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悪魔の落とし子  作者: ふたりぼっち
山籠りの老師に拾われた子、人里に現る
71/115

5-7

 





「ひいっ!?やめてくれっ…もうっやめてくれっ!?」


 後ろ手に縛られているガイナは開始早々カレンに転ばされ、馬乗りの状態で殴られ続けている。

 この戦法はカレンが自信なさそうにしていた時に俺が伝えた必勝法。

『後ろ手に縛られるとただ立っていることもままならない。だから素早く後ろへ回り、その縛られている腕を引いてやればカレンでもアイツを転がすことが可能だ』

 正直、今は伝えたことを後悔している。


 仕返し程度に考えていたが、ガイナを一方的に殴りつけるカレンの表情は喜悦一色といった感じ。


「やめっ!」


 俺が視線を向け頷くと、審判をしている騎士の一人がこの一方的な決闘の終わりを告げる。


 結果は明らか。

 カレンは両手が血だらけになっているが、興奮している現在(いま)は痛みを感じていないのだろう。

 対するガイナは砂まみれで顔を涙と鼻水、鼻血で汚している。

 そして放心したままピクリとも動かず、虚な瞳で空を真っ直ぐ見つめていた。


「どうでしたでしょうか?」


 ふっふっと、興奮冷めやまない状態で駆け寄ってきたカレン。猟犬が飼い主に成果を褒めて欲しいといった雰囲気で感想を求めてくる。


「宿へ戻ったら薬を塗ろう。とりあえず手を洗っておけ」


 今のカレンに何を言ったところで聞く耳を持たないだろう。

 感想も全て、その興奮が落ち着いてからだな。

 それよりも。


「今まで誰にも会わせていなかったな?」

「…うむ。私だけでどうにかしようとしたが…息子が変わることはなかった」


 だろうな。

 ガイナが騎士に向けた態度は不遜なものだった。

 縦社会の騎士や兵士が一時のこととはいえ、奴隷のその様な態度を許すはずもない。

 生まれて初めて向けられた怒気により、ガイナの何かが崩れたのだろう。

 だから結果として、想定よりも簡単にカレンが元主人に対して暴力を振るえたのだろうな。


『あの怯えている生き物は知らない』

 と、恐怖の対象でしかなかった元主人とは似ても似つかない相手。

 後は勢いに任せて怒りをぶつけるだけで事は足りた。


 もし、ガイナが騎士の態度に怯むことがなければ、結果はどうなっていたことやら。


 後ろ手に縛られている状態でカレンがやられる可能性は皆無だが、口は自由に動くからな。強気に命令されれば何が起きても不思議ではなかった。


 そんな思考を巡らせていると、手を洗い血糊と汚れを落としたカレンが戻って来る姿を視界に捉える。


「じゃあな。もう会うこともないだろうから安心しろ」


 (じぶん)では息子を改心させられなかった事実に項垂れている辺境伯の頭へ向けて別れを告げる。


「行くぞ」

「はい!」


 いつもの静かな返事ではなく、少し上擦った声が耳を叩いた。















「っつ…」


 宿へ戻り、傷口に付着している細かい汚れを洗い流しているとカレンの口から呻きにも似た声が漏れる。


「痛いのが普通だ」

「…申し訳ありません」


 二人きりとなり、カレンも漸く落ち着きを取り戻したようだ。

 これだけ念入りに傷口を洗っていて痛くないのであれば、それは明らかな異常。

 先程の戦いでカレンの何かが壊れてしまったことになる。


「謝ることは何一つない。寧ろ誇れ。カレンは自らの力で自身を縛り付ける呪縛から抜け出したんだ」


 勿論、環境やタイミングが味方したことは言うまでもない。

 ないが、成し遂げたのがカレン自身であることも間違いのない事実。

 苦手を克服することは、例え何歳でも、男でも女でも難しい。苦手の最上位ランクとも呼べるトラウマを払拭したんだ。褒める以外に言葉などあるはずもない。


「はい!確かに痛みはありますが、あの者を殴りつけた感触…今もしっかりと」

「お、おう。それは忘れてもいいぞ」


 カレンは何かに目覚めたようだ。

 何に目覚めたのか、それは知りたくないので聞くことはない。


「さて、全てが終わったことだし…」

「ま、待ってください!捨てるのだけは!どうかお願いします!何でもします!もしお役に立てなければ殺されても文句など言いません!」


 カレン購入の目的は果たせた。

 その後のカレンの処遇だが、一応考えてもいた。

 だからそれを伝えようと口を開きかけると待ったが掛かる。


 先程までの整然としつつも何かを思い出しては頬を赤く染めていた姿はない。

 今は絶望に顔を歪め、床に這い蹲り懇願する情けなくも居た堪れない様だ。

 そんな姿を見て、俺は続く予定だった言葉を失くした。


「何を言っている?折角雑事は済んだんだ。この街にはもう用がないだろう?翌早朝にはこの街を発つからそのつもりでいろよ」

「は、はいっ!ご主人様の荷物の手入れは今日中に済ませておきます」

「うむ。任せた」


 いや、違うんだ。

 俺には最強になる目標が…その為にはカレンが邪魔だったり……そうじゃなかったり?

 あれ?身の回りの世話を任せられるのだから、意外とありか?


 まあ、とりあえず。

 先程の考えを伝えるのはもう少し先延ばしにしよう。

 うん。別にまだ焦る時じゃないからな。


 俺はまたも全てを先送りにした。


















「き、聞いていましたが…食べられそう…」


 カレンは細身で決して旨くなさそうだから安心しろ。

 …とは、冗談でも言えないか。


「ガル…ガルグムントは神獣だ。だからその辺の獣と一緒にしてやるな。安心してその身を任せたら良い」

「し、しんじゅう?ですか?」

「神の使いといった感じだな。簡単な意思疎通であれば出来る。ほら、今もカレンにさっさと乗れと言っているぞ」


 翌朝。朝靄が掛かる街を出ると、ガルを預けている魔獣舎へと向かった。

 そこでは他の獣達を従えて楽しそうに過ごしているガルを目撃したが、俺が視界に入るや否やそれらを無視して何事もなかったかのように駆け寄ってきた。


 そんなガルを見て腰を抜かしたのはカレン。

 駆け寄る姿から捕食されるとでも勘違いしたのだろう。


 係の者に金を払い、魔獣者を後にしたのが現在。


 中々踏ん切りがつかないカレンの背中を押して、漸くガルの上へと舞い戻ってこれた。


「ふ、ふかふかですね…しゅごい…」

「そうだろう?ガルの背は世界一のベッドなんだ」


 あまりの座り心地に幼児退行しているカレンの言葉に同意を示す。


「ガル。目指すのは森の反対側だ。頼んだ」


 ガルルッ


 了承の意が飛んできたので、俺は久しぶりのガルの背に身を預けた。

 振り落とされまいとカレンがしがみついてきたが、何を言うでもなくその意識は白濁に染まっていく。














「ご主人様。どうやら着いたようです。起きてください」


 ガルの背に抱きつくように眠っていた俺は、カレンの声に未だ微睡からボヤける視界を前方へと向けた。


「………どこだ?ここは」

「え……」

 ガルルル……


 ガルからはお前が行けと言ったんだろう?と呆れた言葉が飛んできた。

 行けとは言ったが、目的地などないのだ。

 というよりも、先程の街が大陸のどこに位置しているかも分からず仕舞い。


「ごほんっ。とりあえず、人がいるんだから聞いてみよう」

「はい。それがよろしいかと」


 前方にあるのは見たことがないほどの巨大な要塞。

 時間は夕暮れだからか、外周部分にはいくつもの篝火が既に灯されていた。


 火が灯されているということは現時点で人がいるということ。

 とりあえず門を探して、そこから声を掛けることに決めた。










「魔獣を討伐して欲しい…だと?」


 大層な要塞を構えているのだから、どこかと戦争でもしているものかと思えば…頼まれたのは魔獣討伐?

 人対人であれば静観の一手だが、魔物相手か。


「とりあえず、話を聞こう」


 何はともあれ。既に食うものは食わせてもらったからな。

 聞くだけは聞こう。


 いつも通り食欲に負け、またいつも通り困り事(いらい)を受けることになりそうだ。

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