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第十一章

大変お久しぶりです。実に四ヶ月ぶり。

これから完結に向けて頑張っていこうと思います。

楽しんでいただければ幸いです。

 朝の明るい廊下を、メイジー、ニーナ、リーナの三人はスタスタ歩いていた。

 船内に数多くいるゼロたちの中でも本能を抑えている方と言うことで、あの全員が集まった会議の後、この三人に白羽の矢が立ったのだ。

 メイジーは、歩きながら考えていた。

  キイラは、気がついている。

 あの医療科の聡明な女___確かネルと言ったか___も、きっと真実に辿り着きかけているんだろう。

 メイジーたちは検査されていないけど、あの場であのまま検査を続けることだってできた。

 だけど、第二区画を全員終えたところで報告に行き、そのまま消灯ということは、そういうことなんだろう。

 数日前死海に飛び込んだ男のことも、ナラたちと三人が出会うきっかけになった、廊下で襲ってきたという男のこともある。

 自分たちのなかで何かが疼く感覚も、それとなく感じていた。

 艦内のゼロたちの本能が、現れだしている。

 慌てて朝も早くから大勢を集め、ずっと前から話していた作戦を決行することと相成ったわけだ。

  生まれ育った場所、 アヴァロンを、破壊すること。

 そのことに、思うところがないわけでもない。

 だが、仕方がないことだと思っている。

 いつか来る未来が、今、来ただけ。

 ピロットたちには、悪い事をするな、とメイジーは思った。


「やっぱさぁ……罪悪感とか、ある〜?」 

  メイジーは、先を並んで歩くニーナとリーナに向けて言った。

 ニーナは少し眉を跳ね上げ、リーナは首を傾げることでそれに応じる。

  先に答えたのはニーナだった。

「まぁ……全くないと言えば嘘になりますが。アヴァロン自体には、ないですね」

  淡々と答えるその口調には、ほとんど感情が滲んでいなかった。

 元々何かに執着することがほぼない(リーナを除き)性格なので、仕方のないことかもしれないが。

  少しして、リーナも答えた。

「うーん……そうですねぇ。やっぱり、何も知らなかった方には悪いな、とは思いますけどね〜。あ、あと……」

 リーナはまた少し考えた。

 答えることがない、というよりはその感情を言語化する方法を探しているようだった。

「……あの五人のことは……残念だな、って思います、ねぇ」

 途切れ途切れに告げられた言葉は、確かに先ほどからメイジーたち二人も感じていることだった。

 あの五人___ナラ、リト、ヘルド、ネル、キイラ___のことを考えると、メイジーは本当に気が重くなる。

 自分たちは、彼らを騙して裏切り、絶望の底に叩き落とし、さらには今から住処まで破壊しようとしているのだから。 

 これに関しては、ゼロに生まれた自分を恨んだ。

 でも、仕方がない。

 種族は変えられないし、来る運命だって変えようがない。

 おとなしく受け入れるしかないのだ。

 我ながら冷めてるな、と思うし、なんだか虚しい気もする。

 でも、今からすることに平然といるためには、これくらい割り切っていかないと。

 メイジーはそう思った。

 そんなメイジーの横でニーナは一瞬表情を揺らがせ、しばらくしてからぽつりと呟いた。

「……恨んでる、でしょうか」

「え?」

 リーナが聞き返す。

 ニーナは言葉だけは淡々と続けた。

「彼ら。私たちを、恨んでるでしょうか。騙された、裏切られた、酷い奴だ、と。いえ、そう思われても仕方がないのかもしれませんが。でも、せっかく……」

 せっかく、友達になれたのに。

 ぽつりと落とされた言葉は、この場の全員の気持ちを代弁しているかのようだった。

「そう、ですね……」

 リーナも表情を沈ませる。

 きっと今ごろ、朝食を食べながら話し合っていることだろう。

 ゼロから身を守る方法、これからもピロットがアヴァロンで生きていくための策を。

 きっと今にも彼らは真実に気づいて、共有し、メイジーたちを敵と見なしている。

 それがなんだか、どうしようもなく辛い。

 メイジーはそう思って、すぐ頭を振ってその考えを取り払った。

 私が弱気になってどうする。

 この二人は、親友だ。

 共に暮らしているのだから、最早家族とも言えよう。

 メイジーはこの二人よりも少しばかり年上だ。 

 だから、この二人を守らないといけない。

 しっかりしなさい、私。

 メイジーはパン、と自分の頬を叩いて気合を入れた。 


 数分もした頃。

 意味も中身もない雑談で気を紛らわせつつ、やっとメイジーたちは目的地に到着した。

 ただ隣の区間に行くだけなのに、やはりアヴァロンは広いと思い知らされる。

 扉の上にかかった金属のプレートには、確かに「脱出艇保管庫」と刻まれていた。

 メイジーたちは、ためらいもなくその中に入っていく。

 中には幾つもの脱出艇があり、ひんやりとしていて薄暗い。

 アヴァロンの住人は、これを操縦することができる。

 操縦、と言っても自動の部分が多いので、技術的はほぼ必要ないのだけど。

 ニーナが脱出艇に近寄り、自身の何十倍もあるそれを拳でコンコンと叩いた。

「……硬い、ですね。いくらアヴァロンでも、これは耐えられない。……完璧、ですね」

 ニーナの声にはまだ迷いが残っていたものの、その表情は覚悟を決めたかのようにかたかった。

「……皆さんを、呼びます?」

「そうですねぇ」 


「待って」 


 リーナが無線機に手をかけようとしたその瞬間、メイジーのものでも、ニーナやリーナのものでもない声が響いた。

 メイジーは思わず辺りを見回す。

「……誰?」

 脱出艇保管庫なんて、よほどのことがない限り入らない。

 点検ですら稀にやるのみだし、そもそも今この状況下で呑気に点検をするとも思えない。

 と、いうことは。

「……全部の事情を知ってるピロット、か」

 誰だ。

 響いた声は女だったから、ヘルドやキイラではない。

 ネルやスーは基本的に敬語だから、違う。

 言葉のイントネーションやアクセントの付け方からして、リトではない。

 それなら。

「……ナラ、さん」

 リーナが掠れた声で名前を呼んだ。 

 コツ、コツとブーツを鳴らして、彼女が物陰から出てくる。

 昨日見たのと(少し疲れた顔をしている以外は)何ら変わりない、ナラ。

 いつになく真剣な面持ちの彼女を目の前にして、メイジーは柄にもなく緊張していた。 

 きっと彼女は、ネルやキイラに、もう真実を共有されている。

 メイジーは考えた。

 憎んでる?

 もう、私たちのことは嫌い?

 心臓がバクバクしていることに気がついて、さらに気分が沈んだ。

 怖がってる?

 私が、彼女に嫌われることを。

 まさか。

 というかそもそも、なんでここにいるの?

 待ち伏せされてるなんて。

 まさか、いや、信じられないけど。

「……作戦が、バレた……?」

 小さな声で呟いたメイジーを、ニーナとリーナがバッと振り返った。

 作戦。アヴァロンを、破壊するための。

 しばらく沈黙が流れ、ようやくナラは、神妙な口調で話し始めた。

「ねぇ、待って。やめるなら、今のうちだよ」

「やめるって、何を」

 半ば反射的に返答したニーナに、ナラは少し言葉に詰まってから、再び口を開いた。

「……ここを、壊す、こと」

 ひゅっ。 

 リーナは息を呑んだ。

 ニーナは声も出ない。

 メイジーは、何やら考え込んでいるようだった。

 ナラは続けた。

「私も、考えたんだよ。私がゼロだったら、どうするかって。バレたら、艦内にはもちろんいられない。外に逃げても、ピロットによって命を奪われる可能性が高い。それなら、ピロットごと、ここを壊せばいい。私ならそうすると思ったし、三人ともそう言うと思ったから」

「……なら、なんで、脱出艇保管庫になったんですかぁ?破壊するっていったって、色々方法はあるじゃないですか」

 リーナがいつになく真面目な口調で言った。

 彼女はきゅっと唇を噛んでいる。

 計画が阻止されるかもしれないという焦りと、既に嫌われているかもしれない相手と面と向かって話すことへの不安。

 ナラは特に動揺するでもなく、静かに答えた。

「まずアヴァロンを破壊するにあたって、自分がゼロだったら、爆弾はさ、まず無理だなって思った。爆発物は、基本的に管理科が管理してる。私も運搬することもある」

 一時停電を起こしたこともあるけどね、とナラは内心で付け加えた。

「管理科のトップはスーで、彼女は第二区画、つまりピロット。管理科には元々第二区画の者が多いし、その彼女の元から爆弾を盗って使うっていうのは、考えづらいなって思った。だし、せっかく爆弾を設置しても、逃げられちゃったら意味ないでしょ?ピロットは死海に落ちたくらいじゃ死なないし、死海には昔の文明の名残も沢山ある。生き延びるのも、難しいけど無理じゃない。でも、ゼロは違うでしょ?だから、ゼロが使うなら、脱出艇だと思った」

 ああ、気づいてる、この人は。

 なんて末恐ろしいんだろう、とニーナはぼんやり思った。

 もちろんネルやキイラの助けもある。

 ただ、彼らですらたどり着かなかった結論に、たった一人でたどり着いて。

 それで、危険を顧みず、説得をしにきた。

 底しれないものを感じる。

 と同時に、ニーナには、ナラがとても眩しく見えた。

 ナラが鋭く息を吸う。

 口を開くのが、ニーナにはスローモーションで見える気がした。

 やめて、言わないで。

 自分たちの作戦のくせして、いざ言われたら怖くなってしまう。

 足がすくんでしまうから。

 どうか、お願い。

 そんなニーナの心中とは裏腹に、ナラはそれが最高機密でもあるかのような調子で、小さく、静かに言った。 


「突っ込むんだよね。ゼロたちが乗って、脱出艇で、アヴァロンに」 


 ナラは、キッと強い瞳で三人を見据えた。

 怒っても、恨んでもいない、ただ凪いだ、強い目。

 たっぷり数秒してから、リーナが掠れた声で答えた。

「……そう、ですよぉ。わかったのは、すごいです。……でも、知ってどうするんですか〜?これを阻止しても、艦内はほとんどがゼロで、それなら、ゼロやピロットごと、皆で……」

 リーナは途中で言葉に詰まり、俯いた。

 メイジーが、ぽんとその背に手を置く。

 ナラは少し表情を揺らしつつも、口調はこともなげに答えた。

「だって、いやだもん」

「へ?」

 まるで子供のようなその言い草に、思わずメイジーがつぶやく。ナラは淡々と続けた。

「私が死ぬのはね、別にいいんだよ。個人的には未練も、特にはないし。でもさ……」

 ナラがスッと顔を上げ、正面から三人を見据えた。 

 一人ずつ、順繰りに目を合わせていく。

 メイジーの、ふわりとした、でもどこか達観したところのある目。

 ニーナの、真剣で冷静な、でも内側には熱を秘めた目。

 リーナの、子供らしいところもある、でも優しく強い光を宿した目。

 ナラの、強く、真っすぐで純粋な視線が、三人の目を順番に射抜いていく。

 全ての時間がゆっくり流れているような気さえした。

 体感では数分くらい、しかし実際には数秒後、ナラは再び口を開いた。

「……私、リトたち四人や、メイジーたち三人が死ぬのが、嫌だなって思って」

「そんなん……私たち、ゼロだよぉ?怖くないの?恨んでるでしょ〜?騙された、裏切られた、って」

 メイジーが困惑した声を上げる。

 もう嫌われたと思ってかかっていたためか、まっすぐな好意に、三人は想像以上に動揺していた。ナラは続けた。

「私、楽しかったんだよね。薬作る時。緊急事態だったし焦ってたし、それどころじゃない部分もあったけど、それでも楽しかった。何より、友達が増えたなって、嬉しかったんだよ」

 三人の目が、泣き出しそうに揺れた。

 今から、ナラの大事な場所を、大事な人を破壊しようとしていたのに。

 それなのに、こんなにストレートに、気持ちを伝えてくれている。

 彼女はピロットなんだから割り切らないと、という気持ちもあるのに、心の奥底では、ナラの言葉を喜んでいる。

 私はまだ嫌われていなかった、せっかくの友達に、嫌われていなかった、と。

「脱出艇で突っ込む役目は、三区画分のゼロ全員でやるんだよね?脱出艇は幾つもあるし、全員乗り切れるし。だから三人の作戦は、ピロットもゼロも死んじゃう。それが、本当に嫌だった。だから、止めに来たんだよ」

 ニーナが、浮かびかけた涙を指で拭いながら言った。

「でも……嫌だって言ったって、避けられないじゃないですか。結局、死ぬしかないですし……ゼロも、今に皆本能の部分が強くなってくる。そのうちにゼロ同士でも、殺戮が起きる。もう終わった運命なんですよ、私たち」

 ナラはにっこり笑い、スッと手を差しのべた。

「ううん、まだ終わってない。実は、あるんだよね……」

 ナラはにぱっと笑みを深め、満面の笑顔で言った。


「……全員助かるための、作戦が!」

閲覧ありがとうございました。

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