1-END
「な、なに!?一体何が起こったというの!?」
上空には先程の爆発で発生したと思われる白煙が巨大な雲を形成していた。
その爆発は地形さえも変えてしまうほどの威力である。
予兆はあって然るべきで、そこに気付けなかった自分の油断をアンジェリカは後悔した。
例え、魔力が枯渇状態だとしても。
そして気付けたとして、自分に何が出来たものか分からないとしても。
「冷静にならないと…」
興奮状態では魔力が安定しない。
それ即ち、魔力探索もままならないのだ。
「いた…もう隠す気もないようね…」
これだけの大魔法。
使用者も相応の魔力を持っていて当然。
「私と同等程度の魔力を感じる…でも、私に同じことは出来ない」
それが意味するところ。
それはこの強大な魔力の持ち主が自分以上に魔法を熟知しており、且つ魔力操作の技術も上であるということ。
「万全を期しても勝てるかどうかの相手……今の私じゃ…見ていることしか出来ない…」
魔力を振り絞ってまで、何の為にここまで来たのか?
まさかもう開戦の狼煙が上がっていたとは思いもよらず。
アンジェリカは途方に暮れ、ただただ巨大な攻撃魔法跡を眺めることしか出来なかった。
「何が起こったのだ?」
規模からして人災ではないだろう。
もしそうであるならば、こちらには勝ち目がない。
故に目の前の光景が信じられず、スバルフスキー王太子は護衛であり供回りでもあるニーナ達へ疑問の答えを求めた。
「予兆は感じられませんでしたが、まず間違いなく魔法の一種かと」
アマンダはこの中で一番魔法に精通している。
そのアマンダが間違いないと太鼓判を押した。
それはつまり、勝ち目がないという事実だった。
「…直ちに負傷兵を回収。完了後即時撤退に移る」
「はっ」
倒れたのは王太子が乗っていた馬車である。
その状況下で周りの兵達が何もしないこともなく、既に周囲を囲んでおり敵の攻撃を警戒していた。
その中で連絡を担当している兵士へ王太子は言葉少なに伝える。
この迅速な対応は武官だと出来なかったかもしれない。
それは何も手柄欲しさというわけではない。現時点で何の情報も得ていないのだ。
もし、このまま撤退すると。
何かしらの攻撃を受け、被害が甚大であるから撤退した。
そう報告するしかない。
それよりも、斥候を放つなどして情報を集めようと動くだろう。
もしくは威力偵察か。
何にしても、何もせずにただ敗走するなど選択肢にないことは事実。
しかし、スバルフスキーは別の視点を持っていた。
虎の尾を踏んだと。
その可能性が極めて高いと、たったこれだけの情報で判断したのだ。
「で、殿下!」
その指揮に、ただ一人反発する者がいた。
「ユミフィ嬢、なんだ?」
ニーナとアマンダは既に王太子とは打ち解けている。
逆にユミフィだけが未だ王族に対して緊張感を持って接していた。
そのユミフィが王太子に対して声を荒げる。
「撤退とは、立て直したらすぐに戻ってくるという指示ですよね?」
「違う。敵は根本から我々など相手にしていないのだ。国力は置いておくとしても、攻撃力だけを見たら帝国と王国の差は大人と赤子程も開いている。
根本が解決しない限り、帝国へ兵を向ける選択は王国にはない」
誰がこの攻撃をしたのかはわからない。
だが、これだけの力を持った誰かだ。
ひと所には長く縛れないだろう。
それが解決するまでは、帝国攻めはただ無駄に民を死地へ送るだけとなる。
だから、調査も何もない。
その誰かを態々刺激する意味が見出せないから。
勿論、情報収集をやめるつもりもないし、何も諦めないが。
ただ、何もわからない今だけは、無謀な行為は破滅を呼び寄せる危険性を常に孕んでいる。
「私だけでも行かせてください」
ユミフィは真っ直ぐに王太子を見つめる。
「ダメだ。覚悟とかそういう話ではない」
「……止めても」
「それで王国が失くなってもか?」
ユミフィは友を見捨てられない。
辛く厳しい状況であっても、今もまだ私達の助けをきっと待っている。
そう信じている。
しかし、続く王太子の言葉には俯くことしか出来なかった。
「勝手な行動を取られては困るので簡潔に話そう」
それまで救助を眺めていた王太子だったが、視線を三人の方へ向ける。
「これほどの攻撃だ。敵の中に八大列強かそれに準ずるナニカがいる。道具なのか人なのか断定は出来ないが、高確率で個人だろう。
帝国が単独で扱える道具であれば、未だに王国が存在している理由が見当たらないからだ。
そして、止めた理由はそこから。
これが通常の戦争であれば、むしろ三人には妹とその家族を秘密裏に救出するよう頼んでいただろう。
しかし、これは虎と蟻の関係。
それは最早戦いではない。
蟻がちょこまかと周りを彷徨くと、その時に虎がどう反応するのかは未知数。
蟻一匹を踏み潰して終われば御の字で、最悪は蟻を駆除する為に王国を地図から消すだろう。
わかったか?」
王太子の説明を受け、ユミフィは落とした肩を更に落とす。
そんなユミフィの肩にニーナが手を置き。
「まだ私達に出来ることはあります。ここで諦めませんよね?」
「やれること…?」
「そうよ。カイコを探し出すとか、ね!」
アマンダもニーナに乗っかり、ユミフィを励ました。
「そ、そうだね!絶対見つけて、何としても協力してもらおうっ!」
「はい。必ず」
「さ。私達も今出来ることをするわよ」
三人は明るさを取り戻し、前を向いた。
しかし、虎は待ってはくれなかった。
「な、何か来るわっ!」
アマンダにはカイコやアンジェリカほどの魔力探知能力はない。
それでもこの巨大な魔力に気付かない筈もなかった。
「あそこだ!敵襲!防御陣形を組め!」
アマンダの見つめる方角へ視線を向けると、帝都へ続くはずの道の先に何かしらの集団の姿が見えた。
王太子はすぐに指示を飛ばし、救助を続けていた兵達はすぐに切り替えて陣を構築する。
数千の行動だ。
いくら訓練しているからと言っても、相応の時間が掛かる。
陣形が完成する間にも、ゆっくりと、しかし確実にその集団は近づいていた。
「ば、化け物…」
蚕と出会うまではわからなかった他人の持つ魔力量。
しかし、それを蚕から学んでからはいつも使うように意識してきた。
それにより、依頼で出会す魔物の凡その強さも分かるようになり、アマンダはこれまで以上にパーティへ貢献出来るようになったことを、人知れず蚕へと感謝していた。
だが今だけは。
今だけはそれを呪っていた。
この技術は蚕と別れてから努力を重ね漸く身についたもの。
だから八大列強である蚕の魔力量は知らない。
知らないが、それでも視線の先にいる蚕のように大柄な男から感じ取れる魔力は規格外であり、それはアマンダが予想していた蚕の魔力量を遥かに凌ぐものであった。
「それほどなのか?」
「は、はい。今にも逃げ出したくなる程度には…」
「……やはり勝ち目なし、か」
元よりそれは気付いていたこと。
改めてこの窮地をどう逃げ切るか。そのことばかりが脳を駆け巡る。
スバルフスキーが思案していると、王国軍から距離を取って立ち止まったその集団から、一人の人物が前へと出て来た。
「王国軍と見受ける。先程の攻撃はこちらが牽制の為放ったもの。次は本陣へ叩き込む」
魔法か魔導具により拡声された声。その言葉が王国軍全体へ緊張を走らせる。
「私は帝国皇太子チェンバリン。この王国軍の総大将を差し出し、自国へ帰るのならば見逃そう」
ナギッシュ悪魔子爵一人でも、王国軍を壊滅させることは可能である。
それは魔力測定計を用いた結果でも分かっていたが、なるべくならまだ目立ちたくはない。
この世界にも男爵級を倒せるナニカがあることは確定している。
であるならば、皇帝かそれに準ずる公爵級がこちら側へ来るまでは、拠点構築のみに注力したいという考えが悪魔側にもあるのだ。
そして天使側でも利害が一致しそうではあった。
先程の大規模な攻撃がそう何度も出来るとは考えたくもない。
だが、口ぶりからも可能なのだろう。
スバルフスキー王太子はそう考えると溜息を吐いた。
と、同時に。
王国軍が張る防御陣形から一人の男が抜け出し、帝国の集団との間へとその姿を晒した。
「私がこの軍のトップであるフラクタル将軍だ。この命で部下達を助けられるのであれば、幾らでも差し出そう」
フラクタルがこの軍のトップであり、将軍であることに嘘偽りはない。
老齢に差し掛かっている将軍へ、スバルフスキー王太子は心の中で謝罪と感謝を伝える。
「そうか。では、身柄を『その必要はない』…は」
皇太子を制し、横に並んだ大男が口を挟む。
「お前は俺からすれば弱い魔力だが、それでもお前達の中では洗練されている。
確かに貴様は将軍なのだろうな。
だが、だからこそ注視していた。
貴様が馬に乗って移動していたところをしっかりと見ている。
そして、態々魔法で死なないように加減してやったんだ。
いるんだろう?
貴様を馬に乗せてまで馬車で移動するほど、身分の高い誰かが。
そいつを出せ」
皇太子も悪魔であるが、その悪魔は後ろにも何人か控えている。
それでもナギッシュ悪魔子爵だけしか知り得ない情報。
闘気として目に魔力を集めた結果、ナギッシュ悪魔子爵だけは遠くからでも王国軍の現状を知ることが出来た。
この中に守られながら進軍してくる馬車があると。
「ニーナ達へ頼みがある」
どうも逃げ場はなくなったようだ。
そう悟ったスバルフスキー王太子は覚悟を決める。
「「「殿下…」」」
珍しくも三人の声が重なる。
「三人には伝言を頼みたい」
「カイコさんへですか?」
この土壇場でこの状況を覆せる人物を、ニーナ達は一人しか知らない。
「違う。父上へ、だ」
「国王陛下…」
「そうだ。陛下には、何があっても帝国へ手を出さないよう伝えてほしい。例え、私達が殺されようとも」
こうして、スバルフスキー王太子は人質に取られるのであった。




