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7. エミリア、悪役令嬢と対面する

 ダイアンサス王国、そこは私たちの暮らすマジリエス王国とぴたり隣り合った隣国で。あちらは山間の軍事大国、こちらは海に程近い魔法大国として勝ち残った。


 それぞれの個性を活かし発展した歴史を持つ両国は、互いに成し得た功績こそ異なれど、国民が安全に暮らし豊かさを享受している、その点においては全く同じで。決して他国から何かを奪おうなどと考えない。


 それは無駄に攻撃したり、喧嘩を売ったりはしないということ。

 もちろん戦を仕掛けることもないということだ。


 ——だからこそ互いに理解を深め、良好な関係を築くこともできた。


 そしてこの愛すべき隣国に、私の遠縁、バーデンベルク侯爵家がある。

 バーデンベルク家は建国の立役者とまで言われる名家で、現在の当主はフレデリック・ド・バーデンベルク侯爵。


 彼は文武両道、そして絶世と謳われる美しい容姿もまた評判の男だ。

 子供の頃に一度会ったフレデリック様は、それはそれは美しくて——。


 その美しさの虜になった私は、バーデンベルク家へ養子に出してくれとお父様に頼んで。いたく親心を傷つけたことがあるほどだ。——子供というのは、得てして正直で残酷な生き物だからね。


 そしてそんな侯爵には、最愛の亡き妻に恥じぬよう、丁寧に愛情を注いで育てた娘がいる。彼女の名はカノンといい、ダイアンサス王国の第一王子で少し前に立太子した王太子、レオハリス殿下の婚約者でもあった。


 過去形で言うのは何故か。

 それは王太子が彼女に謂れのない濡れ衣を着せて——。

 婚約破棄というとんでもない愚業を行うに至った、そう聞いたからである。


 それにしてもレオハリス、なんと軽率な男だろう。

 一発や二発のグーパンチなどでは足りないわ、本当に。

 本格的に殴り倒して、二度と立てない身体にしてやろうかしら。


 そうしてもはや、私にとって王太子はダメ男になり、ダイアンサス王国は『愛すべき隣国』などではなくなった。



 応接室で私たちは、その時がくるのを待っている。


 さっき——ほんの一時間ほど前、私はとある部屋の覗き穴から一人の女性を確認して。その女性が間違いなくカノンであると知っている。


 その時の彼女は、両腕でぎゅっと自分を抱きしめるようにしていて。

 その仕草は紛れもなく、不安と恐怖を表すものだった。

 

 だからだろうか、私の胸も締め付けられるように痛んで。

 なんとかして彼女の力になりたい、そう思ったのだった。


「娼館に売られただけでもショックでしょうに、あんな覗き部屋……冗談じゃないわっ!!」


 そうして私も、その時のことを思い出して——。

 同じようにぎゅっと自分を抱きしめた時だった。

 扉の向こうから、ノックの音と人の話し声が聞こえてきたのは。


 先ずはナオミが現れて、その後すぐカノンが続いて、最後には二人を見守るように下働きのジーナが入ってきた。


 俯き加減のカノンの視界には、私の存在はまだ映っていないことだろう。

 視線を交わす前から足早に近寄って、私はカノンの手を両手で包んだ。


「カノン様、お久しぶりでございます」


「…………!?エミリア様?」


「はい、間違いなくエミリアでございます。夫のことも覚えておられますわよね?クライスも参りましたのよ。さぁさ、こちらへ早く」


 私は自分が座っていたソファの横に、一人がけのソファを移動して。

 そこにカノンを座らせると、前のめりになって話し出した。


「不躾ですけれど、カノン様……森で攫われましたわね?」


「えぇ、そうなんです。ただ……誰に攫われたかまでは分からなくて」


「恥ずかしながら、ここ最近この国では、盗賊が若い女性を攫う事件が多発しておりましてね。……おそらくは、娼館に売るためじゃないかと調べているところだったのです」


「……そうですか、私はてっきり…………」


 ここで一旦、カノンは言葉を詰まらせた。

 そうして一度飲み込んだ息を、ふぅーっとゆっくり吐き出して。

 改めて私に向き合ったように見えた。


「どうなさいました? なんでも話してください……同じ血が流れる親戚ではありませんか?」


「実は私、レオハリス殿下から婚約破棄を言い渡されまして……その理由が『殿下の最愛の人に毒を盛ったから』だったんです。……ロリーナ・イナカーノ男爵令嬢。私はその人のお茶に毒を盛ったと言われ、断罪されました」


「聞きましたわ。お気の毒に……」


「もちろん濡れ衣ですわ!でも……貴族としての身分も剥奪されることになって。……そもそもその……今までのことも全て、ロリーナ嬢の企んだことだったとしたら? そう考えると、私を攫った人間も……なんて。でも考えすぎですわよね?」


 あまりにも衣装が刺激的だからだろうか——。

 カノンはガウンを羽織らされていて、その太もも辺りをぎゅっと握って俯いたまま、声を振り絞るのだった。


「いや、そうとも言い切れないよ。貴女の言う通りかもしれない。リアには言ったよね?……この誘拐、なんだかおかしい気がするって」


「そうだったわね。だとしたら余計に見逃せないけれど……」


 クライスが違和感を感じたのだから、この誘拐は厳密に調査されるだろう。

 それだけは安心していい。


 けれど、このカノンをどうしたら良いか?

 隠すのか、それとも普通に暮らしてもらうのか——。


 私がそんなことを迷い始めた頃、背後から突然に『パチンッ』という音が響いて。その後すぐに、言葉が続いた。


「ところで、カノン様!しばらくはマジリエスで過ごして頂くわけですし。のびのびとやってくださいませ!……それに、これも好機ではありませんか?しばらくは身分から解放されて、自由な時間を与えられるのです。私たちがお守りしますから、街歩きにでもお出かけになってはいかがでしょう?」


 パチンッは、テレシアが左右の掌を合わせた音だった。

 あまりによく響いて、まるで何かの始まりを告げる合図みたいだった。


 例えば、カノンが新生活に飛び込む時の『よーい、スタート』の合図。


 私は前世で見た『カチンコ』って道具の音を思い出していた。

 映画の撮影現場で使われる、助監督が使うあの四角い道具『カチンコ』。

 なんだか懐かしいわね。


 私の後に立つ女官二人——血気盛んな正義感の塊二人は、カノンの話を聞きながら拳を握りしめていた。途中その拳が視界に入って、どうしたものかと思っていたのだけれど。


 自分たちにもできることはないか?

 どうしたら気持ちを明るくして差し上げられるか——。

 そう考えて咄嗟に思いついたのが『街歩き』だったようだ。


「そうですわね!それがいいですわ!!こちらの二人は私の女官で、本当に信頼できる者たちです。事件の調査を終えるまで、我が国で存分にお楽しみください。ダイアンサスの侯爵様にも、すぐにお伝えしておきましょう」


 かくして、カノンがこの娼館『ダイヤモンドホール』でしばらく暮らすことが決まり、その間の警護体制や生活空間の整備などについてもまた、話がまとまったのである。


 だがしかし、この時の私たちは考えてもみなかった。

 隣国ダイアンサス王国が、この誘拐劇になんの関係もないなんて。


 むしろマジリエスの、私たちの学生時代のことが発端になっているなんて——。

 誰一人、思いつきもしなかったのだ。

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