第九章
こちらのシリーズではお久しぶりです、第九話です。
すみません、前言撤回ですが、十話では完結できなさそうです。
十五話くらいを目安に書いていきたいと思います。
謎解き回です。
文字数がちょっと多くなってしまいましたが、謎解きなので、話数を切らずに一気に読んでほしかったんです……すみません。
いままでのちょっとした伏線回収もありますので、楽しんでいただければ幸いです。
「どういう、こと……?」
ネルの一言で、場の空気が凍りついた。
ナラがスーから聞いた限りでは、アヴァロン全体の75%がゼロである、とネルは言ったはずだ。
それなら、どうして全員分確かめていないのにそうと断言できるのだろうか。
「どうって……別に、そのままの意味ですよ?言葉通りに受け取っていただいて結構ですが」
ネルは肩をすくめながら、また箸を持ち直した。
「えっ……と、ちょい待ち」
リトが眉をひそめながら首をひねる。
トントンと顎を叩くのは、彼女が混乱した時のクセだ。
ナラは、この場ではどうでもいいようなそのしぐさを見ながら、頭を必死で働かせていた。
「全体の75%がゼロ、ってことは……四分の一が、ピロットってことやんな?ネル、それは確定なんやろ?」
「えぇ。もちろんですよ」
ネルは、またサラダ菜を口に入れ、言った。
「私は、嘘はつかない主義です。ですが、本当のことをいうのは、あなたがたに少し酷な気がするので、気が引けるんですよね。どうしてもと仰るのなら、申しわけないですけど、ご自分でお考えください」
すると、これまで口を開かなかったヘルドが、言葉を発した。
「ネルは、第二区画の者しか調べていない。だけど、断定ができる……ってことは、それに足る何かがあったってことだ」
黙々と朝食を食べ続けているネルを横目に、ヘルドは続けた。
「ネルは、検査をする時以外大体ナラたちといたはずだろ。だから、ナラたちも見聞きしてるはずだ、その、確定に至るまでの何かを」
「はぁ……」
「その通りですが、ヘルドさんの言葉だと少し差異があります」
ネルが割り込んだ。
眉をひそめるヘルドにかまわず、ネルは淡々と続けた。
「私は、キイラからも話を聞きました。私とキイラの二つの情報を合わせて考えてたどり着いたのが今の考えです。ですので、ヘルドさんも、もちろんリトさんも見聞きされているはずですよ、その、情報を」
「はぁ……」
ヘルドが眉毛を寄せて考え込んだ。
数分前まで感じていた空腹は、三人ともどこかへ行ってしまったようだ。
そんなの気にならないくらい、今の問いが難しいからだ。
「……どうしたの、そんなところで固まって………」
おそらく寝起きであろう、地を這うような低い声がナラたちの後ろから響いた。
キイラだ。今日も今日とて面倒くさそうに、ただし昨日よりは余裕がありそうに見える。
彼はヘルドを見たとたん瞬時にしかめっ面になったが、超高速でネルに向き直って口を開いた(ヘルドの方も、キイラの声が聞こえた時点で顔中を不機嫌に歪めた)。
「ネル……何してんの?」
「ちょっとした考え事といいますか……ナラさんたちがね」
ネルが事の顛末を説明すると、キイラは少し眠たげな目を開いて首をひねった。
若干驚いているように見えるその表情に、ナラは思わず声を上げる。
「キイラも知らないの?」
「ネルからは聞いてないけど……なんとなく、予想はつく」
「えっ、ほんま?」
キイラが考えていた時間は、数分にも満たない。
三人がどれだけ考えていてもたどり着けなかったその真相に、彼はやすやすとたどり着いてみせたのだ。
自分とネルが見聞きした情報と、75%という数字だけで。
「教えてもらっても、いい?」
「……いいけど………」
キイラは言葉を切り、じっと三人を見据えた。
「後悔しない?」
「へ?」
予想外の言葉に、ナラは固まる。
後悔、って。そんなの、何も知らないで取り返しのつかないことになる方が、よっぽど後悔する。
ネルにも同じようなことを言われたが、ナラの答えは最初から決まっていた。
「そんなの、しないよ。それが、もしどんな残酷なことでも、何も知らないよりはずっといい。何も知らないまま、取り返しのつかないことになる方がもっと嫌だ」
「二人は?」
キイラはリトとヘルドに視線を向けた。
「もちろん」
「あぁ。後悔なんてしない」
キイラはその返答に満足したように、心なしか口端を持ち上げた。
「じゃあ、言うけど」
ナラたちは思わず身構えた。
キイラは相変わらずの気合のない声で淡々と話す。
「……75%、ってことは四分の三。そこまでは分かってると思う……だけど、その〝四〟っていう数字が重要だ」
「え?」
四。
ナラは少しの間考えたが、何も分からない。
四。
アヴァロンで、四といえば。
「あぁっ!!」
ナラは声を上げた。
食事中のピロットが軽く視線をよこしたが、ナラはそれどころじゃなかった。
「区画だっ!」
ナラの言葉に、キイラは静かに頷いた。
「そう……区画。俺たちが今いるのは第二区画だ……ハイ、ここで質問」
キイラは言葉を切り、首をかしげる三人に問うた。
「……来た時、食堂に顔見知りが多い、と思わなかった?」
「あ、それは思ったわ」
リトが軽く手を挙げた。
ネルはゆっくりと菜っ葉を噛んでいる。
キイラの謎解きを聞くのを、楽しんでいるように見えた。
「確かに、知ってる人が多いと思って……ただ、ピロットなんやって思って安心しただけなんやけど。なんか意味あるん?」
「あるよ……大アリだ」
キイラはリトにいうと、ネルを見据えた。
挑戦のような、宣戦布告のような。
これはたぶん、他人が追いつくことのできないほどの頭脳を持つ彼らの、一種の勝負なのだろう。
ナラはぼんやりとそう思った。
「……もう知ってるとは思うけど、別区画の相手とは基本的にやりとりはしない。顔すら見ないこともある……だから、顔見知りが多いイコール同じ区画に住む人、つまり第二区画の者が多いってことだ」
このあたりで、やっとナラにも状況がつかめてきた。
知らず知らず、呼吸が浅く、速くなる。
知りたいと言ったのは自分なのに、これじゃあ、待っているのはあまりにも残酷な答えだけじゃないか。
それなら、メイジーは。
ニーナやリーナは。
ナラは泣きたいような怒りたいような気持ちになった。
後悔しない、と決めたのに。
キイラはそんなナラの気持ちを知ってか知らずか、目線をネルからナラたちに戻して続けた。
「当たり前だけど、食堂に来られているということはピロットだったってこと……で、食堂に来ているのはほとんど顔見知り。ハイ、じゃあ答えは?」
キイラはこれで全て説明したと言わんばかりにリトの方を手で指し示した。
リトもナラと同じ結論に達したようで、顔を青くして小さく口を開いた。
ヘルドも信じられないような顔をしている。
「キイラの言ってることが、正しいんなら……正しいんなら、第二区画以外の者は、みんなゼロってことになる」
四区画分の、そのうち一つの区画で四分の一。
辻褄は合う。
「ぴんぽーん」
さして興味もなさそうにそう言ったキイラは、ネルの隣に腰かけた。
ヘルドが、元々のキイラへの好感度と今しがた判明した真実による、未だ例を見ないような不機嫌な声で問うた。
「でも、それだけじゃ確定できないよな。俺はそんな詳しくないけど……もし第二区画が全員ピロットだとしても、他の区画がゼロだという確証が取れないだろ」
それこそ、アヴァロン全員分確認しなければ。
そう言葉を締めくくったヘルドに、キイラは肩をすくめた。
「知らないよ、そこは……ネルに聞いたら?」
今最後のサラダ菜を口に入れたネルに、キイラは軽く目をやった。
ネルは視線をトレイからナラたちに上げ、椅子をすすめる。
「流石ですね、キイラは。皆さん、とりあえずおかけになっては?」
三人がおずおずと座ると、ネルは水を飲み下して口を開いた。
「まぁ、端的にいえばキイラの言う通りですね。合ってます。私も検査結果を見て同じ様に考えて、仮説を確定させた」
食堂の周りの音が、全て静まったかのようにナラには聞こえた。
実際には、検査結果を喜び合う声でざわざわしているのだが、五人が座っているテーブルの周りは、ピンと空気が張りつめているような感じだったのだ。
「私が最初に検査したのは第二区画の方々です。まぁ、ナラさんやリトさん、ヘルドさんやキイラのよしみもありますし。正直どこからでも結果は変わらない気はしていましたから。それに、他の区画からやるとゼロを抑える手立てがなかったんですよね。まぁ第二区画は案の定、全員ピロットでした」
「ん?案の定ってことは、この結果を最初から予想してたん?どうやって?」
リトが不思議そうに声を上げた。
それは確かにそうだ、とナラも思う。
キイラはこの場の状況も合わせてこの謎を解いたが、その時点のネルにはそんな情報がなかったはずだ。
「最初に違和感を抱いたのは、キイラから聞いたメイジーさんの行動です」
メイジーは別区画の者だ。
仮説に従えば、ゼロ、ということになるだろう。
当然、ニーナもリーナも。
一緒に過ごした時間は短いけど、悪い人のようには見えなかったのに。
ナラはリトから聞いたメイジーの言動を思い返していた。
「メイジーさん、逃げてきたリトさんたちに『別区画の人?』と聞いたそうですね」
「それだけなら、普通のことじゃないか?見ない顔だったんだろう」
「えぇ。ですが、顔見知りでないというだけで、別区画と断定できるでしょうか?」
ナラには、ネルの言っている意味がいまいちよくわからなかった。
知らない者なら、別区画と考えても不思議じゃない。
「同じ区画でも、知らない人はたくさんいます。何しろ、アヴァロンは大きいですから。ましてや、その相手は自分がいた部屋に入ってきた。よっぽどのことじゃない限りは別区画に行っては行けない決まりです。普通、自分の区画の人が、ゼロに驚いて逃げてきたと考えます」
「あぁ、確かに」
「だけど、彼女はそう思わなかった。何故なら___」
ネルがキイラの方をちらりと見た。
テーブルの上に腕を組んで顔を伏せていたキイラは、少し顔を上げて答える。
「___自分の区画の者は、ゼロに驚かないと知っていたから……?」
ネルは、正解だとでもいうように軽く頷いて見せた。
「そのとおり。そこで、私は仮説を立てました。メイジーさんたち___つまり第三区画ですね___の人は、ゼロである、と。ですけど、ここで疑問が生じるんです」
「何が?」
ヘルドが首をかしげる。
実際、その仮説以上にゼロはいたわけだが。
だが今の説明には穴がないように思える。
「それなら、どうして第二区画で襲ってきたのか、ということです」
「え?」
「アヴァロンは、平面にすると円状ですよね。そこを、ちょうどピザのような形で四つに分割されているわけです」
ネルがテーブルの上に、人差し指で円を書き、そこに十字を書いてみせた。
「その構造上、第二区画と隣り合っているのは第一区画と第三区画ですよね。第三区画のゼロが襲ってきた場合、別区画に逃げるのなら、第一区画がその先になります」
アヴァロンの区画と区画をつなぐ道は、円の外側をぐるりと回る一本の線と、その少し内側をまたぐるりと回る道しかない。
その二つの道と道とをつなぐ道はない。
一本道だから、したがって逃げる先は第一区画になる。
が、リトたちが逃げた先は第三区画だった。
「つまり、その時のゼロは第一区画から来ていた。ピロットの中に数人ゼロが混ざっている程度なら、もっと早くに問題になりますから、少々強引ではありますが第一区画は全員ゼロであると仮定できます。この説を考えるにあたって参考になったのはリーナさんの行動ですね」
リーナの行動。
ナラはリトの話を記憶の底から引きずり出しながら考えた。
リーナは、確か同じゼロに襲われたと言っていたはずだ。
そのリーナの行動が、何かあるのだろうか。
ナラにはわからなかったが、ネルは全て解けているようだった。
「皆さんを襲ったゼロが第一区画の者だと仮定すると、ここで矛盾点が生まれます。なぜ、リーナさんは『医療科の知り合い』と嘘をついたのか」
ナラはハッとした。
科が同じでも、基本別区画同士の関わりは少ない。
顔を見たことがあるはおろか、知り合いなんてほぼ皆無に等しい。
リトやヘルドも眉をひそめ、同じことを考えているようだった。
「えぇ、皆さんが思うとおりだと思いますよ。リーナさんは嘘をついた。おそらく彼女は、彼とは何の知り合いでもない。だけど嘘をついた……一番考えられる説は、同じゼロとしてかばい合っていたから、ですね。ここからは、第一区画と第三区画の者のみゼロであった場合を仮定して話していきますけど」
ネルは一息ついて、またコップに口をつけた。
ナラたちは喉がカラカラだった。
それは緊張からなのか、話し続けていることからなのか。
はたまた、その両方かもしれない。
返答の声も掠れる。
だけど、水を取りに行く気にはなれなかった。
ネルは少し息をつき、また口を開いた。
「第三区画と隣り合うのは、第二区画と第四区画です。リーナさん視点で話を進めますね。普通なら、顔の知らないゼロがいたら、同じ区画の知らない相手と考えますよね」
キイラは少し顔を上げ、ネルを見た。
まさか、そんなところからとでも言いたげな表情だ。
ネルの話は、見ていたわけでも心を読んだわけでもないのだからあくまで想像の域を過ぎない。
だが、あまりにも的を得ていたのだ。
ネルはまた話し始めた。
「ですが、それでも彼のことを第一区画とリーナさんは判断したと思います。何故か、わかります?」
キイラがボソリと言った。
「……息が切れていたから」
ネルは少し頷いた。
「そうです。そのゼロはヘルドさんたちを追いかけていたわけですよね。つまり、第一区画から第三区画まで、大体まるまる一区画分くらいは走ってきていたわけです。話を聞く限り、飛んでいたわけでもなさそうですし」
本当、つくづく嫌になる。
ナラはぼんやりとそう思った。
そんな些末なことから、真相に迫る事ができること。
それが残酷なものでも、淡々と話すあたり。
だけど、少しうらやましいとも思った。
「まぁ、リーナさんはそういうわけで彼を第一区画と判断したと思います。だから、知り合いという嘘をついた」
これで、残るは第四区画のみだ。
ネルの言った意味がすべて立証されるまで、あと少し。
ナラはドキドキしてきた。
真相が分かれば、この事態が多少なりとも進展すると思ったからだ。
ネルは先ほどまでと変わらず静かに言葉を続けた。
「では、第四区画ですね。ここは、正直あまり自信がないです。あくまで想像の域を出ないですが……」
ネルは少し俯いた。
「……気になったのは、検査の時です。パニックを見越して、スーさんはヘルドさんたちに応援を頼みましたよね。ですがそれだけでは足りないから、軍事科のうち一つの部隊に協力を要請した」
「あぁ。もしかして、それが何かあったのか?」
「えぇ。ではナラさん」
時計は先ほどから一時間ほど針を進めていた。
規則正しく動く秒針を眺めていたナラは、急に声をかけられ軽く飛び上がった。
「えっ、と、何!?」
「あのパニック、どうでした?体験、というより第三者から見た感想は」
どうって。
ナラは少し困った。
狂気が塊になって、うねっていたとしかいいようがない。
こちらまで飲み込まれるほどの、大勢の恐怖と混乱が渦を巻いていて、制止する声ももはや怒号に近かった。
「止めている側でも、飲み込まれそうな感じ……かな?」
「そうですよね」
ネルはうんうんと二回頷いた。
「たった第二区画だけでもそうでしたよね。止めようとしても止められない、一種の暴走のようなものです。ですが、第四区画からは全くそんな気配がなかった」
まぁ、他の区画も同じことなんですが、とネルは続けた。
「聞いたところによると、スーさんはヘルドさんたち以外に特に頼んでいた相手はおらず、ヘルドさんたちが応援を求めた部隊もあまり大人数ではありませんでした。その人数でもってまだあの暴動なのに、第四区画なんて、第二区画から一番遠いですし、誰も止めに行く人は行っていませんでしたよね」
「あっ」
確かにそうだ。
スーが他の者に頼んでいる様子はなかったし、十数人でもあのパニックは全く止まらなかった。
ましてや、静かだなんて絶対にありえない。
「ゼロであることを驚かないのは、既にそれを知っていたから。つまり、第四区画の方々もゼロであると考えられます」
「でもさ……」
ナラは小さく声を上げた。
が、今の話に納得できなかったからではない。
少し、疑問点があっただけだ。
それに、ネルが淡々と応じた。
「はい?」
「メイジーって、存在してるのかな?」
「えーっと……仰る意味がいまいち分からないのですが」
リトも面食らったような顔をしている。
メイジーというゼロが、確かに存在していることは間違いない。
それは、ナラもこの目で見たはずだ。
ナラは訥々と、言葉を選びつつ話した。
「えっとね、ゼロの方じゃなくって。メイジーっていうゼロは、元々同じようなピロットが居て、その人を殺して、ゼロが成り代わっているのかな、って」
「それはないと思います」
ネルが大変単純明快に答えてみせた。
「なんでなん?」
リトがよくわからないような声を上げる。
ネルはそれに応じて話し始めた。
「少し本題からずれるのですけれど。元々私、アヴァロンの区画制度には疑問を持っていました。ピロットは団結心が強い生き物ですし、わざわざ分けて、その上更に行き来をほとんど禁じる必要はないんじゃないか、と思っていました」
「言われてみれば……」
確かにそうだ。
区画ごとに仕事が違うわけでもないし、それぞれを統治する人もいない。
それぞれの科長がアヴァロン全体のことを決めるのに、どうして区画分けする必要があるのだろう。
「正直、今の話で納得がいったんです。区画分けしている理由」
「え?」
「アヴァロン自体は、大昔からありましたよね。ゼロによって荒廃した地球に、住むことができなくなったから」
「あぁ……」
この先は、ナラにも予想ができた。
「きっと、その時からいたんだと思います。ゼロが。当時の統治者たちの中にも、いたのかもしれないですね。それで、自分の子孫たち___まぁ、ゼロですけど___を繁栄させるため、バレないために区画分けをした」
「あぁ……」
ナラは納得した。
が、まだまだ心配していることはたくさんある。
ナラは口を開いた
「私、行ってくる」
「え?どこへ、ですか」
「脱出艇保管庫。確認したいことがある」
ナラは静かに立ち上がり、身を翻して食堂を出た。
閲覧ありがとうございました。
脱出艇……、何に使うんでしょうね?
よければ、予想してみてくださいね。