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元脇役(以下)令嬢・王太子妃エミリアは、ゲームを終わらせてもらえない  作者: 白猫


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3. エミリア、初めての高級娼館

「…………」


「なぁ、リア……」


「…………」


「リア?……エミリアッ!?」


「なんですの?」


「そんなにピリピリしないでくれ、多少の手は打ってあるから……」


「多少とは!?……あなた、そういうところあるんですよ。おっとりしてるっていうか頼りないっていうか?……今この瞬間にだって、カノン様は客を取らされているかもしれないというのに」


「…………(もうそっとしておこう……)」


 クライスと私は、既に馬車のなか。

 私たちのこのやりとりに周りは静まり返って——。


 クライスの侍従ガスタがニヤリとする傍ら、私の侍女イレーネは目を閉じてふぅーっと息を吐いた。いったい彼女が内なる何を沈めているのか、私には知る由もない。


 私たちが向かうのは『ダイヤモンドホール』、色町一番の高級娼館だ。

 会員制のシステムで運営され、顧客は貴族の身分を持つ者と資本家——いわゆる有産の市民階級の者——だけという由緒正しき娼館。


 だからと言って、娼婦は娼婦である。

 自分の意思と関係なく連れて行かれ、そのうえ働かされるなど——。

 そんなことがあって良いはずがない。


 ◇


 目的地に着いて馬車から降りるとすぐさま、私は小走りで駆け付けて。

 自分で扉を開けて、とりあえずの開口一番こう叫んだ。


「カノン様を出しなさいっ!!」


 私のうわずった叫び声は、まずはエントランスホールに響き渡り、その後はあっという間に吹き抜けから昇っていって、全館の皆様に届いたのだった。


「……まぁまぁ、どちら様かと思えば、王太子妃殿下ではありませんか!」


 二階からひょっこりと顔を出したのは、スキンヘッドの男。

 息巻く私に笑顔で返した後、彼はゆっくりと大階段の方へと向かった。


「リア、彼がこの娼館のオーナーだ。ナオミと名乗っている」


 クライスが横から教えてくれたのだけれど、その『彼』という表現に私は違和感しか覚えなかった。だって明らかに——『彼女』の話し方だったんだもの!?


 私たちの前までやってくると、ナオミは続けた。

 と同時に私は、話を聞く前に後ろへ後退るしかなかった。


 あまりにも彼が大柄筋骨隆々で、相当な威圧感を放っているものだから。


「ようこそおいで下さいました。私はオーナーのナオミと申します。……先ほど『カノン様』と仰いましたが、手前どもの娘にそのような名の者はおりません。いるとすれば……、まぁとりあえず二階へご案内しましょうか」


 その容姿から想像もできないくらい澄んだ青の瞳を私たちに向けて。

 強靭そうな体躯からは想像もできないくらい繊細な仕草で二階を示して。

 どこから出ているのか分からないような高く太い声で——そう言ったのだ。 


「…………(この人、いったいなに?男よね??)」


 クライスにチラリと目をくれると、ナオミはパンッと手を合わせて。

 意地の悪い表情を作って見せる。

 けっきょくここまでに私は、口を開く機会にすら恵まれないままだった。


 そうして二階に案内されて初めて、そして今更ながら私は知ったのである。

 この娼館が想像以上に広いということを。

 階段を挟んだ両側に伸びる長い廊下、その先を眺めて、私は素直に驚いた。

 

「まぁ……とっても広いわ」


 外観やエントランス、一階のホールに立った時には気付かなかった全貌。

 思いのほか扉の数が少ないところを見ると、室内は広々と贅沢に使われているのだろう。——これが高級娼館の実像か。


「そうでございましょう? まだ営業開始まで時間がございます。ゆっくりご覧くださいませね♪」


 長い廊下は赤の絨毯で覆われ、手入れも行き届いている。

 それぞれの扉の横、廊下に等間隔で置かれたコンソールテーブルには生花が飾られていて。窓のない室内でも季節を感じられるよう、工夫しているのが見てとれる。


「お気に召しましたかしら?」


 私の視線を追ったのだろう、ナオミが嬉しそうに話し出した。

 自分で言うのも何だけれど、私は素直なタイプで嘘をつけない。


「え、ええ……これはマホガニーかしら?」


「はい、仰るとおりマホガニー製の花台でございます」


「この彫りは、そう……アレッジ・ジャンピエの仕事じゃない?」


「まぁ!さすがでございますわ……まさかそんなことまでご存じとは」


「ウォールナットが取れなくなったと聞いて心配していたのだけれど、マホガニーの質感も負けず劣らずね。素敵だわ……」


 ナオミの『意外と賢いのね』という皮肉であろう一言。

 それを単純に褒め言葉として受け取った私は、こう続けた。


「アレッジに直接頼めば、もっと貴方らしいものが手に入るのに」


 ——そのときナオミの眉がピクリと上がったことを知る者は、私しかいない。

 今度は私が、意地の悪い笑みを浮かべる番だったのだ。


「さぁ、こちらへどうぞ」


 そうして覗かされた部屋には、静かに座る一人の女性がいた。

 美しすぎて、高貴すぎて、こんなところいるはずもない女性——。


 まさにその女性は、ダイアンサス王国の名家バーデンベルク家のご令嬢。

 カノン・ド・バーデンベルク様、その人であった。

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