第三章
SF物語、第三話です。
ちょっとした伏線回収回になっております。
楽しんでいただけますよう。
作者自身まだ学生ですので、至らぬ点も多々あるかと思いますが、何卒よろしくお願いします。
リクエストや質問等感想で受け付けております。
追記……あとがきに用語集を記載致しました。作中で分からない点があればそちらをご確認ください。
ネルとナラが、珍しく目を見開いてまで驚いているときから、遡ること数分前。
ヘルドたち三人は廊下を歩いていた。
リトは手持ち無沙汰にそこらの壁を眺める。
ふと目をやったドアから、ガスやら蒸気やらが漏れ出てきていて、そっと目を逸らした。
また医療科が毒の研究してるんかな、とリトはどうでもいいことを考える。
ああ、ほんまに、なんでナラは今ここにいないんやろ、と彼女は他の二人に見えないように小さくため息をついた。
何故なら、キイラと名乗った男とヘルドの相性が、恐ろしいほどに悪かったからである。
「おまえ、さっきからため息つきすぎ。文句あんならはっきり言えよ」
ヘルドの鋭い言葉にリトは身を固くした。
が、これは彼女に向けられたものではない。
列の先頭を、猫背気味に歩いているもう一人の男に放たれた言葉だ。
「はあ……あんたに言われたくないね。大体見ず知らずの無礼な男を送れって言われて文句ないやついないだろ……」
「声ちっさ。聞こえるように言えよ。大体お前、ネルに反論すればいいだろ」
「悪口のボキャブラリー幼児レベルの奴に言われてもなにも傷つかないね。……そこまで言うなら、お前が逆らってみれば?あいつに逆らえるやつなんて居ないよ」
先ほどからずっとこの調子だ。
キイラとかいう男はともかく、ヘルドがここまで他人に牙をむくことはあまりない。
基本的に明朗快活で朗らかな、ピロットの誰からも好かれる奴であるというのに。
リトはひそかに驚いていた。
ここまで二人の気が合わないのには、おそらく根本の気性の問題があるだろう。
ヘルドはどちらかといえば生真面目な方で、手を抜くだとか妥協するとかいうことは一切しない。
それに対して、キイラは面倒くさがり屋、何をするにしてもおっくるがるから、ヘルドのようなタイプとは合わないのだろう。
それにしても、ここまで合わんのは本能の問題やけども。
リトは呆れを通り越して苦笑した。
「だから、何度言ったらわかる!」
「わかる必要ないだろ……お前みたいな真面目さんは、黙ってデスクワークしてればいいんじゃないか」
「なんだと!?」
ヘルドは討伐隊の中でも指折りの精鋭だ。
彼自身、そのことに誇りを持っている。
そのヘルドに「デスクワークしてれば」などプライドに関わる言葉だ。
ヘルドは柳眉を逆立てた。
それを飄々と受け流すキイラは中々の強心臓だ。
心臓に毛でも生えているのか、とリトは少し感心した。
「あーあ、めんどくさいめんどくさい。こんな事になるならネルの奴を押し切ってでも断るんだった」
面倒くさいという姿勢を隠そうともしないキイラに、ヘルドが反論する。
「別にお前の送り迎えなんかいらないし」
「あ、そ。こっちだってこんなの二度とゴメンだね……」
所謂、犬猿の仲というやつだ。
何をするにしても意見が合わず、どちらが悪いわけでなくとも喧嘩をする。
ここまで合わないのは珍しいものだ。
ピロットたちは、大昔誕生して以来、数少ない宇宙船の中で戦争を避けるため、基本的に穏便に進化してきたというのに。
新たな争いの予感を察知したリトは、イライラと口を開いた。
「アンタら、お互いの何がそんなに気に入らんの?もう、言っちゃ悪いけど聞いてるこっちがめんどくさいわ」
リトの言葉に二人は同時に振り向く。
「「こいつの全てが嫌いだ!!」」
変なところで気ぃ合うんやから、とリトは本日何度目かのため息をついた。
まさに二人は一触即発。
少しでもつつけばそのまま爆発しかねない雰囲気である。
ガタン!
突然、張り詰めた空気の中に重い金属音が響いた。
爪を弄る手を止めたリトは、驚いて少し飛び上がる。
一行が振り向いた先には、一人の男がいた。
「ヴ……あ゛ぁ………」
ただごとでないような声を上げた男に、ヘルドは目つきを鋭くする。
キイラでさえ、今はヘルドに楯突く気がないみたいだ。
明らかに様子のおかしい男に、ヘルドが口を開いた。
「おい、アンタ……」
どうした、という言葉が放たれると同時、男の目が紅く染まる。
もともと白目であった場所は黒くなっていて、そのかわり瞳が真っ赤に染まり上がっていた。
どう見たって、異常なことだ。
リトが声を上げようとした瞬間、男が三人に向かって飛びかかってきた。
「ヒィッ……!」
リトが身をすくめる。
普段よりも幾分か硬い声を放ったキイラは、一つ舌打ちをした。
「おい、これどうなってんだよ……」
「俺だって知るものか!こんなの、聞いたこと無い!ロボット、って感じはしないが……ピロットでもこんなのあり得ない!!」
「だよな……」
兎にも角にも、男が攻撃してくる気なのには間違いない。
三人はただひたすらに走った。
四区画に分けられているアヴァロンの中を、人気のない場所を選んで逃げるなど到底難しいことだ。
さらに、自身の働く区画以外は滅多に立ち入ることのないため、土地勘もないに等しい。
そもそも、別区画のピロットとは余程のことが無い限り関わらない決まりだ。
案の定、走り始めて十分としないうちに男は三人に迫ってきていた。
「もう、逃げられないか?」
「そうかもな……戦うつもり?」
「やむを得ないだろ」
ヘルドがリトを庇って立った瞬間、廊下の向こうから声が響いた。
「皆さん!大丈夫ですか!?こちらです!!」
曲がり角の先に、一つ空いたドアがあった。
その隙間から手袋をはめた腕がちょいちょいと手招きしている。
入るべきか否かなど、この状況で冷静に判断できるはずもなく。
別の区画だということが分かっていながらも、三人はドアの中に体を滑り込ませた。
その直後、手招きをしていた人物が勢いよく戸を閉める。
数秒の後、扉に自動で閂がかかった。
ドアの向こうに足音が近づき、たっぷり数秒の後に遠ざかっていく。
ほぉ、と三人は胸をなで下ろした。
「災難だったねぇ〜。君たち、別区画の人でしょ〜?なんであんなところいたの?」
真後ろから間延びした声が響く。
リトたちが振り向いたそこには、白衣をまとい柔らかそうな茶髪をおさげにした女性だった。
「君たち、何者?あ、自己紹介先だよね、ゴメンねぇ。私はメイジー。医療科。あなたたちは?」
「ちょっとメイ、皆さん困惑してらっしゃるじゃないですか!急に自己紹介しちゃあ……あ、うちはニーナと申します、以後お見知り置きを」
「え〜、そぉ?」
「というか、リーどこ行ったか知りません?メイに頼みましたよね、うち。リーのことちゃんと見ててって」
「リーナちゃんねぇ。なんか飛び出してったけど……さっきのあれに絡まれてるかも知んないねぇ〜」
「一大事じゃないですか!貴女の所為でリーが傷ついてたりしたらただじゃ置きませんからね!」
目の前でテンポよくかわされていく会話に唖然としていたリトだが、ハッと我に返って口を開いた。
「あ、私リトって言うんやけど……こっちはヘルドとキイラって言って、あの、ここはどこなん?」
「リトちゃんね〜。よろしくねぇ」
「おん、よろしく。ニーナも、医療科なん?」
「あ、そうだよぉ。ここにはいないけど、リーナもそうだよ〜」
「あの、さっきから言ってるリーナって誰なんですか?」
ヘルドが軽く手を挙げながら問う。
ふわりと笑ったメイジーは、ニーナの方を指し示した。
目線の先の彼女は高い位置で一つにくくった髪を振り乱しながら気をもんでいる。
「リーナはねぇ、ニーナの双子の妹なんだけどね。ニーナはあの通りのシスコン具合だからさぁ。おかげでこっちは毎日惚気というか愚痴というかに毎日付き合わされて大変なんだよねぇ」
と、その時、入り口のドアが開いて一人の少女が入ってきた。
「リー!」
「あらリーナ、おかえりぃ」
ニーナとメイジーが声を上げる。
少女はニーナと良く似た顔つきだけれど、髪の毛は低い位置でツインテールに結いてあった。
「はぁい、ただいま戻りました!あ、お客さん?」
少女、改めリーナは、優しげな顔立ちをふわりと緩ませてリトたちを振り向いた。
「そうなの〜。ニーナがいなくなってる間にねぇ、別企画なんだけどこの部屋に逃げ込んできてねぇ。こっちから、リト、ヘルド、キイラって言うんだって〜」
「そうなんですかぁ。よろしくお願いしますね、リトさん、ヘルドさん、キイラさん」
メイジーののほほんとした喋り方と、リーナ生来の優しい顔と声で、その場は一時のんびりとした空気になった。
が、ニーナの声がそれを破る。
「どこに行ってたの、リー!心配したんだよ!!」「あーねぇ。ちょっと、なんかおかしい人に追いかけられて……あ、安心して、なんもなかったよ」
ニーナは返答が得られた後もリーナの体を抱きしめていたが、抱きしめられている張本人は慣れっこという様子だ。
「それって……」
「ああ、はい。男の人。目が真っ赤でしてね、びっくりして。だけど、しばらく逃げてたら急におとなしくなったんです。そこからはもうまったく普通のピロット!って感じで目の色も戻って……」
びっくりしましたぁ、と笑うリーナに、ずっと考えこんでいたキイラが口を開いた。
「リーナさん、それってもしかして、話しかけるかなにかした……?」
「しましたよぉ。医療科の顔見知りだったので」
「それだ」
キイラは、なにかが掴めたような様子。
「多分、その男___」
___ゼロだ。
ナラ達も知らないところで、さらに事態が動き出そうとしていた。
閲覧ありがとうございました。
〈用語集〉
ピロット……ロボットとヒトの融合体。見た目はヒトに限りなく近いが、体はかなり頑丈になっている。
ちなみにこの物語に出てくる人物はほとんどピロット。
ゼロ……生存本能に特化した怪物。酸性の水で溶ける。見た目は様々。
死海……地球の表面をおおっている強酸性の液体。
アヴァロン……ピロットたちが暮らしている宇宙船。
円盤状であり、内部は四区画に分かれている。