5.街のねこ司法書士、ミケと健太の奮闘記:下町司法書士青年会の挑戦
司法書士の青年会の詳しい話については、全国青年司法書士協議会のページをご参照ください。
https://www.zenseishi.com/
下町の片隅にある「佐々木司法書士事務所」には、いつもどこか頼りない雰囲気を纏った司法書士、佐々木健太がいた。今日もまた、目の前の書類の山を前にして、彼は小さくため息をついていた。
「うーん、この条文の解釈、本当にこれで合ってるのかな……。先輩たちはサラッとこなしてるけど、俺にはどうも難しくて……」
健太の隣では、彼の相棒である三毛猫のミケが、丸い瞳でじっと彼を見つめている。ミケは健太が司法書士になって以来、常に彼の傍らにいる。単なるペットではない。健太が法律の壁にぶつかり、自信をなくしかけた時、ミケの不思議な仕草や行動が、いつも健太を正しい方向へと導いてくれるのだ。健太自身、その的確すぎる「助言」に、半信半疑ながらも強く依存していた。ミケがいないと、途端に心細くなり、右往左往してしまう自分が情けなかった。
そんな健太に、新たな試練が訪れた。司法書士青年会からの連絡だった。
「佐々木先生、来月の市民公開講座の企画、担当になりませんか?」
電話の向こうから聞こえる青年会長の声に、健太は思わずたじろいだ。市民公開講座。それは、司法書士の仕事内容や法律の基礎知識を市民に分かりやすく伝えるための重要なイベントだ。大勢の人の前で話すこと自体、健太にとっては胃が痛くなるようなことだった。ましてや、企画立案から運営までとなると……。
「え、えっと……僕ですか? で、でも、僕なんかじゃ、その……うまくできる自信が、全くなくて……」
「佐々木先生なら大丈夫ですよ。真面目だし、何より熱心じゃないですか。それに、今回は特に、若い世代にも興味を持ってもらえるような企画を、という方針でして」
会長の言葉に、健太はますます戸惑った。若い世代? 自分が? そんな斬新なアイデアが浮かぶはずもない。健太はミケに助けを求めるように視線を送った。ミケは「ニャア」と一声鳴くと、健太のデスクの隅にある、古びた学生時代の卒業アルバムにそっと前足を置いた。
「卒業アルバム……?」
健太は首を傾げた。ミケはそのまま、アルバムを軽く叩く。まるで「思い出せ」とでも言っているかのようだ。健太はアルバムを開いてみた。そこには、大学生の健太が、地域の子供たちに法律の面白さを伝えるボランティア活動に参加している写真があった。
「あ……そうだ。昔、そんなこともしてたっけ……。でも、あの頃は、まだ司法書士じゃなくて、気楽だったし……」
健太は当時のことを思い出した。堅苦しい法律用語ではなく、身近な例え話を使って、子供たちに「ルールを守ることの大切さ」や「困った時に相談する場所があること」を伝えた。子供たちの瞳がキラキラ輝いていたことを、彼は鮮明に覚えている。
「これだ、ミケ!」
健太はミケの頭を撫でた。「子供向けの法教育」をテーマにすれば、堅苦しくならずに若い世代にも興味を持ってもらえるかもしれない。しかも、自分にはわずかながら経験がある。
企画会議の日、健太は緊張しながらも、ミケがくれたヒントをもとに練り上げた企画案を発表した。
「えっと……市民公開講座ですが、今回は『ミケと学ぶ! やさしい法律のふしぎ』と題しまして、特に小中学生を対象に、寸劇を交えながら、身近な法律問題を楽しく学んでもらう、というのはどうでしょうか……?」
彼の提案に、青年会の先輩たちは戸惑いの表情を見せた。
「佐々木先生、子供向けですか? うーん、それは少々、方向性が違いませんか? もっと専門的で、大人向けのテーマの方が……」
「そうですよ。寸劇なんて、司法書士がやるにはちょっと……」
自信なさげに提案した健太は、案の定の反応に肩を落とした。「やっぱり俺には無理なんだ……」と、内心ではミケに謝っていた。
その時、健太の足元にいたミケが、突如として立ち上がり、健太の企画書の上に飛び乗った。そして、企画書の一部分を、前足で強く叩いたのだ。そこには、健太が子供向けに考えた寸劇のタイトルが書かれていた。
「『消えたおやつと、だれが犯人?』」
ミケが叩いた瞬間に、会議室の空気が変わった。先輩たちが、その寸劇のタイトルを見て、思わず吹き出したのだ。
「フフッ、佐々木先生、面白いじゃないか!」
「なんだこれ、まさか、佐々木先生が考えたのか? 意外だな!」
先輩たちの反応に、健太は戸惑った。しかし、ミケは満足そうに、健太の企画書の上でゴロゴロと喉を鳴らしている。
「あ、あの……この寸劇は、友達同士のお菓子の盗難を通して、権利や義務、そして話し合いで解決することの大切さを、子供たちに体験してもらうという内容でして……」
健太が訥々と説明すると、先輩たちは徐々に興味を示し始めた。そして、会長が口を開いた。
「佐々木先生、面白いじゃないか! 子供向けの法教育は、まさに司法書士が地域に貢献できる大きな柱だ。よし、この企画、採用しよう!」
健太は驚きと安堵で、思わずガッツポーズをした。これもミケのおかげだ。
市民公開講座の準備は多忙を極めた。健太は企画リーダーとして、寸劇の台本作成、小道具の準備、そして何よりも、先輩司法書士たちへの寸劇の演技指導に追われた。演技経験など皆無の健太が、先輩たちに「もっと感情を込めて!」「ここはもっと元気よく!」と指示を出す姿は、まるで別人だった。
「佐々木先生、台本のセリフ、噛みまくりですよ!」
「だって、佐々木先生が書いたセリフが長すぎるんです!」
先輩たちの文句に、健太はタジタジになることもあった。それでも、ミケが稽古の様子をじっと見守り、時に健太の肩に飛び乗って励ましてくれるような仕草を見せるたびに、健太は「ミケが見てるんだから、頑張らなくちゃ」と自分を奮い立たせた。
そして迎えた市民公開講座当日。会場には、たくさんの親子連れが詰めかけていた。健太は舞台袖で、心臓が飛び出しそうなほど緊張していた。
「ミケ、俺、やっぱり無理かもしれない……。足がガクガクするよ……」
健太がミケに耳打ちすると、ミケは健太の頬にそっと頭を擦り付けた。そして、舞台袖から、ちらりと観客席を見た。最前列には、目を輝かせている子供たちの姿があった。
「よし……やるぞ!」
健太は意を決して、舞台へと上がった。
寸劇が始まった。「消えたおやつと、だれが犯人?」の物語は、子供たちの好奇心を瞬く間に掴んだ。健太は、おやつを盗んだと疑われる少年役を演じた。最初は棒読みだった健太のセリフも、子供たちの純粋な反応に触れるうちに、次第に感情がこもっていく。ミケは、舞台袖から健太の演技をじっと見守っていた。
寸劇の後の「法律クイズ」コーナーも大盛り上がりだった。「困った時は誰に相談する?」「約束を破ったらどうなる?」といったクイズに、子供たちは元気よく手を挙げた。
そして、健太が一番力を入れたのが、最後の「司法書士のお仕事紹介」のコーナーだった。健太は、緊張しながらも、自分の言葉で司法書士の仕事の意義を語り始めた。
「僕たち司法書士は、皆さんが困った時、安心して頼れる『法律の身近な相談相手』です。登記のことはもちろん、相続や借金の問題、高齢になった時のこと……皆さんの暮らしの中で起こる様々な問題の解決をお手伝いします。皆さんの大切な権利を守り、安心して暮らせるお手伝いをするのが、僕たちの仕事です」
健太は、自分の言葉に少しずつ自信が生まれてくるのを感じた。子供たちの真剣な眼差し、そして保護者たちの温かい拍手が、健太の背中を押してくれた。
講座が終わり、健太が舞台裏に戻ると、先輩たちが笑顔で迎えた。
「佐々木先生、やったな! 大成功だ!」
「まさか、あんなに子供たちが夢中になるとは思わなかったよ。寸劇も、なかなかだったぞ!」
会長も満面の笑みで健太の肩を叩いた。
「佐々木先生、見直したぞ! 君の企画力と、何より子供たちへの真摯な姿勢が、今日の成功に繋がったんだ」
健太は照れくさそうに笑った。これも、全てはミケのおかげだ。健太はミケを抱き上げた。ミケは健太の腕の中で、満足そうにゴロゴロと喉を鳴らしている。
「ミケ、ありがとう。俺、少しは成長できたかな……?」
ミケは健太の問いかけに、「ニャア」と力強く鳴いた。その声は、まるで「まだまだこれからだ、健太!」と励ましているようにも聞こえた。
後日、事務所には、市民公開講座に参加した親子からの相談の電話が何件かかかってきた。「先生のお話、分かりやすかったです!」「子供が司法書士になりたいって言い出して!」そんな声を聞くたびに、健太の心には温かいものが広がった。
健太は、青年部での活動を通じて、司法書士としての自信と、地域社会への貢献という新たなやりがいを見出した。そして、ミケとの絆も、より一層深まった。
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