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フリーデン帝国の平和な出来事  作者: ちまき
皇太子の婚約者は暗殺者?
16/32

15.簡素な命令に驚いただけ

 翌日、本当に皇太子はダスティシュを連れてやって来た。


「こ、これはこれは、見違えましたぞ。異民、いや、以前は如何にも平民の娘に過ぎなかったのに、それが今ではどこからどう見ても立派な淑女、いえ、姫君でいらっしゃる!」

 

 シャオヤオを見るやダスティシュが目を丸くする。自分ではよく分からないが、エリム夫人が満足そうに何度も頷いているので特に問題はないのだろう。シャオヤオは気にしない事にした。

 いつもは皇太子と2人きりにされる部屋で、今はダスティシュが同席し、皇太子の後ろには久しぶりのセドリックがシャオヤオの後ろにはエリム夫人が控えている状態だ。ここから皇太子とセドリック、そしてエリム夫人を遠ざけて、ダスティシュと2人で話せる状況を作り出せないかと考える。


「ダスティシュ卿、忙しい時に来てもらってすまない。サモフォルとの同盟の為に寝る間も惜しんで動いてくれている卿には皇帝陛下も感謝している」

「そんなっ、非才の我が身が少しでも陛下や殿下のお役に立てられるのならこれに勝る事はございません」

「家に返してやれず、家族との連絡すらもさせられずにすまない。後もう少し卿の協力が必要なのだ、引き続き頼む」

「はっ!」

「では、まずはこれまでの進捗から説明させていただきます」

 

 皇太子とダスティシュの、シャオヤオにとっては白々しいだけのやり取りを聞き流しながら思案を続けていると、セドリックが話を次へと進めた。ここからは聞いておいた方が良いだろうと、一旦考えるのを止める。


「サモフォル王国のシャオヤオ姫を王宮に迎え入れて以降、各方面から様々な工作を確認しました。事前に対処、処理したモノが二十から三十。こちらの不手際により姫のお目汚しとなってしまったモノが三件。姫様には大変申し訳ございませんでした」

「いえ…鹿は、美味しかったし」

「うむ、美味しかった」

 

 ポソリと零したシャオヤオの言葉に皇太子がウンウン頷く。

 シャオヤオの所にまで来た工作とは小鹿と、縦ロール令嬢と刺客の事だろう。縦ロール令嬢は半ば仕込みのようなものだったのに、事前に片付けられなかった内に入ってしまうらしい。刺客と分けられている点から見るに、関係性は否定されたようだが。

 それよりも、十倍以上の何がしらが起こっていた事の方が驚きだ。小鹿以外にシャオヤオに与えられていた屋敷一帯をうろついていた輩が護衛の騎士達によって片付けられていたのには気付いていたが、シャオヤオが気付いていた数より多い。


「その内の何件がサモフォルの反乱軍と関係して」

「全て無関係だ!」

 

 ドンッとダスティシュがテーブルを叩いた。

 鹿以外にも発言した方が良いかと思ってシャオヤオは何気なくサモフォルの反乱軍を上げてみただけだったのだが、ダスティシュが過剰反応してしまった。彼としては反乱軍イコール自分であり、記憶にない罪を被さられたようで焦ったのだろうが、それで反応していては怪しいだけだ。

 それに、一応お姫様の立場であるシャオヤオに対して雇い主としての高圧な態度は頂けない。そう言う思いを込めてジトッとした視線を送ると、我に返ったようでダスティシュがハッとする。


「あ、いえ、無関係にございます。は、反乱軍はこの件について特段怪しい動きは…その」

「ダスティシュ卿、卿が反乱軍を庇う必要はあるまい」

「いえ、その、わたくしめは専任官として、ですね。まるで把握出来ていないと侮られたような気がしてですね、つい声を荒げてしまったのです。申し訳ございません」

 

 ダラダラと流れる汗をハンカチで拭いながらダスティシュは言い訳する。しどろもどろもいいところだ。久しぶりにあったが、このおっさんここまで小物だっただろうか? 皇太子が可笑しそうな視線を送っている。

 ダスティシュは皇太子に対してのみ謝罪しているが、ここは形だけでも怒鳴ってしまったシャオヤオに謝るべきではないだろうか。


「心配には及びませんよ、ダスティシュ卿。大半はシャオヤオ姫に関する情報を得ようとする諜報員と、これまでずっと空いていた皇太子婚約者の地位を奪われた事への不満から来る嫌がらせに占められています。つまり帝国内の問題です」

「卿に落ち度はないと言う事だ、安心せよ」

「は、はぁ」

「ダスティシュ卿もご存知のように、反乱軍の動きは殆ど掴めていません。鼠の洗い出しも行っていますが、未だに尻尾すら見えておらず…。何とも歯がゆい」

「そ、そうですな! 敵は余程巧妙な人物と思われ、いや、私としましても困っております!」

 

 ガハハッと今度は笑い出すダスティシュ。鼠イコール自分がバレていないと分かってご機嫌だ。いや、そこでご機嫌になったらダメだろう。怪しいだろう。このおっさんままったく…。

 洗い出すまでもなく目の前にいますけど? とダスティシュを眺めながらシャオヤオは思うが、思うだけに留めておく。

 そこへ背後でエリム夫人が動く気配がする。


「ラウレンティウス殿下、同盟調印のサモフォル国王の訪問はいつ頃になりそうですか? ダスティシュ卿もお認めになったように、姫様は既にいつでもお祖父様とお会いしても問題ないよう準備を整えておられます」

 

 言われた通りに過ごしているだけで何かを整えた記憶はありませんが?

 シャオヤオは思わず振り向いてエリム夫人の顔を見るが、とても素敵な笑顔を返されただけだった。準備と言うのは多分、平民育ちのシャオヤオ姫が間違いなくサモフォル王国の血を引く者であると、サモフォル国王が認知する事だろう。同盟の調印と同時に行うとか言っていたはず。

 その話を聞いた時は暗殺者であるシャオヤオに皇太子から自分の婚約者になってほしいなんていきなり言われ、異常事態に色々付いていけてなかった。改めて考えると、正式に認知されてしまったら本当にシャオヤオはサモフォルのお姫様になってしまう。そうなる前にこの仕事を終わらせてしまわなければ。

 チラリとダスティシュに視線を送ると同時に、皇太子が立ち上がった。


「その件に付いてエリム夫人に確認した事がある。王宮警備にも関わる話なので別室で話をしたい。すまないがシャオヤオ、暫くダスティシュと待っていてくれ。サモフォルの話でも聞いておくといい」

「わ、分かった」

「そう言う事でしたら、このダスティシュにお任せ下さい」

 

 期せずしてダスティシュと2人になる状況が舞い込んで来た。ダスティシュもそう思ったのか揉み手でもする勢いで接待役を引き受けている。

 しかし、何だろう…。シャオヤオは違和感を覚える。

 何が? 何処が? 何処から? いつから? …いつ?

 思考に沈みかけたシャオヤオの意識は、皇太子達を送り出したダスティシュが座り直すのに立てた大きな音に引き戻された。


「まったく…良い御身分とはこの事だな。なぁ?」

「やっと会えて良かったです。ムーダンの事、聞かせて下さい。ちゃんと世話の手配は」

「そんな下らない事は後でいい。ワシがどれだけ大変だったか知りもしないで。毎日毎日書類の山を処理させられ、家にも帰れず、多くの文官に囲まれ連絡も満足に取れず、まるで監視されているような忌々しい日々だった! 王宮で呑気に怠惰で優雅な生活をしていただけの貴様とは違うのだ!」

「下らなくなんかない! 大体、監視されているようなのはこっちも同じですよ。ずっと誰かが」

「煩い! 貴様は自分の仕事だけしていればいいのだ!」

 

 ならその仕事の指示をさっさと寄こせ! と喉まで出かかった言葉をシャオヤオは呑み込んだ。

 言ったところで、指示を貰いに来なかったシャオヤオが悪いとか難癖と責任を擦り付けられるのは分かっている。そんなのは時間の無駄だ。感情を抑える。適当に流す事はこれまでにも出来ていたが、もっと円滑に話を進める方法をエリム夫人から教わった。それを活かそう。人生、何の経験が活きるか分からない…。


「では、その仕事の話をしましょうよ。サモフォルの方々との連絡は出来たんですか?」

「あぁ。先日やっとな。貴様が抜け出して私の所まで来ていれば、もっと早くに話を勧められたと言うのに。この無能めが」

「…それで? 私はどうすれば良いので?」

「うむ、殺せ」

 

 皇太子を殺せ。

 短くそう命じられ、一瞬、シャオヤオは呼吸出来なかった。動揺か? いいや、そんなはずはない。そうなるであろう事は初めから分かっていたのだから。ヤキモキしていたのはその命がいつ下るかと言う点だけ。いつムーダンの元に帰れるかと言う事だけだ。

 今更、シャオヤオは動揺なんてしない。これは、そう、あまりにも簡素な命令に驚いただけだ。そう自分に言い聞かす。


「分かりました、今度は必ず仕留めます。それで、いつ行えば?」

「早ければそれに越した事はない。明日でも、今日でも。方法は問わない。貴様が出来ると思った時にやれ」

「それって王宮内で行う事になる訳ですけど…」

「毎日皇太子が来るそうではないか、好都合だな」

「先に言っておきますけど、誰にも見られずに、は不可能ですよ。サモフォルの姫がフリーデン帝国の皇太子を殺しても大丈夫なんですね?」

「ふふふん、筋書きは用意してある」

 

 ダスティシュが言うには、先日ようやく取れたサモフォルの反乱軍からの連絡の中に、サモフォル国民に匿われていた国王が反乱軍の手に落ちたとあったそうだ。帝国が本格的に軍事介入する前に王位を反乱軍内の貴族に譲渡させ、早々に処刑する予定で、ひょっとしたら今頃既に事を終えているかもしれないとの事だ。

 この情報が帝国はまだ掴んでおらず、反乱軍と繋がるダスティシュだからこそ得られたモノだと、ダスティシュは自慢げに語る。


「姫は一足先にこの情報を掴み、自分の身を保証してくれるはずだった祖父母を失った事に逆上。守ってくれなかった帝国を恨み、皇太子を襲う。どうだ、完璧であろう?」

「襲った後…姫は何処へ?」

「貴様次第だ、自分で何とかするのだな。ワシの屋敷まで逃げて来られたら匿ってやる。王宮内の事をワシは知る立場にはない」

 

 ハァー。シャオヤオは深く息を吐いた。

 つまり殺しの命令以外は全てお任せと言うやつだ。暗殺については暗殺者であるシャオヤオの裁量に任される事は多い。それでも下調べや下準備、進入ルートや逃走ルートの確保等々、確実に暗殺を行う為の手筈を整える各種の協力はいくらでも欲しいところなのに。


「時間は沢山あったはず。逃げ道の一つも確保せず、探索もせず、優雅に王宮生活なんぞしていたツケだ。貴様の怠惰のせいなのだから、責任は貴様が取れ。失敗も拒否も許さん。それこそ弟がどうなるか、分かっているな?」

 

 黒猫ともあろう者が情けない。ダスティシュは嫌な笑い方でシャオヤオを見下す。

 あぁ、これはあれだ。シャオヤオは悟る。

 シャオヤオがダスティシュの屋敷まで逃げ込むより、捕まって処刑される事の方を想定している。暗殺そのものより、未遂でも事件が起こる事を目的とした仕事。捨て駒の仕事。

 サモフォル国王が死に、その孫である姫が帝国で皇太子殺しの事件を起こした上にその罪で帝国に処刑された。それでサモフォル王国とフリーデン帝国の間に決定的な亀裂を入れるつもりなのだろう。

 捕まったとして、シャオヤオからダスティシュの情報が漏れる事への危惧はない。その為のムーダンなのだ。


「……ムーダンの事を聞かせて下さい。無事なんですよね?」

「あ? あぁ、そうだそうだ、姉の帰りを待っているぞ」

 

 ソッとシャオヤオは瞳を閉じた。雇い主の思惑を察しながら、弟の為に断れない。

 こう言う、捨て駒の仕事は今までもあった。その中をムーダンの元に帰ると言う意志だけで生き抜いていたら、いつの間にか“黒猫”なんて通り名が与えられていた。

 ダスティシュは、シャオヤオがお姫様生活を楽しんでいただけだと思っているらしいが、逃げ道は不確定要素があるものの幾つかの候補を立ててある。なんだったら王宮内の探索も少なからず終えている。が、何となく、今それをこの男には言いたくなかった。


「分かりました。私がいつでも逃げ込めるようにはしておいてください」

そろそろ話が動きます

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