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本日五話投稿3/5
念願の街に住んでいるはずの俺は、現在山の中にいる。
勿論、冒険者稼業を廃業して出戻りしたわけではない。
伯爵の依頼を受けたが為に、宿には一泊も出来ず、こうして山の中を走っているのだ。
そして、あれだけ尻込んでいた俺が依頼を受けることと決めた理由が・・・
『龍を知っているか?』
『勿論』
『Aランクと龍ならどちらが強い?』
『話にならん。Aランクの方が遥かに弱い』
この会話が依頼を受ける決め手となった。
新人に受けさせる依頼だ。強敵の筈がない。
如何に人手不足の冒険者ギルドとはいえ、その様なことはしないということだ。
失敗は信用に関わるだろうからな。
「俺の心配性も治さないとな」
少しは他人のことを信用しよう。
人の世は信用と信頼関係で成り立っているとも、読んだ本に書いてあったことだし。
誰に言うでもなく、俺は呟きを残して先を急いだ。
何故なら、今日中に戻らないと宿代が無駄になってしまうからだ。
「聞いていた特徴と一致するな」
視線の先には、体長3mはある二足歩行の鬼がいた。
ツノが生えていて身長がバカでかく筋骨隆々なことを除けば人と同じである。
「つまり、人とは全く違うということだな」
言葉も話さない上に理解不能な行動も取る。
現に今も、倒した魔物らしき物体を素手でバラバラに千切っている。
「雰囲気も感じ取れる魔力も大したことはない」
Aランクの『オーガ』という魔物らしいが……洞窟付近の魔物からすれば、ただの餌でしかないだろう。
その洞窟付近の魔物すら俺の敵ではない。勿論、子供の時は苦戦した。が、その程度。
十二を越えてからは脅威を感じなかった。
「流石新人の依頼。依頼主が貴族ということを除けば、育成にピッタリな依頼ということか」
冒険者ギルドも人手不足なのに、色々と考えているな。
こちらとしても最低限の期待に応えなくてはならない。
ジジイから譲り受けた剣(洞窟の奥で埃をかぶっていた)を腰から抜くと、闘気を活性化させて魔物へと襲いかかってゆく。
コンコンッ
「カイコさんが戻られました」
街ではどこも日没に門が閉まる。
何とかそれに間に合った俺は、冒険者ギルドへ戻ることに成功していた。
受付で納品を済ませると、何故か別室へと案内される。
それよりも不思議だったのは、冒険者ギルドが混んでいたことだ。
昼前はあんなにも閑散としていたのに、今は受付に長蛇の列が作られるほど人が多い。
人手不足ではなかったのか?
様々な疑問が脳裏を過ぎるも、部屋の主の返答により思考の時間は終わりを迎えた。
『カイコが?入りなさい』
扉越しに聞こえたのは疑問の声。
ガチャ
「どうぞ」
「ああ」
バタンッ
促された俺は扉の先へと進む。
どうやら、受付の女はここまでのようだ。
通されたのは普通の部屋。
木の床の上に低めのテーブルと柔らかそうな椅子が並び、奥にはこちらを向いた机と椅子が一組あり、その椅子にはギルドマスターのハミルトンが腰掛けていた。
「どうした?何か困ったことでもあったか?何でも言ってくれ。出来ることはしよう」
「有難い申し出だが、ここに通された理由が俺にもよくわからん。どういうことだ?」
何でもとは凄いな。
冒険者ギルドはてっきり人手不足なのかと思っていたが、事実そうではなかった。
そうであるにも関わらず、新人に対してこの扱い。
数々の蔵書には『冒険者<騎士』とばかりに書かれてあったが、時代が変わったのか、ここは天国の様に手厚い。
悪く言えば過保護とでもいうべきか。
一新人をギルドの長が一々フォローしていては大変ではなかろうか?
それはそうと。
俺は何故ここへ?
「困ったことがあったのではないのか?」
「いいや?」
「では、指名依頼を頼む」
なんだ。用事があったのはやはりギルド側か。
人手不足には見えなかったが、新人には多くの雑用があるようだ。
先程戻ってきたばかりだし、宿には泊まりたかったが、クビになるわけにもいかん。
「次の仕事は何だ?また素材集めか?」
「ん?伯爵の依頼だが?」
「ん?それは前回とは別の?」
何だ?あの伯爵は別の依頼も持ち込んでいたのか?
面倒な…一度に頼めよ…
「何を言っている?」
「そっちこそ。前回の依頼は済んだぞ?まだ聞いていないのか?」
聞いていないのか?
まあ、俺が受付からそのままここへ来たから聞かされていないのは当然…なのか?
「は?」
「は?」
は?なんだその疑問…いや、疑惑は。
「…受付では『依頼達成』と言われたが……不備でもあったのか?」
俺に落ち度はなかった筈だ。
しかし、組織に入ると『上が白と言えば黒いカラスも白いといえ』と、幾つかの書物に記されていた。
俺も組織の人間。
ムカつくが、上が白というのなら従おう。我慢の限界までは。
良いんだ。いざとなれば、俺には洞窟があるから。
「は?」
何だこいつ……
俺にどうしろと?
「指定された場所へ行き、指定された魔物を討伐し、指定された部位を持ち帰ってきた。但し、其方が俺に不備があるというのであれば……」
…受け入れよう。今回は。
タダ働きだが、仕方ない。初日でクビになるよりは。
「は?…本当…なのか?今日の今日だぞ…?」
何が言いたい?
教育の一環として、新入りには失敗をさせたいのか?
これは、組織の一員になる為の試験か何かなのか?
「本当だ。さっきの女に聞いてみると良い」
このやりとりは一体……
やはり俺の知らない、試験なのだろうか?
一応冒険者としての身分証は貰ったから、ギルドには所属出来ていると思うのだがなぁ……
「まあ…いい。そちらがそう言うのであれば、俺もノーとは言わんよ」
「え?」
惚けた顔して、何が『え?』だっ!!
いいよ!わかったよっ!
長いものに巻かれてやる!
「じゃあ、そういうことだから」
その言葉を残し、未だ惚けているギルドマスターを置いて扉へと向かう。
はあ…今日はただ働きかぁ……
初めての給料は地味に楽しみだったのに……
いかん。
クビになるよりは遥かにマシだ。
とりあえず宿に帰ろう。
夕食付きだから、それには必ず間に合わせなければ!!
バタンッ
扉を閉めた俺は、一目散に宿へと向かう。
初仕事は苦渋を飲まされた。
しかし、初外食までも取りこぼしてはならない。
決意を新たにし、次なる目的地へと向かったのだった。
こうして、人の世での一日目が幕を閉じた。
一日目にして、俺より短気なジジイが山籠りを選んだ理由に気付けた。
それがわかっただけでも収穫はあったのではなかろうか?
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とある場所に人集りが出来ていた。
人の数は時が経つごとに増大し、新たに訪れた者たちはその中心を目指した。
「この前、変わったばかりだってのによ。遂に『拳王』までもいなくなっちまったな」
「ああ。俺は前回消えちまった『叡智の魔導師』が好きだったのによ…」
「新しく刻まれた他の奴らの名は噂で聞いたことがあるけどよ。コイツのこと知ってるか?」
その中心には、地面に突き立つ黒いの綺麗な石板があった。
「新たな五位の奴だろ?誰に聞いても分からないって話だぜ?」
「謎の戦士か…気になるな」
「拳王と同じファミリーネームだから、もしかしたら身内かもよ?」
その石板には『五位 蚕 早乙女』とある。
「かもなぁ。元々『拳王』は謎に包まれてるからなぁ」
「ま。いつか出てくるだろうぜ?」
「そうだな。五位以下の奴らが放っておかないだろうしな」
漆黒の石板。
それは世界に点在し、人々の間ではこう呼ばれている。
『神板』と。
神板は世界に点在しつつもその数は少なく、末端のギルドまでその情報が行き着くまでには時間が掛かります。
故に、まだ拳信 早乙女の名前があったのです。