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8. エミリア、隣国の王太子と対峙する

「カノン様、お話はいったんここまでにして。お部屋で少しお休みください。お疲れになりましたでしょう?」


「ええ、そうさせて頂けると嬉しいですわ。このままだと色々と考えてしまいそうで……やっつけてやりたい!!そんな気持ちになってしまいますもの」


「…………!?(やっつけてやりたいの?)」


「それよりもエミリア様、私の疲れなどどうでもいいこと。この度は、本当にありがとうございました。心から感謝申し上げます。もしも……エミリア様とクライス殿下がいて下さらなければ、私は今ごろ……」



 これからの目処が立って、安心したのだろう。

 私にはカノンが一気に脱力したように見えた。


 だから眠る前の『おやすみ』の気持ちで抱きしめて、その背中をトントンとゆっくり優しく叩いてやった。

 子供の頃、前世の記憶やら今世への悩みやらで眠れない時、涙が止まらない時にお母様がしてくださったように——。


 するとカノンは、ほんの少し私に身を預けて。

 涙を隠すようにギュッと瞼を閉じたのだけれど、しずくが数滴、その目に収まり切れず頬を伝っていた。


 そうして落ち着くと、カノンはきっちりと丁寧にお辞儀をして。

 ここへ来た時よりは少し元気になって、応接室を出て行った。


 私はと言えば、カノンの後ろ姿に複雑な気持ちが込み上げてしまって。

 しばし、頭を抱えざるを得なくなった。



 だってカノンが——『やっつけてやりたい』なんて言葉を!?

 もうその段階で末期だわよ。


 ——どこへ行った!?『不屈の妃候補魂』——…!?



 カノンは幼い頃から、王太子妃になるべく育てられた人。

 だからとっても我慢強い。

 簡単に感情的にならないし、不確実なことを迂闊に口にする人でもない。


 その彼女が疑うロリーナ・イナカーノ男爵令嬢。

 気付くと私の頭は、その女のことでいっぱいになっていた。

 そしてそんな女にご執心だという、レオハリス殿下のこともまた同様に——。



 ◇


「エミリア殿下、ちょっとよろしいかしら?変な男が女を探して右往左往しているんですって!!納品に来た酒屋が教えてくれたの。どうしよう?とっ捕まえる?」


 ナオミが一輪挿しの花瓶を両手に持って、肩でドアをグイグイと押し開けながら顔を覗かせる。——相変わらず屈強である。


 夜の営業に向けた納品やら、フライングを決める客の対応やらで忙しくなると言って、カノンよりもずっと前に退室したのだ。



「変な男?それはまた抽象的な表現ね。容姿とか……探している理由とか、何か詳しいネタはないの?」


「ふふふ……ございますわよぉ〜お。ズバリ!!その男はダイアンサス王国の王太子に違いないわ!!私の勘、いいえ本能がそう言ってるもの」


「…………ちょっと、『勘』と『本能』の精度の違いが分からないけれど。まぁどっちでもいいわ。なんで王太子だと思ったか聞かせてちょうだい」


「どうやら制服で歩ってるらしいのよ。ほら!隣国の王立学校……なんて言ったっけ?……あ、そうそう『キングズハート王立学院』!!あそこの制服で来ちゃったらしいの。軍服デザインで詰襟の麗しいやつ」



 もう堪らんと言わんばかりに、クライスが割り込んで。

 ナオミから肝心の部分を聞き出そうとする。



「…………本当にどうしようもないな。……で、ナオミが確信を持つ理由は刺繍か?」



 同じ王太子という立場にいるから、尚更のことだろう。

 クライスはレオハリス殿下の様子を耳にして、不快感を露わにした。

 ずいぶんと浅はかな男だと、心の内では憤ったに違いない。


 ——垂れ目だけれど、私の旦那様は抜かりのない男だから。

 


「ご名答!!そのとおりですわ。クライス殿下もたまには……コホンッ、いえ……鋭くていらっしゃる。あそこの男子生徒は身分によって刺繍の色が異なりますからね。酒屋のヤージが言うには、襟元に金色の刺繍があったそうで。それこそ『ザ・王族』って証でございましょう?あぁ〜会ってみたいわぁ、噂のイケメン王太子」



 ナオミが興奮して手をブンブンするたび、私は一輪挿しの無事を確認するはめになった。もはや一輪挿しの水がこぼれやしないか、そのことの方が不安になってしまって。


 だってカノンのことは私たちが守れば良いのだけれど、一輪挿しの行く末はナオミの手にかかっているのだから。



「ナオミ!とうとううちに来ちゃったよぉ〜。護衛をつれた学生服の男。ヤージに確認したら、他を訪ねて回った男と同じ奴だって」



 下働きのジーナが、ノックの返事も待たずに駆け込んできた。

 その慌て様から察するに、強引なアプローチをされているのだろう。


 私は『どうしよう?』という表情を作って、クライスを見上げた。

 すると彼は、私の腰に優しく手を添えて——。

 意を決したように、こう言った。



「妻の親戚のことだ……後回しにはしたくない。まず俺がその男と会って、話してみようじゃないか。幸いにもここはもう、リアのものだしな」

 

「わかりましたわ、殿下。それでは一緒にお願いいたします。ひゃあ〜っ!ほんっと楽しみ。隣国の王太子なんて、なかなか拝めるもんじゃないもの。ところでクライス殿下、あちらさんの顔お分かりになりますの?……エミリア殿下でも構いませんけど」


「あぁ、俺もリアも知ってる。我が国の建国式典に招いたことがあるからな」



 そうしてクライスとナオミは、連れ立って大階段を降りていった。

 後にクライスの護衛とナオミのボディーガード、そして私たち女性陣を従えて。



「ようこそ『ダイヤモンド・ホール』へ!どのようなご用件でお越しくださったのかしら?……まぁまぁ!そんなにたくさんの兵隊さんを引き連れて。ずい分と物騒なこと!!っていうか、ふふふ……ちょっとみっともない!?」



 言葉選びはおかしいけれど、ナオミの圧倒するような声——…。


 まぁそれも、やむを得ない状況だった。

 私たちが階下のエントランスホールへ降り立った時、そこには信じられない光景が繰り広げられていたのだから。


 隣国ダイアンサス王国の王太子レオハリスが、学校の制服に帯刀の姿で立ち、それを守るように近衛だか護衛騎士だか知らないけれど、大勢の男が立ちはだかって——。


 目を見張ったまま瞬きすら忘れるくらい、私たちは仰天させられたのだった。

 そして誰しも黙りこくって、無駄に牽制し合うだけの時が流れていった。


 そうして気付くと私は、クライスとナオミの前にしゃしゃり出ていて。

 声のかぎりに、恥ずかしいほど怒りに任せて叫んでいた。

 まったく誰も、今この状況では誰も気にしていないような、そんなことを理由にして。

 

「ちょっとアンタたちっ!!ここは『帯刀禁止』区域よ!!——はい全員、今すぐ没収!!」



 ——その場の空気が、それまで以上に凍てついたことは言うまでもない。



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