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フリーデン帝国の平和な出来事  作者: ちまき
皇太子の婚約者は暗殺者?
32/32

おまけ.皇太子の事前準備(後) 完

「それくらいでおよし、ローレン。ダスティシュを見落としていたのはわたくしも同じです」

 

 睨みあって動かない皇帝と皇太子に声を掛けたのは皇妃だった。

 

「それで? 貴方はこの件をどう片付けるつもりなのですか? ダスティシュを捕らえて終わり、ではないのでしょう?」

「はい、母上。父上の沽券など正直どうでも良いですが、ただ捕まえるだけでは鼠如きに10年以上気付かなかった帝国の間抜けさを晒すだけ。その他にも弟と生きる残る為に暗殺者となった“黒猫”も捕らえられ罰せられる…。俺の望む結果ではない」

「保護を条件にサモフォルとの同盟に纏わる事に協力してもらう。大筋としてはこうかしら?」

「御明察です」

 

 皇太子が皇妃に向かってニッコリと笑ったところで、それまで黙って後ろに控えていたアズベルトが「ゴホンッ」と咳払いをする。

 美しく装う彼は、常にその装いに相応しい表情を浮かべているのだが…今は珍しく眉間にしわを寄せた、実に「男」らしい顔をしていた。

 

「あーもう無理。話がここまで来たらもういいだろう? まどろっこしいだけだ」

「確かに。一発で説明が付くのだから、時間の無駄だね」

 

 アズベルトに同意するのはセドリックだ。

 

「おいなんだ2人とも、大事な話にまどろっこしいだの時間の無駄だの。俺に失れ…フガッ」

「はーい皇子様、ちょっと黙ってようねぇ。詳細は後々僕が詰めるから、ここはよろしくアズ」

「おう」

 

 皇太子が背後の2人の態度に不満を漏らすや…その前にセドリックに顔面を鷲掴みにされ封殺されてしまう。

 突然じゃれ始めた息子達に、大人達は目をしばたたかせる。

 

「アズベルト、何なのだ?」

「皇帝陛下、皇妃陛下、そして我が父ガーデンベルグ侯爵。色々と説明が済んだここで、アホ、もとい皇太子殿下の真の目的をお伝え致します」

「真の目的?」

「サモフォルとの同盟における利点も、ダスティシュ領の問題について陛下を追求するのも、殿下にとってはそれこそ真の目的の福次効果に過ぎません」

「それで、殿下の目的とは…」

「はい、それは」

 

 アズベルトは一旦言葉を切るのと同時に、皇太子を横目で見やる。

 

「殿下は“黒猫”に一目惚れされたのです」

「……ん?」

「“黒猫”を将来の伴侶にとお望みです」

「…んん?」

「その望みを叶えんと必要な諸々の為に、サモフォルとダスティシュを巻き込んで利用しようとしているだけなんです!」

 

 アズベルトは言うや、先程書類が投げ置かれたのと同じところに今度は1枚の絵姿を置いた。

 描かれていたのは、通り名を彷彿させる黒髪に猫のような瞳の少女。

 まだ幼さが残る年頃だが、綺麗系ではなく可愛い系だ。いやいやそうではなくて…。

 

「えっと…これは…何と、申し上げますか…」

「あらあらまあまあ」

 

 反応に困っているガーデンベルグと、口元を上品に抑えながら瞳を輝かせる皇妃。

 そして皇帝は。

 

「ローレン…お前、人に惚れるなんて事が出来たのか?」

 

 ただただ驚愕していた。

 息子の情緒についてどう思っていたのか。しかし、これまでの皇太子はそう思われても仕方がない言動を取っていたのも事実である。

 何せ当の本人が一番驚いていて、内心では父親と同じ反応だったりする。癪なので、けして言葉にはしないが。

 

「つまりローレンはこのお嬢さんに、帝国皇太子の婚約者になれるだけの地位と身分を与えつつ身辺整理をしようと言うのですね? その為のサモフォルとダスティシュだと」

「母上も必ずや気に入りますよ」

「いやいやいや皇妃陛下、まだ絆されないでください。確かに調べる限りではとても良い女の子です。しかしですね!」

 

 アズベルトはビシッと皇太子を指差した。

 

「こいつまだ、彼女と面識すら得ていないんですよ!!」

「……はい?」

「暗殺者“黒猫”について少々調べていたら、遠目で彼女を見付けたんです。それで一目惚れして、いきなり今回の作戦を立て始めたんです!」

「…はい?」

「まず出会ってからでしょう? お互いを知ってからでしょう? 口説いてからでしょう? 惚れさせてからでしょう? すっ飛ばし過ぎだって何度も言ってんのに聞きやしない! 親として陛下達からも何とか言ってやってください!」

「ゆっくり段階踏んでいる暇がないんだから仕方ないだろ! そうやって丁寧ぶって何度もお見合い断られている奴に言われたかないわ!」

「んだとテメー!」

「こちら殿下の立案を元に、私が纏めさせていただいた一連の作戦案となります」

 

 公の地位ではなく本来の幼馴染として喧嘩し出した皇太子とアズベルトを余所に、さっきまで皇太子の顔を鷲掴みにしていたセドリックが別の書類を差し出す。きっちり大人3人分あるところが周到である。

 目を通す皇帝夫妻に対し、ガーデンベルグは一応書類を手に持ってはいるが頭を抱えていて…見る気力はないようだ。

 

「相変わらず良い仕事をするな、セドリック。余の執政官にほしいものだ」

「はい。今回本気でそれを考えました」

「セドリックにもアズベルトにも苦労を掛けますね」

 

 苦笑する皇妃の視線の先には、女性の格好をしているアズベルトに見事に締め上げられている皇太子の姿があった。

 取っ組み合いの喧嘩の場合、3人の中で一番強いのはアズベルトである事を知る者は少ない。まぁ、それは余談として。

 

「皇太子、そのままで聞け」

「このままで!?」

「お前の目的も、作戦も、それによって生まれる福次効果もあい分かった。ただ一つ、どうしても確認せねばならない事がある。その回答によっては……何か言うまでもなく、暴走する息子を父である余自ら鎮めよう」

 

 ピリッと空気が張り詰めたのがその場にいた全員に分かった。

 鎮める…とは言うが、皇帝の瞳の奥には殺気めいたものが潜んでおり、命を奪うと暗に告げていた。

 アズベルトは体勢こそそのままでいたが、皇太子を締める力を緩めた。

 

「何をお聞きしたいので? 陛下」

「この際、“黒猫”なるお前の意中の者とまだ面識を得ていない事はよい。男女の出会いについて是非を問う資格は皇帝にも無かろう。だが」

 

 皇帝は立ち上がり、皇太子へとゆっくり足を進める。

 

「“黒猫”がお前との婚姻を了承しなかった場合は何とする? 女性が意に沿わない婚姻を強いられ男に権力で弄ばれるのを余が恨む程に嫌っている事は知っていよう…?」

 

 一歩一歩近付くにつれ、瞳の奥に潜められていた皇帝の殺気は表へと溢れ全身を包む。

 直視するアズベルトがゴクリと唾を飲み込んだ。

 しかし、皇太子はニッと笑う。額に汗をかきながら、笑って見せた。

 

「書類にはきちんと目を通していただきたいものですね。その場合の事も記してあります」

「……ここですね。期間を定め、皇太子が“黒猫”さんを口説き落とせなかった場合は協力に対する相応の報酬を用意すると、その内容も含めて明記してありますわ、陛下」

「余はお前の口から直接聞きたい。ラウレンティウス、覚悟あっての事と嘘偽りなく誓えるか?」

「当然です。2年も掛けて無理なら諦めるほかないでしょう? そして覚悟以前に、口説き落とせなかったのに情けを乞うて縋りつくような男に俺はなりたくない。その時は遠慮なく叩き斬っていただこう」

 

 交差する、よく似た瞳。

 一瞬の間を置いて、皇帝は口を開く。

 

「その言やよし。帝国が得る利益も納得した。思うままにするが良い」

 

 それだけ告げて皇帝は己が椅子へと戻る。

 皇太子は拘束するアズベルトの腕を軽くて叩いて身体を離させると、カツンッと軽やかな足音を一つ立て、皇帝の背に向けて立礼した。

 

「御意に」

 

 アズベルトとセドリックが皇太子に倣って敬礼した後、3人は皇帝の執務室から退出していった。

 静寂が漂う執務室では皇帝は思案顔を浮かべ、皇妃はお茶を飲み直し、そして頭痛から立ち直ったらしいガーデンベルグが計画書に目を通していた。

 

「いやはや、相変わらず殿下のお話は驚きに富んでおりますね。しかし本当に良かったので? 話を飲んでしまわれて」

「それだけの価値はあるし、鼠をただ罰するのもつまらぬ。有効活用できるのなら、越した事はない。何より…」

 

 フッと皇帝が笑みを零す。

 

「珍しく捻くれた息子がおねだりして来たのだと思えば、気分が良い」

「まぁ、陛下ったら」

「おねだり…でありますか?」

「あぁ。それも取り繕っているようで、かなり必死のな」

「…成程。確かに」

 

 皇帝に続いて、皇妃とガーデンベルグも笑い出した。

 意中の少女と繋がりを持つ為にサモフォルと言う利益を提示し、ダスティシュと言う脅しを用意した。

 それでいて少女と言う自身の弱みは、アズベルトが言い出すまで伏せていた。本当は最後まで言うつもりはなかったのだろう。

 これでも父親だ。息子の手腕、手の内は理解している。

 だとしたらこれは、わがままではなくおねだり。

 実に珍しい、おねだりなのである。

 

「単純に会ってみたいとも思った」

「と言いますと?」

「皇太子が見初めた女性と、だ。多少の問題より、好奇心が勝ってしまった」

「そうですわね。わたくしも今から楽しみですわ」

「皇妃、貴女にも楽しんでもらえて実によかった」

 

 クスクスと笑い合う皇帝夫婦に、ガーデンベルグは一つ頷く。

 彼の息子アズベルトが、主である皇太子が伏せていた真の目的を暴露したのも、わざとではなくこうなると思っての事だろう。

 これから忙しくなるが、一番に楽しいが来るのなら大歓迎だ。

 

 あぁ、フリーデン帝国は今日も平和である。


ここまでのご拝読ありがとうございました。

話はまだまだ続きます。色々とその構想は練っていたのですが………

更新の間隔が半年以上空きそうで、未完のまま放置なのは個人的に好きじゃない

単純に閲覧数や反響がいまいち

などなど、色々考えた末

このシリーズはここで、一旦、完結とする事に決めました。


もし気に入ってくれていた方がいましたら、気軽にコメント下さい(真顔)


また別の話でお会いしましょう。

では、、

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