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悪魔の落とし子  作者: ふたりぼっち
山籠りの老師に拾われた子、人里に現る
46/117

3-10

 




「待て待て待てっ!何故帰る!?」


 入り口から回れ右をして背を向けると、室内から驚きの声が聞こえてきた。


「カイコ殿…如何されましたか?」


 振り向いた先には怒られるのを待つ子供のような表情をした女が。

 いつもはピンと立っている猫耳を不安そうに垂れさせながらエイミルが聞いてきた。


「アレはなんだ?本当にこの部屋で合っているのか?」

「は、はい。間違いありません。中に居られるのは連邦軍元帥であらせられるラージャ・ユーナミファ様です。…あっ、そうでした…カイコ殿はこの国へ来て間もないのでしたね…すみません。それは驚くはずです」


 何が何やら……

 一つだけわかったこと。

 それは、俺が驚いたのは当たり前の反応だったということ。


 エイミルは猫耳…じゃなかった。口を俺の耳元に近づけて話しかけてきた。


「元帥閣下は純血種なのです」

「純血種?」

「はい。我々のように身体の一部だけが獣の特徴を持つのではなく、身体の半分以上が獣の特徴を受け継いでいる方々の呼び名、それが純血種なのです」


 なるほど。

 ()()()()ね。


「だが、あれはどうみても…」

「はい。元帥閣下はその身体の9割が獣のものです。先祖返りと言われる純血種の中でも偶にいるのですが、我々獣耳族の中では純血種自体が尊ばれているので、そこはお忘れなきようよろしくお願いします」

「…わかった」


 つまり部屋の中にいた兎の着ぐるみは、着ぐるみではなく生きた毛皮だということか。

 よし。そういう話なら、ここで驚くのは失礼になるな。

 俺は覚悟を決め、もう一度入室を試みるのであった。








「そうか、そうか。何、気にするでない」


 美味そうであり、可愛くも見える兎。

 その実、中身は好好爺然としていた。


「悪いな、爺さん。この国の常識を知らないものでな」

「若い時によく言われたものよのぉ。兎、兎とな。子供には人気があるからこの歳になればいいものだがの」

「想像つくよ。俺がガキの頃に会っていたならば、爺さんは良いおもちゃだ」


 懐かしいこの感覚。

 まるでジジイと取り止めのない会話を紡いでいた頃のようだ。


「う、打ち解けられたようで…何よりです」

「ああ、エイミル。悪いな、置いてけぼりにしてしまったようだな」


 初対面なのについつい会話が弾んでしまい、エイミルを放ったらかしにしてしまっていた。


「エイミル師団長。あれを」

「はっ!直ちにっ!」

「おっ。軍人っぽいな」


 いや、エイミルは暦とした軍人か。

 綺麗な敬礼の後、エイミルはどこかへと向かう。


「カイコ殿、此度の助力、心より感謝申し上げる」

「いや、いいよ。気にするな。そして急に畏まるな。普通でいい、普通で」

「こう見えて一応は組織の長だからの。本当に感謝しておるのだ。彼らは皆平等にワシの子。子が助けられ、感謝しない親などおるまい?」

「まあ…な」


 理解は出来るが、納得は出来ない。

 俺に親がいないからだ。まあ、理解出来たのならば十分なのだろうが。


 そうこうしているとエイミルが戻ってきて机の上に袋を置いた。


「受け取ってくれ。ほんの気持ちでしかないがのう」

「これは何だ?」


 置かれたのは布袋。細長く少し重そうに見える。


「これは強治癒薬(ハイポーション)の大瓶じゃ」

「強治癒薬?」

「知らぬか?冒険者でも治癒薬(ポーション)はよく使っておろう?」


 治癒薬はよく聞く言葉。

 使ったことはないが、飲んで良し、塗って良しの良薬だと聞いたことがある。


 しかし…強?


「強治癒薬はその名の通り劇薬じゃな。普通このままでは使わん。水で希釈して使うものじゃ。

 ただ、舐める使い方だと問題も少ない」

「舐める?」

「そうじゃ。少し舐めるだけで、疲労、寝不足、二日酔い、その他諸々の体調不良に効くのじゃ」


 成程。薄めると治療薬として使え、原液は劇物だが舐めるだけなら有用と。


「因みに、普通に飲むと?」

「死ぬのぉ。カイコ殿程の強者だとわからぬがな」

「…やめておこう」


 好奇心は猫を殺す。この人は兎だし、俺は人だが。


「良いのか、俺がこれをもらっても?軍でも重宝していそうだが」

「軍では薄めたものを携帯させておる。確かに貴重品であり国内製造の非売品でもあるが、相手が相手じゃから問題はない。

 感謝の気持ちが伝わると良いのじゃが…」

「十二分に伝わっているさ」


 どうやら門外不出の品らしい。

 治療薬は所変われば品変わるとも言われている。

 使い方は似ているが、その効果は品質によりけりと。


「それに、これは食べ過ぎにも効くのじゃ。必要であろう?」

「有り難く頂戴する」


 持つべきものは人の話をちゃんと聞いてくれる師団長だな!

 俺が世間話のついでに飯の話をしたことすら覚えていてくれたとは。


 何を贈ればいいのか悩んで決めてくれたことがこちらにもありありと伝わってきて、柄にもなく嬉しくなってしまい口角が上がるのを抑えられない。


 即答の後、大切に受け取った。


「して…言いにくいのじゃが…」

「なんだ?倒して欲しいドラゴンでもいるのか?」


 ドラゴンは俺でも容易くは倒せない。

 この前は偶々状況と相手に恵まれていただけ。


 前回のドラゴンはSSランクだと聞いた。もし上のSSSランク魔物であれば返り討ちに遭う可能性すら十分あるのだ。

 気軽には受けられないが、今の俺は気分が良いからな。


「受け手によってはドラゴンよりも厄介な相手じゃ」

「…それは。流石に尻込みしてしまうな。聞くだけ聞こう」

「うむ」


 話し方からして、龍ではなさそうだが……


「実はカイコ殿を紹介しろと煩い者達がおっての」

「者達?」

「うむ、首長連中共じゃ。恐らく八大列強に依頼があるのだろうが、受けるかどうかまではワシの知るところではないのでのう。

 一先ず、紹介されてはくれぬか?」


 首長ということは、この国のトップ達が紹介相手という話か。

 この爺さんが言いづらい相手というところは引っかかるが、人であるならば怖いことはない。


「構わんよ。礼だけ受け取るのは忍びなかったところだ」

「すまんのぅ。若者ばかりに苦労をかけるわい」


 エイミルから礼をしたいから来いと言われここまで来たが、紹介相手のこの爺さんも礼の品も、どちらも大変気分の良いものだった。


 ここで少しくらい苦労したところでお釣りが出るくらいには。
















「いやいや!素晴らしい若者ですな!」

「何を何を、我が娘は如何ですかな?」

「何と、賢そうなご尊顔か…いやはや、お育てになられた方はさぞご立派なお方だったのでしょうな!」


 建物を移動し、連邦議事堂と呼ばれるこの国の中枢である建物へとやって来ていた。

 そこにある円卓の間に入ると、右から左から、何を言っているのかわからないくらいに話しかけられ、さらには揉みくちゃにされている。


 全てを理解できなくとも、会話の内容が世辞であることは何となくだが理解できた。


 街へ出るまで褒められたことがなかったので、褒められ慣れてもいないし居心地も良くはない。

 しかし、師団長と元帥の顔を立てるためにもここは大人しくされるがままでいよう。


「それで、カイコ殿の今後の予定は?」


 俺に褒めるところが少なかったからか、それ自体は直ぐに収まった。

 嬉しいようで何故だかムカつくのは俺のエゴなのだろう。


「この国には立ち寄っただけだから、明日にでもここを発とうと考えている」

「…それを延ばすことは出来ないだろうか?」


 何やら真面目な話らしい。

 どれだけ褒めても梨の礫。恐らく俺をこの国に取り込む算段だったのだろうが、その行動に意味を見出せないと気付いた首長の一人が会話を試みてきた。


 この首長は狸の耳が付いており、短めの茶髪に所々白髪が混じってきている初老の男だ。

 確か名はリンドーンといったか。


「知っていると思うが、八大列強の歩みを止めることは出来ない。物理的にも、政治的にも。

 故に、内容による」


 八大列強は人類の危機に立ち上がる。

 その義務を履行させるためにも、権利を守らなくてはならない。

 そしてその権利とは自由。


「知っているとも。だから無理強いではなく、ましてや要請ですらない。ただのお願いとして、話だけでも聞いて欲しい」


 このタイミングでエイミルと爺さんへ視線を向ける。

 二人が頷いたので話だけでも聞くことにする。


 俺は円卓の下座に座っているが、二人には着席が許されず立ったままだ。

 最早友人とも知人とも言える二人が立ったままなのは居心地が悪いから早く退室したいのだが、それがまた二人の願いとあってはそうもいかない。


「良いだろう。話だけ、な?」


 おおっ……


 先程までの世辞の嵐はなんだったのか。

 俺が了承の意を示すと、会議室には安堵とも取れる声が広がっていった。

一章はあくまでも『〇〇編』といった感じで、〇〇には各地名が入ります。

ですので、章の長さは全く異なり、そこに統一性はありません。


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登場人物紹介


ラージャ・ユーナミファ(168/58元帥、男、白兎のような見た目、9割純血種、65歳)

リンドーン(172/60首長、現最年少首長、男、狸耳、50歳)

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