幕間 二人の世界
「父上が…殺された?」
幼き頃のアルフレッドに衝撃と絶望が走る。
父親であるランドルフ・サザーランドはこの悪魔界に於いて最強だったはず。
二十年前帝位に就いてから今日まで、誰にもその椅子を脅かすことはかなわなかった。
それなのに、どうして?
「…アルフレッド様、残念ですが退去願います」
ここは歴代の皇帝達が代々住まう巨城。
皇帝だった父親が居なくなったのだから、家族であっても出て行かなくてはならない。
悪魔界では力こそ全て。
帝位や爵位に世襲制など存在しないのだ。
その時代の強者のみがその椅子に座れる。
逆に考えると誰にでもチャンスがあると言えるが……上にいた者が下に落ちることもまたあるのが悪魔界。
退去を命じられたアルフレッド。
そのアルフレッドは齢十二にして、成人した悪魔でも太刀打ち出来ないほどの力を手にしていた。
よって、子供だからと言っても退去を命じた兵士に油断はない。それどころか命懸けの面持ちだった。
「わかった。母上と出よう」
これで家族は二人きり。
これからは父に代わり母を守っていこうと、父親を失くしたばかりのアルフレッド少年は気丈に振る舞う。
「その…皇后さ…元皇后様は…」
「なんだ?」
嫌な予感がした。
「ご、ご自害なされました…」
死んだ。
兵はそう悟る。
いくら利発で知られるアルフレッドだったとて、両親を一度に失くしたのだ。
それを伝えただけだが、その恨み憎しみが自分に向いても何ら不思議ではない。
いや、自分がまだ子供でアルフレッドの立場ならきっとそうする。
兵の頭の中にはその考えが巡る。
恐怖により、他のことが考えられないのだ。
「そうか」
「えっ」
たったそれだけ。
それだけをつぶやいた後、アルフレッドの姿は城から消えるのであった。
「ラプラス…ガガーリン」
白磁の石板の最上部。そこに刻まれている名をアルフレッドは呟いた。
「強くならなければ…誰にも負けないほどに」
強ければ全てが手に入る。
逆に弱ければ父の様に殺されるだけ。
「これより、甘さは捨てる。だが、今一度……父上…母上…お二人の元に生まれたこと…最上の誉であり喜びでありました」
今は亡き両親へ向けて、最期の言葉を伝える。
墓はない。
あったとて、自分はまだそこへは行けない。
過去に名が刻まれていたこの石板が現時点の墓標であると、アルフレッドは二人の冥福を祈った。
その目からは血の涙が流れていた。
「新たに子爵級となった者を連れて参りました」
悪魔界では強者が実権と責任を握る。
強さの指標に魔力というものはあるが、それだけでは強さが決まらないことも誰もが知っていた。
しかし、魔力が大きく左右するのも事実。
故に石板に名前のない者達はすべからず魔力測定の値により序列が定まっていた。
その石板に名前があるものは、大昔より必ず集まる決まり。
そして、その者も例外なくこの場へと招集されていた。
「陛下へ挨拶を」
「…アルフレッドと申します」
十五になったアルフレッドは貴族階級の強さまで登り詰めていた。
しかし、先はまだ遠い。
怨敵であるラプラスを前にして、胸の内にしまっていたはずの憎しみが前に出てしまう。
「ほう…別に隠さなくてもいいだろう?石板を見ればお前が誰かなど一目瞭然なのだからな」
「…隠してなど」
アルフレッドは憎しみに蓋をする。
一目見て理解したのだ。
怨敵はまだ遥か彼方にいる、と。
「お前の父を殺したのは俺だ。どうだ?憎いか?」
悪魔皇帝はアルフレッドの反応を楽しそうに観察している。
最高のおもちゃを手に入れたと。
「いえ。力が全てですので」
返ってきたのは皇帝にとってつまらない答え。
それでも、その嘲笑に陰りは見られない。
「そういえば…お前の母も死んだな」
「自害したと聞いています」
これでもアルフレッドの顔色は変わらない。
魔力に乱れも見られない。
それでも、悪魔皇帝は笑っていた。
「何故、可愛い息子であるはずのお前を一人残して死んだか、考えたことがあるか?」
「質問の意図が…『答えろ』…ありません。母の死んだ理由は父の死が原因だと考えていますので」
あのタイミングで自害したとなれば、それ以外の理由は考えられないだろう。
「アイツを見ろ」
ラプラスが指差す方をアルフレッドが見ると、殆ど裸の男が縛られているのが見えた。
この部屋は薄暗くて見えづらいが、目を凝らすとその男の両側に兵が立っている様子も窺える。
半裸の男は中年で、この世界では珍しく肥え太っていた。
太っている者は数多くいるが、その脂肪の下は分厚い筋肉で武装している者が大半である。
力無きものは肥え太ることすら叶わないのがこの世界。
故に珍しいが、全くいないわけではない。
その例が、親が勝ち組の場合。
この男も例に漏れず、有力者である親の力で肥え太っているのだ。
「…あの者は?」
アルフレッドの全く知らない男だった。
「アイツはお前の母親に好意を寄せていたんだ。だから優しい俺様が、亭主のいなくなったお前の母親にあの男をあてがってやったのよ」
「………」
「亭主を亡くしたばかりだ。まあ、当然嫌がる素振りは見せていたがな。だから言い訳できる様にアイツに力づくで犯させてやった」
アルフレッドは固まったまま。
そんなアルフレッドへ嘲笑の眼差しを向けながらラプラスは会話を続ける。
「だがな。予想外にお前の母親は死んでしまった。そこでアイツに聞いたんだよ。『相思相愛だというから、協力してやったんだが?』とな。
だが、アイツは俺に嘘を吐いていた」
アルフレッドは何を思うのか。
「いつかお前が来た時のために、アイツを生かしておいてやったぞ。
さあ、殺せ。許可する」
ラプラスは今にも腹を抱えて笑い出しそうに見えた。
「し…ね…」
「はあ?なんだ?」
さて、どんな反応を見せてくれるのか?
ラプラスがアルフレッドの顔を覗き込もうとした瞬間。
ゴガッ
硬質なナニカとナニカがぶつかる音。
その一瞬後、円卓の間へ衝撃波と暴風が吹き荒れた。
「おしーなー」
「ぐっ…」
アルフレッドの恨みが籠った拳は、ラプラスの額にぶつかり止まっていた。
ラプラスの額からは血が下垂れ落ちるも、それはラプラスのものではなく、アルフレッドの拳からだった。
「よし。顔見せは済んだ。じゃあな」
漆黒の円卓。
ただ一人だけ漆黒の衣を許された皇帝は、そこから退室した。
アルフレッドは固まる。
封印したはずの憎しみへ再び火を灯したまま。
「アルフレッド・サザーランド。その感情はわかるが、次はない。捨て去ることだな」
前皇帝を知る貴族の一人が、憎しみの炎を瞳に宿したままのアルフレッドへと話しかけた。
「…取り乱して済まなかった」
その声で漸く正気を取り戻したアルフレッドは、拳の血を振り払うと空いている席へと腰を下ろした。
こうして、今代の悪魔貴族の顔ぶれは揃うのであった。




