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6. 過去の記憶と現在のこと

 ——前世を思い返す時、必ず私は、少し切なくなる。

 だから本当は怖いんだけど、今日くらいはちゃんと振り返ることにしよう。


  私が前世で生きた日本という国にも、歴史上、ここマジリエス王国の色町と同じような区画が存在していた。


 前世の私は、その詳しいことを学ぶことなく死んでしまって。

 今世は異世界転生で、ゲームの世界——色町を持つこの国に生まれてきた。


 そして何の因果か、こうして私は今、王太子妃をやっていて。

 ちょっぴりだけど、力だって与えられている。

 

 どちらの世界でも言えること。

 それは人の命には限りがあって、出会える人や事にも限りがあるということだ。


 前世の私は、まさに天寿を全うできなかった。

 望んでもいないのに、30歳で死んでしまったから——。


 だから8歳で前世の記憶を取り戻した時、私は心に決めた。

 せっかく二人分の記憶を持っているんだから、どちらも大切にしよう。

 その現実がどんなに恐ろしくても、怖がるんじゃなく立ち向かおうと。


 日本という先進国、マジリエスとは比べものにならないくらい進んだ国。

 マジリエスという魔法大国、魔力を持つ人がいて魔道具も発達した夢の王国。


 こうして見れば、前世は寂しく生きた私でも——。

 こんなに素晴らしい二つの世界で、生きるチャンスを与えられたんだ。

 それって宇宙一贅沢なんじゃない?

 

 だから魔力量と身分でしか存在価値を測れないこの国で生きるとしても、私だけは——変態だと疑われても私だけは——思うままに生きよう。

 私はそう心に決めたのだった。


 でも結果はどうだろう——。

 私を変態だと蔑んだ人はいなかった。


 こうして懐かしき母校、王立の貴族学校『ブリリアンス学院』を卒業した後も共に歩んでくれる人々がいる。そして両親も兄も、一生をかけて私に付き合ってくれる覚悟だ。


 そのことが全てではないのか——。


 ◇


「エミリア様!お待たせいたしました!!」


「ちょっと待ってよ!馬車に資料を置きっぱなしじゃない!?」


 ——エントランスホールに、澄んだ女性の声が響きわたる。


 騒がしく娼館に駆け込んできたのは、私付きの女官二人。

 まだ見習いみたいなものだが、私をよく理解してくれている二人だ。


 一人は先輩、一人は同級生で。

 そう——この二人は、乙女ゲームのヒロインに婚約者を魅了された令嬢で、私が心を許せる数少ない友人でもある。


 メリッサ・アルジャン侯爵令嬢

 テレシア・オードリー伯爵令嬢


 彼女たちの声が聞こえるとすぐ、私は応接室の扉を開けて廊下に出た。

 この様子を見れば、あの二人だって分かるはずよ。

 私がどれだけ自分達を待ち侘びていたのか、ということを——。


「メリッサ、テレシアこっちよ!」


 二人が大階段を上がって廊下に姿を現すとすぐに、私は手を振って迎えた。

 

 けれどもここは、彼女たちにとっても初めての娼館だ。

 まるで社会科見学のように、キョロキョロと辺りを見回していて。 

 意外と長い廊下、なかなか私の前にやってこない。


「ちょっと!二人とも早くしてっ!?」


「あ、はいはい。申し訳ございません!!」


 痺れを切らした私が叫ぶと、まずはテレシアが急いで見せる。

 艶やかな黒髪をサラサラと背中で揺らしながら、琥珀色の瞳は悪戯っ子のように細められていて。


 あぁまたテレシアったら、私を揶揄っているわね——。


「エミリア様、申し訳ございません。ついつい目を奪われてしまって……」


 そう言うのはメリッサで。

 真面目な彼女のこと、こちらは逆に、一生待っても私を揶揄うなど期待できそうにない。


 だから私も先輩である彼女を、敬称なしで呼ぶことに慣れなかったんだ。

 身分の都合上『メリッサ』と呼ぶことに、最近ようやく慣れたばかりだもの。


「ここが応接室よ。ここでこれからのことを話しましょう」


「承知いたしました、楽しくなりそうですわね!」


「ダンスホールの予算についても、資料を持参いたしました」


 三人とも好きなように話を進めて、なんとか応接室に顔を揃えた。

 なかで待っていたクライスにも勿論、私たちの話す声は聞こえたようで。


「待ちくたびれたぞ、三人娘。メリッサとテレシアには、ナオミを紹介するところから始めよう。この娼館のオーナー、ナオミだ。リアが経営権を買い取っても、運営は彼に任せる」


 自己紹介をしながら自分に向けられる視線、それに反応したナオミが吹き出した。そうしてあからさまに長い脚を組み直すと、こう言った。


「まぁまぁ、お嬢様がた!!私を見る目が、これ以上ないほど見開かれていましてよ?ご興味をお持ちいただけて、光栄にございます。これからいくらでも観察させて差し上げますから、本日のところはお手柔らかに」


 こうして私たちは、無事に顔合わせを済ませた。

 ここから先は具体的な運営のこと、私たちがここで何をしたいかというお話。


 そして先ずは、本来の目的である『ダイアンサス王国の侯爵令嬢カノン・ド・バーデンベルク様の取り扱いについて』話しを進めることになる。

 

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