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4. エミリア、少し大人になる

「……っ!?すぐに彼女を出しなさい!!」


 目の前の存在をカノン様だと認識した私は、カッと頭に血をのぼらせた。

 

 私たちが見せられた部屋は、娼婦の控え室のようなところで。客は部屋の外から娼婦を見ることができるけれど、部屋の中の娼婦からは客が見えない。——とんでもなく不公平な部屋じゃないの!?


「落ち着くんだ、リア」


「だって……クライスッ!」


「ナオミと言ったな、今朝ここで話したことを実行したい」


「承知いたしました。……考えておくよう仰せつかった私の望みですが、これからお話しさせていただいても?」


「もちろんだ。妃も同席させてもらう……のだが、少し時間をもらいたい。どこか空いている部屋はないか?」


「では応接室をお使いくださいませ。はいはいお二人さん、こちらですよぉ〜♪ さぁさぁ仲良くね!!」


 私はクライスに抱えられるようにして、ジタバタしながら応接室へと連れて行かれた。ナオミは笑いながら「お茶を用意させる」と言って出ていき、ドアを閉める間際、私にパチンと可愛らしいウインクをして見せた。


 その様子に呆然として、私は油断したようだ。

 気付くとクライスが隣に座って、ピタリと寄り添っていた。


 こうする時は、だいたい深刻な話なのよね——。 


「リア……なんの説明もせず連れてきて申し訳なかったね。だけど言ったとおり、ちゃんと手は打ってあるからさ。これからのことを相談しよう?」


「……クライス、本当にごめんなさい。……あなたをちっとも信じなくて」


「うん、ちょっとショックだったけどね。それはまぁいいや。まず伝えたいのは、ここを買うってこと。俺がこの娼館のオーナーになることにしたよ」


「……え!?でもこれって誘拐じゃない!?」


「でもそれは、ナオミには関係ないだろう?……今のマジリエスの法律では、カノン嬢を助けて連れ出すことは、ナオミの財産を無断で持ち出すのと同じことになってしまうんだ。現にナオミは同意しなかった」


「ナオミがカノン様を買った金額を私が払えば? そうよ!!それなら……」


「いや、ダメなんだ。ここのルールは、早い者勝ち。前日に予約した者以外、その当日に彼女を選んだ者が順番に買うことになる。だから今朝になって彼女を見付けた俺は、既に負けてるんだよ。昨日のうちに彼女を予約した客にね」


「……そうなの……わかったわ。誘拐の調査なんて間に合いっこないってことよね、そうでしょう?」


「ああ、そうだ。それから……ここを買ってしまえば、カノン嬢をここに隠しておくこともできる。なんか妙な胸騒ぎがするんだよ。この誘拐、本当にたまたまだったのかな?ってね……」


「クライスッ!!……ごめんね本当に。なんだか今日、あなたすっごく頼もしいわ。こんなこと初めてよ……」


「…………えっ!?」


 透けるような金色の髪と、海のような青の瞳。

 たいそう美しい私の旦那様が驚く様は、なんだかとっても良いものである。


 私はギュッと抱きついて、クライスに詫びながら同時に感動していた。

 婚約から結婚までの3年、クライスは本当に頼りなかった。


 どちらかと言えば天才肌で、私の兄と同じだった。

 できない人間の気持ちが全くわからない人——。


 だから私のように努力して積み上げるタイプの人間、そうそう簡単に結果を出せない人間に寄り添えるように、気持ちを理解できるように、矯正させてもらうしかなかったのだ。——正直なところ、私の準備期間と同じ3年もかかって不安だったけど。


 それが今こうして、まるで彼という人間が生まれながらに備わった『標準装備』であるかのように『寄り添い』が実践されている。


 ——私とクライスの3年、無駄じゃなかった。



 そう思ってしんみりしながらクライスに抱き付いている時だった。

 彫刻の施された豪奢な扉がノックされて「失礼します」と小さなお婆さんが入ってきたのは。


 扉はギイッと音を立て少し開いたものの、彼女は私たちの様子に微笑んで。


「もう少し楽しまれますか?」


 揶揄うような言葉をサラリと、嫌味な感じもなく伝えられる人。

 お茶を運ぶ小さなお婆さん、というだけの人ではないように思える。


「いえ、問題ないわ!こちらへお願い」


「たいしたもんだな、あの重い扉を片手で……茶を運びながら易々と」


 クライスは全く違うところに感心しているけれど。

 これもまた一興——。


 お婆さんは丁寧な手つきでお茶を用意してくれて。

 私たちに向き合うと、シワを深めて嬉しそうに笑った。


「本日はお会いできて光栄でございます。私のような者から話しかけるなど罰される覚悟ではございますが、どうしてもお伝えしとうございます。お二人のご結婚は私どもの未来を照らす光のようなものでして。妃殿下が推進してくださった『色町における帯刀禁止令』には、どれだけ感動したことか」


 涙を浮かべ手を合わせる彼女の姿は、喧嘩腰で乗り込んだ私に羞恥の心をもたらした。


 ここも、この世界の営みの一つなんだ。

 その誰かの営みを、力ずくで壊そうとした——。

 私も盗賊と似たようなもんじゃないか。


 上質なソファに背中を預け、私は一気に落ち込んだ。


「そう言ってもらえると嬉しいわ。当然のことをしたまでだけれど、喜んでくれる人と直接お話ができるなんて。私だって今、どれだけ感動しているか。ほら!!どう??」


 私は自然と彼女の手を取って、小さなその手を私の胸に当てていた。

 高鳴る鼓動を感じてもらいたくて。


 人生で初めて味わう、喜びと感動のドキドキ。

 こんなに自分の鼓動を感じたことはあっただろうか?


 ジーナと名乗る下働きの女性の手は、とっても荒れてゴワゴワしていて。

 一生懸命に頑張ってきた人の手だった。


 色町における『帯刀禁止令』は、私がまだ婚約者だった頃に進めた法改正。

 酔った傭兵たちが容易に剣を抜く、命にかかわるような事件が多いと知って、早急に推し進めた改正だった。


 特定の場合を除く色町での帯刀の禁止、それは娼婦の安心に少しでも役立ったのだろうか。当時は誰かの役に立てた、そんな実感を得ることはできなかった。

 でも私は今、この感謝の気持ちを直に受け取って——初めて実感することができた。


 そうして改めて、自分が与えられた『王太子妃』という立場の重さ、その真の重さについてもまた教えられた気がしたのである。

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