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偽りの惑星―fake planet―  作者: 過去(10年前)のくろひこうき
一章
1/32

はじまりはじまり~

 暗闇の中で新田川市市長跡部は微笑している。夜の10時、残って仕事をしているのは1人の秘書だけである。


「ねえ、姫。書類はできた?」


 跡部は甘えるような声で姫を呼ぶ。


「できましたよ殿―、あとは渡すだけ。」


 殿や姫と呼び合っている2人の関係はあまりにも異常である。跡部には妻がいる。よってこのボディタッチの多すぎる関係は不倫である。


 「これでまた金が入ってくる。そしたら姫とデートに行こうかなー。」

 「いやーんうれしいわー。だったら河原町に行きましょー。」

 「そうだね姫―。楽しみだねー。」


 跡部は秘書の頬にキスをする。そして跡部は秘書に抱き着こうとする。


 「もう殿ったらー。まだよ、まだ。さっ、帰りましょ。」


 姫は強引に殿を振りほどき市長室から出ていく。

 「まってーーー姫――」


 御年71歳の殿は子供のように追いかけていく。その姿はまるで親に必死について行こうとする子供のようであった。



 夜の10時、もうとっくに職務時間の終わった夜の警察署に京都府警新田川署の藤堂警部補はいた。


 「相談なんか見てどうしたんですか?」


 こちらは相棒の大谷巡査長。2人は今少年課で地域の人からの相談の資料を見ている。


 「最近妙に犯罪が減ったと思はないか?それに母親が子供がまじめになったって相談してくるんだぜ?」


 母親たちのそういった相談はここ一か月で20件を超えている。そして時折頭がおかしくなったように勉強ばかりする。といった内容が多いらしい。


 「いいことじゃないですかー子供たちがまじめになって勉強をたくさんするようになったらそりゃ頭が変になることだってありますよ」


 と、のんきに大谷は言うが、藤堂は納得しない。


 「そんなことより俺の作った100分の1魔人号Z特大プラモを見てくださいよ。どうですかこの絶妙な色彩といいこのポージングは、あーーーーーーー。」


 魔人号Zを窓から投げ捨てて藤堂は続ける。


 「もう1つ気になるのがその子供たちの共通点だ。みんな同じ学校に通っている。市立新田川高校だ。」


 そう言って新田川高校のパンフレットを大谷に見せる。


 「新田川高校って文武両道の進学校ですよね?国公立とかにめっちゃ行くから人気なんですよね?」


 と泣きそうになりながら大谷は言う。


 「でもそうなったのはここ5年程でそれまではバカ高校だった。ついでに少年課に仕事がなくなったのも5年前からだ。」

 「だったら行ってみましょうよ。その学校に。どうせ俺たち暇ですし。」

 「そうだな暇だしな」


 と藤堂は笑う。もうほかに誰もいなくなった警察署内は静まり返った。



 カーテンから朝日が漏れちょうど顔にかかった。朝は誰もが苦手であるが沖田昂大は人より苦手である。起きない。「ジリリリリ」とけたたましく鳴り響く目覚まし3つでようやく起きる。時計を見ると7時半であった。45分には席についていなくてはならない、よって遅刻寸前である。しかし昂大は特に急ぐ様子もなく水道で顔を洗う。昂大が借りている部屋はワンルームでとても狭く、特に小さなテレビがあるくらいで他に何の家具も置いていないので、布団は敷きっぱなしである。そして冷蔵庫からアンパンを出して食べながら制服を着替えるという技を本人は知らないまま毎朝実践している。昂大のアパートから市立新田川高校まで徒歩1分の近さであるため特に急がないのだ。いや、これは昂大の性格かもしれない。教科書類とは別に野球部セットを抱えてアパートを出る。

 しばらく行くと校門が見えてくる。華やかな入学式からはや1か月、桜は散り緑の葉が芽吹いている桜並木は少し寂しげであった。


 教室に入ると、もうすでに1限目の英語が始まっていた。誰も昂大のことを一瞥もくれずに黒板の板書をしている。昂大が席に着くと英語教師兼担任の堀田一郎が、


「沖田、お前三日連続で遅刻だ。」


 とだけ言う。なるべく授業を止めたくないのもあるが、この進学校では誰も昂大のことを見ていないというのもある。もちろん昂大はクラスで友達もいなく、学校では常に寝ている。だがこれは昂大がすねているわけではなく、自ら進んで友達を作らないのだ。昂大は友達というものを作ろうとしたことがないのかもしれない。


 そんな昂大が学校で唯一楽しみにしていること、それは部活である。7限目が終わり、終礼のために担任の堀田が入ってくる前からソックスを履きだす。そして終礼とともに逃げるように教室から出る、そうしてグランド横にある部室で着替え始める。それが終わるまでにかかった時間は5分以下、もちろん毎日 1,2を争う速さである。だから周りの同級生から、


「昂大は野球のことになると元気になるよな。」


 とかなんとか言われてばかにされるのだが本人は気にしない、いや気づいていないのかもしれない。そして練習が始まると一段とまじめに取り組む。そんな野球にひたむきな昂大を野球部監督の平本剛司は高く評価しており、1年生ながらもレギュラーにしようとするぐらいであった。もちろん1年生であるので球ひろいなどの雑用しかほとんどさせてくれないのだが、監督の平本は昂大の才能を見抜いており、それを高く買っているのだ。


「沖田、お前今年の甲子園の予選からレギュラーとして大会に出ろ。」


 この日の練習終わりに平本に呼び出されこう言われた昂大は喜びというより戸惑いのほうが大きかった。


「でもおれ、まだ一年だし3年の先輩に何て言われるか。」


 昂大の顔に戸惑いの表情は隠せない。


「お前は才能がある。それに誰よりも頑張っているしな、それは誰が見てもわかることだ。まあ勉強はあまり頑張っていないみたいだが。」


 平本はにやけながら昂大を見る。それを聞いて昂大は少しうれしかった。


「めっちゃうれしいっすけどもう少し考えさせてください。」

「そうか、わかった。考えてくれ。ああ後、勉強はちゃんとやれよ。」

「わかりました。」


 少し照れながら部屋から出ていく昂大を平本は暖かく見ていた。


 徒歩1分という短い昂大の帰り道は軽かった。校門を出たときふと空を見上げると黄金に光る月があった。昂大はうれしかった。

 ワンルームのボロアパートに帰っても何もないので、少し歩いたところにあるスーパーディエで買い物をして帰ることにした。8時を過ぎたスーパーには半額になった弁当やお惣菜がたくさんあるのでお得である。その中で昂大はひときわ目の光るものを見つけた。半額になった寿司である。ふだんは498円するものが249円である。監督にあんなことを言われたので、自分へのご褒美にとニコニコしながら眺める高校生がここにいた。しかしその寿司を取ろうとしたその時、目の前のご褒美は消えてなくなっていた。

 猪のような体型のおばさんが半額の寿司をかごに入れ、そそくさと立ち去っていく。もう寿司はない。最後の1つであった。こうして昂大のご褒美は儚くも消え去った。先に手にしていた醤油とガリを元に戻す。仕方がないので3割引きのハンバーグ弁当を籠に入れて立ち去る。だが昂大はめげない。次に向かった先はスイーツコーナーであった。


「やっぱりおれのご褒美はスイーツだな。」


 と自分を慰めるようにつぶやいた坊主がシュークリームを4つもかごに入れる。それからチーズケーキを1パック入れて立ち去る。その足で向かった先はなんとお菓子コーナーである。何の歌かわからない鼻歌を歌いながらアーモンドチョコや板チョコなども次々とかごに入れている。それを見ていた幼児が、


「ママー。へんなおにいちゃんがいるー。」

「こらっそんなこと言わないの。」


 と言ったが、そういう会話をへんなおにいちゃんは他人の事だと思って気づいていないようだ。

大量の甘いものを買い込んだ昂大は満足そうにレジに向かう。かごの中はまるでメタボの人を連想させるような高カロリーのものばかりだ。無論こんなことは彼の学校にいる者は誰も知らないのだが、


「あれっ、昂大やん。」


 この一言でスイーツパラダイスの世界にいた昂大はいっきに現実の世界へ引き戻された。


「なな、なんだよ。びっくりするじゃねーか!。」


 とっさにかごを隠す昂大。


「えっ、何にびっくりするねん。それよりお前こんな時間にスーパー来るんやな。なんか以外やわー」


 とニヤニヤしながら言ったのは、同じクラスの楠木将人という男だった。何が意外なのかは昂大にはよくわからなかった。


「お前こそなんでこんなこと、じゃなかったこんなとこにいんだよ。」


 明らかに動揺している。


「このスーパー近所やからおつかいで。」


 そう言ってかごを見せる。中にはキャベツ2玉に豚肉4パックに業務用の小麦粉が入っていた。


「なんか明日お好み焼きがええらしいねん。明日行けばいいのになあ。」


と不満げに言った。どうやら少しでも安く上げたいらしい。肉には半額のシールが貼ってある。それにしてもすごい量である。


「おれんとこ大家族やから。」


 まるで見透かしたように将人は言った。


「ところでお前何買ったん。」


 と言い、あのスイーツパラダイスなかごを見ようとする。


「いやいや別に何も買ってねえよ。」


 とっさに後ろへ下がり回避する。昂大の顔はトマトの様に真っ赤である。


「はあ?気になるやろ。」


 といい強引に昂大のかごを引っ張った。そしてかごの中を見た。無論かごの中はチョコやスイーツだらけである。これを見てしまった将人は、


「お前!。彼女おったんかーー!」


 周りにいた客は皆一斉に昂大を見た。


「えっ、そこかよ!てか、いねえよ!。」

「それ以外何があんねん。ええなー。それ彼女と食べるんやろ。」

「ええー何で、そうなるか?」


 それ以上昂大は何も言えなかった。まさかこれを一人で食べるなんて口が裂けても言えない。


「どうなんどうなん?イチャイチャしてんの?」


 将人は本当に楽しそうである。次々と出される質問に昂大は途方に暮れていた。だがそんな会話も昂大にとって、後から考えればかけがえのない物のように思われた。


 お互いにレジを済ませた昂大と将人はスーパーを出た。そそくさと帰ろうとする昂大に将人は、


「何でそんなに急ぐねん。さては家におるんか?」


 と詰め寄る。もちろんあんなぼろアパートに昂大の彼女がいるはずもない。昂大は15年間彼女ができたこともない。


「まじええよなー、彼女がいたらこんなことやあんなこと・・・」


 明らかに変なことを考えている将人に完全に誤解されてしまったので言葉も出ない。こういう点では昂大はとても臆病な人間なのだった。もうすぐアパートに着くという時に昂大は異変に気づいた。なんとも田舎町に似合わない服を着た足の長いスタイルのよい女性がアパートの前に立っている。昂大は身震いした。なぜならその女性に見覚えがあったからだ。そうこうしているうちにその女性はこっちに気づき、近づいてきた。


「なんや。あのめちゃくちゃきれいな人は。」


 さすがの将人も驚きを隠せない。よく見ると夜なのにサングラスをかけており、おしゃれセンス抜群であると同時に少し恐怖を感じる。


「やっほー昂大!。」


 手を振ってきた。昂大にとって悪夢であることに違いない。しかし女性はそのことを知らない。


「あれっ友達?こんばんは。」


 と将人に話しかける。


「あっ。こんばんは。おれ楠木将人っていいます。」

「将人くんね。昂大と仲良くしてくれてありがとう。」


 昂大は、保護者か!。とつっこみたかったが憚られる。すると将人が、


「昂大、いい夜を。」


 と耳元でつぶやいたのである。これは本当につっこもうとしたがすぐに、


「俺っ帰ります。昂大くん、グッドラック。いい夜を。」


 と半身バカにしたように笑い、嵐のように去って行った。昂大は正直泣きたいようなショックを受けた。



「何しに来たんだよ。」


 昂大の一言はとても冷たく乾いていた。


「何よ。そんなに睨まなくてもいいじゃない。」


 明らかに不機嫌な顔色の昂大をよそにとても機嫌のいい女性、浅井美樹はとても満足そうだった。


「ちょっと仕事で近くまで来てるの。そしたらあいつから昂大君がここに住んでいるって聞いて。」

「だからといってそのかっこはないだろ。」

「はあ?美女におしゃれは必要でしょ。これなら思春期真っ只中の昂大も喜んでくれると思って。」

「意味わかんねえよ。むしろ迷惑だっつうの。」


 昂大はそう言いながらもどこか目の奥は楽しそうである。美樹は袋の中のシュークリームを勝手に食べながら言う。


「てか前に会ったのいつだっけ?なんかもっと小さかった気がするんだけど。あーあ、あのときは「みっちゃんあそぼー」とか言ってかわいかったのになー。こんなでかくなまいきになっちゃって。」

「知らねーよそんなこと」


 一昔前の小汚い電子レンジでチンしたハンバーグ弁当を食べながら昂大は不機嫌そうに言う。


「てか何食べてんだよ、おれのシュークリーム。」

「いいじゃない、こんなにあるんだし。今も甘いもの好きなのねー。変わらないね。」


 美樹は懐かしげなまなざしで昂大を見る。


「そっちだって変わんねーだろ。」


 2人が会うのは約5年ぶりぐらいである。


「で、この近くに今度のターゲットがいんの?」

「ふふ。そうね、秘密よ。」

「なんだよそれ。」


 シュークリームを食べている昂大の顔が少しはにかんだ。


「そんなことよりご立腹だったわよ。鬼代官様が。『昂大はなまけてる』って。」

「別に怠けてなんかねーよ。」


 と昂大はチーズケーキを食べながら言う。


「ま、あいつは頭が固いから。それに頑固だし。私なんか前おしゃれして街中歩いてただけで怒られたのよー。」

「おれも昔そういえば寝てたら怒られたっけ。」


 2人はアーモンドチョコをつまみながら話している。時計はもう10時を超えていた。


「やっべ、もうこんな時間じゃん。」


 そそくさと着替えのジャージを持って出で行こうとする。


「えっ、どこ行くの?」

「風呂。」


 このアパートには風呂はなく、徒歩3分ほどのところに銭湯がある。昂大は毎日そこに行くのが日課なのだ。


「まじでお風呂も無いの?私が住んでいるマンションなんてジャグジーついてるわよ。」

「おれにももう少しいいところに住ませてくださいって上に言っといてくれよ。」

「やーよ。昂大には銭湯のほうがお似合いよー。」

「ああ、そーですかーだ。」


 少しすねたような顔をして昂大は部屋を出ていく。


「元気そうでよかったわ。」


 残りのアーモンドチョコを食べながら美樹は満足そうに笑った。


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