幕間 悪魔の落とし子
「天使界への侵攻は遅々として進んでいません」
今より十六年前。悪魔界では長い間問題となっている議題を今日も変わらず議論していた。
「子爵の案では無理があったのだ」
「ではっ!貴殿には他に良い案があるということかっ!?」
「何をーっ!?青二才がっ!」
無駄な議論に無駄な争い。
これでは進むものも進まないと、冷静な高位悪魔達は無視を決め込む。
「黙れ」
漆黒の部屋で唯一漆黒の衣が許された男。
その男が発した一言により、室内の気温が心情的にも物理的にも下がる。
「天使ではなく、俺が滅ぼしてやろうか?」
「し、失礼を…」「申し訳ございません…」
先程まで顔を赤くして争っていた二人は、その顔を青くして床に頭をつけて謝罪の意を示した。
「全く。この世界は強い者が支配出来るが、その代わりに優秀な者が出て来ない」
悪魔の世界では、強さ=権力である。
故に白い石板に名を刻まれた者達で世界を運営している。
石板には上から順に、皇帝、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵(女の場合は女爵)、士爵、奴隷(十人)が刻まれている。
奴隷は悪魔界に散らばり、皇帝の統治を脅かす不穏分子を排除する役割とされている。
「無能なお前達の代わりに、俺が妙案を出してやろう」
その言葉に周りの者たちは戦々恐々とする。
これまでの歴代皇帝達が無理難題を言い付けてきた歴史がある為だ。
強さにより帝位に就く為、世襲制ではなく血のつながりもないが、悪魔の気性が代々そうさせてきたといえる。
「神が作った世界間の結界には綻びがある。そうだな?アルフレッド」
「はい、陛下。弱い者であれば結界を通り、別世界へ渡ることが出来ます」
若き日のアルフレッド・サザーランドが答えた。
「雑魚をいくら送っても、すぐに殺されてしまう。だから、これから強くなる者を送るぞ」
「それは…可能なのでしょうか?」
「は?」
疑問を呈しただけだがそれは口答えと捉えられ、一人の高位悪魔の首が床に転がる結末を迎えた。
その出来事を視認出来た者はいない。
それだけ、皇帝とその他に実力差があるということだ。
「やれ。良いな?」
「「「「はっ!」」」」
口答えする者などここには居ない。
黒いカラスも白と言われたら白なのである。
ここはそういう世界。
「では・・・」
「こうすれば・・・」
「それだと・・・これなら・・・」
皇帝が見守る中、議論は着々と進んでいく。
いくら悪魔達でも死にたくはないのだから。
「決まりだな」
皇帝が告げたことにより、悪魔界では新たなる法が定められた。
『魔力測定と血統において、当代で優秀な者達を皇帝陛下へと献上する』
こうして、新たなる法は布告された。
「そんなっ!何故、この子がっ!?」
強き者に従う世界であっても家族は普通に存在する。
誰しも子が可愛く、その辺りは天使界と大差ない。
「公爵夫人、お下がりください」
「やめてっ!まだ産まれて三月と経たないのよっ!?」
名も無き悪魔でしかない兵士は、権力者の顔色を窺う。
「ミリアム。やめるのだ。これは陛下のご意向。断ることなど以ての外」
アルフレッドは妻であるミリアムに優しく伝えるも、兵士は戦々恐々としていた。
単にアルフレッドが大男であり強面であるから。
「あなたっ!良いのっ!?まだ名前もつけていない子よっ!?」
悪魔界では生後一年目で初めて名前が付けられる慣わしがある。
理由は単純で、一歳までの赤子の致死率が高い為だ。
弱者は赤子であっても弱者。
悪魔界では忌み嫌われる存在なのである。
故に、赤子には過剰な治療がなされない。
「さっさと連れて行け」
「は、はいっ!」
「いやぁぁっ!?」
泣き叫ぶミリアムを抑え、アルフレッドは何を想うのか。
その漆黒の瞳は、赤子ではなく帝城へと向けられていた。
こうして、選別により一人の赤子が選ばれ、名も無き悪魔と共に次元の狭間へと送られることになるのであった。
一緒に送られた名も無き悪魔の人(後見人)は……
この話からタイトルが変更となります。