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第五章

第五話です。

楽しんでいただけますよう。

作者自身まだ学生ですので、至らぬ点も多々あるかと思いますが、何卒よろしくお願いします。

「薬、ですか……」

 医療科所有の一室。

 どこもかしこも白い部屋の真ん中で、ネルが腕を組む。

 研究隊と医療科として、ゼロとピロットとを見分けることのできる薬の製作を命じられた五人は、早くも行き詰まっていた。

 見目が良く似ているのならば、ピロットとゼロの違いを上手く突くしかないだろう。

 とはいえ急な話、それも一刻も早く納品にこぎつけなければならない。

 時間にしてたっぷり十数分、白衣を羽織った一行は頭を悩ませていた。


「そもそも、私たちはゼロの生態に関してはノータッチだからねぇ。そもそもゼロとピロットの違いって何、くらいだよ」

 心なしか真剣な表情で口を開いたメイジーに、隣でリーナがうんうんと頷いた。

 ネルは律儀に答える。

「まず、空を飛ぶ性質があります。また、異種族に干渉されるのを嫌いますね。これは、縄張りへの侵入と捉えてしまうためです。なんせ、生存本能の塊ですので。わかりやすいのはこの辺でしょうか。あと、ピロットよりもはるかに体は脆いですね。異種族を嫌うためか、同種族のもとに集まることが多いですが、ピロットも集団意識は強い方ですし」

「大きな違いはない、か……空を飛ぶ、なんて見せなきゃいい話だしね。決定的に違う点、っていうと難しいね」

「ですよね……」

 ナラとニーナも、唇を噛んだ。

 と、おもむろにリーナが立ち上がる。

 パタパタと小走りで部屋を出て行った彼女に、一同は首を傾げた。

「なんだろ、リーナ」

「頭は良いんだけどねぇ。いきなり突っ走る癖があるから……」

「そうなんですか……ニーナさん、何か心当たりありません?」

 ネルがニーナを振り仰ぐ。

 問われたその本人は、眉を下げて首をふった。

「わからない、ですよ。リーの全てがわかったらどんなにいいか……リーとうちは双子ですけど、ピロットとしては別個体なので。どうしても、彼女みたいにはなれない。あの子みたいに、明るくなんて」

「なにか、あるんですか?」

 ネルが淡々と尋ねる。

 ニーナは一瞬ためらったけれど、すぐにぽつりぽつりと話し始めた。 


___うちとリーは、ずっと一緒だったんです。

 生まれる前、生まれた後も、ずっと。

 共に過ごすことが多くて、その当時は二人とも特に何とも思ってなかったんですけど。

 あ、リーは今でも何も思ってないと思います。

 ぐだぐだとくだらないことばかり考えているうちの方がおかしいのかもしれませんね。

 話が逸れました、すみません。

 でですね、うちも当時は特に双子であることについて考えることはなかったんですけど。

 なんなら、双子であることを誇りに思ってました。

 二人で入れ替わって悪戯してみたり、なんてかわいいこともやってましたね。

 ……話は変わりますけど。

 当時から今に至るまで、うちは愛想がないって言われ続けてました。

 で、ある日言われたんです。名前も知らない、顔も見たことのない、記憶に残らないようなその他大勢に似たりよったりの人だったんですけど、言葉だけ妙に頭に残っています。

「愛想のない子だね」

 こんなの、いつも言われることですし、慣れっこでした。

 なんですけど、問題はその後です。


「君はなんで、リーナのように笑えないの?本当に双子?」


 衝撃でした。

 双子だからって、同じピロットなわけじゃないのに。

 ただ血のつながった、同じ時期に同じ腹から産まれたというだけで性格が似るわけがありません。

 似る方もいなくはないのでしょうけれど、そもそも考えればわかることでしょう。

 だけど、うちはこれまでリーと自分は一心同体、疑いようもない双子、だと思っていたから。

 性格が似ていないからと言ってリーとの関係性を否定されて、悲しかったのもあると思います。

 うちはリーみたいにはなれない。

 ずっと前から分かっていたことなのに、改めて突きつけられてなんだか悔しかったんです。

 たまに、考えることがあります。

 もしうちとリーが双子じゃなかったら、って。

 やっぱり、そんなことありえないですけど、もしそうだったならこんなこと言われないんじゃないかって。

 ……って、考えすぎですけどね。


 ナラは息をのんだ。

 ニーナが、こんなことを考えていただなんて。

 淡泊な口調とはうらはらに、その表情はどこか痛々しく見えた。

 ネルですらも何も言えずに固まっている。

 リーナはまだ帰ってこない。

 いや、この状態の場合、帰ってこない方が良いのかもしれないが。

 そんな中、一番に口を開いたのはメイジーだった。

「ニーナ、そんなこと考えていたの?」

「まぁ、時々には」

「へぇ~」

 普段の間延びした喋り方のまま、

 メイジーはニーナに近づいていく。

 そして、ぎゅっとその体を抱きしめた。

「ニーナ、私には、あなたの苦しみも何もわからないけどねぇ。ニーナはニーナ、リーナはリーナでいいと思うんだ。それにねぇ……」

 メイジーは掻き抱いていたニーナの体を離し、にぱっと笑う。

 花のほころぶような笑顔で、見ていたナラも思わず口の端が上がった。

「……魂を分けあった相手がいるのって、素敵なことじゃない?」 

「……はいっ」

 ふわり、ニーナの口から笑みがこぼれた。

 先ほどまでの、どこかぎこちない愛想笑いではない、恐らく心からの笑み。

 だからこそか、どこかその表情は晴れやかで、何よりも美しく綺麗に見えた。

「ほらぁ。いい顔できるじゃん」

 メイジーも笑う。

 ネルも心なしか表情を柔らかくしているみたいだ。

 きっと、今回のことは二人の信頼関係がなせる技だな、とナラは思った。

 きっと、自分には分からないほどの時間を共に過ごしてきたんだろう。

 そこで芽生える感情は、信頼以上のものだ。

 ナラにとってのリトやヘルド。

 多分、ネルにとってはキイラがその相手なのだろう。

 すごいなぁ、とナラが感嘆していたところで、入り口のドアが開いた。

 リーナが帰ってきたのだ。

 手には大きな木箱を抱えている。

「ただいま戻りましたぁ。あれ、皆さんお話中でしたか?」

 机に置かれたフラスコやらバーナーやらを乱雑に端まで追いやり木箱を置いたリーナは、軽く首を傾げた。

 メイジーがつとめて素っ気ない口調で返す。

「いや?なんでもぉ?」

「そうですか〜?」

 リーナはニーナの方に目をやり、軽くその琥珀色を見開いた。

「ニー、なにか変わった?」

 ニーナは晴れやかな顔で、何でも、と受け流す。

 リーナはあしらわれたにも関わらず満足そうに笑って言った。

「そっか!」 


「ところでリーナさん、この箱は?」

 落ち着いたところで、ネルが机の上を指し示して問うた。

 それは先ほどからナラも気になっていたところだ。

 木箱の表面にはラベルが張ってあり、『危険物アリ 関係者以外の取り扱いを禁ずる』と乱雑に書き付けてある。

「えっとですね、今まで医療科で作った薬たちです!」

 リトが躊躇いなく箱を開ける。

 中にはいくつもの瓶や薬包紙が折り重なっていた。

「触ってみても?」

「どうぞどうぞ!あ、危険なものは多分ラベル張ってありますのでお気をつけて」

 ネルは神妙な手つきで瓶をいくつか手に取る。

 いくらか送れて、ナラも木箱の中を覗き込んだ。

「あ〜これ、冬頃だっけ?あったねぇ」

「そういえば、こんなのも作りましたね」

 ニーナたちも懐かしげに薬を眺めている。

 ナラは『製作者 リーナ 9/21』とラベルの張られた瓶を手に取った。

「これ、なに?」

「鎮痛薬ですかねぇ……多分」

「多分?」

 首を傾げたナラに、リーナは照れくさそうに笑った。

「なにぶん、昔のものですから。何作ったか自分でもあやふやなんですよねぇ。そもそも、上手くできてないことのが多いですし」

「あーねぇ。でも皆そんなもんだよ〜。作った薬のことなんてね、一段落ついたら全部忘れちゃうんだから」

「リーはそれが酷すぎるだけってのもあると思いますよ。原材料とか、あらかじめ書いておけばいいんです」

「それもそうかもですねぇ」

 机の上に何本も並べられた瓶のラベルには、製作者が書いてある他、原材料や効能まで記してあるものもあった。

 中にはメイジーやニーナの名が刻まれたものもある。

 ネルが一つ、折りたたまれた薬包紙を手に乗せた。

「ニーナさん、これは?」

「あぁ〜、それは……たしか浄水薬的なものだったはずです」

 薬包紙の中には白い粉がいくらか入っている。

「へぇ。水を綺麗にする薬、ですか。初めてみました」

「そうですか。情報科の方はあまり馴染みがないかもしれないですけど、管理科の方々はよく扱われますよ。普段浄水使われているものの、たしか改良版です。錠剤も作りましたよ、ほら」

 ニーナが木箱の中から一本瓶を取り上げた。中には数粒の白い錠剤が入っている。

 ラベルに書かれた名前は、ニーナのものだ。

 几帳面な彼女らしく、丁寧な字で原材料から効能、製作日にその過程まで記されている。

「すごいですね」

「結局、大量に作るのが難しいということで、使われることはなかったんですけどね」

 ニーナが眉を下げた。その言葉に違わず、瓶にも薬包紙にも、入っているのはほんの少しだ。

「これはなに?」

 ナラがいくつかの瓶を机に並べ立てた。

 メイジーが指差しながら順繰りに答える。

「え〜っと、これはしびれ薬、これは栄養剤、これは……ちょっとした劇薬だったかなぁ?」

「えぇっ!?」

 三つ目のところで、ナラは声を上げる。

 メイジーはなんてこと無いような口調でのほほんと言った。

「いやぁ、本当はただの解熱剤にしたかったんだけどねぇ。ちょっと手違いで。なんでだか、肌に少し触れるだけでもやけどして、飲んだもんなら恐らく胃がとけるなんて代物になっちゃったんだよねぇ」

「うわぁ……」

 まさしく、劇薬に違わない。

 だいたい、どんな手違いをすれば解熱剤が劇薬になるのか。

 一瞬にしてその瓶から距離を取ったナラは、そんなことを考えた。


 と、一連のやりとりを腕を組んで聞いていたネルが立ち上がる。

 幾らかの瓶や薬包紙を手にとって外に出ていこうとする彼女に、ナラは声をかけた。

「どこ行くの?もしかして、薬できそう、とか?」

 ネルは珍しく薄く笑って頷いた。

「えぇ。薬とまでは行かないですけど……それに類する何かはね。ちょっと行ってきますので、皆さん待っててください」

 白衣を翻して部屋を出ていったネルに、一同は期待を膨らませる半面、少し頭を働かせた。

 もしこの薬が、完成したのなら。

 そうしたら、艦内は平和になるだろうか。

 ナラは腕を組んだ。


 ピーンポーンパーンポーン。

 と、チャイムが艦内に鳴り響く。

「……きましたね。報告の放送だ」

 ニーナがつぶやき、全員が身を固くする。

 いまアヴァロンで起きている全てを、ピロット全員が知ったとしたら。

 パニックにしか、なりようがない。

 いいようのない恐怖が、じわじわと広がってきた。

『皆さん、落ち着いて聞いてください』

 スーの声だ。

 ナラはスピーカーを見上げる。

『ただいま、艦内にてピロット形のゼロが確認されました。すぐに襲ってくるということはございませんが、急に凶暴化する場合があります。また、現時点では見分けの方法はありません。ただいま研究隊や医療科の一部の方々が検査薬を作ってくださっています。もしかすれば、この放送を聞いている中の誰かもゼロかもしれません。皆さん、落ち着いて行動してください。繰り返します___』

 その後の放送は、最早聞くことができなかった。

 うねるような怒号や悲鳴が、ドアの向こうから響いてきたからだ。

 制止する少数の人々の声と、大多数のパニックを起こした人々の声が、入り混じって廊下を流れてくる。

 段々と近づくそれは、少しづつ悪化しているようにも聞こえた。

「……パニックだ」

 ナラは低く呟いた。

閲覧ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
ゼロの真似する技術がどれくらいなのか。 存在を成り変わっているのか。 それともピロット全員が全員の把握ができているわけでないと考えて、ピロットのふりをして紛れ込んでいるのか。 気になります。
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