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悪魔の落とし子  作者: ふたりぼっち
山籠りの老師に拾われた子、人里に現る
62/116

4-END

 






 ひゅっ…


 緊張のあまり、呼吸の仕方を忘れたアンジェリカの喉が鳴る。

 リーリャの圧倒的な存在感により、心臓を掴まれる思いをしているのだ。


「ん?ああ…ごめんなさいね?ここでは姿を見せるとこうなっちゃうのよ。

 …だから嫌なのよ」


 最後の一言は聞き取れないほど小さな呟きだった。


「それと、貴方達?私が許していないのに、勝手に死なないこと。良いわね?」

「はっ!申し訳ありません。陛下」

「陛下は可愛くないからやめなさいと言ったはずよ?」


 リーリャは()()エルフの女王をしている。

 その全てにおいて、自分から陛下と呼ばせたことはないが、周りから勝手にそう呼ばれているのだ。

 それも気に入らないことの一つ。


「さ。貴女はついてきなさい。話は何となく分かるけど、暇つぶしにちゃんと聞いてあげるから」


 石のように固まるアンジェリカへリーリャが触れられるほど近寄ると、二人の姿は忽然と消えた。


「………」

「…さ。戻ろう」

「…そう、だな」


 こうして、エルフ達は日常を取り戻したのであった。
















「ぷはっ…はぁ…はぁ…はぁ…」


 リーリャの精霊魔法により先程までいた集落からログハウス付近へ移動すると、その存在感が薄まったのか、アンジェリカは思い出したかのように早く深く呼吸を始めた。


「それで?可愛らしい魔族の末裔ちゃんは、何故ここへ来たのかしら?」


 強烈なプレッシャーは消えたが、それでもリーリャは強者である。

 アンジェリカは尻餅をついたまま、恐ろしいものでも見るかのような視線をリーリャへと向けた。


「あら…?年頃の女の子がこのままだと可哀想ね。今、綺麗にしてあげるわ」

「ひっ…」


 恐怖のあまり地面とローブを濡らしながら失禁していたアンジェリカ。そこへ追い討ちをかけるかのようにリーリャの魔力が蠢く。


「ひぃぃっ………あれ?温かい…」


 一瞬殺されると思うも、アンジェリカを包み込んだ水は温かかった。


「綺麗になったわよ。サービスで乾燥もしてあげたわ。さ、立ちなさい」

「は、はい…ぁ、ぁりがとぅ…ござぃます…」


 よく見なくとも絶世の美女だ。

 恐怖は鳴りを潜め、代わりに漏らした恥ずかしさと同性なのに感じる気恥ずかしい気持ちに包まれ、感謝の言葉が上手く出てこない。


「暴れないのであれば、家でお茶でも飲みながらゆっくりとお話しをしたいのだけれど?」

「あ、暴れません!さ、先程は怯えてしまい、申し訳ありませんでしたっ!」

「良いのよ。それと、最低限の礼節は必要だけど、あまり畏まり過ぎないでね?」


 恥ずかしさも恐怖も限界を超え、逆に堂々とした気持ちでアンジェリカはリーリャの後へついて行く。


 お茶会での話の内容は先の通り。


 そして、良い暇つぶしを得たとリーリャは快諾した。

 快諾した理由は二つ。

 一つは暇だから。

 もう一つは、アンジェリカに才能と最低限の実力があったから。


 こうして、一人になったばかりのリーリャだったが、またも奇妙な二人暮らしが始まるのであった。




















 〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓


「飯はやっぱり人里に限るな」


 森での食事には飽きていた。

 リーリャは立場も金もあるから食事が質素というわけではないが、いかんせん作るのが俺だからな。

 毎度新鮮味の無い味付けと食材ばかりで、一月程で飽きてしまったのだ。


「しかし、久しぶりに文明の味を嗜んでいるというのに、その場所が牢屋とはな」


 風情がない。そして何故こんなところにいるのかというと……


 コッコッコッコッ…ガチャ…ギィィ……バタンッ


 無機質な石床と革靴が奏でる音の後、扉が開き、煌びやかな衣装を纏った中年の男が俺のいる独房へと入ってきた。


「…息子を引き摺っていたと聞いたが?」


 その男は挨拶もなく、鉄格子の向こうから早速の会話を始めた。


「アンタの息子かどうかなんて知らんな。ただ、複数の男に襲われていた少女を助けただけだ。

 先に言っておくと、どちらが悪いかなんてことも知らん」


 端的に事実を伝える。


 ここへ放り込まれた時、最初はどうにかして脱走しようと考えていたが、俺をここへ入れた兵士に言われたのだ。

『もう直ぐ飯の時間だから大人しくしておけ』

 と。

 じゃあ待たせてもらおうと、今に至るわけだ。

 飯屋を探す手間も省けることだし。


 期待していなかった牢の飯は普通に美味かった。これだけ美味い飯が食えたら犯罪者が増えるのではと心配したが、それは杞憂に終わる。

『容疑者の段階と犯罪者としての扱いが違うのは当たり前だろう?』

 飯を片付けにきた兵士にそう答えられて納得した。


「アレは奴隷だ。息子からは法に則った扱いをしていたと聞いたぞ?」

「奴隷?…郷に入っては郷に従うのが信条でもあるが、あのような扱いを許容しろと?」

「はあ…一体、息子達は何をしていたのだ?」


 派手な衣装を着ている奴に碌な者はいない。

 ジジイからそう教えられていたが、これまでに会った貴族(派手な衣装)達は比較的まともな奴が多かったように思う。

 今回も、頭ごなしにこちらが悪とは決めつけず、ちゃんと話を聞いてくれている。


「その少女…奴隷だったか。その奴隷の襤褸(ぼろ)を街中で剥ぎ取ろうとしていたんだ。周りに止める者がいなかったから、俺が止めると争いになったから動きを封じたという経緯だな」

「……済まなかった。直ぐに釈放させる。これは少ないが、心ばかりの詫びだ。受け取って欲しい」


 男が取り出したのは一枚の金貨。

 人生を左右させる過ちに対しては少なく感じるが、それは俺が金を持っているから。

 金貨はそれだけで人が死ぬこともある大金。

 一般市民にとっては大変有り難い金額なのだろう。


「だが、断る」

「え…?」


 俺は一般市民ではないからな。


「断ると言った。詫びは受け取らない。男なら、息子自身を謝りに来させろ」

「いや…彼奴は人に頭を下げたことが…」

「知らんな。お前も親なら、謝罪と感謝くらい子供に教えておけ」


 親でもないジジイは教えてくれたぞ?

 身内まではいいが、他人にはちゃんと伝えろとな。


 この場合、少女に対しては謝らせることが出来そうにない。

 本で学んだ通りだと、奴隷には奴隷専用の権利があり、謝罪などはその権利に含まれていない。

 奴隷の権利はたった二つ。

 一つは所有者が最低限度の生活を保障すること。

 もう一つは自らを買い戻すというもの。


 今回は最低限度の生活の部分に抵触したことになる。

 もしくは、その息子達が所有者でもないのに人の物を勝手に使った罪か。


 どちらかに引っかかったのだろう。


 自分の足でいつでも出ることが出来るので、尚も言い募る男を無視して冷たい床の上で横になった。

 宿も取っていないし、これも丁度いい。


 その日は結局朝まで誰も来なかった。


 こうして、知らない街での最初の朝を迎えるのであった。

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