2-5
15m程離れた場所に立つ悪魔から問いかけがあるも、それに答える義理もない。
悪魔達が話し合いが可能な相手ならば、神話の時代に袂を分つことはなかったはず。
よって、問答で解決するものは一つもなく、相手にただ情報を渡す結果となる。
「天使と悪魔に話し合いなど必要ないだろう?」
帝国側からすれば、俺はただの不法侵入者。
問答などせずに捕えるのが通常の行いだろう。
ただ、俺の言葉の意味をコイツが真に理解していれば、これだけで十分と言える。
「…なるほど。お前が、邪魔者か」
「あんのうん?」
はて。何の話だろうか。
「ここでは街に被害が出る。場所を変えるぞ」
その言い方だと、俺の方が無法者に聞こえるのだが?
まあ、提案に対しての異論はないが、どういうつもりだ?悪魔はこの世界を侵略したいのでは?
何故守る?
俺がつまらない考え事をしていると・・・
「はあっ!」
え?
場所を変えるのではなかったのか?
15m程離れていたはずの悪魔。
その悪魔は一瞬の内に間合いを詰め、触れるか触れないかの近距離で俺へと魔法を放ってきた。
「なるほど」
受けてみてわかった。
この程度の魔法で俺を害せるとは、向こうも考えていないことが。
魔法は衝撃を伴い炸裂したが、龍の外套を傷つけることもなく、また限界状態の俺にダメージを与えることもない、牽制程度の魔法だった。
結果として、俺は吹き飛ばされているが。
城壁といえど所詮壁なのだから厚みは大したことがなく、すぐに俺の身体は宙に投げ出され、かなりの速さで城壁から街の反対側へと離れていく。
城壁の上からコチラを見ていた悪魔は俺を追うようにそこから飛び出した。
物を吹き飛ばすだけの魔法だが、100キロ程もある俺を吹き飛ばすとは中々の威力。
それでも吹き飛ばすだけなのですぐに減速し、やがて高度を保てなくなり俺は地上へと降り立つ。
ザッ
降り立ったのはアンジェリカと隠れていた場所よりも少しだけ城壁から離れた地面だった。
周囲を見渡すが罠や伏兵もなさそうだ。
この状況を作り出したことからも、自身の強さにかなりの自信があると見える。
「凄いな」
まるで空中を駆けるかのように悪魔は地面へと降り立った。
それが魔法なのか、何かしらの体術なのかもわからない。
「我らのことを知っているな?」
「言ったはずだ。問答は必要ない、と」
「それが答えか。よかろう」
正確な基準はわからないが、俺はこの世界三番目の強者と言われている。
俺の上にいる二人の強さは知っている。
俺の理解の外であると。
目の前のコイツはどうだろう?
俺に悪魔か天使か見分ける術はないが、少なくとも八大列強以外でこのクラスの強さを持つのは魔物か悪魔しかいない。
魔物でないなら悪魔。
仮に悪魔でもないなら魔物だから、殺しても問題はない。
俺の精神的な意味で。
さあ、戦うぞ。
内心でそう意気込んだものの、件の悪魔は更に口を動かした。
「王国に雇われた者か?」
「………」
意図も意味も不明な言葉。
「人質を返せば、黙って帰るか?」
「………」
もしかして、本当に俺が攻め込んだ理由を探している?
「それとも、最初に聞いた通り、我らのことも我らの目的も知っているのだろうか?」
どうやら、本当に何も知らないのは向こうのようだ。
悪魔を狩る存在。
それに気付いていながらも、まだこうして天使界への侵攻を続けている。
恐らくはコイツの上にいる者の指示なのだろうが、それ自体が悪魔の性でもある。
もしかしたら、コイツはその性が薄いのかもしれない。
どちらにしても排除一択なのだから問答は必要ないし、相手のその感情を利用した搦手が俺に出来るとも思えん。
アホな行動かもしれないが、早乙女流としての流儀を通させてもらおう。
なんだか、コイツがそこまで悪い奴だとは思えないんだ。
「俺の名は蚕 早乙女。この世界では八大列強と呼ばれている」
「…この世界。つまり、悪魔界のことを知っていると」
「そうだ。天使と悪魔は相容れない存在。其方の目的は知らんが、俺の目的はわかるな?」
恐らくだが、コイツは好き好んでこちら側に来たわけじゃないと思う。
どうせ、上から行ってこいと言われて仕方なく来たクチだろう。
俺にもリーリャの指示があるから何となくわかる。
それでも、殺す。
指示だろうが義務だろうが、やらなければならないことは遂行するのみ。
お互いにな。
「悪魔の侵攻を防ぐこと、か」
「御名答。わかっただろう?無駄な問答など、俺達には必要ないことが」
「…仕方あるまい」
王国軍をほぼ無傷で帰したことからも、コイツは無駄な殺生を嫌っている。
いや、弱い者を蹂躙することを良しとしていないのかもしれないが。
わからないが、助かった命があることも事実。
もし来ていたのがコイツ以外の悪魔だったら、王国軍は……いや、スバル達もとっくに殺されていたかもしれない。
もう、わかるだろう?
これ以上コイツと話せば、俺に甘さという油断が芽生えてしまう可能性があることに。
天使と悪魔の時点で殺す気が変わることはないが、それでも油断や隙は生まれるもの。
「申し遅れた。私の名はナギッシュ。あちらでは子爵位を授かっている」
「……さっさと終わらそう」
「是非もない」
戦いづらくなったが、争いとはそんなものだと割り切るしかない。
国同士の戦争でもそう。
良い奴悪い奴関係なく、殺し殺される。
そんな中でも、せめて武人らしくあろうと、名乗りだけは伝えさせてもらった。
これ以上の勝手は天使界へ危機を及ぼす。
どちらともなく、戦いの火蓋は切って落とされた。
ナギッシュは俺より少し背が低い程度の大男だ。
そこからナギッシュの戦い方は俺と似たようなものだと予想した。
が、それは訂正せざるを得ない。
「やりづらいな…」
つい愚痴が溢れる。
「それは賞賛として受け取っておこう」
言葉と同時に回し蹴りが飛んでくるが、恐らくそれもフェイク。
ナギッシュの蹴りを後ろに体重移動する形でスウェーして躱すが、不可視の衝撃波までは避けられなかった。
ザザザッ
衝撃により後退する身体を両の足裏で受け止める。
この攻防は戦いが始まって以来ずっと続いている。
理由は単純。
魔力量は向こうが上。
身体能力に差は感じられないが、だからこそ攻撃を単純には受け止められない。
じゃあ、攻めろよ。
となるが、技術は向こうが明らかに上だった。
こちらから攻撃すると不可視の衝撃波によりいなされ、その隙に一撃を叩き込まれてしまう。
故に防戦一方となって隙や攻略手順を考えるも、未だ何も思い浮かんでこないまま。
「もっと、こう…魔法で『ドーーンッ』と出来るんだろ?やってこいよ!」
「それはよしておこう。一度見せた手は対策されるのが世の常」
「チッ」
あれだけの大魔法を大勢いる中で使ったんだ。
情報は既に出回っており、対策されていると考えるのも自然なこと。
俺としてはこの衝撃波の魔法を使えなくさせたいのだが……
手っ取り早い方法で魔力切れを狙ったが、それは向こうもわかっているか。
大魔法への対策とは、勿論のことリーリャ直伝の魔法対消滅だ。
向こうのほうが魔力が高いだろうから全てを消滅させられないだろう。
消滅されられなかった威力は気合いで耐えてみせるつもりだったのだが……
俺も魔法が使えないことはないが、コイツやアンジェリカからすれば児戯に等しいモノが精一杯。
使ったところで隙を晒すだけだ。
何よりもの誤算は、早乙女流程ではないにしろ、コイツが闘気の扱いに長けている点。
その差があるから、魔力量に差があっても近接戦では五分の戦いが出来ているのだが……
「ここまでか…」
何度も言うが、俺はこの世界で三番目の強さを持っている。
その俺が限界状態で漸く拮抗するほどの相手。
その相手は自分のことを子爵位であると名乗った。
つまり、まだまだ強いやつがゴロゴロいるという話だ。
まあ、爵位と強さに関係があるとは言われなかったが、悪魔のこと。
恐らく力で世界を支配しているのだとリーリャ達は推察していた。
この世界と同じ感覚だと…子爵位は下級貴族扱い。
序列三位の限界がそこと同等かそれ以下という話になる。
「何だ?諦めるのか?」
ナギッシュはこの戦いで終始守りに徹している。
実際は攻めている方だが、決して無理はしない。
恐らくだが、自身の消耗を気にして戦っているのだろう。一の矢を防げたとして、二の矢がすぐにやって来ないとも限らないからな。
「まさか。ここからが本番だ」
「…そうか」
やけに残念そうだな?
本音か?
「俺は強くなれたと思っていたが、実際はまだまだだった」
「何を言っている?」
独り言を漏らす俺を前にして、ナギッシュは油断なく構えている。
「『限界突破』」
「こ、これは…」
いきなり奥の手を切らされてしまった。
周囲の魔力を吸収し己の限界を超えたその姿は、黒を白へと変貌させていた。