戦術シミュレータ訓練(1)
そこは何処までも続く広大な平野であった。
空には晴天の陽射し。遠くには緑の丘が見えており、ピクニックに行くのなら打ってつけのロケーションだったであろう。
そう、休日のピクニックに丁度いいぐらいだったはずなのだ。
件の平野を走るのが無邪気に笑う子供たちであったのなら。
そして間違っても、3メートルを超える細見の人型機械兵が五体も並走していなければ。
『アルファ1よりアルファ5! まだ着かないの!?』
『ふぇっ!? わ、私ですか!?』
通信機から聞こえてきたのはどちらも少女の声だった。
気の強そうな声色のアルファ1と気弱そうなアルファ5。だがアルファ1が本当に文句を言いたかったのはアルファ6の僕だろう。呆れながら通信機を手に取って回線を繋ぐ。
「アルファ1。臨時指揮官の僕に言いたいのならアルファ6だよ。アルファ5は継与さんだからね」
『ちっ……! 継――じゃなかった。アルファ5! あんた影薄いのよ!』
『ふぇぇぇぇ!?』
ひどい話だ、と内心アルファ5に同情する。
何せ影が薄いも何もつい先ほど組まれた小隊なのだ。名前はともかくせめて番号ぐらいは覚えていて欲しいし、それを僕が言わなきゃいけないのかと憂鬱にもなったが、その点の心配は悪い意味で必要ないのだとすぐに理解することとなった。
『あ、あの……! 番号すら覚えてないのが悪いと思いませんか……?』
『……は、はぁ!? なに!? あたしが悪いっていうの!?』
『だ、だってたった一桁ですよ……? それすら覚えられなくて人を責めるのは良くないと思うんですけど……』
『~~~~ッ!!』
アルファ5、物怖じしてそうな雰囲気出しておいて全然気弱じゃない。めちゃくちゃ言い返すじゃん……。
早速見えた暗雲に頭を抱えているとオープン回線で言い争う二人に紛れて通信が入った。発信源はアルファ2からだ。
『アルファ2よりアルファ6! 丘の向こうからパラミティッドが8、ステージ……ちょっと二人ともさっきからうるさいんですけど!! 教官! こいつらキック出来たりしないんですか!?』
『ま、待ってください……! 私じゃなくて朱莉ちゃんが悪いと思います……!』
『何であたしなのよ!? 教官! こいつら全員切断して!!』
軍事通信に口論前提の切断機能があってたまるものか。
アルファ1とアルファ5の言い争いにアルファ2が参戦して女子が三人。もう誰にも止められない。
どうして僕の班だけ女子しか居ないのか。いくら割り当てを決めるときに居なかったとはいえもう少し男女比のバランスとかなかったのか。今更悔いても仕方がないとは言えやはり辛いものがある。
『教官教官! ステージⅡが2、ステージⅠが6だよ!』
「ありがとうアルファ4。次からはコードも言おうね……」
『うん!』
元気があるのは良いことだ。規律も何もあったものでは無いが、とにかく今この瞬間だけは置いておくことにする。
昔だったら……なんて、少なくとも26歳の身空でそんな老害みたいなことは言いたくない。
そうこうしているうちに丘の向こうから現れたのは8体の人影。緑色の小さな怪物と棍棒を持った灰色の巨大な怪物が姿を現す。
いま必要なのは敵を倒すための指揮だけなのだから。
『アルファ6より全隊! 戦闘準備!』
『『……っ! はい!』』
通信機越しに鋭く叫ぶと先ほどまで醜い口争いを行っていたアルファ1、2、5が迅速に口を噤んで武装を展開した。
アルファ1、2は剣と盾からなる歩兵の試験用武装。4、5は狙撃銃を模った後方支援用の砲兵武装。そして戦場の花形たる騎兵の武装を展開するはずのアルファ3は……。
『ちょっと教官! アルファ3がどんどん敵に突っ込んでいくんだけど!?』
『っていうか武装も展開していないじゃないですか!! あれ寝てません!?』
「…………えぇ? いや寝てるって……?」
カメラをアルファ3の視界に合わせると、武装も展開せずに6体のステージⅠ――《モデル:ゴブリン》へと突っ込んでいく視界が眼前に映った。それから瞬く間もなくアルファ3は機体に張り付かれて全身を粉砕され接続解除。通信が切れて視界が暗闇に染まったが、それこそ目も覆いたくなるような惨状だ。だが、それで終わってくれるほど甘い話でも無いのが現実である。
『アルファ5、撃ちます!』
「待って! 射線にアルファ2が――」
『きゃあッ!!』
後方から伸びた一条の光がアルファ2の手繰る機体の首元を抉る。
あれはどう見ても頭部の接続が切られるに充分な一撃で、その想像を的中させるようにアルファ2は地面に倒れ込みながら手足をバタバタと振り回していた。その脇をもう一陣の光が到来する。叫んだのはアルファ4だ。
『あ~! 全然当たらないよ~! あ、いいこと思った! 近付けばいいんだ!』
「後衛が前に出てどうするの!? ちょ、ちょっと!!」
制止の声も聞かぬまま、狙撃銃を担いで前線へ走り込むアルファ4。その眼前に現れたのは同じく3メートルほどの巨体を持つ怪物、ステージⅡの《モデル:オーク》だ。
醜悪な巨体が手に持つ棍棒は1トンを超える単純明快な質量兵器。振り上げて叩き下ろす。ただそれだけで爆風じみた衝撃と共に地面が抉れて舞い上がった土煙が視界を塞ぐ。
『あ、あれ――何にも見え――』
アルファ4の言葉はそれが最後だった。
再度脳天から振り下ろされた棍棒はアルファ4の頭部はおろか胴部まで吹き飛ばしその機能を完全に停止せしめる。後に残ったのは光の粒子となって消えゆくアルファ4の機体のみ。これで残っているのはアルファ1と5のみ。
そこで叫んだのはアルファ1だった。
『そもそも同調率を上げればいいじゃない! 5%だから上手くいかないのよ!』
「いやそれ以上はフィードバックで怪我するから辞めてね!?」
慌てて叫びながらも視界の端ではアルファ1の同調率がみるみる上がっていくのが見えた。
10……20……40……80。そして――
『うッ――オエェェェエエ!!』
オープン回線に響き渡る嘔吐音に遠い目をしながら即座にアルファ1を機体から切り離して同調率を0%に。
駄目だこの子ら。全然言うこと聞いてくれやしない――!!
丘の向こうから最後に残ったアルファ5へ走り向かう異形の怪物たち。悪夢のような光景を前に、アルファ5が最後に呟く。
『あ、あの、教官……。もう、無駄じゃないですか……?』
「ああ、うん……。そうだねぇ……」
半ば遠い目をしながら呟く。そしてコンソールを開いて【強制中断】のコマンドを押す。
直後、シミュレータで構成された仮想戦闘モードが解除されて、視界は平野から機械的な球体の内部へと戻る。
全身の固定具が外れたことを確認してからポッドのロックを外す。
外に出ると、真横一列に並んだポッドの近くにはアルファ5――衣笠継与を除いて誰も居らず、思わず顔を見合わせた。
「あの、きょ、教官……」
「……うん、なんだい?」
「とりあえず……、15時の批評まで自由時間で良いですか?」
「…………うん。良いですそれで……」
そう言った直後に走り出した継与さんの後ろ姿を見送りながら内心ではずっと頭を抱えていた。
どうして、どうしてこんなことに。というより、第一フェーズさえ越えられないなんてあまりに酷すぎない僕の班……。
13時30分から15時までかけて行われるはずの戦術シミュレータ訓練。
その所要時間1時間30分を大きく下回って、たった4分で全滅したエクスマキナ部隊に価値なんて無いんじゃなかろうか。
戦闘ログを見返すまでもない惨憺たる結果を前にして脳裏を過ぎるのはただひとつ。
15時30分からの監督官会議で僕が詰められる絵図だけだ。
というかもう、頑張らなくても良くない? 僕以外の誰かが良い感じにこう、何やかんややってくれるでしょ!?
これもしかして僕が怒られるのかなぁ!? 仕方なく引き受けたにしたってあそこまで練度が低いだなんて予想付かなくない!?
「……もう、いっそ……貝になりたい」
なんて、目を覆っても現実は別に消え去っちゃくれない。
それが僕、宮古春明に与えられた最後の役割なのだから。