4-3
「誰だ、貴様っ!?私が誰か知っての狼藉かっ!?」
ガルに廊下への脱出口を塞がせると、俺は窓を突き破って室内への侵入を果たした。
ついでに当たればラッキー程度の攻撃を仕掛けたがそれは空振りに終わった。
そして誰か知らずにこんな事をするほど、俺は野蛮ではない。
が、その様な問答をするつもりもない。
魔法使いに態々時間を与える様なヘマはしないさ。
だから、一言だけ。
「八大列強、蚕 早乙女だ」
「なに…?」
名前くらいは名乗ろう。
俺も武人の端くれだからな。奇襲は仕掛けたが。
「もらったっ!」
襲ってきたのが同じ八大列強だとは思いもよらなかったのだろう。
驚きを隠せないエイギルへと駆け寄り、剣を横薙ぎに振るった。
ギィィィンッ
切先が対象に触れる直前。
硬質な見えない何かに阻まれた。
「フゥッフゥッフゥッ…」
目の前に迫る切先を凝視し、エイギルは息を荒くしている。
どうやらこの見えないナニカはこいつの魔法らしい。
俺の動きにエイギルが対応出来たとは考えづらいから、恐らくは事前に用意していた魔法なのだろうな。
「面倒な…」
この陰湿そうな見た目の男が戦闘慣れしていないことは、一連の動作で分かった。
こんな魔法を用意していたのであれば、初撃をあの様な見苦しい避け方で捌く必要などないからだ。
戦闘慣れしていても厄介だが、これはこれで面倒。
だから、つい本音が口をついて出てしまった。
『覚悟のない者は何をするかわからぬ』
これはジジイがよく言っていた言葉の一つ。
覚悟ある者は物事の終わりも決めているが、ない者は場当たり的な行動をすると。
コイツは自分の窮地に、何をしでかすか分からない。
例えば、この街を人質にしたりだとか、街ごと自爆するだとか。
だから、面倒なのだ。
「しかし、どうするかな…」
俺は見えない膜へ向けて剣を押し当て続けている。
魔法である限りそこには魔力が必要で、その内この膜はなくなるだろう。
それがいつかはわからないが。
男は膜に閉じ籠ったままで、未だに驚愕から立ち直れていない。
覚悟を決められないというか、覚悟が決まったら色々と拙い。
時間が有利に働くのは俺ではなく魔法使いであるエイギルの方なのだから。
この一撃に至っては手を抜いていない。
つまり、仕切り直したところで俺の剣はこの膜に再び阻まれてしまう。
つまり、何か別の手段が必要。
そんな風に思案していると、エイギルは漸く事態を飲み込めたようだ。
こちらへと憎しみを込めた視線を向けてくる。
「八大列強が何の用だ!?ここは私の縄張りだ!出て行け!」
縄張り?
何を言っているんだ?
「お前の縄張り?知らんな。俺はお前を殺す為にここへ来た。お前が死ねば言われずとも出ていくさ」
「だからっ!何で態々八大列強同士で争わねばならないのだっ!?カイコといったな!?カイコはカイコで好きなところで好きなようにすればいい!私のいない所であれば構わん!」
「よくわからんな。俺には目的があってお前を殺す。ただそれだけだ。
それに、八大列強同士で争うことは珍しくないだろう?皆、強さを求める者なのだからな」
中には天賦の才だけで八大列強へと登り詰める者も居るだろうが、殆どの者は強さを求め気づいたらそこに立っているだけだろう。
他人が呼ぶ呼び名が変わるだけで、本人達の本質は変わらない。
コイツは隠していた本質が曝け出されただけに過ぎない。
元々こういう奴だったんだ。
「ふざけるなっ!やっと…やっと、自由になれたんだ!邪魔をするなっ!」
「お前の過去に何があったかは知らんし、そこに興味も意味もない。
あるのは現在だけ。
邪魔はお前の方だろう?
何人…お前の欲望の所為で一体何人が苦しみ、何人が死んだんだ?」
「知るかっ!私は八大列強なんだっ!」
俺は正義の味方ではない。
気に入らない奴を殴るだけの子供だ。
だから、コイツも殴る。それだけだ。
「八大列強だったら、そんな殻に閉じ籠っていないで出てきたらどうだ?」
「はっ。これだから魔法が使えない低脳は。
お前が如何に強くとも、私は殺せんぞ?
この結界はあらゆる物理攻撃を防ぐ!魔法もそうだ!」
そんな便利な魔法があるのか。
「そしてっ!私からは攻撃し放題だ」
本当に便利だな。
「しかし、私はお前とは違い賢くまた度量もある。その力を私の元で私の為だけに使うのであれば生かしてやろう。それだけではない。女も金も与えてやろう!どうだ?考えるまでもないか!」
本当に馬鹿だな。
「さあ。答えよ。さもなくば、私の魔法で灰になるか?」
俺がエイギルの立場なら、黙って詠唱を終わらせている。
やはり馬鹿なのだろう。
「物理で壊せそうにないのは確か。ならば魔法だとどうだ?」
ジジイなら壊せたのだろうな。
あの黒龍の鱗さえぶち破ったのだから。
「は?何を…」
俺の言葉に驚きを見せる。
それもそのはず。この世界では闘気と魔法は二つとして選べない力だからな。
「『原初の時からここに存在せし石よ、我の言の葉に応じ力を貸し給』」
「初級魔法?ふんっ!虚仮威しかっ!魔法とはこう使うのだ!」
エイギルは長い言葉を紡ぐが、俺にそれを待つ気はない。
「『ストーン・ジャベリン』」
「ば、馬鹿なっ!?」
エイギルが驚いたのは俺が魔法を使えたことか。
それとも・・・
「何なのだっ!?この馬鹿げた魔力はっ!?」
エイギルよりも強大な魔力にか。
その両方だろう。
ギィィィンッ
俺が放った魔法は確かに初級魔法だが、出来うる限り硬く、そして速く放った。
魔法の威力とは、詠唱と使用者の魔力に依存する。
石の槍が見えない膜に当たり火花を散らす。
ギィィィンッ
魔力というエネルギーが尽きるまでその運動エネルギーもまた失うことはない。
ギィィィンッ
槍は尖端から徐々に短くなっているが、どうだろうか?
パリンッ
石の槍が砕け散るのと同時に、見えなかった膜が割れて辺りにガラスのような残骸が散らばり消えていった。
「あ……」
「どうやら、無敵の防御魔法は無敵じゃなかったようだな」
エイギルの表情から生気が消え、蒼白くなる。
表情がコロコロとよく変わる奴だ。
さぞ腑抜けた生涯を送って来たのだろう。
「詠唱も破棄され、再び詠唱を待つ気などこちらにはない。終わったな」
「……っ……」
感情を出すことなく魔法に集中していたら間に合っていただろうに。
腑抜けた生涯だったかはわからんが、少なくとも生温い環境に身を置いていたことは事実だろう。
「ふっ、ふざけるなっ!『石流波』」
「チッ!」
詠唱破棄した魔法だと俺に通用しないことくらいは気付いているはず。
それでも現実を受け入れられないのだろう、最期の対抗とばかりに魔法を放ってきた。
初めて見る魔法だが、その威力は大したことがない。
俺にはと注釈がつくが。
ガラガラガラッ
「「「きゃーっ!?」」」
「散らばるなっ!固まれっ!」
エイギルの頭上から俺目掛けて土石流が襲ってくる。
目標が俺だから女達から俺が離れるだけで通常は良いのだが、どうやらこの魔法は広範囲魔法らしく、建物を崩壊させる規模で石の波が襲ってきた。
俺は闘気を纏い、剣にもそれを纏わせて魔法を薙ぎ払う。
しかし、今はエイギルから離れ女達の周りだけしか薙ぎ払えないので焼け石に水だ。
「はっはっはっ!流されて、死ねぇぃっ!」
ええいっ!面倒な!
土石流の轟音に紛れてエイギルの聞きたくもない声が聞こえた。身体能力が高いのも考えものだぞ。
「お前達、ベッドに乗れっ!」
「うわ、はいっ!」
「は、はいっ!」
女達は俺の乱入後、元々ベッドの隅に隠れていたので乗ることに時間は掛からなかった。
一番近くにいた女が素直に従ったのも大きい。後は前に倣えで他は続いていった。
「しがみついて伏せていろっ!顔を上げるなよ!」
このベッドが大きくて助かった。
女達を乗せたベッドを持ち上げると、土石流により崩壊した窓側へ向かって投げた。
「きゃぁぁぁあっ!?」「いやぁぁぁっ!」
ここでは今も土石流が襲ってきていて危険だ。
高さがあるから無事では済まないだろうが、死ぬよりはマシだと諦めて欲しい。
落ちどころが悪ければ死ぬかもしれんが。
「さて。元凶を潰すか」
土石流といえど、所詮魔法で生み出されたもの。
闘気を纏っている俺には一切が届いていない。
今にも崩れそうになっている屋敷。
その屋敷で唯一無傷の場所へと足元を気にして向かうのであった。