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フリーデン帝国の平和な出来事  作者: ちまき
皇太子の婚約者は暗殺者?
29/32

28.受けて立とう(末)

 王宮で与えられていた屋敷からムーダンとこれから暮らす屋敷への引っ越し当日。

 粗方の荷物を運び終えた部屋にシャオヤオはいた。傍らには立会人の皇太子とエリム夫人の姿。

 粗方の荷物と言うが、家具等殆どの物はそのまま。与えられるがままの生活だったので私物らしい私物もなく、シャオヤオの為に誂えられた衣装と皇太子からの贈物くらいだ。新しい屋敷には新しい家具が入れられている。新品だ。王宮のとは言わないが、中古でいいのにと思うシャオヤオはまだまだ貴族にはなれない。

 因みに、皇太子からの贈物も置いて行っていいかと思ったのだが、エリム夫人初め使用人達に却下されたので仕方なく持って行く。生活に困る事があったら売ればいいか。

 新しい屋敷に持って行くもので一番多いのは物ではなく人である。王宮で付けられていた使用人の約半数が、新しい屋敷でも引き続き仕える事になった。王宮付きの方が、箔があるだろうにとも思うのだが本人達の希望だそうで何も言えない。

 流石にエリム夫人は付きっきりの教育係の任を解かれた。あくまでも、平民育ちであるサモフォルの姫に素養があるのか見定めるのがエリム夫人の役目だったから。ただ貴族令嬢としての勉強や稽古、淑女教育に皇太子の婚約者である以上は義務となる妃教育はこれからも続くらしく、別の教師を立てつつも、統括として時々様子を見に来るそうだ。サボろうものならすぐにバレる…。


「エリム夫人もさ、いくら可愛い孫の将来の為だからって暗殺者を相手に怖いと思わなかったの?」

「新鮮ではありましたよ。姫様の視線が時折わたくしや、わたくしがこれまで接したどの方々とも違う所へと向く事があり、何をご覧になっているのかしらと視線を追っても一瞬ですから分からなくて、思い切ってコハク殿に尋ねてみるなど普段では味わえない体験ができましたもの」

「コ…ハクさんに聞いてみたの…。で、答えは?」

「姫様の位置から視線が動いた方向から、推察ではありますが、武器になる物や逃走経路の確認ではないかと。大変刺激的でしたわ、フフフ」

「そう、で、ございましたか…」

 

 可愛くお茶目に笑う上品なお婆様。ダメだ、一生を賭けてもこの人に勝てる気がしない。

 暗殺者として、人がいる場での視線の動きには自分のも合わせて注意していたのに、気取られた事にも、エリム夫人に視線を追われていた事にも全然気付かなかった。全てではないだろうが、たった一回だったとしても、些かショックだ。気配り上手の域を超えている…。

 ハァと溜め息が出ると、エリム夫人に姫様と呼ばれて振り返る。


「姫様、暗殺者が命を奪う瞬間のみを暗殺とは言いませんわ」

「そりゃぁ下準備とか下調べとか、少しでも成功率を上げる為に色々仕込むけど?」

「誰かが誰かの命を奪おうと決めるまでの経緯、暗殺者に依頼するまでにありとあらゆる流れがあり、暗殺者が依頼を受ける時点で既に結末に等しいと言えます。ついその瞬間まで仲良くしていたお友達が、言葉一つ瞬き一つで自分や家族の命を狙う決断をする。そうと気付かせず、自身は動かず。手は掛けずとも命を奪おう決断した者のその心は暗殺者と呼べるとわたくしは思っております。そしてそれを見抜き、先手を取る者の心もまた同じく…」

「……そんな死線を掻い潜って来たと? 王朝の滅亡から混乱期を生き抜いてきた貴族様は経験が違うね」

「そんな事は混乱期でなくとも日常茶飯事と心なさいませ。大丈夫、姫様は素質の塊。すぐに掌握なさるでしょう」

 

 現在部屋にはシャオヤオと皇太子、それからエリム夫人しかいないので少々穏やかじゃない単語も使える。


「うーーーん、皇太子」

「名前」

「やっぱ、アンタの事気に入らんわ」

「いやいやいや、なんでそんな結論になる? やっぱって何?」

 

 結論を述べてみたら間髪置かずに皇太子から突っ込まれた。

 あらあらあらと、シャオヤオと皇太子のやり取りにエリム夫人は自身の頬に手を添える。困っているようで、その実楽しそうだ。

 そんなエリム夫人を視界の端に収めつつ、シャオヤオは皇太子をねめつけた。


「話すと言いながら、全部は話していないじゃない。特に外堀は恩を着せたり情に訴えたり、周到と言えば聞こえもいいけど盛り過ぎて最早厭らしさしか感じないわ」

 

 シャオヤオの台詞に皇太子はぱちぱちと数回の瞬きをした後、ニッと笑みを見せた。…いや、ニヤッとしかシャオヤオには見えない。


「やっぱり俺の目に狂いはなかった。君となら俺の目指す国を作れる」

 

 無言の肯定より腹が立つ返しだった。

 そう言うところが気に入らんのだ。

 

 皇太子はシャオヤオの意思に任せる、自由だと言いつつ慎重に丁寧に囲い込もうとしている。

 明かされたシャオヤオを一国の姫に、皇太子の婚約者になる事が出来る身分に仕立て上げる諸々の計画に嘘はない。だが意図的に明かさず、触れもしなかった箇所があった。

 まずムーダンの懐柔。シャオヤオを良い意味でも悪い意味でも落とすのにムーダン以上の人質は無い。

 肝心なのはその懐柔方法。ムーダンは優しい良い子であるが、ただの優しい良い子であれるほど姉弟が生きてきた環境は生温くはなかった。優しい良い子でも、見るモノや感じるモノをきちんと判断する。

 裁量権が保障される領地を求めているところを見て、恐らくはただ過大な恩を売るのではなく嗾ける方向で話を持ち掛けたのだろう。

 いざとなったら姉さんを自分で守ってみせろ。それだけの環境を与えてもらえるのに何も出来ずこれからも姉さんに守ってもらうつもりか? なんて風に。

 それが挑発である事はムーダンにだって分かっている。それでも受けて立つのが男の子と言うもので、優しい良い子でもムーダンがシャオヤオとよく似た姉弟と言う訳である。

 ムーダンがこの地に居る以上は、シャオヤオもこの地から離れる事はない。

 

 サモフォル国王夫妻にも、シャオヤオに身分を与える以外の意味がある。

 顔を合わせ、色々と深い話を聞いてしまった事で国王夫妻の手前、サモフォルが落ち着くまでシャオヤオは姫から逃げる訳にはいかなくなった。

 ムーダンを最優先と定めてはいるが、それ以外であるならば情に弱いところがシャオヤオにはあった。自身に言い訳を繰り返し認めないようにはしていても、それは、ダスティシュ領の孤児達の面倒をささやかながらも見ようとしていた点からも伺え知れる。

 自分の手に余るのなら見棄てる事も止む無しと受け入れるが、そうでないのなら……多少なりとも情が湧いた人を自分の感情だけで見棄てる事しない。

 また一つ、シャオヤオが離れない理由が出来る。

 

 全く同じ理由がエリム夫人にも当てはまる。

 人心掌握術に優れた海千山千の子爵夫人にそれこそ懐柔されてしまったと言われればそれまでだが、あの上品なお婆様をシャオヤオはどうしても嫌いにはなれない。厳しく、優しく、一つ一つの言葉が自分の為になる。全然違うのだけれども、記憶の果てに追いやった両親を彷彿させられる。

 皇太子との婚約はさて置いても、彼女の平民育ちである孫の地位向上に少しは協力できればと思ってしまうし、その為に授けてもらった作法を披露するのに何ら躊躇はない。

 

 そうして仕上げと言わんばかりに、疲労で頭があまり動かない状態にあったシャオヤオに詳細を明かし、予定を詰めて忙しさに更に考える余裕と隙間を与えず公の場に立たせた。どさくさ紛れにシャオヤオを皇太子の婚約者として周知させる為に。

 冷静にじっくり考えられるようになって、やっと皇太子の思惑が見えた。

 何が2年かけてゆっくり口説く、だ。

 逃げられないように囲い込んでいやがる。

 完全に先手を取られた。

 シャオヤオの性格を熟知しているところがまた…。


「キモい」

「その言葉は流石に傷付く」

 

 考えていた言葉がうっかり出てしまった。まぁいいか。

 正直、ここまでやられると皇太子が本当にシャオヤオに惚れているのか疑わしく思えてしまう。恋愛感情がよく分からないシャオヤオには、目指す国とやらの為に駒として必要だと言われた方がまだ納得出来た。

 と言うか、シャオヤオの性格を熟知しているのならそう伝えて手元に置く事も出来ただろうに…。


「まぁいいでしょう。乗り掛かった船、2年の雇用契約だとでも思ってそこは諦める」

「え? 俺のキモさを? 諦めてしまうの?」

「そこじゃないわよ…。雇用期間中、皇太子の婚約者とサモフォル王国の姫としての役目は仕事としてちゃんとやるから、それ以外にも稼げる仕事があるなら回して」

「稼ぐって?」

「2年間の生活の全てをアンタに依存するのはお断りだし、2年後どうなってもいいように手元に自分のお金を貯めておきたいの」

「言ってくれたら必要額出すのに」

「施しはいらない。自分で稼いでこそよ。暗殺からは足を洗わせてもらうけど、情報集くらいは出来るわ。皇太子様のお仕事、粗捜しには丁度良い人材だと思うわよ」

「ははっ、そう言うところが尚良い。元暗殺者“黒猫”の腕を疑ったりしないさ。分かった、俺の仕事を手伝ってくれるのなら大歓迎だ。後、俺は暗殺なんてつまらない手は使わない」

 

 雇用環境は心配しないでくれ。そう言ってウィンクする皇太子。…寒気しかしない。

 囲い込まれた事実は素直に認めよう。しかしその中で与えられるがまま大人しく生活するのはシャオヤオの性には合わない。そもそもなりすます事は出来てもお姫様やお妃様なんて、それこそ性ではないのだ。

 このまま一生、皇太子が用意した囲いの中で暮らすなんて御免だ。

 抗うだけ抗ってみようと思う。

 ムーダン領地を求めるように、受けて立とうではないか。

 

 皇太子がシャオヤオを口説き落とせるか、2年後シャオヤオが逃げ切るか、戦いの火蓋が切られた。

 


「因みに2年の間に結婚のあれこれの取り決めも含まれているから、そのつもりで」

「は?」

「君はすぐ、は? と言う」

 

 性格を熟知しているからこそ、いずれ自分からそう言い出すと皇太子が予想していた事にシャオヤオが気付くのはもう少し後の事。

章末です

ここまでお付き合いありがとうございました。

感想いただけると嬉しいです。

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