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悪魔の落とし子  作者: ふたりぼっち
山籠りの老師に拾われた子、人里に現る
52/116

4-2

 






 相手が同じく八大列強ということで戦いの行方がどうなるのかわからない為、ガルには留守番をお願いしたのだが、何故かついて来た。

 ついて来たというよりも、その背に乗っているのだが……


 ま。神獣だし、役に立つことさえあれど足手纏いにはならないだろう。事実、俺よりも速いしな。


「そういえば聞いていなかったな。奴は何故、王都ではなくその街にいるんだ?」


 件の八大列強は王都にはいなかった。

 まあ、こちらとしては被害が大きい王都ではなくて助かったのだがな。


「歓楽街が原因でしょうな。王都には景観と治安の観点から、小規模な歓楽街しかありません。

 レーシック侯爵領領都には、この国で最大の歓楽街があるのです」

「歓楽街…酒か?」

「酒も、女もです。どうもその者はかなりの俗物のようで」


 案内人は馬に乗る初老の男だ。

 戦場へ向かうということはリスクを伴う。

 よって、若者ではなくこの男が立候補した。


『未来ある者ではなく、どうかこの老耄を』


 格好つけた台詞だが、事実カッコよかった。

 確かに白髪は目立っているが、老耄には見えんがな。





「あそこです」


 執事のような格好の案内人が指し示す先。

 そこには確かに大きな街があった。


「特徴は覚えている。ここまででいいぞ?」


 この国は何処へ行っても起伏は少なくなだらかな地形が続いている。

 そのお陰か、大分先にあるはずの壁を視界に収めることが出来た。


「いえ。せめて街へ入るまでは見届けさせて頂きたく」

「わかった。では、行こう」


 監視…というよりも、ちゃんと責任を持って見届けて、正確に報告したいのだろう。

 綺麗に撫でつけられた髪と同じで几帳面で真面目な性格なのだろうな。


 そんな感想を抱く間に、街を覆う壁は目の前へと迫っていた。




「キューリィー宰相閣下!?」


 そんな名前だったのか。自己紹介していたと思うが、全く覚えていないな。


 街の門が見える所まで近づくと、門番はガルを見て警戒を露わにしていた。

 複数の応援を呼んだのか、その中の一人が俺の隣に並ぶキューリィーを見て驚きを隠せないでいた。


「宰相閣下!いけません!ここは危険です!どうか、どうか王都へお戻り下さい!」


 驚いたのも束の間。先程の男は懇切丁寧に入場を断ってきた。


「案ずるなかれ。此度はかの八大列強を倒しに来たのである」

「な、なにを?」

「私ではない。良いか?ここだけの話とするのだ。この御仁は八大列強である」


 その一言で辺りに緊張と殺気が張り詰める。

 殺気は俺に向けられたもの。

 理由は知っているので、ここでは無視をする。


 だから、怒らなくて良いんだぞ?


 グルルルッ


「安心しなさい。このお方は奴とは違い、本物の八大列強で我が国の英雄となるお方。

 君はこの街の衛兵隊隊長だな?」

「はっ」

「うむ。良い面構えだ。君に極秘任務を与えよう」


 いくら八大列強に俺の存在を気取られない為とはいえ、ここは大きな街の門前。

 旅人の姿はなくとも荷馬車は多く、馭者達の視線を集めていた。


「それは…わかりました」

「うむ。君に託そう。この国の行末を」

「はっ!」


 託されたのは俺なのでは?まあ良いか…


 衛兵達には普段通り過ごすように伝え、宰相とはここで別れることになった。





「聞いてはいたが…酷いな」


 街の中では至る所から腐臭が漂ってきた。

 恐らくここが街の入り口付近だから多いのだろう。

 逃げ惑い、しかし逃げ場なくここで死んだ者達が。


 ここだけではない。

 この街へ来る前に立ち寄った村では全滅していたところもあった。

 年寄りは口減しの為なのか村の外で首を吊っており、若者は行き倒れそのまま死んでいた。

 俺は確認していないが、家屋の中にもそんなガリガリに痩せこけた死体があったみたいだ。

 子供のものまでも。


 この大陸で一二を争うほどに自給力が高いヒュンゲル王国。

 そこで餓死者が出ているのはたった一人が贅を貪っていることが原因だった。


 国の金を根こそぎ集め、それを使い贅沢をする。

 それが失くなれば再び金の無心。

 国は王都が地図から消されることを恐れ言いなりとなったが、奴の要求は止まることを知らない。


 金策の為に民から税を集め、それでも足りなくなれば物納で対応した。

 物納された穀物は当然ながら他国に安く買い叩かれる。要らないものを売るのだ。正規の値段で売れなくて当然だろう。


 その悪循環により国に食べ物はなくなり、餓死者は村落から増加していった。


 その中で俺はあれだけの歓待を受けたのだ。


「俺が食べたのは、ただの飯ではなかった。彼らの血肉を戴いたんだ」

「…なにか?」

「何でもない。ところで、アンタに家族はいるのか?」

「妻と、息子が二人いました」


 いました。

 つまり……


「済まない。もう少し、早く来られたら」


 たられば。

 しかし、言わずにはいられなかった。


「…貴方が謝ることでは……」

「いや、謝ろう。事実、今回の件は俺の所為じゃないだろうが、その大罪人は謝ることが出来ない」

「何故…そう思われるのですか?」


 答えは簡単だ。


「俺が殺すからだ」


 案内はもう要らない。

 俺は男に合図すると、ガルの背から降りて自分の足で迷うことなく進んだ。

 送った合図は『ここまで』。


 事前に決めていたお陰で男はすんなりと理解し、背を向ける俺へと敬礼をした。















 まだ街中であるにも関わらず案内を断ったのは、既に魔力探索に反応があったからだ。


「流石に反応がデカいな」


 これまでに感じ取った魔力反応では過去最大。


 あの龍族は気配を殺すのが上手く正確な魔力反応ではなかったし、神獣であるガルグムントは反応がそもそも普通ではない。


 故の過去最大。


「これが闘気使いの反応ならばジジイさえも凌ぐものだが、相手は魔法使い」


 闘気使いも魔法使いも魔力を使う。

 使い方が違うだけだ。


「ガル。力を貸してくれるか?」


 ガルルッ


「そうか」


 何となく、ガルグムントの意思が伝わった気がする。

『守るだけだ』と。


 そうかと返したが、どういう意味なのだろうか?

 まあ、いい。

 今はこの気配に集中しよう。


 莫大な魔力を感じるのは少し先に建つ大きな建物から。

 その建物は石造りで周りとは趣が違う。


 どうやら、領主の館のようだ。


「ターゲットはウェーブが掛かった茶髪で長髪の細身の男だ。といっても、ガルにはわからんか?」


 ガルルッ


「そうだ。強い奴で間違いない」


 わからんが、気配はわかる。そんな風に返ってきた気がする。

 言葉は相変わらず唸り声にしか聞こえないが、不思議と意思疎通が出来る。

 流石神獣といったところか。はたまた俺の思い過ごしか。


「よし。貴族の屋敷の割に見張りもいないようだから、このまま突入するぞ」


 グルルルッ


 今回はただの返事のようだ。何の意思も伝わってこなかった。

 準備ができているのならそれでいいさ。


 かくして、俺とガルは貴族の屋敷へと踏み入るのであった。





















 〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓


 煌びやかで豪華なこの部屋には、多くの美女がいる。

 足元には毛足の長い絨毯が敷き詰められており、十人は座れそうなソファに女性が所狭しと並んで座っている。

 その者たちの表情には何処か陰があり、愛想笑いを貼り付けているように窺えた。


「エイギル様ぁ…リコばかり狡いですぅ。私にも宝石をくださいな」


 大人五人が寝ても広々としているベッドで、今日も昼間から宴が行われていた。

 殆ど裸の様な格好をしている一人の女性が、ベッドの真ん中に寝そべる男へと科を作りながら訴えた。


「…アリサだったか。偉そうに…お前はもう要らん。摘み出せ」

「ま、待ってください!何でもします!何でもしますから、それだけはっ!!」

「煩いっ!早くしろ!」


 エイギルと呼ばれた男は他の女性達へ指示を飛ばし、アリサと呼んだ女性を部屋から追い出す。


「良いか?お前達は私に嫌われたらここから追い出されるのだ。

 追い出されたら最後、そんな格好をした女だ。すぐに兵士のおもちゃにされるだろう。

 わかったな?私の機嫌を損ねるなよ?」


 エイギルはこの街の全てを握っている。

 反抗したここの領主と兵士達は既に土の中だ。

 残っているのはエイギルに媚を売り、おこぼれに預かることに必死な兵士(下僕)達だけ。


 ここにいる女性達も食料と引き換えに嫌々来ているに過ぎない。

 中には先程の女性のように、逞しくも愚かな者もいるようだが。


 そんな非日常を織りなす領主の館だが、現在は聞き慣れない音が響いていた。


 ガラガラガラッガシャンッ


「何だ?まさかまだ私に反抗しようとする者がいるのか?」


 聞こえるのは争いの音。

 エイギルがこの街に来て三日ほどは絶え間なく聞こえていた音だが、それはすぐに収まった。

 八大列強である自分に歯向かう愚者など、そう多くはいないのだ。


「兵士たちは何をしているんだ…チッ。まだ見せしめが足りんようだな」


 今は従順な下僕達も、初めからそうだったわけではない。

 見せしめと称したエイギルの憂さ晴らしは悲惨な光景を数々と作り上げ、歯向かう気力を誰もが失くしているはずだった。


「ん?」


 酒浸りの生活を続け昼夜もわからなくなっていたエイギルだが、そこは八大列強に名を連ねる強者。

 異変を察知し、臨戦態勢を取った。


 ドゴォォォンッ


 その直後、けたたましい音と共に、部屋の扉が吹き飛んで粉々になった。


 ガルルルッ


「狼…?いや、狐…か?」


 扉の先には見たこともない程の大きな体を持つ白狐がいた。


「っ!?囮りかっ!!」


 エイギルが周囲の魔力を探ると、高速で接近してくる何かを見つけ、ベッドから転がり落ちるようにそれを避けた。


「チッ。外したか」


 先程まで自身がいた場所には、その言葉とは裏腹に全く悔しさを感じさせない堂々とした顔付きの大男が立っていたのだった。

奇襲失敗。

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