4-1
「本当に何も食べなくても平気なんだな」
俺には耐えられない。
いや、断食の訓練は受けてきたからいけるとは思うが、人の世の飯を知ってしまったこの身体だと断言は出来ない。
こくこく
背中に乗る俺へ向けて、九尾の巨大な白狐が頷いて答えた。
「名前はガルグムントだったか……長いから、ガルでいいか?」
こくこく
名前にも拘りはないようだ。
この白狐の正式名は『神獣ガルグムント』。
俺よりもカッコいい名前だからと嫉妬して渾名で呼ぶわけじゃない。
断じて違うのだ。
「それにしても、ガルがいると怠けてしまうな」
ガルの背中は最高級のソファであり、最高品質のベッドでもある。
ゆったりとした旅路であれば、それは眠気との戦い。
急ぐのであれば、それは振り落とされない戦い。
つまり、俺は何もしなくてもいい。
唯一のやることと言えば、野宿の時に飯の支度をするくらいだ。
「……これはやめたくないから、毎朝夕の鍛錬を増やそう」
ジジイがよく言っていた『楽を覚えると怠け癖がつくでな』とはこのことだったのか。
死んでからわかることが多過ぎるんだよ。
もっと色々と話しておけばよかった。
そうしんみりとした気持ちになる秋の旅路だった。
「ガルの騒動があってアビス首長国連邦では結局あまり食べられなかったからな。ここでは食い倒れるくらい食べたい」
今いる丘を下った先には、広大な盆地とそれを囲むような壁が窺えた。
広大な盆地に比べると酷く小さな街も見えるが、恐らくそれは錯覚なのだろう。
今見えている街こそがこの国の王都だと、旅の行商に聞いていたのだから間違いなく大きい筈。
「ガルを見て騒ぐ者達が少ないのはリンドーンが言っていたように『神獣を神獣とは誰も捉えない。飼い慣らした魔物と勘違いする』って、ことだろうな」
八大列強なのだから自由に振る舞えば良いのだが、やはりそこまで横暴にはなれない。
元々の粗野な性格まで直そうとは思わないが、人々が嫌がることを態々する気にもなれない。
そういったところで、ガルを連れていても問題なく街に入れるのは有難い事実だった。
無論入れない街もあるらしいが、そこは強権を振り翳させてもらおうと思う。
「何故かガルは俺から離れないからな」
寂しがり屋…ではないだろう。
何年も山の中で孤独に過ごしていたのだから。
「ま、考えてもわからん。無理なものは無理なのだからな」
俺にも譲れないモノの一つや二つはある。
長生きのコイツにそれが多くとも、何ら不思議ではない。
ガルの背でそうこう考えていると、いつの間にか門の前まで辿り着いていた。
この壁はかなり長いがそれを除くと他の国で見た壁の形状とは大差ないものだった。
壁と門に違いは見当たらないが、大きな違いもある。
それは門番の多さだ。
その中から一等綺麗な服装の男が前に出てきた。
「八大列強カイコ・シノノメ殿とお見受け致します。王城にて歓待の用意が出来ておりますので、何卒ご同行願えませんでしょうか?
勿論、其方の従魔もご一緒に」
門番にしては多いと思っていたが、コイツらは出迎えの騎士か。
門に二百人も必要ないだろう?と、考えていた俺を俺は殴りたい思いである。
従魔とは心外だ。コイツは高級ベッドにもなれるんだぞっ!?
とは言えず。
「美味い飯があるなら」
「勿論にございます。国中の珍しくも美味な食事を用意いたしております」
「是非、伺おう」
これを断るのは悪いだろう?向こうは精一杯の友好を示してきたのだ。
背中に乗る俺の方を向いてどこか呆れていそうなガルの視線に、俺は堂々と頷いてみせるのであった。
「美味いな。それにしても、色々なパンがあるんだな。世界の広さを知れたよ」
王城の迎賓室にて俺は歓待を受けていた。
その背後には床に寝そべるガルがいる。背中を守ってくれているようで、とても安心して食事が出来る。
その食事だが、小麦の一大産地と聞いていた通り、様々な小麦料理やパンがテーブルに並んでいる。
どれも試行錯誤の上で今の世にこうして残っているのだから全て美味かった。
「それで?俺に何を頼みたいんだ?」
「気付いておったのか…ただの大飯食らいではなく、やはり八大列強であるな」
そんな風に思われていたのか…全然心外でもないが。
頼み事があることに気付いていたわけではない。
これがタダ飯になると、借りを作ったように感じてしまうのでそれが嫌なだけだ。
そしてそんな俺の言葉に応えたのは、対面に座って食事の様子を窺っていたこの国の王その人だ。
「この豪華な食事分は働こう。なんだ?」
「ある者を倒して欲しい」
ある者?その言い方だと魔物ではなく人になるぞ?
「一応言っておくが、この国に肩入れをする気はないからな?」
その倒して欲しい相手が近隣の国のお偉いさんだと断るしかない。
国同士の争いに直接的な介入をしたくないのだ。
出来る限り、な。
「肩入れとは誰も思うまい。何せ、倒して欲しい者はこの国にいるのだから」
「そうか。じゃあ質問を変えよう。そいつは誰が見ても悪なのか?」
肩入れじゃないとなると、そいつは悪人ということになる。
頼まれた通りに善人を殺せば、その国の国政に関わっていると見られてしまうからだ。
悪人ならば、どうとでも言い訳できる。
言い訳をする相手がこの世にいないというところが寂しくもあるが。
「勿論だともっ!奴のせいで…我が国は…国民は…」
どうしたどうした!?さっきまで普通だっただろ?
いきなり豹変するなよ…ビックリするだろうが……
「具体的に何をしたんだ?」
「その者は国庫を食い荒らし、民に餓死者を出している」
「国庫…?まさか、王族?」
国の金を使うなんて、王族くらいしか思い浮かばない。
家族を殺すのか?だから、部外者の俺を指名したのか?
「違う!奴は国民ですらない、八大列強の一人だ!」
「何だと…?」
八大列強だと?
「そうだ!我が国は…八大列強に脅されているようなものだ…」
語尾が小さくなる。
成程。如何に相手が八大列強とはいえ、その脅しに屈してしまったことを恥じている様子。
いや、仕方ないだろう。
俺が言うのも何だが、八大列強は人の枠から外れた強さを持っている。
国全体を滅ぼすことは出来なくとも、王侯貴族だけであれば一人ずつ殺して回れるくらいは出来るだろうな。
俺よりも序列が上なら尚のこと。
「そうか」
「詳しい被害はそこの『いや、いらない』…引き受けてくれぬ…か」
詳しい被害を聞いたところで、胸糞悪くなるだけだ。
それに、何か勘違いしている。
「何処にいる?」
「えっ?」
「だから、その依頼を引き受けるから、そいつの居場所と特徴を教えてくれ」
八大列強が相手だとしても此方に引き下がるつもりは元々ないのだ。
俺が断るとすれば、相手が龍の場合。
その場合は勝っても負けても被害は甚大で、さらには復讐の連鎖に巻き込まれる恐れがあるからだ。
「おお…おお…神よ…」
「感激しているところ悪いが……いや、何でもない…」
国王は事態を飲み込むと徐に立ち上がり、俺の前で膝をつき俺の手を握りながら祈りを捧げている。
見たところ四十代後半っぽいが、そんなおっさんに手を握られても嬉しくはない。
…あれ?別におっさんじゃなくても嬉しくはないな。
しかし、無碍に出来ない。
大の大人が涙を流し喜びを露わにしているのだから。
「成程な。状況は把握した」
王が使い物にならないので、代わりの者から説明を受けた。
件の八大列強は序列七位。俺と同じく最近八大列強になった奴らしい。
国が集めた情報によると、そいつは元々別の国で宮廷魔導士をしていたらしく、その時は普通の魔法使いで粗暴な面も見られなかったと。
ここからは憶測だが・・・
そんな周りよりも強い程度の認識の一般人が、急に英雄に祭り上げられたことで気を大きくし、道を外してしまった。
こんなところだろう。
どうでもいいな。
「この国が崩壊するのは時間の問題です。何卒…宜しくお願い申し上げます」
「構わん。美味い飯の駄賃代わりだ」
俺は正義の味方ではないが、悪の道に逸れる気もない。
自分が自分なりに正しいと思ったことを、という訳でもない。
気に入らないし、借りを作りたくない。
今回はその理由だけで十分だった。
「なるべく一般人に被害が出ないようにしたいが…」
「わかっております。ですが、仕方ありません。出来る限り。それでお願いできませんか?」
「すまんな。相手が魔法使いであれば、猶予を与えたくないのでな」
当たり前だが、魔法使いは遠距離を得意とする。
もしそいつの近くにいる人達を逃すと、襲撃を気取られてしまう。
そうなると、戦いは魔法使いの得意な距離で行うことになり、それと同時に周囲の被害は途轍もなく大きくなってしまうだろう。
最悪は逃げられてしまうことだ。
だから、避難はさせられない。
出来る限り被害を抑えたいが、先ずは勝つこと。
そこを確認すると俺と同じ考えなのか、すぐに同意を示してくれた。
「場所も案内してくれるとのことで問題ない。体調も美味い飯のお陰で万全だ」
行こう。
相手がどれほど強かろうとも、俺はジジイに育てられたのだ。
負けるわけにはいかない。
いつか、最強の名を手にする時までは。
相手は七位と格下ですが、あくまでも神基準の序列です。
その時の体調、気候、場所、展開などによってはジャイアントキリングが発生します。




