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悪魔の落とし子  作者: ふたりぼっち
山籠りの老師に拾われた子、人里に現る
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閑話 勤勉な魔法使い

 





 小さな農村で産声をあげたのは、後に最強の一角として名を上げる男だった。

 男の名はエイギル。

 カースト制度を重んじるこの国では、下層国民である農民に苗字など与えられない。


 そんな小さく狭い村で育ったエイギルは、他の農民と何ら変わりなく育っていった。


 そんなエイギルに転機が訪れたのは、十二の春のことだった。


『この者を連れていく』


 エイギルの親へと告げられたのは、一方的な別れの言葉である。

 どの農民にも息子を愛息子と呼べるほど可愛がる余裕はないが、それでも血を分けた子である。

 エイギルの両親も最低限以上の愛着と愛情は持っていた。


 それでも、ここはカースト制度に支配された国。

 生まれし頃よりそれを叩き込まれている彼等に、今回の件は上級国民へと物申す理由にならないのだ。


 寧ろ・・・


『村から魔法使いが出たぞ!』『国からの税が減額されるぞ!』


 エイギルを連れ去ったのは、国の監査員。

 監査員の仕事は国内にある村や街を回り、そこで将来有望な才ある若者を見つけること。


 エイギルの才は魔力。つまり、将来の宮廷魔導師候補として連れられていったのだ。


 今後のエイギルの活躍如何で、この村が受ける恩恵は変わっていく。

 晴れて宮廷魔導師へ成れたら、減税どころの騒ぎではない。


 こうした背景もあり、子が連れ去られても文句を言う親はいないのだ。

 それほど、カースト下位の生活は厳しいものだった。







『文字を覚えるまで、一日一食とする』


 村は減税が言い渡されたが、逆にエイギルは辛い目に遭っていた。


『しかし、単語を一つ覚える度におかずを付けてやろう』


 カースト制度を用いる国の多くは、飴と鞭を上手く使い分けていることが多い。

 そうでなければ反乱が起きてしまうからだ。


 最初が辛ければ辛いほど、当たり前のことが上等なモノであると感じる。


 文字すら読めない農村出のエイギルだったが、飴の甘さに溺れ、すぐに文字を習得した。







『お前はそれで満足なのか?』


 エイギルのハングリー精神には教官も驚いていた。

 驚いていたが面白くも感じていた。

 理由は単純。

 エイギルが、単純な餌で釣れる魚なのだから。

 それも入れ食い状態だ。


『他の生徒は昼食と夕食の間に間食という時間を設け、甘味を貪っているんだぞ?』


 エイギルは燃えた。

 世の中には知らないことが沢山あると。

 そして、その全てを体験したいと。


 エイギルは宮廷魔導師となった。











『ごめんなさい。(わたくし)、純貴族の方としかお付き合い出来ませんの』


 大人になったエイギルは今日も振られていた。

 エイギルの見た目は悪くない。

 細身で賢そうに見える顔、最低限以上の清潔感も兼ね備えている。


 それでも連戦連敗している原因は、エイギル本人の問題ではなかった。


『宮廷魔導師は準貴族です。それでも?』

『ごめんなさい』


 また振られていた。


 才ある若者を集めてはいるが、エイギルのように最終目標まで到達できる田舎者は限られている。

 理由は明白で、幼い頃から教育を受けている者には敵わないから。


 勿論、遅れを取り戻せるほどの努力が出来れば別であるが、努力すること自体を知らない者達が殆どである。

 それも当然。

 元いた場所では食うのが精一杯だったのだから。


 そんな訳で、エイギルの周りの宮廷魔導師達は元々裕福だった者達ばかりである。

 中にはエイギルと同じような境遇の者もいたが、世代が違うため関わることも話すことも稀だ。


『周りは結婚しているのに…』


 同期の殆どが結婚している。

 寧ろしていないのはエイギルだけの状況に、尚更焦りが出る。

 結婚どころか彼女も出来たことがない童貞である。


『周りは貴族豪族ばかりで、家の肩書きしか見てくれない…』


 エイギルの出会いの場は、職場であるここ宮廷のみ。

 王城に勤める宮廷魔導師は、防犯観点など諸々の事情があり理由なき場合の外出が禁じられているのだ。


 これは独身者に限るルール。

 妻帯者は独身寮から出る決まりとなっていて、王都で暮らすことが出来るのだ。


 これまではどんな飴も手に入れてきたが、この飴はエイギルにとって見せびらかされているだけの物でしかなかった。


 王城で出会うのは王侯貴族ばかり。

 そのような者達は婚姻相手を見た目や人柄などでは決して判断しない。


 もしその様な判断をすればこれまで通りの生活が出来なくなると、幼少期より教育(せんのう)されてきたのだから。

 大切なのは家柄。それだけだと。


『街に遊びにいくことも出来ず、私は何の為に…』


 ここに来た頃には出なかった感想。

 これまでに与えられた飴によりエイギル本来の欲が刺激された結果、悶々とする時を過ごす羽目となってしまった。









『エイギルって…お前のことじゃないよな?』


 同僚である貴族家出身の男が戦々恐々となりながらもエイギル本人へと問うていた。


『わ、私が…八大列強…?』


 かくいうエイギルも驚いていた。

 それもそのはず。

 エイギルは自身の強さを理解する環境にいないのだ。


 ここ宮廷では不要な外出が禁じられている。

 その所為で自分の凄さに気付けなかったのだ。


 周りは貴族の子弟ばかり。

 その様な環境では気を使うことばかりが身に付いていた。

 魔法のお披露目では、周りより派手で強力な魔法の行使はせず、模擬戦では勝つこともしなかった。


 それには勿論理由があった。


 過去に一度だけ、貴族の子弟を負かしたことがあった。

 その日から三日間、エイギルの食事は抜きになったのだ。


 始めはおかしいと訴えた。

 理由すら分からなかった為だ。

 いつも給仕してくれているおばさんが、何故かしてくれなかった。

 話しかけても無視されたのだ。


 そして気付く。


 周りが(くだん)の貴族へ気を遣っている光景に。


 自分(エイギル)にはそれが足りなかったのだ。


 この世界の暗黙のルールを学んだエイギルは、今後一切を日陰で過ごすことに決めた。


 それはエイギルがまだ十五にもならない子供の時だった。







 驚いたのは本人と周りだけではなかった。

 国全体が驚いたのだ。


『馬鹿なっ!?何故、そんな逸材がいることを直ぐに報告しなかった!?』


 国王は慌てる。

 それだけの強者であれば、すぐにわかるだろうと。


『ヤバい…アイツ…エイギルは、あの時の事を覚えているよな?』


 同期の者達は怯えた。

 散々馬鹿にして、さらには差別的な物言いまでしてきたから。


『そ、そうよ!私、エイギル様に求婚されたのでしたわっ!まだあの時のお返事を……どうだったかしら……あっ……』


 振っただけならまだしも、そこに余計な一言を添えた女性は、思い出すたびに顔を青くさせていた。







「私は……自由だっ!」


 エイギルを縛るカースト(もの)は失くなり、その日の内に王城からエイギルの姿は消えるのであった。

辛い過去は誰にでもあります。


そこで良い人か悪い人になるのを決めるのは、結局自分自身なのです。

そこに生い立ちも環境もありません。

悪い人は必ず言い訳をしますが。


さて。エイギルは言い訳をするのでしょうか?

または、言い訳をする暇も与えてはくれないのでしょうか?

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