第四章
第四話です。
大きな動きはないですが、楽しんでいただけますよう。
作者自身まだ学生ですので、至らぬ点も多々あるかと思いますが、何卒よろしくお願いします。
リクエストや質問等感想で受け付けております。
「どういうことですか!?」
甲板はてんやわんやだった。
その状況を目撃してパニックを起こすもの、物珍しげにやじ馬をするもの、ほとんど半狂乱の管理職、等々。
かくいうナラも、頭の中は真っ白だった。
「ピロットが、溶ける、なんて……」
「信じられません……」
情報科一の博識者であるネルも、その顔色を青く染めている。
死海には、溶けかけのゼロ。
そのすぐ隣に、ゆらゆらと浮かぶ服。
軍事科の、標準服だ。
その持ち主であろうピロットは見当たらない。
「あぁ、こんなの……どうしたら」
隣を歩くネルのつぶやきに、ナラは小さく首をかしげた。
「どうしたら、って?」
そりゃあ一大事なことに変わりない。
だけど、どうにかするのは管理科であって情報科ではないのだ。
ナラはともかく、ネルが気を揉む必要はない。
大方、この先の船内の混乱を考えているのだろう、とナラは推測する。
だが、ネルの答えはナラの想像をゆうに超えていた。
「わかりません?ピロットが溶けるなんてあり得ない」
ネルがこう言ったところで、一人の女が半狂乱で死海に飛び込んだ。
周囲からどよめきが上がる。
が、女は無事だった。
溶ける気配も見当たらない。
ただ、濡れただけ。
これだけのパニックを起こすなんて、やっぱりこれは異常なことなのだ。
顔をゆがめるナラに、ネルは肩をすくめる。
「ほら、ご覧のとおりです。ですが、件の軍事科の方は溶けたそうじゃないですか。つまり___
___この船には、ゼロかヒトが混じってる。しかも、ピロットに良く似た形の、が。」
ひゅう。
知らず知らずのうちに自身の喉から漏れ出た音に、ナラは驚いた。
手が小刻みに震える。
だけど、それはそうだろう。
そんなこともお構い無しに、ネルは淡々と言葉を紡いだ。
「ヒトだったらまだいいですよ。理性がありますからね。ですが、ゼロだったとして……」
「船内の混乱どころか、最悪全員が疑心暗鬼になりかねない……」
「そういうことです。これは本当に最悪のケースですが……ピロット皆殺し、なんて事態になってもおかしくありません」
ネル自身そのことにショックを受けているのか、口調とうらはらに声は少し揺れていた。
ここまでのことに気がついているのは、この場ではネル以外いないらしかった。
周りはみんな、パニックでそれどころじゃあないだろう。
「まぁ、ヒトってことは多分ないですね」
「なんで?」
さらに希望を打ちのめすようなことを言う。
だけど、ネルは冗談を言わない人だから、自信を持った事実しか言わないから、それが確定なんであろうことはナラも理解できた。
絶望の縁から、たたき落されたみたいだ。
ナラはどこか不思議な浮遊感のある頭で考えた。
「さっき伝えに来た方がいらっしゃったでしょう。その方に状況を詳しく聞いたんです。どうやら、犠牲になった方は直前まで友人と話されていたらしいんですね。ですが、急に様子がおかしくなったと。それで、半狂乱で自分から死海に飛び降りたんだそうです。ヒトは、どちらかといえば理性的な方ですから。そんなことはしないかと。もしかしたら、私もナラさんも、ピロットじゃ無いかもしれませんね」
ナラは、自分の呼吸が荒くなっているのに気がついた。
だけど、そんなの。
あり得ない、と思う半面どこか納得してしまう自分がいて。
そのくせ、体は動かない。
「ね、る……そんなの」
「あんまり、ですよね。今この中に、どれだけピロットがいるんでしょうね。もしかしたら、皆仲良く心中かもしれません」
なんて、考えすぎですけど。
そう言って笑うネルを見て、ナラは少なからず動揺した。
ネルがそんな後ろ向きなことをいうのは珍しいことだ。
ネルだって、ショックを受けている。
なのに、私が動揺してたら、大変だ。
ナラは大きく息を吸い込んだ。
「ねぇ、ネル」
「なんですか、ナラさん」
「なんで、その人は飛びこんだんだろう」
「はい?」
ネルはナラの言ったことがいまいち理解できないといった様子で首を傾げた。
「なんでって……そりゃあ」
「ゼロだから、じゃないでしょ。ゼロは生存本の塊だ。それが死海に飛び込むだなんて、自殺行為だよ。でね、私が思うに___
___ゼロにも、理性があったんじゃないかって」
「え?」
「様子がおかしいといっても遅いかかって来たわけじゃないんでしょ?多分、様子がおかしくなった人は、心の隅で理解してたんだよ。自分はおかしくなっちゃった、このままじゃあ、って。だから、周囲に危険が及ぶ前に飛び込んだんじゃないかって……」
考えすぎかな、とナラが笑う。
唖然としていたネルが急に顔を上げた。
「そう、かもしれません」
「だからさ、まだ希望がなくなったわけじゃない。まぁ、ピンチに変わりないけど……少なくとも、その人には理性があったんだよ」
「そう、ですね」
ネルは急にナラの手を引っ張って歩き出した。
「わっ、ちょっ、なに?」
ネルは淡々と普段のペースで言った。
「非常事態ですから」
甲板を出て、船内を歩く。
ナラが見慣れた鉄の扉の前で、ネルは立ち止まった。
「管理科に報告します」
◇
「ゼロ、って……」
「どういうこと、ですか?」
その頃。リトたちの部屋でも、ちょっとした物議が醸されていた。
「言ったとおり。襲ってきたんでしょ、そいつは。だけど、ピロットにそんな暴力的な機能が残ってるはず無い……だから、消去法でゼロってこと」
「質問してもいーい?」
「あ、どうぞ」
メイジーが軽く手を挙げ、キイラがそれに応じる。
ニーナやリトでさえも衝撃で声がでなくなっているというのに、メイジーは驚くほどにいつも通りだ。
彼女自身のマイペースさがなせる技だろう。
「さっきリーナに、そいつに話しかけたか、って聞いたよねぇ。あれは、なんで?」
キイラはこともなげに答えた。
「ピロットなら、いくら機嫌が悪くても話しかければ応じる……研究隊で分かってることだから、ピロットは比較的おだやかで、輪を乱すことはしない、と。だけど、そいつは無視したばかりか襲いかかってきた。多分、それを縄張りが何かの侵害に捉えたんだと思う。なんてったって、本能の塊だから」
「それが本当だとして、一大事じゃないですか……!報告、しないと」
「待って」
ニーナが腰を浮かせる。
それに、ヘルドが声をかけた。
「もしかしたらさっきのゼロが……いや、何かしらのゼロがいるかも知れない。一人で出歩くのは危険だ」
その言葉に、リトたちも賛同した。
「ヘルドの言う通りやわ。私も行く」
「置いてかないでくださいよ、ニーが行くなら私も行きます!」
「じゃあ、俺も……」
「えー、もうここまできたら私も行かないとでしょお」
結局、全員で列になって管理科の部屋まで行くことにした。
先頭がヘルドで、しんがりを守るのがキイラだ。
この二人は隣にしたら行けないと、先ほどまでで嫌という程体験したリトは二人を最大限に離せる順番にしたのだ。
もっとも、女性が前や後ろにいると万が一の時対応できない、というのもあるが。
張り詰めた空気の中突き進み、結局ゼロ(推定)に遭遇することもなく管理科の部屋に着いた。
「失礼します」
管理科所属であるリトが声をかけ、戸を開ける。
中にはすでに先客がいた。
「ナラ!ネルも……どうしたん?」
「こっちの台詞だよ、リト!えっとね、すっごい非常事態で……詳しくは言えないんだけど」
「奇遇やね。こっちも、非常事態どころやない位やわ」
「静かに」
思わぬ顔にざわついていた一行が、一つの声によってシンと静まる。
奥のデスクから、キツイ顔立ちの女が立ち上がった。
「大体皆さん、なんの用なのよ?大事な用があると息せき切って来たかと思えば、あなたたち騒いでばっかりで。本題に入りなさい、早く」
「すみません……スー管理長」
スーと呼ばれた女が目元を少し柔らかくする。
後ろで固くしばったお団子が照明に反射して茶色く光った。
「えぇ、わかってくれればいいのよ……で、本題」
「あ、それは」
「実は……」
ネルとキイラの喋りだしが被った。
が、二人はお構い無しに続ける。
「「ゼロが出たんです、推定ですが、おそらくピロット型の」」
ぴったりと、綺麗にシンクロした声を聞き、スーは眉を跳ね上げる。
だが、驚いたのはナラもリトたちも同じだった。
「そっちもなの〜?」
「複数体いるんですね……そりゃあ、うちだって一匹とは思っていなかったけど」
「えぇ〜。大変じゃないですか。ケガ人続出ですよ、そんなことになったら」
「リトたちの方も出たの!?というか、後ろの三人は?」
好き勝手に発言していたメイジーたちを見て、ナラは首をかしげる。
リトは慌てて三人を指し示した。
「こっちから、メイジー」
「よろしくねぇ」
「ニーナ」
「どうも」
「リーナ」
「よろしくお願いしますね!」
「ニーナとリーナは双子で、三人とも医療科なんやって。区画が違うから、多分知らんかったんやと思う」
ナラは初めて見る顔ぶれを興味津々で眺め回した後、自身も自己紹介しようと口を開いた。
「よろしく。私はナラ。管理科と研究隊やってるよ」
「よろしくお願いします」
「は〜い」
「仲良くしてくださいね!」
三者三様の返答が得られたところで、またナラは首をかしげる。
どしたん、とリトが声をかけると、ナラはどこかひっかかったところのあるような顔で言った。
「別区画、なんだよね。どこで知り合ったの?」
「ゼロに追われてたところを助けてもらってん。そのまま成り行きで?」
「えぇっ!?」
ナラが驚いたように声をあげる。
リトは内心で苦笑した。
「リト、追いかけられたの!?大体、追いかけられる人もいたんだ……いよいよ一大事だ、こんなの」
後半からぶつぶつとつぶやき始めたナラに、リトは口の端を引き攣らせた。
なんだか、たった数十分間見ないうちに、ナラは変わってしまった気がする。
絶望と喜びと希望を綯い交ぜにして、それを全て割ったみたいな。
俗に言う、オトナになった、というやつなんやろか、とリトは考えた。
「どういうことなのっ!?」
と、部屋の別の場所から衝撃の声があがった。
言わずもがな、スーである。
形のいい眉をわなわなと振るわせて、信じられないとでもいうような顔をしている。
「そんな……確証は」
「証拠になるものはないです。けど……」
「状況から見ても、ほぼ確定と言っていいんではないかと」
「は……」
スーはたっぷり数秒間停止していたが、それからの行動は早かった。
「すぐに放送の準備を。ヘルド、あなた軍事科よね?」
「あっ、はい」
急に話の矛先が自分に向いたことに驚きつつも、ヘルドはほとんど反射で返事をした。
「すぐに戻って、信頼のおける方に伝えて。すぐに艦内がパニック状態になるから、鎮圧を頼んで。その方には、先に説明をしておきなさい。なるべくたくさんいたほうが良いわ。リト!管理科にも協力を頼んで。私は艦内放送をする。だから、あなたは冷静に判断ができる人に今の状況を伝えて」
「はいっ!」
「情報科もいたほうがいいわ。キイラ!ヘルドたちの補佐をお願い」
「はい……」
こんなところは、流石管理長なんだよな。
ナラは心のなかでそう思った。
もし私があの立場なら、きっとパニックを起こす。
おおわらわでその場しのぎの対策をして、結局失敗して、全員巻き込んじゃうんだろうな。
そう考えると、スーさんは本当にすごい、とナラは密かに感心した。
「ナラ、ネル、メイジー、ニーナ、リーナ!貴方がたは、研究隊と医療科よね?ここにいるのは、人一倍頭がキレるからよね?その頭脳を、アヴァロンのために使って。今すぐ取り掛かって欲しい」
「何に、ですか?」
スーは一つ息を深く吸い込んで、口を開いた。
「薬を作って欲しいの。ゼロとピロットを、見分ける薬を」
「そんなの……」
思わず驚いたニーナに、スーははきはきと応じた。
「できっこない?そんなわけ無い。何事も、やってみなければ分からないのよ?それに」
スーは一呼吸の後に言った。
「私は皆さんを信じているわ。それだけで、理由には十分だと思わない?」
ああ、かっこいい。
ナラは無意識のうちにそう思った。
カリスマ性があるというか、なんというか。
スーは照れ隠しのように、全員を部屋から急き立てた。
「ほら、艦内がパニックになる前に早く!一刻も早く、完成させて」
ナラたちは廊下を歩き出した。
外には、まだ何も知らないピロットたちが今日も変わらず生活している。
この談笑の声も十数分後には、きっと恐怖と混乱の声になる。
この人たちの、生活を守りたい。
関わってしまったのはひょんなことからだけど、任されたことのある人として、やっぱり守りたいと思うのだ。
ナラは密かに呟いた。
「……よしっ、がんばろ」
「なんか言うた?」
「いや?なんでもないよ」
リトに応じたナラは、心のなかで気合を入れて、ネルの後を歩き出した。
閲覧ありがとうございました。