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「フレームベルク皇子が捕まった?何の冗談だ?」
王国を代表して訪問するはずだった弟に代わり、立太子式典が行われる帝城へ訪れているのはユーフォルニア・ド・ミシェットガルト第一王子。
あてがわれた来賓室にてその時を二日ほど前から従者と共に待っていたが、やって来たのは吉報ではなく凶報だった。
「はっ…城内は至って静かであることからも、計画的な捕物だったのではと推察いたします」
「…だから、何の冗談だと聞いておるのだっ!」
「殿下…残念ながら、至急且つ秘密裏に帝国から脱出せねばなりませぬ」
式典の予定されている時間になっても、誰も報せに来なかった。
こちらに間違いか向こうに手違いがあるかもしれないと、ユーフォルニア王子はスバルフスキー王子の腹心でもある優秀な部下に情報を集めるよう指示していた。
その従者から齎された情報は、王子にとって簡単に飲み込めるものではなかった。
「ならんっ!今回の立太子はスバルフスキーの肝入りである!王国の未来が掛かっておるのだ。打てる手を打たずしてのこのこと帰れるかっ!」
「しかし……いえ、わかりました」
「何があったか知らぬが、フレームベルク皇子はスバルフスキーと同じく慎重なタイプだ。
実際に罪はなく、でっち上げであろうな。恐らく皇子の立太子を止めたい派閥の仕業であろう。
王国が介入すれば、公平な審判が下される可能性は高い。
事実黒であったとしても、何とかせねばならん」
権謀術数渦巻く王宮で生きてきただけはある。
この土壇場で王族としての血が、ユーフォルニア王子を突き動かしていた。
「殿下。後戻りは出来ません」
「わかっている。必ず、立太子を成すぞ」
「はっ」
バンッ
皇族の捕物という大事があったとは思えぬほどの静けさが漂う城内。
その廊下に、裂帛の気迫が込められて開け放たれた扉の音が響き渡る。
「向かうは、玉座の間。遅れるな」
「はっ!」
直訴する相手の立場は高いほうがより望ましい。
王子の足取りは迷うことなく前へ進んでいく。
それは弟のためか。王国の為か。
はたまた自身の為か。
覚悟の靴音をその場に残し、王子達の姿は消えていった。
「ユーフォルニア・ド・ミシェットガルト王子、ご入室」
紹介の後、荘厳な扉が開き、三年前の弟と同じように玉座の前までその足を運ぶ。
奇しくも、当時のスバルフスキー王子と心情も近かった。
何かを手に入れる為に、共に茨の道を進む。
現代過去と歩む時は違えど、後悔しない為に己を鼓舞している姿は瓜二つであった。
「この度は立太子式典への招待、王国を代表してお礼申し上げます」
立太子式典は取り止めになったが、その報せすらまだなされていないのだから、これは嫌味を込めた意趣返しであった。
「来てもらっていて悪いが、式典は中止だ」
ふと、そこで違和感を覚える。
皇帝にしては声が若いことに。
来賓であるため臣下の礼こそ取っていないが、許可なく視線を向けないことが目上に対しての礼儀であるのは王国貴族も帝国貴族も共通の礼儀。
その声に誘われるかの様に、王子は顔を上げ玉座を見つめた。
「こう……どなたであろうか?」
玉座の主はただ一人。
その玉座は父王よりも一回り近く年配の皇帝のモノだったはずである。
そこへ座る見覚えの無い男に対し、臆することなく疑問を呈した。
「今日より皇太子となった、チェンバリンだ。皇帝は病気の為、これからは俺が帝国を導く」
チェンバリンに成りすましている悪魔は堂々と宣言した。
「…次期皇太子はフレームベルク皇子と聞いているが?」
相手が同格の皇子であれば、過度に敬うことは王国が帝国の下であると喧伝していることと同義となり得る。
よって、対等な立場として言葉遣いを改めた。
「彼の者は、本来皇族が守らねばならぬ忠臣を死地へと追いやった。よって、立太子は白紙の上、罪人となった。
以上だ。国へ帰れ」
もう用は済んだだろうとばかりに悪魔が王子を追いやる。
だが、王子の本番はここから。
「王国と帝国は期限付きではあるが同盟を結ぶ間柄。その協定には互いの裁判への干渉が許されるとある。
その理由は知っているな?
王国と帝国では多少なりとも法が違う。そこで互いに不利益が生じないようにする為に作られた協定である」
王国帝国間で貿易が再開されるに合わせ、自国の商人が帝国で不利益を被らないようにする為に作られた協定。
同盟を結んだ時に作られた協定には国政に関わるものはなかった。
それはお互いに望んでいなかったので当然と言える。
だがこの協定は今回に限り、国政とも言える今回の捕物へ関与出来る条件が整っていた。
「…何がいいたい?」
心底面倒くさそうに、悪魔は取り繕うこともせず気怠げに言葉を返した。
「皇子の嫌疑について、王国側で再調査をする」
王子の見解では今回の捕物は十中八九仕組まれたもの。
仮に本当であっても、黒を白くすることくらいは出来る。
そうまでしてもフレームベルク皇子を立太子させることが、王国にとっては何よりも大切な確定事項なのだ。
勿論、後で理由を聞き、納得のいかないものであればそれ相応のペナルティを皇子には課すつもりだ。
しかし、理想だけでは手に入れられないものもある。
死んだ貴族には悪いが、目的のためなら清濁どちらも飲み込まなくてはならない時があるのだ。
「・・・」
王子の言葉に思案顔の悪魔。
玉座の間に暫しの静寂が訪れるも、待つことが苦手な人物がここにはいた。
「王子は邪魔だと判断した。いいな?」
ナギッシュ悪魔子爵は、いつの間にか王子の傍へ立っていた。
声によってそれに気付いた者達ばかりで、その動きを追えた者は誰一人としていない。
そして……
「ひぃっ!?」
短い悲鳴が所々で上がる。
それは最悪にも、ここにいる帝国貴族達から。
悲鳴をあげた理由は一つ。
「この首を外で待つ従者に渡してやれ。天使にも死人を弔う心はあるだろうからな」
ここにいる貴族達にはまるで王国を馬鹿にしたかの様に聞こえるが、実は自分達にも向けられた言葉。
それに気付けたのは玉座に座る悪魔のみ。
こうして、二人の悪魔は悩むことなく王子を殺してしまった。
後に払うことになる、代償の大きさも知らぬまま。
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「うん。わかった」
簡潔に事情を伝えると、師匠からは簡単な返事をもらった。
「そこは遠いの?」
「そうだな…ガルの足でも一月は掛かると思う」
ミシェットガルト王国へ向かう為に、先ずは正確な現在地を確認した。
ここが海で、恐らく大陸東海岸だということくらいしか知らなかったからな。
そして調べた結果、予想した位置とあまり変わらない場所だった。
この街はミシェットガルト王国から見て大陸を挟んでやや南側に位置している。
つまり、やや北向きの西へ向かえばいつか着くだろうことはわかった。
そして、ここから西海岸へ行くには単騎がけの最速で三ヶ月かかることも聞いた。
馬の足で三ヶ月であれば、三人を乗せてもガルなら一月で着けるはず。
ガルの体力は問題なく、乗っている者の体力次第ではあるが。
その辺を考慮するなら、カレンは置いていくか?
それなら半分程時間を短縮出来るが……
「じゃあ、僕が飛ぼう」
「え?師匠が?」
「うん。別にカイコのことを弟子だなんて思ったことはないけど、この事で後から恨まれても面倒だしね」
面倒を見るわけじゃないと。
予想する煩わしい未来から逃れる為だと師匠は言う。
が、それこそ師匠は何とも感じないだろう。
例え俺が師匠の所為にしたところで、放っておいても後百年足らずでいなくなるちっぽけな存在だ。
師匠が俺を助けてくれる…というよりも、カレンなのだろうな、原因は。
ま、助かるから大いに利用させてもらうが。
「正確な位置はわからない。だから、とりあえず西へ真っ直ぐ向かって欲しい。ここと同じように海が見えるまでな」
「ん。わかった」
「シロちゃん。ここだと迷惑になるから、街から離れてからお願いしますね」
俺が言わなくてはならないことをカレンが補足してくれた。
こと、師匠のことになると、こうして先回りし手助けしてくれるまでにカレンは成長している。
その辺の気配りは出来るが、未だに俺への接し方は変わらない。
「よし、行くぞ」
「うん」
「はい」
ガルル…
二人のいつも通りな返事の後、ガルの情けない唸り声が聞こえた。
乗られるのはいいが、乗るのは嫌みたいだな。
置いては行けないし、置いていくつもりもないので無視をした。
待っていろ、スバル達。
予定より随分早くに辿り着けそうだ。




