終章
やっと完結させることができました。
長い間お付き合いいただき、ありがとうございます。
最終話も、楽しんでいただければ幸いです。
「………ヒマだね」
「おん、ヒマやね」
何処までも青い空、正面にそびえる入道雲。
数年前から、大して変わり映えのしない景色だ。
死海から突き出た鉄骨等のビルの残骸も、じわじわと溶けながら流れていく大きな木片も、地球の姿は、ナラが初めて見たときから、そう変わってはいない。
隣で大あくびに涙を浮かべるリトの姿も、ずっと変わっていないように見える。
そういえば、とナラはお世辞にもさわやかとは言い難い眼下の海を見つめながら、思いを馳せた。
アヴァロンを大きく変えた騒動の始まり、その日も、こんな天気だった。
ヒマを持て余していることも、変わらない。
ナラは、深く息をついて、遠くの空を見つめた。
アヴァロン全体を混乱に陥れたあの騒動から、もう数年が経つ。
だだっ広い艦内に住むのは、今ではピロットのみだ。
次から次へと現れる野生のゼロを討伐して、研究する日々。
前と大して変わりはないが、居住者が少なくなったせいで、どこか寂しく感じる。
管理科以外の部署のトップはゼロだったから、その引き継ぎも大変だった。
万年人手不足の管理科は更に人手不足になり、情報科は優れた者が多数いなくなった。
医療科は、治療する相手が減り逆に楽になったそうだが。
ただ、一番大変なのは軍事科だろう。
死海上をふよふよと飛んでいるゼロはまだ沢山いるし、近づけば攻撃だってされる。
なのにこちらの手数は減っているのだから、困ったものだ。
野生のゼロはピロット型より知能が低いのか、こちらが離れても追ってくる。
今更ながら、メイジーやニーナ、リーナなどのゼロとはやはり違うな、とナラは思った。
そう、メイジー、ニーナ、リーナ。
彼女らは、ゼロたちのリーダー格だったらしい。
あの後、三人の説得に、余裕で百を超えるゼロたちは二つ返事で応じた。
事が穏便に運んで、こちらとしても嬉しい限りだ。
犠牲になったのは、最初に海に飛び込んで溶けてしまったゼロ、ただ一人だけ。
残りのゼロたちは無事、脱出艇に乗って逃げていった。
ピロット側にも、犠牲者はいない。
あの時、自分が作戦を思いついていなかったら。
ゼロたちが立てた作戦の決行に、間に合わなかったら。
ゼロもピロットも、皆木っ端微塵だったかもしれない。
少々思い上がりかもしれないが、とナラはひとりでに苦笑した。
だけど、自分が望んだ、「誰も死なない」こと。
それが実現に至ったのは、やはり自分の行動が大きく支えている部分もあるのではないか。
多少うぬぼれでもいい、そう思いたい。
ナラはそんな事を考えながら、ふっと息をついた。
あの騒動のあと、メイジーたちとは、未だ連絡をとりあっている。
脱出艇とアヴァロンは、通信がつながっているため、これを使わない手はないとスーが考えたからだ。
あれからすぐ、メイジーたちから無事に星から離れたという連絡を受けた。
それから、一ヶ月おきに、定期的に通信をしている。
四ヶ月前の定期通信では、ゼロたちの本能を抑制する薬の開発に取り組んでいるとも言っていた。
どうやらそれが、功を奏したらしい。
少し前まで、ただ雲が浮かぶばかりだった水平線。
その向こうに、小さくだが、アヴァロンの脱出艇が見える。
脱出艇はだんだんと近づき、やがては、肉眼で形が鮮明にとらえられるまでになった。
メイジーたちゼロの乗る、脱出艇だ。
あれか数年が経った今、あの星はアヴァロンからそこそこに遠ざかった。
まだ見える位置にはあるもの、今までゼロたちが本能を抑えられていたのなら、そこまで問題はない。
それに加え、メイジーたちの開発した抑制剤。
安全をより強固なものにし、ついに今日、ピロットとゼロはあの事件以来初めて会うこととなったのだ。
甲板の柵にもたれ、ヒマだヒマだと言い合っていた二人は、ぴしりと姿勢を正す。
ナラはもじもじと手を擦り合わせた。
「うわぁー……」
「緊張してるん?」
リトがぼんやりと脱出艇を見つめながら言った。
ナラは強く頷く。
「うん!なんか久しぶりすぎて。それに、あの事件以来初めて会うし、私の作戦強引すぎたかなー、とか、いろいろ考えちゃうんだよね」
ふぅん、とつぶやいたリトは、ニッコリ笑って返した。
「別に、ゼロの誰も、ナラを恨んどらんと思うよ?やって、命の恩人やん。感謝こそすれ、憎むことないわ」
「……そうだと嬉しいけど」
そんな会話を交わしている間に、いよいよ脱出艇はアヴァロンに迫ってきていた。
「……もうすぐ、だね」
「……せやね。うわぁー、三人に会ったら何の話しよ。今から緊張するわぁー!」
「あは、リトも緊張してるじゃんね」
くすりと吹き出したナラは、もう一度居住まいを正し、段々と近づいてくる脱出艇を見つめた。
◇
「えぇ、と。それでは、今日この日を安全に迎えられたことを感謝しながら、本日は、親睦を深めていただけたらなと思います___」
なんでこんなことに。壇上でスポットライトを浴びながら、ナラは心の中で頭を抱えた。
数時間前、ついに到着したゼロたちは、アヴァロンから伸ばした橋を渡って、恐る恐るといった様子で艦に入ってきた。
広い甲板いっぱいになるほどのゼロが、一人また一人と橋を渡ってくる。
あらかた渡り終えたというところで、ついに、脱出艇からメイジーが顔を出した。
白衣を纏い、ゆるく髪を結んだ姿は、数年前とほとんど変わっていない。
そのすぐ後に、ニーナとリーナも橋を渡ってきた。
ナラとリト、そしてスーはピロット側の代表ということで甲板の真ん中に立っていたのだが、どうやらメイジーたち三人はゼロ側の代表らしく、ナラたちの方へまっすぐと歩いてきた。
その足がピタリとナラたちの前で止まり、数秒程気まずい沈黙が流れる。
先に沈黙を破ったのは、メイジーのほうだった。
「……髪、伸びたねぇ」
思いもよらぬ第一声に、ナラは少し苦笑した。
数年ぶりに対面した友人、しかもピロット側の相手に向かっての会話の糸口には、いささか軽すぎる気がする。
そう考えたところで、ナラはふと思い当たった。
そうか、メイジーも緊張してるんだ。
久しぶりに会って、話したいことはたくさんあるのに、実際に対面すると、それが喉に詰まってしまう。
自分も同じ状況だったので、ナラはほんの少し笑えてしまった。
少し、緊張が解けたような気がする。
ナラは笑顔で応えた。
「そっちこそ、だよね。……元気してた?」
「うん、元気だったよ〜。ニーナも、リーナも。ナラも元気そうでよかったぁ」
周りを取り囲むゼロたちやニーナとリーナ、リトとスーが、この会話を堅い面持ちで見守っていた。
ナラとメイジーは二言、三言会話を交わし、目を合わせ、どちらからともなくふっと吹き出した。
「んふ、ちょっと、他人行儀がすぎるよ〜、ナラ!」
「あはは、いやー、そっちがそのテンションできたもんだから、身構えちゃった!何、『髪伸びたね』って!」
「緊張してたんだよぉ〜、そっちだってガチガチだったじゃん!」
「あは、それもそーだね」
二人でゲラゲラ笑い合っていると、コホン、と咳払いが聞こえた。
スーだ。
ナラは慌てて真面目な表情をつくり、背筋を伸ばす。
メイジーも笑うのをやめ、スーの方に目をやった。
「……仲が良さそうで何より。ゼロの皆さん、では、こちらへどうぞ」
スーはスライドドアを大きく空け放ち、スッと廊下の方を手で指し示した。
大勢のゼロたちを引き連れ、着いたのは脱出艇保管庫だ。
もともとアヴァロンの最下層にあり、地下室的な空間だったので、スペース的には驚くほどに広いのだ。
そこの大部分を占める脱出艇も無くなり、舞台や照明なんかも増設され、今では大広間のような役割を果たしている。
ゼロとピロットを足した全員が入っても余りある広さだ。
昨日のうちにナラたち管理科がせっせとテーブルをセッティングし、皆で食事ができるようにした。
今はナラたち以外のピロットが総出で料理や酒を準備しているところだ。
ナラたちとゼロが広間について数分もした頃、ピロットたちによって、飲み物や食べ物が次々運ばれてきた。
テーブルにどんどんと大皿や重ねた取り皿、スプーンが置かれ、グラスが次々に手渡される。
それを少し離れたところで見ていたナラにスーが寄ってきて、大真面目な顔で口を開いた。
「ナラ、あなたあの事件の功労者でしょう?食事を始める前に、簡単に挨拶してくれない?」
「えっ!?ちょっ……私てっきり、貴女がやるものだとばかり思ってたんですけど……!?」
「私よりナラのほうがゼロと親交が深いでしょう。そんなにたくさん喋らなくていいのよ?じゃ、よろしくね」
「え、ちょっ、まっ……!」
ナラの制止も聞かず、スーはひらひらと手を振りながら遠ざかっていく。
「ちょ、嘘でしょ……!?」
ナラが困惑しているその間にも、スーはスタスタと歩き、会場の隅でマイクを持ち進行役を務めていたネルに近づいていった。
スーが何やらネルに耳打ちしたかと思うと、ネルは真顔のままマイクを口元に近づけ、口を開く。
「それでは、グラスも行き渡ったことと思いますので、ここで乾杯の挨拶をしたいと思います。挨拶を務めるのは、ナラさんです。それではナラさん、お願いします」
「うわぁ……」
ナラは頭を抱えた。
が、時すでに遅し。
ナラのことを知っている大勢の視線が、彼女に振り注いでいた。
やるしかない、か。
ナラはそう覚悟を決め、胸をドキドキ足をプルプルさせながらステージに近づいていった。
ネルからマイクを受け取り、コツ、コツと短い階段を上がる。
ステージの真ん中に立つと、じんわりと汗ばむくらいのスポットライトが、ナラに当てられた。
ナラは、恐る恐る口を開く。
「えぇと、それでは___」
話しながら、ナラは会場を見回す。
ナラを見る、たくさんの目。
ピロットのものも、ゼロのものもある。
が、その全てが柔らかく、好意的に見えた。
なーんだ。
ナラは拍子抜けした。
私が思っていたよりもずっと、気にすることはなかったのかもしれない。
たくさんの目のなかに、メイジーやニーナ、リーナ、ヘルドにキイラ、リトも居た。
ねぇ。
ナラは口は動かしつつ、心の中で皆に問いかける。
ピロットとゼロ同士、分かり合えたよね。
野生のゼロとだって、そのうち戦わなくて済む方法が見つかるかもしれない。
そのために私たちは、研究しているから。
ゼロも倒すのも研究するのも、誰も死なないためでしょう?
ゼロの本能だって、本来「生きるため」のものなんだ。
ゼロもピロットも、本質は変わらないのかもしれない。
同じ、ロボットと人間から生み出された生き物。
ピロットはより丈夫な融合体として、ゼロはより強力な兵器として。
それは結局地球を大きく変えてしまったけれど、私たちはきっと、もう一回やり直せる。
今日のものはまだ、一夜限りの宴だけど。
きっといつか、永遠に一緒に暮らせるようになるはずだ。
いや、そうしてみせる。
いつか、その方法を見つけてみせる。
それが私の生きている間でなかったとしても、それに繋げていくくらいは、できるはずだから。
だから、私たちは。
また会うときは、それぞれ天寿をまっとうした、その日。
それまでどうか、生きていて。
生存本能の塊でも、そうでなくても。
友達じゃなくても、そうだとしても。
私は、誰にも死んでほしくないから。
次に会うときは___。
ナラは、ふっとほほ笑んだ。
社交辞令や、大勢の人の前で浮かべる愛想笑いではなく、心からの笑みだった。
リト、ヘルド、ネル、キイラ、メイジー、ニーナ、リーナも、柔らかく笑っていた。
「___それでは、乾杯!」
ナラは、グラスを高く掲げた。
語ろう、この盃が空になるまで。
夜が明けたら、彼らはまた星を追って動き出す。
空を駆けて飛ぶ、鳥のように。
だから、今だけは。
今だけは、心ゆくまで。
永遠に駆ける彼らを、祝福が包みますように。
いつかまた、彼らが再会する時まで。
いつかまた、彼岸の端で会う、その時まで。
閲覧ありがとうございました。
ここまで読んでくださった方に、心から感謝を。




