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2. エミリア、悪役令嬢を助けに行く

「たぶん……見つけた。これから護衛を連れて確認に行ってくるよ」


 色町から戻ったクライスが、私室で待つ私の元へ知らせにやってきた。

 なんとも言えない表情から察するに、ある程度の確信を得ているに違いない。


 クライスはもともと垂れ目で。

 困った表情を浮かべると誰よりも困って見える、そういった特徴はあるものの、今日の彼は間違いなく——正しく困っていた。



 遡ること二日ほど前のこと。

 隣国ダイアンサス王国に住む私の遠縁、バーデンベルク侯爵から至急の連絡が届いた。私も会ったことのあるバーデンベルク家の長女、カノン・ド・バーデンベルクの失踪についてだ。


 彼女は、まるでお伽話に出てくるお姫様のような女性で。

 ストロベリーブロンドの髪に琥珀色の瞳、加えて美しく白い陶器のような肌まで授かった、特別中の特別と言っても過言ではない令嬢だ。


 ——しかもとっても優しく、快活だ。


 それがなぜだろう、数日前と聞いただろうか——。

 特別であるはずの彼女が、婚約破棄という非礼を被ったというのだ。


 ダイアンサス王国の王太子、レオハリスから婚約破棄を言い渡されたそうで。


 しかも通っていた王立の学校では、『悪役令嬢』などという似合わぬ二つ名まで付けられたというのだから、私にそんな権限はないけれど『宣戦布告』の命ぐらいは取り付けてやりたい、そう思ったくらいだ。


 そうして一度は侯爵邸に戻ったそうなのだけれど、その後すぐに向かった国境付近の町で、姿を消したようなのである。


 彼女の目的地に控えさせた従者から連絡があって、侯爵はようやく、その失踪を知ったらしい。


 それにしても、この踏んだり蹴ったりの出来事は何なんだろう。

 彼女にしてみたら、まさに踏んだり蹴ったりの状況ではないのか。


 婚約破棄されて、追い出されて、攫われる——いったい何の地獄なんだろう!?


 人ごとながら自分に置き換えて、私はグッと込み上げるものを感じた。

 まさに今この異国の地で、心細い思いをしているであろう彼女を思って。


 ◇


 バーデンベルク侯爵は、大の愛妻家として知られていた。

 けれどもカノンの誕生とともに妻を失って——その憔悴ぶりは傍系各所にまで届いたほどだ。私の両親も遠縁ながら、マジリエスの特産品を贈るなどして励ましたくらいに。


 だから彼は、愛娘を目に入れても痛くないほど可愛がっている。

 そう聞いたことがあった。


 そんなこんなで遠慮もあって、私たちの関係は遠縁らしく疎遠だったのだが。

 クライスと私の結婚式の折、思い切って私から直接、手紙で招待の意を伝えてみたのだ。——私にとっても彼女は特別な存在だったから。

 

 すると彼女はすぐに快諾してくれて。


 そのおかげでクライスも私も、現在のカノンを知っている。

 挨拶だけじゃなく披露宴では話もしたから、しっかりと顔を覚えているのだ。


 だから、そのクライスが間違いないと言うのだから——。

 おそらくは、そういうことなのだろう。


 ここマジリエス王国の色町に、彼女はいる。

 それも色町一の高級娼館に。



「彼女がいるのは分かりました。分かりましたけど、彼女が娼館にいるってことは、あれですよ!? 自分で雇ってくださいってノコノコ行くわけないんだから、マジリエスの誰かが攫って売ったってことなんですよ!!そうでしょう?……バーデンベルク侯になんとお返事をしたら良いのか……」


 私は珍しく苛立ちを感じて。

 まるで妹でも攫われたかのように取り乱した。


 だって可愛らしく非力な令嬢たちが、こうも簡単に盗賊の野郎どもの好きにされるマジリエス王国の現状、そんな光景を想像しただけで私は、優雅にドレスなんか着ていられる気分ではなくなったのだ。


 ◇


 カノンが国境を無事に越えたところまでは追えていた。

 おそらく越境後すぐに、その先に広がる『ノマドの森』で攫われたのだろう。

 

 ちょうど気にかけ始めていた色町の、まさに疑っていた誘拐事件の被害者として、私の遠縁が選ばれようとは——まったくの想定外!!だった。


 だが一方で、私にはこうも思えた。

 『これこそ神の思し召しなのかもしれない』

 この件をきっかけにして、全てを一気に解決してやろうかしら。


 成敗してやろう——。


 あっちだって、まさか自分たちが王太子妃の親戚を攫ったとは思っていないはず。知ったらどうなるかしらね?


 私はこういう時、けっこう悪い顔を作れる。

 ふんっと鼻を鳴らして厳しい表情を見せると、クライスは更に困り顔になった。


「殿下、私も行きますわ!!」

「ああ、それより呼び方な。殿下ではなかったな?」

「ク……クライス、『様』は要りますか?」

「いや、いらない……。だがそれより……ドレスが破れているが、それで行くのか?」


 怒り任せにレースを引っ張ったとき、ビリッていったのよね。

 それくらい私は今、力んでいるのだから仕方ない。


 クライスはこう見えて、垂れ目で優しく見えて、実のところは『剣聖』などと呼ばれている。きっと心の中では、悪い顔をできるだけで足手纏い確定の妻を連れて行くなど、なんて面倒なことになったんだろう——そう思っているはず。


「すぐに着替えますから、馬車でお待ちください」


 私は急いで着替えて、侍女のイレーネに髪だけ整えてもらう。

 先日からサンプルとして試している、女性用の狩猟服——騎士服を模した動きやすい装いの出番がやってきた。


 私は見てのとおり小柄で、非力と思われがちだけれど。

 代わりに、身軽な立ち回りを得意としている。


 実家が金儲け特化型の子爵家だったせいで、襲われる前提が常にあった。

 そのおかげでお父様が剣術を学ばせてくれたのだから、それをここで活かさずしていつ活かす?


 ——今でしょう。


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