研究をしたり、武器を作っただけでなく世界中の紛争地域へ売りつけたりするから足がついたんですよ。」
「それはあのお方が、命令なさったことだ!」
「あなたは少々信用しすぎた。認められませんか閣下?あなたはあのお方にとってただの駒。もっと大きな目的のために、あなたはダシにされた、そういうことです。」
戸田は絶望のあまりその場に崩れこんだ。
「そんな・・・ばかな。ではどうすれば・・・」
そんな様子の戸田を見て楠木は戸田の肩を叩く。
「安心してください。私があなたを守りますよ。貴方への恩を忘れたことなど一度もありません。ですから私の言うとおりにしてください。必ず救ってみせます。」
楠木の言葉はまるで魔法のように戸田の中に流れ込んできた。
「た、頼んだぞ楠木。」
戸田は正成の手をしっかりと握った。
☆
午後6時30分
膠着状態、と言うのが正しかった。VIMPATIOR新田川支部の建物を取り囲んでいるのは500人以上の警官隊。半径1キロ圏は避難指示を出し、万全の体制ではあったが、突入という判断を下すことはなかった。それは小岩井の言ったように建物内にいったい何人もの武装した人間が潜んでいるのかもわからない状態では当然そのような判断を下すことはできないということである。しかし、そんな状態にまたとない光明が差し込んでいた。
「おい!まだ準備はできんのか!?」
簡易捜査本部が置かれたテントの中であからさまにイライラしているのはなんと戸田正俊陸将である。そばには機嫌を取ろうと2、3名の捜査員がお茶を入れたり、肩をもんだりと媚び諂っていた。
「おいおいマジかよ。どういう風の吹き回しだこれは。」
そんな様子を遠目で見ていた藤堂はタバコをふかしながらぼんやりと見ていた。立てこもりが始まってから10時間以上が経過したが、何度戸田を訪ねても門前払いされるだけで何もできなかった藤堂にとってこの事態は理解しがたい展開だった。しかし心の中では安堵している。
「でもこれで突入作戦が始まりますね!」
その横で大谷はスマホをいじりながらなにやら楽しそうにしている。
「まったくお前はこんな時に・・・」
藤堂はもはやおなじみになりつつある冷たい眼差しで大谷をちら見し、タバコの火を消すと建物の方を睨む。
「気合を入れろよ。急に戸田が捜査に協力するなんておかしい。何か裏があるはずだ。」
「あなたもそう思いますか。藤堂さん。」
ぼそっとつぶやいたつもりだったが、近くにいた馬崎に聞かれていた。藤堂は少し顔をそむける。馬崎はため息をつきながら藤堂達に近づく。
「自衛隊の基地の方はどうなったんだ?」
「それが、強行突入を今しがた行ったみたいで、向こうは向こうで自衛隊の初実践だ、なんて大騒ぎみたいで。」
馬崎は大きなため息をついて、メガネを激しくぐいっと上げた。
「このタイミング、やはり何か臭うな。」
「ええ、それは突入すればはっきりするでしょう。時間です。藤堂さんも準備を。」
藤堂はこくんとゆっくりうなずくと、門の方に向かった。
☆
「おい、私が戸田だ!来てやったぞ。早く開けんか。」
慎重に近づけ、と言ってあるにもかかわらず戸田は強引に前に出て行こうとするので、止めるのに捜査員たちは必死だ。どういうわけだか、機動隊を50人近く引き連れ、拳銃を携帯した捜査員たちが来ているというのに中から何の返事もなかった。
「・・・どういうことだ?」
馬崎は戸田の真横の位置につけていたが、その目からも中に人の気配が全くないことは明白だった。
「馬崎さん!指示を!」
馬崎の隣にいた若い捜査員にそう言われ馬崎は、
「突入。」
静かにそう言い放つ。なだれるように武装した機動隊が中に入っていく。藤堂と大谷もその後に続いた。
「先輩~。怖いっすよ。」
「だったらなんで来たんだ。馬鹿か。」
機動隊は1階を重点的に進んで行く。中は清掃の薬品の臭いが充満していた。とてもきれいに掃除されており、花瓶に花が活けてあったり、なにやら西洋風の絵画が飾ってあったりと、この間入った時よりもきれいになっているような気がした。藤堂は以前来た時の記憶を思い出している。
「え?どこ行くんすか?二階?」
前回は1階の奥の部屋。応接間のような所に通された。しかし藤堂は直観でそこではないとわかったのか、二階に真っ先に上がっていく。
「大谷!馬崎に戸田を連れて屋上に来るように言え!」
「あ、っはい!。」
大谷は藤堂がいつになく真剣な感じなので少し面喰ったが、すぐに入り口の方に走った。
☆
藤堂は二階の各部屋は無視し、速足で屋上への階段を見つけた。狭めの階段だったが、駆け上がり、ドン、と扉を蹴破って屋上に出ると、素早く銃を構える。左右を見渡し、あたりを確認する。屋上は割と広かったが、エアコンの室外機があるほかは何もなかった。ただ落ちないように腰ほどの高さの柵があった。
「小岩井!そこを動くな!」
藤堂はすぐに小岩井を見つけた。目の前の小男はただ一人暗闇の中で街を眺めていた。
「ほう、その声は藤堂刑事だね。嬉しいよ。君が1番に来てくれるなんてね。」
小男はゆっくりと振り向いた。その姿はリラックスそのもの。瞳は澄み切っていた。
「何が目的でこんなことをした!最初に発砲した6人以外この建物にはいない、違うか?」
「さすが、私が見込んだだけのことはある。見抜いていたとは。」
藤堂は少しずつ小岩井に接近していく。
「簡単に言えば時間稼ぎ、ですよ。ここまで来てくれたあなたには教えてもいいかもしれませんね。」
「時間稼ぎだと?」
小岩井は微笑して語り始める。
「我々は本日、この日本を変えるために決起しました。そのファーストミッションがとある研究成果を奪うことだった。そのためにここ新田川にわざわざ施設を作ったのです。」
「研究だと!?」
「あなたはよく知っているはずです。あの学校に何があるのか。」
藤堂は思ってもいない言葉が出て来たので驚愕した。
「なんだと・・・」
「その様子、あなたはやはり知っている。あなたが新田川高校の地下の事を知っているのは本当だったようですね。」
小岩井はクスクス笑う。
「どういうことだ!説明しろ!」
もう少しで真実に迫れる、そんな気がした。
「あの学校はね、武器の製造工場なんてちゃちなものじゃあないんですよ。肝心なのはその奥。極秘裏にこの国を牛耳っている権力者が作った研究施設。それがあったんですよ。」
「何わけのわからないことを・・・」
「すぐにわかりますよ。その研究内容もね。おっと、そうこうしている内に来てしまったみたいですね。」
藤堂が振り返ると、階段を上ってくる大勢の警官たち。その先頭には馬崎と大谷、そして戸田がいた。
「藤堂さん!」
「ああ、大丈夫だ馬崎。下は?」
「大丈夫です。6名の戦闘員は拘束しました。それ以外は1人たりともいませんでした。」
藤堂は再度小岩井に銃口を突き付けた。
「これはこれは皆様方。で?戸田陸将は?」
「ここにいるぞ!」
戸田はイライラして小岩井に今にも殴りかからんばかりの勢いである。そんな様子を見て小岩井の顔は一瞬で暗くなる。
「まさかあなたが来て下さるなんてね、まったくすばらしい。命欲しさにここに来たのか。」
小岩井は冷たい目で戸田を睨みつける。
「誰だ?貴様は。私に何の用だ?」
「それはあなたが一番よくわかっているでしょう。武器の違法製造、麻薬の密輸、人身売買。ありとあらゆる犯罪を裏で手引きしているあのお方の手先。それがあなたです。」
戸田の顔色はみるみる悪くなる。
「な、何を言っているんだ。意味が解らん。おい!さっさとこいつを拘束しろ!」
「なにより最もあなたが重視したのは新田川高校地下研究所での洗脳実験。人を科学的にどのように洗脳するか、様々な方法を試す場所。」
「!!!!!!」
その場にいた誰もが驚愕した。それが本当ならとんでもないことである。
「で、でたらめだ!私がそんなことをするはずはないだろう!」
「ええ、あなたは手を下さず高みで見物。しかし、どうやら見捨てられたようですね。」
戸田は額の汗を無意識に拭っていた。目線が定まらない。焦っているその姿が何よりの証拠だった。
「まあ、証拠など出てくるはずはありませんからね。だって今まさに解体進行中ですから。」
「待て!小岩井。ちゃんと説明してもらおうか。だから署まで同行してくれ。そしてあんたが知っていることをすべて話してほしい。戸田の悪行もあんたの証言でこいつを裁くことができる。だから・・・」
藤堂は頭が混乱状態でありながら真剣に目の前の小男にそう問いかけた。ようやくつかんだ証拠。絶対に離すわけにはいかないと心が告げている。しかし、小岩井は少しずつ後ろに後退していく。
「フフ・・・すいません藤堂刑事。残念ながらあなただろうが私を捕まえることなどできない。」
「違う、あんたを捕まえるためじゃない。」
藤堂は少しずつ小岩井に近づいていく。しかしそれに合わせて小岩井もじりじりとさらに後退していく。
「何をしている!とっとこのテロリストを射殺せんかっ!!」
戸田は激高し、馬崎に殴り掛からんばかりに詰め寄っている。
「・・・戸田。貴様のくだらない茶番はもう飽きた。メガミに、裁かれろ・・・!!」
藤堂は目の前の小岩井の目が血走ったのを感じた。その時、予想外の出来事が起こる。
「バン!」
そう、突如響いたのは銃声。そんな不意の銃声に誰もが驚く。その目の前で静かに崩れ落ちて行くのはなんと戸田であった。
断末魔の叫びも上げることなく無残に脳天を打ち抜かれていた。血が静かに流れ、広がっていく。
「・・・これで良い。」
小岩井が見つめた先、馬崎の横にいた若い警官が、満面の笑みで戸田を撃ち殺していた。狂気をむき出しにしながら大笑いし、子供のように飛び跳ね始める。頭が狂ったように笑い転げ、地面に膝をついた。その場にいた者は誰しも目を疑っただろうし、このような結果を予想できた者は誰一人としていなかった。
「・・・か、確保―――――――!!!!!!!!」
数秒がまるで数分に感じられた。静寂を破るように馬崎が叫ぶと、周りにいた者が一斉に若い警官に飛びかかる。雪崩に巻き込まれたように体は見えなくなった。そして藤堂たち残った者は小岩井を一斉に取り囲み、銃を向けた。小岩井もそれに合わせて屋上の端の端、あと数センチで落ちるというところまで進んだ。
「もう、あきらめろ小岩井。これで満足だろう?ここで、この目立つ場所で戸田を殺すことが目的だったのか、報道ヘリは今の様子をしっかりと取っただろう。なあ、もう終わりにしないか。」
藤堂は至極冷静だった。自分でも驚くほど落ち着いていた。
「・・・VIMPATIOR。それは合言葉だ。我々を、いや私を何人たりとも裁くことはできない。私を裁くことのできる存在はメガミだけだ。」
「・・・何を訳の分からんことを。」
小岩井は藤堂をまっすぐ見据える。
「藤堂刑事。我々人間は等しく悪の側面を持っている。誰しもが罪と言う業を背負って生きている訳だ。私もそうだ。数えきれない罪を犯しながら生きてきた。」
「小岩井!もういい。あんたは何か信念を持って行動している。それだけはわかる。だからこそ俺に協力してくれないか?あんたのいう罪を戸田は犯したんだ。その真相を解明することがこいつの罪を償わせることじゃないのか?」
藤堂は必死に問いかけた。しかし目の前で今にも飛び降りようとしている男は全く顔色を変えないどころか、むしろますます哀愁めいた表情を浮かべるばかりである。
「ありがとう藤堂刑事。しかし罪はそんなことじゃ消えないんだよ。どうせ君たち警察では真実にたどり着くことなんてできないからね。」
小岩井はそう言うと自らの意志で飛び降りた。ゆっくりと、大胆に。藤堂は叫んで手を伸ばした。しかし届かない。ゆっくりと落下していく小岩井は最後まで自信満々だった。藤堂は確かに見た。小岩井が最後につぶやいた言葉を。見て、聞いた。
「小岩井――――――!!!」
時間の流れは残酷である。瞬く間に落下した小男の身体は、地面にたたきつけられて潰れた。VIMPATIOR。その言葉の意味など考えもしなかったが、藤堂の脳裏に焼き付いて離れなかった。
☆
10月22日 午前6時
「う、うう。あれ、俺死んだ?」
うっすらと目を開いた。ゆっくりと視界が復活していくにつれ、全身の痛みがはっきりと脳に自覚されていく。
「こ、ここは・・・」
顔に乾いた冷たい風が当たる。光が遠くから上ってくる。将人は少し体を起こしてみる。
「・・・目が覚めたか。」
将人はあたりを見回す。そこでようやく自分が山の上にいることに気が付いた。
「え?ここは・・・痛って!」
将人は全身の痛みに耐えながらさらに体を起こそうとした。
「動くな。傷が開くぞ。お前が一番やられていた。じっとしていろ。」
冷たいその声の持ち主は聞きなれた声だった。
「・・・結局任務はどうなったんです?石川先生。」
「成功したよ。反吐が出るくらいにシナリオ通りにな。」
成功したとは言いながらも石川はかなり機嫌が悪かった。
「学校は見事に爆破で消し飛んだよ。地下施設もろともに。VIMPATIORの方は小岩井と戸田が消えて一件落着。自衛隊基地の方はお前の兄貴が見事に指揮して鎮圧。まあ丸く収まったってわけだ。いや、世間的には大惨事か。」
将人は半分ほどしかその話を聞いていない。将人にはそんなことよりもよっぽど気になっていることがあった。
「先生。昂大は・・・」
将人の問いかけに石川はふう、と呆れたようにため息をついた。
「・・・無事ですよ。命に別状はない。ただ意識はまだ戻らない。何かショック状態のようで、私が見つけた時には彼は気を失っていました。」
将人のその質問に答えたのは少し遠くでタバコをふかしていたヒューだった。
「ヒュー先生!?なんであんたが・・・」
「私も、裏側の人間だったという話なだけです。今まで訳あって石川先生にしか話していませんでした。スミマセン。」
そんなことを言ってにっこりと笑う姿を見て将人もあきれてため息をついた。
「あっ!せや。ベルフェゴールは?」
「昂大君の傍にはいませんでしたよ?」
「そうですか・・・」
全身の力が抜ける。終わったのか、という安堵とやるせなさの入り混じった複雑な感情だった。結局敵には逃げられてしまい、昂大は生きてはいるが意識がない。いったいこの任務は何だったのか、考えれば考えるほどわからない。次第に将人は怒りが込み上げてきた。
「石川先生。俺・・・」
「わかっている。俺も同じ気持ちだ。」
そんな様子を石川は察してか、言葉をさえぎった。
「今回の任務、少々煮え切らない。まるで踊らされたみたいだ。俺たち全員が各自シナリオを用意され、そこでピエロみたいに踊らされた。そんな気分だ。」
石川は倒れている昂大の方を見た。
「だがな楠木将人。俺たちは所詮そんなもんなんだ。特にお前はなおさら、な。だから我慢しろ。いつかはお前も報われる日が来る。それまでその怒りは取っておけ。」
石川は懐からガムを取り出すと、将人に渡した。
「・・・ありがとうございます。あんたがそんなことを言うなんてちょっと意外でしたけど。」
「そうか?」
「さあさあお二人とも。日が昇りきる前に帰還しましょう。」
ヒューは昂大を担いで歩き始めた。それに続くように石川と将人も重い腰を上げる。
今日も朝日が昇っていく。様々な計画と思惑と感情を乗せて。
VIMPATIORの元ネタ、分かる方にはわかると思います(笑)
私は暴力に耐えているって意味らしいです・・・当時の自分、そこまで考えていたのだろうか。
当時、めっちゃ好きな回で、ばちばちに影響されてて草です。
特命係といい、まあ何とも影響されている・・・。(刑事の元ネタは全然違う作品ですが(笑))
ちなみにエボでもおなじみ、冒頭ポエムがあってびっくりですが、こちらも元ネタがあります。とある刑事ドラマなのですが、分かった方はアホだなぁと思っていてください。




