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悪魔の落とし子  作者: ふたりぼっち
山籠りの老師に拾われた子、人里に現る
67/115

5-4

 





「おはよう」


 目を覚ますと、視線の先10cm程の距離にカレンの顔があり少し驚いたが、何とか驚きを隠すことが出来た。


 戦いを生業とする者にとっての焦りとはイコール弱味。

 弱点をむざむざ晒すことは早乙女流での御法度。

 寝起きから何を考えているのだか……


「おはようございます」

「起きていたのか?」

「はい。半刻程前に」


 つまり、小一時間も俺の寝顔を見ていたと。

 暇人か?


「起こせとは言わないが、好きにしていたら良かったんだぞ?何度も言うが、そんなことで怒ったりはしない」


 怪我のことも疲労もあるし、最初はベッドを譲ると伝えたのだが、カレンが首を縦に振ることはなかった。

 ということで、同衾となったのだが…無実だと宣言しておこう。


「はい。ですので、寝顔を見ていました」

「……そうか」


 偏屈なジジイに育てられたのだから俺も変わっているが、カレンは変わっているどころの騒ぎではない。


「顔を洗ったら朝食にしようか」

「はい。水桶を借りてきます」

「頼む」


 朝からベッドで見つめ合っていても埒があかない。

 昨夜もあれから大変だったことだし、落ち着くためにも顔を洗うことにした。


 桶を借りる為に部屋を出て行くカレンの背中を眺めていると、昨夜の出来事が脳裏を過ぎっていく。


『待て待て!何故、寝るのに服を脱ぐ!?』

『寝るとは…そういう意味では?』


 ベッドで寝ることを頑なに拒否するカレンを説得する為、俺は同衾を提案した。

 するとカレンはあまりにも自然に襤褸を脱ぐと、俺のシャツに手を掛けてきたのだ。


『違う…眠る、という意味だ。男女の夜の営みという意味では決してない』

『……』


 漸く意味を理解すると、カレンは無表情の内に涙を流した。


『どうした?』

『……私が汚いからですか?』

『何が?さっき身体を拭いたし、お互いに身体は綺麗だろう?』

『違います。私が数々の男の人に抱かれているので、カイコ様は私のことを汚いとお思いなのかと…』


 そう。

 昨夜は女の尊厳に関して癒えない傷を抱えているカレンをあやすのが大変だったのだ。


 そんなカレンを汚いなどと思ったことはない。

 むしろ抵抗できない女を抱いて何が楽しいのか、俺には理解できない。


 抵抗できない俺を抱いて楽しんでいたクソエルフを知っているがな。


「はあ…やはりはやまったか?」


 自分の事すらままならないのに、奴隷を買ってしまった。

 奴隷を買った本来の意図としては、ここが何処かもよく分かっていない俺を助けてもらうつもりだったのだ。

 勿論、他にも意図はあったのだが……それはあくまで俺自身が未熟故の感情論に過ぎないので、やはりはやまったと言えるのかもしれない……












「あの…理由をお訊ねしても?」


 今日も今日とて、地理的にもよくわかっていないこの街での食道楽を始めたい。

 が、それよりも先ず最初にやらなくてはならないことがある。


「着けばわかるさ」

「……はい」


 何故か気落ちしているカレン。

 そんなカレンの案内により、目的の場所へと辿り着くことが出来た。


「…ここです」

「そうか。やはりちゃんとした建物なんだな」


 眼前には冒険者ギルドの倍以上はある大きく立派な建物が聳え立っている。

 一階と基礎部分は石造りとなっており、温もりを感じられない建物に身が引き締まる印象を受けた。


 カランカランッ


 ドアベルを鳴らしつつ中へ入ると、広々としたロビーと受付カウンターが出迎えてくれた。


「時間帯的にも空いているのか?」

「…かもしれません」


 俺の独り言にも律儀に答えてくれたカレンのテンションは下がる一方である。

 わからないことを気にしても仕方ないので、とりあえず人が並んでいない受付へと歩みを進めた。


「こんにちは。ご用件をお伺いします」


 カウンター越しに挨拶をしてくれたのは、ここの職員の女だ。

 歳は20前後。育ちと頭が良さそうな印象を受けた。


「奴隷法について、聞きたいことがある」

「奴隷法ですか…担当の者がおりますので、呼ばれるまでそちらにお掛けになってお待ちください。お名前は?」

「蚕 早乙女だ」


 受付に名前を告げると、指定された椅子に座りその時を待つ。


 ここは街の役所である。

 ここへ来た理由は勿論先の誤認逮捕について。


 初めは一人で来る予定だったが、昨日偶々カレンを見つけたのでこれ幸いと証人を確保した。

 特有の強権を発動するつもりだったが、どうせなら徹底的に有無を言わせない形にしたい。


「お待たせしました。お話をお伺いします」


 そんな風に考えを纏めていると、三十代の男が声を掛けてきた。

 こちらも戦いとは無縁そうな見た目だ。


「俺は八大列強の一人、蚕 早乙女だ。無用な騒ぎにはしたくない。

 別室を用意してくれ。そこで説明する」


 小声での自己紹介を済ませると、二つの息を飲む音が聞こえた。

 一人は目の前の男から。

 もう一つは……


「一応言っておくが、別に隠していたわけじゃないからな?」

「…ご主人様は・・ご主人様です」


 カレンは驚いていたものの、又すぐに表情に影を落とした。

 一体どうしたものか……













「わ、私では手に負えません」


 この街に着いてからの出来事を説明した。

 すると男は顔を青くしながらも先の言葉を述べた。


「じゃあ、手に負える人を連れてきてくれ。時間はあるが、待つのは嫌いだ」

「は、はいっ!只今っ!」


 通された別室は建物の二階にある個室だった。

 中には四人がけのテーブルと四脚の椅子があり、俺とカレンは並んで座っている。

 カレンが座ることに男もカレンもいい顔をしなかったが、この場で俺に反論出来る者もまたいなかった。


「あの…」

「なんだ?」


 男が出て行くと、カレンが言いづらそうに口をもごもごとさせる。


「…ここには、私を手放す為に来たのでは?」

「そんなことが出来るのか?」


 聞いた話では、一度奴隷を買うと中々手放せないと。

 ま、カレンの活用方法については一つ考えがあるから、手放せなくても構わないがな。


「それを聞きに来たのではないのですか?」

「聞いていただろう?俺はやられたらやり返す。相手が序列一位であってもな。だから、牢屋に俺をぶち込んだ元凶を懲らしめないと気が済まないんだ」


 半分嘘で半分本当だ。

 基本は眼中にないしどうでもいいというスタンスだが、今回は少し違う。

 当人ではなく、親を謝りに来させるようなクズが相手だからだ。

 勿論、親は子可愛さで勝手に来ただけだろうが、それも気に食わない。

 もう一つは奴隷。

 やはり俺にはその制度を受け入れられそうにない。


 百歩譲って奴隷制度は良いとしよう。

 だが、奴隷に人権がなく、何をされても仕方ないは違うと深く思う。


 奴隷だからといって、弱い女を殴るのは早乙女家家訓に反するからな。

『女は殴るな、抱きしめろ』

 抱きしめるかどうかは知らんが、前者は大いに理解している。

 どんな人間であれ女から産まれてきたのだ。大切にしてもバチは当たるまい。


 ま。纏めると『気に入らない』というだけの話だな。


 そしてカレンは俺に捨てられると勘違いして、朝から落ち込んでいたようだ。

 そんなカレンを俺の数少ない語彙で宥めていると、代わりの職員がやって来た。


 名前は覚えていないが、役職はここのトップらしい。

 その初老の男にも全てを話すと、事態は急速に進んでいった。















「いやぁ…今日の晩飯は失敗だったな…」


 夕食を街の食事処で済ませ宿へと戻っていた。

 カレンに高級店まで案内してもらったが、俺の口には合わなかった。


「私は初めて食べるものばかりなので…驚きの方が大きかったですね。

 それにしても…あの作り方では端材が沢山出そうですね…」


 後者は聞かなかったことにした。

 痩せすぎなカレンにとってはやはり質よりも量なのだろう。

 ま。あの店の質は俺にも理解出来ないが。

 無駄に装飾ばかりで味なんて殆どしなかったからな。

 人参をあの形に切る意味があるのだろうか?手間ばかり増えて、味は一緒だぞ?


「あの男の話だと、明日にでも決着しそうだな」

「…はい。やはり私も会わないといけませんか?」


 カレンは前奴隷主と会いたくない様子。当たり前だな。


「無理強いはしたくないが、カレンの中でも区切りをつけないと前に進めないんじゃないか?」

「…わかりました。私のご主人様はカイコ様ただ一人です」

「ま。そんなに気負うな。何があっても俺が守ってやるから」


 ベッドへ座る俺の隣に並んで腰を掛けているカレンの肩を優しく叩きながら伝えた。


「は、はいっ!一生守って下さいっ!」

「お、おう?」


 カレンと出会ってから一番大きな声を聞いた。

 その勢いは凄まじく、俺の方がたじろいだ夜となった。


 しかし、一生は無理だな。


 その言葉は声に出さないでおいた。

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