おまけ.皇太子の事前準備(中)
「利点ばかりを先に上げているが、そもそも何を持って帝国がサモフォルの内乱に介入する理由とするのだ? サモフォルの技術は魅力的だが、表に出せる理由がそれだけでは少々甘いぞ」
「当然です陛下」
人によっては震え上がる鋭い皇帝の視線。
しかし予め想定していたのか、それを向けられた皇太子にうろたえる様子はない。
「薄っぺらい正義感は陛下の好むモノではなく、また帝国の人員も資金も動かすわけですから国民に納得してもらい、出来れば好意的に受け止めてもらう必要がある。特に今回サモフォルの民主化を後押しする以上、両国は上下関係の無い対等な同盟としなければならない。両国が納得する形なくては、後々に禍根を残す事になります」
救済措置とは言え慈善事業ではない。
サモフォルの高い技術の提供と提携は当然の見返り。それは必ず帝国の10年後、50年後、そして100年後に大きく良い影響を与えるはずだ。サモフォルの技術はそれ程に高い。
帝国内はそれで一定の理解は得られる。
しかし技術を流出させる事になるサモフォル側はそうではない。例えそれが国の未来の為にやむを得ない代価とは言え、自分達が守って来たモノを差し出す事に良い気分になれるはずがない。
おまけにサモフォルの目的は民主化だ。民主政治において専制政治は大敵に等しい。専制政治の超大国が本当に民主化に協力してくれるのだろうか。反乱軍への対抗の為とは言え帝国の軍を迎え入れた途端、反乱軍諸共国中を蹂躙し支配されるのではないだろか。長い間反乱軍の抑えつけに耐えてきた国民ではあるが、故に不安は根強く、要は手離しに帝国の介入を信用する事はできない。
不安は不和を呼び、些細なすれ違いやいざこざを呼ぶ可能性が高い。それでは帝国がサモフォル国内で何らかの行動を起こす度に問題が生じてしまい、結果として帝国の人間が害される危険がある。
「そこで極めて分かり易い手を取ろうと思います」
「それは?」
「政略結婚です。サモフォルの姫と俺が婚約します。それだけでサモフォル国民の受け取り方が変わり、技術提供にも一定の理解を得られるはずです。何せ終わりが決まった自国の王族を、我が帝国が王族のままに迎え入れるのですから」
元々は国王を頂きに長く専制政治にあった国。
王族の婚姻に纏わる契約の方が国民も受け入れやすい。
もし民主化が上手く行かず王国の復権を求める事になったとしたら、その時はフリーデン帝国の血を引いた子供を迎えれば良い。
帝国と縁戚関係となり両国の同盟はより強固なモノとなる。
技術提供は持参金の代わりと言う側面を持たせてやれば、奪われる印象も薄れるだろう。
極めて分かり易い手。
ニッコリ笑う皇太子だが、その笑顔を正面から見る皇帝、皇妃、ガーデンベルグは揃って首を傾げる。
「あの殿下。婚約を決められたのは結構ではありますが…彼の国に殿下の婚約者となれる年頃の王族がおりましたでしょうか? 不肖ながら私の記憶では年頃どころか、王族は国王夫妻を除き全滅したとばかり…」
ガーデンベルグが実に困ったと言う表情で皇太子に問う。
皇帝夫妻も全く同じ疑問を抱いていた。
「遺体が見つかっていない国王の第三王女の娘です」
答えたのはセドリックだった。
その表情はいつも彼が浮かべる柔らかい笑みだったが、目は非常に遠くを見つめていた。
そんなセドリックの様子にも首を傾げながらも、意外な情報に皇妃は瞳を大きくさせる。
「第三王女…生存が示唆されていましたが、本当に生き残っていたのですか?」
「勿論嘘です」
「はい?」
「サモフォル国王に直接問いたださなければ確証は得られませんが、こちらの見立てでは第三王女は一番初めに、クーデターの初期段階で亡くなっていますね。公表しない理由はそれこそ聞いてみないと分かりませんが、生きている事にしたいのだけは確かです」
「クーデターの初期…と言う事は幼くして亡くなったと言う事ですか。では、娘なんて…」
「偽者でも用意する気か? 随分と安易だな」
フッと皮肉った笑みを浮かべつ皇帝に、皇太子は笑顔を深めて対した。
「適任者は既におります。後は陛下の許可をいただき、実行に移すだけです」
「…世迷い言が過ぎるぞ、皇太子」
「本物のサモフォル王族でない事が不服ですか?」
「血筋も偽物も瑣末な事だ。サモフォルの技術も福次効果とやらにも価値は認めよう。だが前提が偽者を仕立てる事であるのなら、後々その者が裏切り真実を明かさないとは限らない。それはお前が良く言う、やらかし、に当たるのではないか? 帝国に危険や不和の種を呼びこむ恐れがあるのなら、余は皇帝として許可できぬ」
「これはこれは、随分と及び腰で」
「ふざけていないで己に与えられた仕事をやれ。帝国貴族の調査を」
バサリッ。
皇帝が片手で皇太子に退出を命じようとする寸前、皇帝の机の上に紙の束が投げ置かれる。
「許可をいただけるのなら、また一つ、陛下のやらかしを揉み消してさしあげましょう」
投げ置いたのは当然、皇太子である。
彼は極めて冷淡に、己の父である皇帝へ微笑む。
「これは?」
「ダスティシュ領の不正の証拠書類です」
「ダスティシュ? あの小物如きの不正が何だと言うのだ? 鼠1匹が倉庫の食料を少々齧ったところで、被害はたかが知れておる」
「そう…。そうやっていつも、自分の価値観だけで決めつけて判断するんだ。貴方は…」
想定外…候補にすら上がらない無価値な名前を聞いて、皇帝はいぶかしがる。
フッと皮肉めいて笑うのは皇太子の番だった。
「サモフォルの姫…俺の婚約者候補となる者ですが、通り名を“黒猫”と言いまして、ダスティシュ領主子飼いの暗殺者です」
「は? 暗殺者?」
「彼女は幼き頃、難民としてダスティシュ領に辿り着きました。当時のダスティシュは難民救済を掲げ、積極的に受け入れを行っておりましたから。しかし入国手続きは勿論、難民申請もなされてはおらず、帝国の公式記録では存在しない人物です」
「取りこぼしか。あの雑な小物らしい。哀れだが、そのような立場の者は他にも沢山いる。申請だけなら今からでも遅くない。そのように布令を出しているはず。今更と思うのだとすれば、それは本人の勝手だ」
「ええ。でも問題は申請ではなく、同時期に起こった当時の隣国…現在は帝国領地であるバーレトとの争いです」
「…バーレト」
「思い当たる節でも思い出しましたか? あそこを帝国へ正式に取り込む為に貴方は火種が生まれる事を期待して待っていたのでしょう? そして望みは叶った…」
皇太子は先程自分が投げ置いた書類を指差した。
読め、と口にせずともそう告げていると理解した皇帝は徐に書類へと目を通し……驚愕した。
そこにはきっかけとなった隣国によるダスティシュ領の予備兵への攻撃についての事実。
公式記録では、それを元にした評価では、隣国平定と言う大きな成果を得る一方、帝国側の被害は極めて小さく済んだと称されている。
しかし、そこには比べられない程の、大きく残酷な被害の実態と経緯が記されていた。
「……これは、誠なのか」
顔色を変えた皇帝に、皇妃とガーデンベルグも書類に目を通す。
「同じ頃…恐らく“黒猫”と同じ難民団の者だったのでしょう、正式に難民として申請されダスティシュ領民となった者から証言を取りました。ダスティシュ領からの移住と引き換えでしたけど、その証言に偽りはないかと。不必要な脚色も」
苦楽を共にした難民団の多くの大人達が帰らぬ人となった事、その子供達が事実上の見殺しになった事。たまたま領主が望むだけの金品を持っていて生き延びられたけれど、苛まれ、苦しんだ月年。
思いの丈をぶちまけた姿に嘘偽りはないと、皇太子は思っている。
「“黒猫”はそんな環境で生き残った子供の1人です。彼女には弟がおり、暗殺者になったのもその弟の為だと推察されます」
「弟…。姉と言う存在は、皆同じだな…」
「彼女が暗殺者になった事が最悪なのかは、俺には分かりません。ダスティシュ領の記録に存在しない孤児達の内、見目の良い少女達は方々へ売られています。全員の行く末を辿る事はコハクさんにも不可能でした。少女達がどうなったかは想像に難くありません…陛下のお嫌いな、地位と権力で嬲られる哀れな存在となったのです」
少女以外にも、体格の良い少年は傭兵や労働者として売られたとある。
“黒猫”を含めた売られなかった子供も、劣悪な環境で多くが息絶えた。
生き残っただけでも“黒猫”もその弟も運が良かったのだと、口にすればあまりにも他人事。
ダスティシュを小物とし、悪事もどうせ大した事はないと見向きもしなかった皇帝が果たして、他人事のように言ってしまってよいものか…。
「ダスティシュの人身売買は今も続いています。他にも色々と…叩くどころか指先で少し撫でるだけで埃が出てくる状態です。小さな鼠くらいと見過ごして寛容さに酔っていたのでしょうけど、食われた穀物分国民が飢える事も、国民が疫病に掛かって苦しむ事もあるのを失念していたいつものやらかしです」
父親によく似た、極めて冷静な目の皇太子。
普段の温厚な印象とは打って変わった姿は、既に将来帝国を背負って立つ覚悟を決めている事を感じさせる。




