閑話 醜い龍の子
僕の自我が芽生えた時、僕は群れの最下層に位置していた。
群れといってもその数はそこまで多くなく、父龍に母龍、そして上の兄姉が四体の計七体の群れ。
龍の群れにはヒエラルキーがあるようで、父龍を筆頭に母龍が続きを、後は年功序列。
僕は一番年下なので餌にありつけられるのも一番最後。
『グギャオオッ!』
『ギャッ!?』
その残り物すら、他の兄弟に邪魔されて満足に食べられないことも。
そんな環境だけど、一つ気付いたことがあるんだ。
僕以外、みんな馬鹿だってことに。
自我の目覚めから数百年ほど経ったある日のこと。
父は茶龍で母は黄竜、そして他の兄弟も白龍を卒業して赤龍へと変貌を遂げていた。
僕だけは何故か白のまま。
そんな白色を僕は気に入っているんだけど、群れからは嫌われていた。
どうも種族的に明るい色は弱いと判断されるみたい。暗い色ほど強くて立派らしく、龍にとっては誇らしい感じだね。
『グルルルッグギャオオ』
出ていけ。
たった一言。
それだけで僕は群れから追い出されることになった。
(この生き物はなんだろう?)
群れから追い出された僕は、晴れてハグレ龍となった。
互いも持たず、縄張りも持たない龍に行き場などない。
そう教えられていたけど、どうやらそれは本当みたいだね。
そんな僕はひと所に留まることなく、世界を飛び回っていたんだ。
それもかなり気を遣ってね。
僕達龍が惹かれるのは、大地から溢れ出るエネルギー。僕も例に漏れず魔力が豊富な土地に惹かれるんだけど、そこには大概先客がいる。
そう別の龍だ。
龍は基本的に群れや互いで暮らしているので、もし遭遇したら多勢に無勢。
若く弱い僕じゃ元々相手にならないだろうに、縄張り意識の高い龍が相手だとそのコミュニティ全ての龍から袋叩きに遭ってしまう。
だから、惹かれる場所は避けて、その日暮らしを続けていたんだ。
そんな僕の眼前には小さな生き物がいる。
「お、お願い…食べないで…」
当時の僕にはその命乞いが理解出来なかったけど、丁度お腹も空いていなかったし、暇だったんだ。
だから、この不思議でか弱い生き物を飼ってみることに決めたんだ。
「はい。シロちゃんにこれあげるね」
小さな生き物との不思議な関係は、いつの間にか五年も続いていた。
五年といっても、僕とこのアカーシャでは体感が全然違うみたいだけどね。
小さかった生き物はこの五年の間に大人になっていた。
聞けば親の仕事で旅をしている最中に魔物に襲われ、そこで逸れて一人ぼっちになってたみたい。
そこに現れたのが僕で、恐らくだけどアカーシャ達が魔物に襲われたのは僕のせいだね。
僕が近くにいたせいで、魔物達は混乱したんだよ。きっと。
お陰でアカーシャに会えたのだから、その魔物には感謝しなくちゃね。
『グロロロゥ…』
「ふふっ。白ちゃん、なんて言っているのかわかんないよ」
僕はアカーシャ…人の言葉を理解している。ううん。この五年でアカーシャから学んだんだ。
この子はよく喋る。多分、最初は寂しさを紛らわせていたんだろうね。毎晩泣いてたから。
そして、人の言葉を理解出来ても、龍の口ではそれを上手く発音することが出来ない。
凄くもどかしかった。
僕はアカーシャなんかよりも強くて、頭も良いんだって、ちゃんと伝えたかったから。
「うん!シロちゃんは綺麗だからよく似合ってるよ!」
そんなアカーシャは、花を束ねた冠を僕の頭に載せて喜んでいる。
そう。僕にはもう一つアカーシャへ伝えたいことがある。
『グギャオオ…』(僕はオスだよ)
と。
家族に弱いと馬鹿にされても何とも思わなかったけど、メスと間違われたままだとなんだがモヤっとする。
僕は何としても、アカーシャと話さなければならなくなった。
人の寿命は短いと聞いた。アカーシャは後五十年生きられれば良い方だとも。
それまでに何としてでも、僕は人と会話出来るようになる。
でも…タイムリミットは、思っていたよりもずっと早くやって来てしまったんだ。
その日もアカーシャは山菜取りに出掛けていた。
僕がいるお陰で周囲には魔物どころか大型の獣もいない。
一緒に過ごしてもう八年になるから、アカーシャも不安なく出掛けることが出来ているんだ。
最初のうちは僕のそばから離れることが出来ず、糞尿を近場でするものだから毎日移動を繰り返していた。
それがどうだい?たった八年前のことなのに懐かしさすら感じるよ。
こうしてアカーシャが出掛けている間は僕の昼寝時間であり、とある魔法の練習時間でもあるんだ。
完成まではまだまだ掛かりそうだけど、アカーシャの寿命までには十分間に合うから大丈夫。
そう寿命であれば。
「きゃーっ!?!」
魔法開発に熱中していた僕の耳に、聞き慣れた声の聞き慣れない悲鳴が飛び込んできた。
(なんだろう?蛇でも…っ!?)
アカーシャは蛇が苦手だった。それでも悲鳴をあげるだろうか?
そう考えていた時、感知していたアカーシャの酷く希薄な魔力が揺れ、それが次第に小さくなっていくのを感じ取った。
(アカーシャっ!!)
何故自分がこれ程までに動揺しているのか。
その理由も分からず、そんな動揺にすら気付けないほどに慌てながらもアカーシャの元へ急いだ。
大きな身体でも龍は俊敏。
上空からアカーシャの匂いの元を見つけると、そこには見慣れない生き物の姿があった。
「な、なんだ!?あれはっ!?」
「ば、化け物だっ!!」
「逃げるぞ!」
アカーシャに似た生き物は魔物達同様、僕の姿を見つけると逃げ出していく。
『グガァ…』
そこへ降り立つと地に伏せているアカーシャを見つけた。
動揺していた僕はアカーシャが死んでしまったと考えたけど、よーく観察すると微かに動いていることに気付けた。
「…………う、うぅ…」
『グロォ…』
アカーシャが生きていると分かった僕は落ち着きを取り戻せた。
その冷静な眼で観察すると、アカーシャに大きな怪我がないこともわかったんだ。
つまり、今アカーシャが泣いているのは怖かったからだろう。
何故か全部綺麗に服を脱がされているけど、大丈夫。出血も股からだけだから死んだりしないよ。
ね?だから泣き止んで?
僕がアカーシャの頬をペロリと一舐めすると、泣いているのか笑っているのか。
よくわからない表情でアカーシャが抱きついてきた。
これでもう安心。
アカーシャも怖い思いをして疲れたよね?
僕も気疲れしちゃったよ。
僕達は気ままに、その場で眠りについた。
そして、翌朝。
冷たくなったアカーシャが近くの木にぶら下がっていた。
仲間が殺されたのであれば、絆深い龍は敵対者を逃さないでしょう。
しかしこの場合は自死。白竜がどのような判断を下したのか、それは明かされるのでしょうか。
私にもわかりません←え