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偽りの惑星―fake planet―  作者: 過去(10年前)のくろひこうき
一章
2/32

年上美女とのひと時

「お疲れ様でーす。」


 夜の10時まで残っていた教師はさすがに居なくなった。薄暗い職員室にはこの春新任の数学教師、石川雅治ただ一人になった。不気味なほど静まり返った職員室に昼間ほどの活気はない。すぐに石川はパソコンのUSBポートに何かを差し込み、パソコンを起動させる。パソコンの画面には何やら膨大な量のデータが表示され。それをどうやらコピーしているようだ。画面にむかってなにやら不気味な薄笑いを浮かべている。


「ガラガラ。」


 突如として鳴り響いたドアの開閉音に石川は殺気立つ。そこには管理用務員の神戸タカエがいた。あまりにも殺気立ったせいか、神戸は少し怯えている。タカエにとって石川は一瞬鬼のように見えた。


「なんだ、タカエさんでしたか。すみません。」


 と微笑みかける。その顔に殺気など微塵たりとも存在しない。


「すみませんね。お仕事中に。」

「いえいえこちらこそすみません。こんな時間まで残っていて。」


 石川の笑みはなんともやさしく、甘いルックスを醸し出している。


「若いのにこんな時間まで大変ですねー。何をしていらしたんですか?」

「少し防犯カメラのチェックを。最近妙な変質者が出ているらしくて。生徒たちが怖がっているんです。」

「まー、そうなんですか。」


 普通に考えて職員室のカメラから防犯カメラの映像が見られるはずがない。しかし神戸は疑うそぶりも見せない。


「そういえばタカエさんは毎日この時間に掃除に?」

「ええまあそうですけど。」

「何か最近不審者を見かけられたことはありませんか?」


 神戸はうなずく。


「そういえば2年生の女の子が前に言ってたんだけど、この学校に、なんと、兵隊の幽霊がいるそうよ。」

「兵隊?ですか。」


 突然の幽霊話に少し困惑する石川。


「顔はよく見えなかったらしいけど、こーんなに長いピストルを持っていたらしいわ。」


 と神戸は手で長さを示す。1メートルは軽く超えているだろうか。


「2人一組で行動していたらしいわ。」


 なんともおかしなおばちゃんの話に石川は、


「それは怖いですねー。長くここに残っていると撃たれるかもしれませんね。」


 と言って笑った。そうしている間にせっせと仕事を済ませた神戸は、


「じゃあ先生。お疲れ様です。」


 と言い出ていこうとする。


「お疲れ様です。」


 と言い石川は不敵に笑う。


「ああそうそう。何時に帰られますか?」 


 と聞くと、


「ここが最後だったのでもう帰りますよ。」


 と言って出て行った。


「11時、ね。」


 と軽く石川はつぶやく。

 パソコンのモニターに映し出された防犯カメラの映像データは午後11時から午前6時まで存在していなかった。つまり消えていたのである。



 いつものように昂大は遅れて登校した。8時15分である。1限目の数学の時間に昂大はズカズカと入って行く。その瞬間いつもとまったく空気が違うことに昂大はつい身構えた。クラスの40人全員が一斉に振り向き、ざわめき出す。全く経験のないその現象に昂大は一瞬たじろいだ。が、すぐに窓際にある自分の席に向かう。その足はいつもより速くなる。昂大が席についても声は鳴りやまず、笑いが止まらない。どうしてこうなったのか、何を騒いでいるのか、昂大には少し思い当たることがあった。


「おーい。みんな今日に限ってどうした?沖田君の遅刻なんて日常茶飯事やろ。」


 この状況を見かねて声を上げたのは数学教師の土屋宏美だった。


「だって先生―。昂大が家に年上の美人を連れ込んだんだぜ。」


 そう声を上げたのは中辻智暉である。連れ込んだのではないのだがそんなことはこの中の一同が知るはずもない。


「それに証拠だってある。」


 そう言って取り出したのは昂大と美樹が写った写真である。昂大はこの騒動の原因であると思われるあの将人を恨めしそうに見る。当の本人はあまりに強い視線に気づき、手を合わせ、ごめんと口を動かす。


「へー。沖田君が年上の人と恋ね。これはおもしろい。」


 授業中に禁止であるスマホを出した中辻を注意することもなく土屋は興味津々である。


「まー今は授業中だし。後で沖田君に根掘り葉掘りききよし。」


 と言って土屋が笑うと。クラスが一斉に笑いに包まれた。昂大の顔はリンゴの様に赤くなった。昂大は誤解を解きたい気持ちなんて微塵にもなかった。


「どういうことだよ、これ。」


 休み時間に入ると即座に将人に詰め寄る昂大。その耳はまだ真っ赤である。


「いやーわりーわりー。ちょっとした出来心で写真をラインに乗せて智暉に送ったら拡散しちゃって・・・ごめんちょ。」


 と舌をだし、タジタジしている。


「あいつは彼女じゃねーし、昔からの腐れ縁というか幼馴染というか。」

「えっ。まじか。」


 と将人は今更興味を無くしたかの如く、逃げようとする。


「まったくあほかー。」


 と、昂大は嘆息を漏らしたが今更どうすることもできない。


「まあまあええやんか。なんかお前のイメージ変わるで。」


 あくまで反省をしていない将人。


「うちの部恋愛禁止だしばれたら説教だしイメージなんか悪くなるだけだし。ぷっ。」


 昂大はあまりにも将人がのんきので吹き出してしまった。


「なんやねん。おれ昂大がクラスの話題になったら楽しなるかなー思って。」


 昂大には全く意味は分からなかったが、悪気がなかったことはわかる。この事件をきっかけに将人とはじめて会話をしたとは思えないくらい2人は仲が良く見えた。



 午後四時だった。市立新田川高校の校門をくぐる一人の男がいた。この学校の教頭の吉田愚糲戸(ぐれこ)である。五月中旬はもうすでに暑く、日がじりじりと照っている。吉田は流れ出る汗を拭きながら誰かを待っている。すると真正面から全身黒ずくめの太った女が現れた。大量の汗をかきながらその巨体を重そうに引きずるようにしている。


「校長―。おかえりなさいませ、どうでございましたか。」


 吉田はあからさまに上機嫌な声で話しかける。


「うまく、ハア、話つけてー、ぜえ、おいたわよ。ハアハア。」


 女は今にも倒れそうである。滝のような汗を流し、ようやく校門の前までたどり着く。


「ということは今月もたっぷりいただけそうですね。」


 吉田はかなり機嫌がよく、さっさと坂を上って行こうとする。


「何言ってんのよ、ハア。あんたにはあげないわよ。ハアハア。こんなに苦労したんだから全部あたしのもんだよ。ぜえぜえ。」


 この学校の校長の橋本米はかなり金銭に関してはけちである。


「そそそ、そんなーー。いくらなんでもないですよー。私だって校長のサポートを。」

「うるさいうるさいぜんぶあたしのもんだよー。」


 まるで子供のように騒いでいる50代の男と女は汗を流しながら校舎に向かっていく。その光景を木陰から見ていたひとりの影がいることも知らずに。



 夜の8時。ようやく部活も終わり、帰路に就く昂大。今日は入学して以来これほどしゃべった日はなかった。疲労感が体を駆け巡る。部活でも彼女がいるといった話が蔓延し、とことんいじられた。幸いだったのは監督の平本には知られていなかったことだ。平本に知られることだけは嫌だった。なにより平本を落胆させてしまうことだけは避けたかったのである。平本だけは昂大のことをちゃんと見てくれており、そのことは昂大にとっても喜ばしいことであった。そうこう考えているうちにもうボロアパートについてしまった。ただいつもと違うことは明かりがついているということだ。昂大は薄々誰がいるかわかっておりそのうえでドアを開ける。


「おかえり。」


 そう言ったのは浅井美樹であった。


「何しに来たんだよ。てか何で鍵持ってんだよ。」


 だが部屋の中はとてもいい匂いがし、自然と昂大の顔は笑顔になる。


「カレー。作ったから。」


 そう言ってお皿に注がれたのは黄金のカレー、昂大の腹の虫を鳴らせる。一目散に鞄を置き、小さなテーブルにつく。


「どう。おいしいでしょ。」


 美樹は昂大がカレーにがっつく姿を見てとてもうれしそうである。


「おれ、誰かの料理食ったの何年ぶりかわかんねえよ。」

「でしょ。だから腕によりをかけて作ってみたの。」


 美樹は昂大の好みを熟知しており、ちゃんとカレーは甘口である。


「ねえ、明日私のマンションに来ない?そしたらもっとおいしいもの食べられるけど。」

「これで十分だよ。」


 昂大がそう言うと美樹はふてくされて、


「なによ。だったら別にいいわ。」


 と言う。


「いや行く行く。明日な。楽しみだなー。」


 わざとらしい笑いであったので美樹はどことなく不満そうである。

 そうこうしているうちに昂大はカレーを5皿もおかわりしていた。


「さすが食べ盛りだねー。作ったかいがあったわ。あああと鍋3つ分作ったから明日も食べてねー。」


 と言って取り出したのは超巨大大鍋3つであった。


「はあ?こんなのどこで買ったんだよ。」


 これなら一週間分の食糧ぐらいある。


「じゃ。私は仕事があるので帰りまーす。」


 そう言って美樹はそそくさと出て行った。残ったのは一人ぼっちの昂大と大鍋三兄弟である。


「ま。こんぐらい3日で食べれるけどな。」


 この日は昂大にとって、ある意味最高の1日になったといえた。うきうきな気分で昂大はいつものように銭湯へ行こうとすると、なにやら置き書きのようなものを見つけた。そこには「決行は最低でも1週間以内だそうよ。それに私も間接的だけど参加するわ。」と書いてあった。このことは一瞬で昂大を現実に引き戻した。



「沖田君彼女がいるらしいですよ。」


 数学教師の土屋宏美が何気ない会話の中で放った一言が今日の1年担任団の中での1番の話題となってしまった。いつも寝てばかりかつ恋愛禁止の野球部に所属している人間が恋愛をしている。これだけでは何も話題になる要素がないのだが、昂大のことを話す機会すら今までなかったので、そういうことが教師皆うれしかったのかもしれない。


「あの沖田が恋愛ねえ。」


 一番このことに驚いていたのは担任の堀田である。


「まあどうせフラれるでしょ。」


 そんな悪態をつきながらも、もっとも喜んでいたのも堀田である。

 このような他愛もない話を聞いてイライラしていた男がいた。非常勤でありながら生徒に絶大な人気がある教師、石川雅治だ。高い身長、甘いルックス、そして抜群のやさしさ。こんなにも完璧な男だと、JKの中で話題の男であったが、裏があることは誰も知らない。石川は不愉快な話をしている職員室をそそくさと出て行く。明かりが消え、真っ暗になった校舎を一人で歩いて行く。向かった先は少し離れにある給食配膳室である。市立新田川高校は珍しいことに給食制度を実施しており、毎日市の給食センターから運ばれてきたものを温めて出している。生徒からの評判はもっぱら悪く、給食制度の廃止を求める保護者からの声も少なくない。給食配膳室の前に立った石川は針金を取出しピッキングによりドアを開ける。給食配膳室の中は妙なにおいがし、不自然なほどきれいに清掃されていた。石川は迷うことなく食器などに謎の液体をかけてゆく。すると透明だった液体がみるみるうちに黄色に変色していく。そしてそれを写真に収めてゆく。


「フン。やはりな。」


 満足そうな笑みを浮かべ、液体を拭き取り部屋を出て、ピッキングで鍵を閉める。真っ暗闇な校内には誰もいない、これで成功、のはずだった。


「こんなところで何をしてらっしゃるんです?。」


 唐突にそう呼び止められる。振り返るとそこには化学教師の前川清志がいた。


「びっくりしましたよ。誰かと思えば前川先生でしたか。いやどうも生徒が最近不審者を見たというんでね、少しパトロールを。」


 石川はとても冷静かつ笑顔でそう答える。


「そうでしたか。石川先生はお若いのに肝が据わってらっしゃる。」


 と前川は笑顔で応える。


「若いからですかね。ではまた。」


 といい石川が去ろうとすると、


「石川先生。」


 また呼び止める。石川が振り返ると、


「ところでいったい何を調理器具にかけられていたんですか。何か液体のようなものでしたが。」


 この瞬間、石川は自然と全てを悟った。そして考えるより先に行動に出た。超越的なスピードを以て一瞬で前川の背後に回り込み、ロープの様なもので首を絞める。178㎝で体重90キロと大柄で柔道部の顧問を務めている前川であったがまったく抵抗する術もなく絞められる。


「ぐっっ。がっっ。」


 などの声も漏らさず、しばらくしてぐったりとなる。石川は動かなくなった前川を下ろし、上から眺めて嘲笑してこう言い放った。


「ふん。あのバカのことでイライラしてたからちょうどよかった。」


 漆黒の暗闇はその声さえも遮るほど暗かった。


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