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「ここにもいない…どこに行ったのよ…」
リーリャの家を出立して、もうすぐ二ヶ月になる。
元々焦っていたアンジェリカだったが、目立つ蚕のこと、簡単に会えると思っていたのにアテが外れて会えていないという現状に、更に焦りが増していた。
探し人が普通の人であれば、この大陸のどこにいるのかわからない状況で探し出すことは至難の業。
しかし、相手は目立つ蚕である。
旅の共には珍しい白狐と場所によるが少しだけ目立つ奴隷もいる。
これだけの情報と自身の身分があれば、簡単に見つけ出せる。
そう意気込んでいたのは最初の半月ほどだけだった。
「シンドローム様!ここに居られましたか」
とある街の冒険者ギルドにて、現状に打ちひしがれているアンジェリカを呼ぶ者が。
「どなたかしら?生憎、今は機嫌が良くないの。放っておいてもらえるかしら」
「その様な時に申し訳ございません。何分主から命を受けているもので……宜しければ、その機嫌についての悩みをお聞かせ願えませんでしょうか?
私の主は八大列強様方のような力はありません。ですが、変わったことが出来ます」
今のアンジェリカは藁にも縋りたい。そんな心境にこの言葉。
「……何が、出来るのかしら?」
「何でもは無理です。ですので、先ずは困り事をお聞かせください」
アンジェリカは老紳士へ、探し人がいることを伝えた。
「主人であれば可能でしょう。確約は出来ませんが」
「言っておくけど、嘘だった場合、貴方と貴方の主人に八つ当たりするわよ?」
「…善処いたします。では、こちらへ」
これまでにも似た様なことが度々起こっていた。
その誰もが結局はアンジェリカと繋がりを持ちたいだけで、悩みを解決してくれなかった。
その愚か者達がどうなったかと言うと、屋敷を破壊され、慰謝料として金品を物納させられたのだ。
勿論、屋敷を壊したのはアンジェリカ本人。
奪った金品はギルドへ預け、街の治療院や孤児院が困った時に支援するよう託けた。
今回もそうなるのか。
ならないで欲しいと一番に願っているのは、他の誰でもなくアンジェリカ本人なのだろう。
「はい。これで近いうちに結果が出ます」
案内されたのは予想通り貴族邸だった。
さらにはこの街を統べる領主邸でもある。
そして、老執事の主人は当主…ではなく、息子のハンクだった。
御年12歳の少年である。
「…お姉さんは嘘が嫌いなの。例え子供だとしてもね」
「はい。嘘ではないので問題ありません」
「そう…ならいいの」
相手は子供。
それも自分のファン。
と言っても、八大列強全ての英雄に憧れる普通の少年だ。
見た目は。
「私の特技がお役に立てそうでなによりです。シンドロー『アンジェリカでいいわ』…光栄です。アンジェリカ様は、竜を倒したことはありますか?」
「残念ながら、戦ったことはあってもまだ倒したことがないの。でも、今なら間違いなく瞬殺出来るわ(Sランクくらいなら)」
「凄い!その時の話でいいので聞かせてもらえませんか!?」
少年は純粋だった。
自身のことを性別や形で見ることもなく、肩書きを利用しようという素振りすらない。
そんな少年を見て、アンジェリカは己を恥じた。
確かに八大列強となりリーリャに毒されていたとはいえ、根本がブレていたことに気付かされる思いをしていた。
(八大列強なんて、ただの肩書きだったわね。私はお祖父様を越えて、真の英雄になる)
ワクワクを隠しきれていない少年の夢を壊さないよう、気持ちを新たに夢物語を聴かせるのであった。
「届きました」
領主の館でアンジェリカが世話になり、早五日。
ハンク少年のいつもの言葉に今日も胸の高鳴りを隠せないでいた。
「そ、それで…?手紙にはなんて!?」
「アンジェリカ様…そこまで気になるのであれば、ご自身でお読みになれば……」
「む、無理っ!だって…もし…」
もし、待っていなかったら。
もし、忘れ去られていたら。
もし、他の女性と……
もし、……
もし……
アンジェリカは相変わらずの様子。
少年は八大列強も人なんだなと気付かされ、一つ大人になったのだった。
「見つけました」
「ほ、ホント!?」
「はい。ご本人からお返事も来ているようです」
そう告げながら差し出された手紙には、無骨な文字で無骨な言葉が綴られていた。
『待ちくたびれた。早く冒険とやらに行くぞ』
と。
「もう…バカ…」
たったそれだけで、それだけの文字でアンジェリカの心は満たされた。
「ん?すみません、アンジェリカ様。別の手紙が……大変ですっ!」
「…ぐすっ。…どうしたのかしら?」
少年の特技…というよりも特殊能力。
それは鳥と会話が出来るという、少年を知らない人からすれば眉唾な御伽話そのもの。
アンジェリカの悩みは人探し。
そしてこの世界の情報伝達速度は移動速度と同一である。
つまり、ギルドに尋ねた所で遠くの情報はそれだけ昔のモノしかないのだ。
そこを解決するには情報伝達速度を上げる他ない。
そしてそれが出来るのが、鳥と会話が出来るこの少年だったのだ。
アンジェリカ…この街に来ている八大列強は人探しをしている。
その情報を掴んだ老執事は、孫のように可愛がっている少年の為に一肌脱いだ。
そして結果はご覧の通り。
アンジェリカのいる場所とは少しだけズレているものの、海洋都市に蚕を発見したのだ。
しかし、手紙は続いた。
不幸にも、それは英雄を待ち望んでいる弱者の叫び声だった。
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「…また手紙がきたようです」
光を失った瞳を向けられると、何もしていないのに悪いことをしている気分になるのは何故だろうか?
「凄いな。ガルと変わらないくらい速いんじゃないか?」
この手紙は鳥が運んだと聞いた。
その場所からここまでは凡そ500キロ。近いようで遠い場所だ。いや、全然近くないな。
「それにしても返事なんて必要ないだろうに……」
アンジェリカは心配性か?待っていると書いたんだから、早く来ればいいだけなのだがな。
「・・・・・・」
「あの…ご主人様?」
手紙を見ながら固まる俺を、カレンは不審に思ったのだろう。
「……すぐに出立する。準備を急いでくれ」
「は、はいっ!」
手紙にはこうあった。
『貴方を名指しで探している人がいるわ。ニーナ、アマンダ、ユミフィ。そして連名で最後に一人。スバルフスキー・ド・ミシェットガルト。貴方の恩人達と王子様が助けを求めているわ。
既に王族に死者が出ているとも。
どうせ行くんでしょ?
私の方が先に着くと思うから、現地で待っているわね』
一度は済んだこと。
それ以降はスバル達でどうにかするしかない。
そう考えていたが……
いくら身体を鍛えても、心までは中々に難しい。
「今行く。死ぬなよ」
スバル、ニーナ、アマンダ、ユミフィ。
心の中で四人の名を何度も呟いていた。
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「慣れたとはいえ、流石に乱発すると頭がクラクラするわね…」
小高い丘の上で一時的な魔力欠乏症に苦しむアンジェリカ。
その視線の少し先には大軍がいた。
「ふぅ…あれは…王国軍ね。どうやら間に合ったみたいね」
王国と帝国のいざこざ。その辺りは大まかにだが、蚕から聞いていた。
「間に合ったけど…暫くは初級魔法も使えそうにないわ…」
勿論、切り札はあるが、それは自身の身を守る為のモノ。
英雄的な活躍をするには、魔力が回復しなくてはまず不可能だ。
ドーーーーンッ
突然の爆発。消し飛ぶ地面と王国軍。
アンジェリカですらその予兆を掴めなかった。
時間には間に合ったが、魔力の回復までは間に合わなかったのであった。