第十章
長らくお待たせ致しました。記念すべき(?)第十章です。
予告通りに完結させることはできませんでした、すみません。
どうかあと数話、お付き合いください。
ナラが慌ただしく出ていった後の食堂では、実に気まずい空気が流れていた。
元々あまり他人に構うたちではないネルは、空になったトレーを前に何やら考え込んでいるし、ヘルドとキイラは目線のみで無言の争いを続けている。
それに挟まれたリトは、何が何だか分からないままヘルドに停戦を(これまた目線のみで)促していた。
食堂に居合わせた数少ない人々(余談だが、第二区画以外の者たちは、何も伝えられずに部屋に待機している)は、何やらその異様な光景を目撃して、当事者たち以上に緊張して息を呑んだのだったが、それはさておき。
本人たちにとっては苦ではない沈黙が数分間流れた後、ネルがやっとこさ口を開いた。
「脱出艇、ですか。リトさん、少し聞いてもよろしいですか?」
「ひぁいっ!?なんや!?」
自分に話を振られるとは少したりとも思っていなかったリトは、思わず少し変わった悲鳴をあげて目をぱちくりさせた。
「管理科で、脱出艇に関する仕事したことあります?ナラさんが担当した範囲もできれば」
「おん、あるよ。結構前やけどね」
リトは軽く頷いた。
ネルは平坦な口調で続ける。
ヘルドとキイラはそれすら意に介さない様子で、未だ白い火花を散らし合っているのだが。
「具体的にどんな仕事だったか、教えていただけます?」
「ええよ。せやね……脱出艇の内部を見て、大きな異変がないか、とか。あと、実際に少し電源を入れてみて機能を確認する、とか。そんな感じだった気がするわ。ナラはな……たぶん、内部の清掃してたわ」
「へぇ。ありがとうございます、リトさん」
「いや、結構前のことやし、記憶がちょっと曖昧なんよ。間違ってたらごめんな!」
そんなリトの言葉を完璧にスルーして、ネルはまた深い思考の海に沈み込んでいった。
(ナラー!脱出艇だか何だか知らんけど、早う帰ってきてやー!!)
リトは睨み合う両隣の二人と、そんなの全く関係ないとばかりに考え込むネルを見て、心の中で叫んだ。
「ん?何だあれ」
四人の間で再び話題が発生したのは、ヘルドが一方的に一時停戦をして空を見上げた時だった。
キイラから相変わらず発され続けている敵意の矢を意にも介さず、空の一点を指差す。
「あれ……星?」
アヴァロンの食堂の天上は、中央部分が丸くガラス張りになっていて、そこから空が見えるようになっている。
空は、地上(実際地上に広がるのは死海なのだが)のてんやわんやの大パニックスとはうらはらに、今日も青く快晴の空を頭上に広げていた。
別にそれだけならば普段通りなのだが、いつもとは違い、その青い空の向こうの方には、白い光が浮かんでいたのだ。
「こんな、真っ昼間っから?珍しいな……」
キイラも不可解そうにつぶやく。
昼間から見える星というのはあまりないし、それをはっきりと肉眼で視認できるというのも、全くと言っていいほどない。
太陽の光に負けてしまうからだ。
どんな一等星だって、昼には見えない。
「隕石……ではないですよね、キイラ」
「……あぁ、あの光り方からすると、星だと思うけど……」
時折、隕石が大気圏に衝突して燃え上がり、星のように輝く現象が起きることがある。
だが、その場合光がチカチカする上あまり長く続かないので、あの星が隕石だとは、どうしても思えなかった。
「えぇ、ですよね……前からあんな星、ありました?しかも、日の上がっている内からあんなに明るい……」
ネルの言葉に、リトが軽く手を挙げた。
「数日前からあった、と思うよ。ヘルドの方は、ここ数日軍事科でご飯食べてたやろ?キイラやネルも、いつもは情報科の部屋で食べてるやん。やから、気づかんかったんやと思うわ。とはいえ、今日は一段と明るいけどな」
「あの、ちょっと思うことがあるんだけど」
こんどはヘルドが発言した。
ヘルドは体中にビシビシと突き刺さるキイラの敵意を無視して、淡々と言葉を続ける。
「ちょっと、気になって」
「はぁ。どうぞ」
ネルがそう促す。
一旦思考を止め、聞く態勢に入ったようだった。
キイラも氷河期の視線を送るのを止め、嫌々ながらしかし少し興味のあるような顔で聞いていた。
リトの方は、何が何だかさっぱりだったが。
「さっきのネルの話だと、ピロット形のゼロは、もっと大昔から存在してたってことだろ?だけど、なんで今仕掛けてきたんだ?」
「と、言いますと」
ネルの言葉に、ヘルドは一呼吸おいて続けた。
「ゼロにとって正体を明かすのことが、必ずしもメリットになる、ってわけではないだろ。それに、普段は第二区画とあまり関わりがほとんどなかったとは言え、普通にピロットっぽかったし。それなら、そのまま擬態してたっていいはずだ。普通のゼロより知能は格段に特化していただろうし、それなりに本能も抑えられるだろうし。それなのに、ゼロだとわかったその要因が、あまりにもわかりやすすぎる」
「そう言われてみれば、そうやな……確かに、あのまま隠しとったほうが子孫も繁栄したやろうし」
「あぁ。それがずっと疑問で。それが分からないんだけど……」
「……それは」
キイラが心底不機嫌そうな声でヘルドの言葉を継いだ。
こういう時に、敵意よりも思考を優先するのがキイラらしいわ、とリトはぼんやり思った。
「……たぶん、本能に近くなってるんだと思う」
キイラはスッと目線を天上から床に落とした。
一同もつられて床を見る。
磨き上げられた白銀色の床が、自身を見返しているようだった。
「……ゼロっていうのは、縄張り意識が恐ろしく強いだろ。それと、生存本能。それを満たされない場合、攻撃してくる。……生存本能に関しては、アヴァロン内は、正体を明かさなければ、ゼロにとっては安全だったはずだから、生存本能は大丈夫だろ。だけど、問題は縄張り意識だ」
キイラの言葉に、ネルが頷きつつ応じた。
「確かに、そうですよね。区画として分かれているとは言え、どうしても居住の空間は近くなってしまいます。普通、縄張り意識に触れないわけがありません。と、言っても、ピロット形のゼロが普通のゼロと同じとは、正直思えませんけれど」
「……あぁ。たぶん、ピロット形のは知能と一緒に、本能を抑え込む機能も成長したんだと思う……だけど、廊下で俺らが襲われたのは、たぶん縄張り意識を刺激したからだ」
「あぁ、やから、本能に近くなっとる、って言ったんやな」
リトが納得したようにポンと手を叩いた。
が、すぐに首を傾げる。
「ん?そんなら、死海に飛び込んだ奴ん事は、どうなるん?死海に飛び込んだらゼロは死ぬんやから、生存本能とちゃうやん。大体、なんで本能に近くなっとるんかもわからんし」
「……それなんだよな……」
キイラはお手上げ、とでもいう風に両手を軽く挙げた。
「それは、こうだと思います」
ネルが口を開く。
「あの、海に飛び込まれた方。急におかしくなった、って聞きましたよね。ナラさんの予想は、『その人は自分がゼロだと知らなくて、でも自分が何かおかしいのは分かったから自分から死海に飛び込んだ』。これ、今となってはほとんど不正解ですが、少しだけ、正解があります」
「正解?そんなのあるのか、それ……?」
ヘルドが訝しげに呟く。
ネルは空になった銀の皿をカポ、と裏向きに机において見せた。
「前提条件からお話いたしますね。この皿の中にあるのが、本能だとしましょう。普段はこうして覆い隠されていますが、今、なんらかの要因でガードが薄くなっている」
ネルはカパ、と皿を取り除けてみせた。
「そうしたらこう、本能がさらけ出されるわけじゃないですか。ですが、急に本能が出るわけでは、恐らくありませんよね。ここからは仮定の話をしていきますけれど」
ネルはもう一度皿を裏向きに被せ、今度はじわじわと机との隙間を開けていった。
「こういう風に、ほんの少しずつ、本能を隠す機能が低下していくとします。そうしたら、そのうち、ゼロ本人も気がつくはずです。自分の本能が引きずり出されていることに」
「そら……そやろな?でも、それとこれと、何か関係があるん?」
「えぇ。大アリですよ」
いつだかのキイラとそっくりの反応をしてみせたネルは、皿を元のとおりにトレーに置き、顔を上げた。
つられて、三人も目線を上げる。
ネルの静かでありながら強い視線と、キイラの心底面倒くさそうな視線と、リトの困惑気味の視線と、ヘルドの真剣でまっすぐな視線とが、テーブル上で交差する。
ネルは全員の目を順々に見返しながら、言葉を続けた。
「では、キイラ。ゼロ本人が、だんだん本能が引きずり出されていることに気がついたら、次にどう思うと思いますか?」
「え、俺……?」
先ほどまでの視線が、すでにヘルドへの敵意の視線に変わろうとしていた(ちなみに、ヘルドはもうすでに無言の敵意を送り始めている)キイラは、面倒くさげな雰囲気を全身で醸し出しながら、淡々と答えた。
「……そうだな……やばい、ってなると思う。何とかしないと、とか……?」
「えぇ、そうですよね。飛び込んだ方も、そう考えられたはずです。アヴァロンにはゼロを殺すための軍事設備が山程ありますが、バレなければそれは脅威ではないですし、死海に落ちるほうがよっぽど致命的ですから」
「まぁ、そうだな。死海に落ちでもしなきゃ、ゼロは簡単には死なない」
数え切れないほどのゼロと相対してきたヘルドが、そう答えた。
つい先日討伐されたマンボウのゼロも、飛行機能が失われるまで攻撃し、撃墜することで倒したくらいなのだ。
ゼロの生命力は比較的高い。
ただそれも、ピロットには遠く及ばないけれど。
「はい、ヘルドさんはよくご存じですよね……まぁとにかく、本能がさらけ出されたら、自ずとピロットはわかってしまうじゃないですか、その、ゼロの正体。だから、隠そうと思うはずですよね。たぶん飛び込んだその方、ギリギリだったんだと思います。リトさんたちを襲ったゼロほど本能が引きずり出されておらず、かといって、自身の意思で隠せるものではない」
ネルは、ここまで言えばわかりますよね?とでも言うようにリトたちを見つめた。
リトが訥々と呟く。
「……つまり……あいつは、自分から、死海に飛び込んだってことやんな?」
ネルは何も言わなかったが、その表情から推し量るに、これは正解なんだとリトは思った。
「じゃあそれなら、なんで本能に近くなってるんだ?」
ヘルドが至極まっとうな質問をした。
スパスパとものを言うネルにしては珍しく、彼女が少し言い淀む様子を見せたので、リトは少し首をひねった。
「どしたん?」
ネルは軽く頭を振った。
「いえ……想像の域を出ないもので。それに、いささか強引すぎるというか、証明材料がないので」
「それでもええから、一旦言ってみ?」
リトが促す。
それでもネルが首を縦に振らないので、キイラが口を開いた。
「……俺、ネルの言わんとしてること、わかるかも」
「なんだよ、じゃあ」
ヘルドが敵意半分、興味半分といった顔で返した。
キイラは静かに言葉を続ける。
「たぶん、俺がネルでも、この仮説は話さないと思う……ネルの言う通り、強引すぎるし、信憑性皆無だから。まぁでもただの仮説だし、話すよ……」
ネルはそれを聞いて、ふぅっと息をついた。
まただ、とネルは思う。
キイラは、人の心を読むのが上手い。
と言うより、人をよく見て、思考や推理をトレースするのが上手いのだ(面倒くさがり屋で人付き合い初心者なので、感情を読むのは下手くそだけど)。
さっきも、そして今も。
情報科で長く一緒にいた分、ネルはキイラに思考を読まれやすい。
不利益があるわけではないし、自分も同じくらいキイラのことを知っているから、別にいいのだけれど。
いつも、なんだか不思議な気持ちになるのだ。
そんなネルの胸中はいざ知らず、キイラは淡々と言ってのけた。
「たぶん、あの星、だろ……ネルが言いたいのは」
「あの星って、あれ?」
リトが先ほどの光を指差す。
キイラはゆっくりと頷いた。
「……そう。昼間から見える星、っていうのは珍しい……異常、と言える位には。今回のことだって、やっぱり異常だ。あの騒ぎの発端が起こったのが、大体数日前。あの星が見えるようになったのも、大体数日前……あの星になんらかの影響を受けてる、って考えられなくもない」
まぁ、想像の域を出ないけど。
そう言葉を締めくくったキイラに、ネルは乾いた拍手を送ってみせた。
「流石、キイラですね。えぇ、その通りですよ。物証も何もないので、これが正しいとは一概には言えないのですけれど」
「……まぁ確かに、原因としてはあり得るかも。時期が被ってるし……要は、月みたいなものってことだろ?」
ヘルドがトントンと顎を指で叩きながら呟く。
古来から、月は神聖なものとして扱われることが多い。
ルナティック、という言葉もあるくらいだ。
大昔に存在していた人間たちは、月に不思議な魅力を感じ、少なからず影響を受けていた___と、考えられている。
虫は光に向かって飛ぶし、狼は月へ吠えるのだ。
月や光に惹かれることが生物の本能なら、ゼロにとっての「月」があっても不思議ではない、とヘルドは思った。
「じゃあつまり、あの星が近づいて来てることで、本能が出されてるってことやんな?」
「えぇ、恐らく。地球は回っていますし、アヴァロンもそれに合わせて運動しているわけですから」
「……謎は解けたけど」
キイラがぼそりと呟いた。
普段のように目を座らせたままではあるものの、眉間にしわがよっている。
「……なーんか、釈然としないな……」
「そうですね、キイラ。まだ何かあるんでしょうか」
そのネルの問いに答えたものはいなかった。
皆、その違和感の根拠すら、自分でもわかっていなかったからだ。
◇
時を同じくして、第三区画。
ニーナやリーナ、メイジーを中心として、第一、第三、第四区画の者たちがひっそりと集まっていた。
心なしか皆真剣な表情で、見かけにはピロットそのものだった。
この皮の内側が全て本能の塊なんて、信じられない、とリーナはいつも不思議がっていたっけ。
そんなことを考えながら、メイジーは口を開いた。
「皆、気づいたよねぇ。本能が、段々引きずり出されてる」
多くのものが、ゆっくり頷いた。
この会は、沢山の会議室の内、一室を拝借して行っている。
三つもの区画の人々が集まっているため、部屋は浮いて収まっているものを含めて天上までぎゅうぎゅう詰めだった。
ニーナやリーナが言葉を発した。
「じゃあ、作戦通りにやりますよ〜」
「皆さん、準備はいいですか?」
全員、頷く。
三人は満足そうに笑った。
「すぐ、決行しようね___」
彼女らを代表するように、メイジーが一歩進み出て言った。
「___アヴァロンを、破壊しよう」
閲覧ありがとうございました。




