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「八大列強だったのですね…成程、それならばあの強さも納得というもの。
ありがとうございました。
お陰様で部下の犠牲を最小限に留められました」
茶髪猫耳の指揮官はエイミルと名乗った。
階級は師団長で、どうやら軍内ではかなりのお偉いさんだとか。
「気にするな。偶々通り掛かっただけだ」
「そう仰られても、こちらとしては・・・・」
うーん。
過度に感謝されるのはむず痒い。
ここは聞き流すとしよう。
やけにピリつく視線も感じるしな。
「ですので、良ければ街までご一緒させて下さい」
「ん?ああ…じゃあ、頼む」
「はいっ!ああ…八大列強と共に歩めるなんて…良かった…婚期を逃してまで軍にしがみついていて」
話半分も聞いていなかったが、どうやら街まで案内してくれるようだ。
どうせ宛があるようでない旅の途中。
そろそろ文明の味に飢えていた頃だし都合が良い。
そんな風に会話を続けていると、遂にその視線の主が割って入ってきた。
「早乙女って、あなた…拳王様の孫なの?」
現れたのは先程の魔法使い。
今はフードを被っており、白髪は隠れている。
「だったらなんだ?」
雰囲気は剣呑としている。
この女の態度に驚いたのか、エイミルは右往左往としている。
それは見ていて面白いものだったが、今は笑う雰囲気でもなさそうなのでやめて欲しい。
「そう…」
キリッ
そんな音が聞こえそうなほど、女の眼光は鋭さを増した。
「私の祖父も同じ八大列強よ。その名は『叡智の魔導師』!
今はあなたに届かないけど…私もすぐに八大列強になってみせるわっ!
そして、お祖父様から通り名を受け継ぎ、『叡智の魔導師』と呼ばれてみせる!」
「そ、それは…どうなんだ?やめとけ」
何故か決意表明されたが、驚いたのはそこではない。
「何でよっ!?私には無理だって言いたいのっ!?」
今にも魔法が飛んできそうな剣幕だが、女の残された魔力は乏しいのでそれはないだろう。
しかし…コイツは……
「エッチな魔導師なんて、呼ばれて恥ずかしくないのか?」
そう。変態なのかもしれない。
ん?
なんだ?何故、プルプルと震えている?
まさか、変態が爆発しそうなのか?
遠目だが、美しい白髪だと感じた過去の自分を殴りたい。
「こぉのっアホンダラァっ!!」
「いてっ!?」
己で己を殴りたいとは思ったが、別にお前に殴られたくはないぞ?
しかも、魔法使いの癖に腰の入った良いパンチだった。
コイツが闘気使いだったのなら、もしかすると八大列強になれていたかもしれないな。
「エッチじゃなくて、叡智よっ!この馬鹿!変態っ!」
「馬鹿かもしれんが、変態はそっちだろう?」
何故、俺が変態なのか。
それを許されたのはアイラとレイラ姉妹だけだぞ。
俺達が取り止めのない…生産性のない言い合いを続けていると、エイミルから声が掛かる。
「あ、あのう…そろそろ出立を……」
「そうか。悪いな。この変態が迷惑をかけて」
「悪いのはアンタよっ!この…八大列強っ!」
それは悪口なのか?
さてはお前育ちがいいな?
これまでに会った王侯貴族達は悪口を言わなかった。
いや言い慣れていない、が正解なのだろう。
中には遠回しに嫌味を言う輩もいたがな。それでもそれは嫌味であり、汚い言葉ではなかった。
育ちが良いから咄嗟に出てこないのだ。この女のように。
そんなことを考えながらでも、俺の悪口は止まらない。
俺は育ちが悪いからな?
「ふう。漸く一心地ついたな」
街まで軍と共にした後、いつも通り貴族を紹介され、ここの領主である貴族の屋敷の一室を借り受けることになった。
八大列強は人里にいる限り生活費が掛からない。
俺も慣れたものだが、ジジイは慣れなかったのだろう。
あの性格だ。
『誰かの世話になるくらいなら出ていく』
と、考えそうだもんな。
俺も借りは作りたくないが、これは例によって借りではない。
『八大列強がそこにいれば、そこは安全地帯となる』
というやつだな。
それに俺は…美味い飯を食べたいからなっ!
「ちょっと、聞いてるの?」
「だから、何でここにお前がいる?」
「お前じゃないわよっ!何度言ったら分かるのよ!この…頭悪い…でか男!」
アンジェリカ。先ずお前は悪口を学ぼうか。
「話があるって言ったでしょ?」
「…面倒な。さっさと済ませろ」
ここではフードを脱いでおり、綺麗な白髪を靡かせている。
アンジェリカのまつ毛も眉毛も白く、その瞳は碧く澄んでいた。
歳は俺と同い年。背は低く、150後半で細身。
センティア王女と同じく、美しい見た目とは裏腹に勝気だ。
そんなアンジェリカの話とは。
「貴方のお祖父様と私のお祖父様がパーティを組んでいたことは知ってるわよね?」
「いや、知らん」
「そこからっ!?」
驚かれても知らないものは知らない。
そうだったのか?
「…龍を討伐した時もそうだけど、それ以前から何度もパーティを組んで行動していたのよ。
拳王様は孤高の拳士っていうイメージが一般には広まっているけれど、叡智の魔導師は別だったの。
お祖父様が言うには、拳王様は近接戦の相手が欲しかったみたいで、近接戦の強い人と巡り会うと勝負を挑まずにはいられない時期があったらしいわ。
それが影響して、近接戦の強者は拳王様へ近寄らなくなったの。
でも、お祖父様は別。
だって、遠距離が得意な魔法使いなんだもの。
近距離が得意な拳王様は自分の得意ではない遠距離を補う相棒として、当時まだ八大列強ではなかったけど既に雷鳴は轟いていたお祖父様と旅をしていた時もあったと聞いたわ」
「そうだったのか。いや、ジジイは昔のことを一切話さなかったからな。知れて嬉しいよ。ありがとう」
百人の人がいたら、そこには百の歴史がある。
そんな風に少しだけ感傷に浸っていると、椅子に座る俺の前に立って力説していたアンジェリカは、何故か顔を赤く染めていた。
「急にしおらしくしないでよ……調子が狂うわ。
というか!貴方!拳王様のことをじ、じじいなんて失礼な呼び方で呼んでいたのっ!?」
「ジジイはジジイだからな。見たままで、決して悪口ではないぞ?」
「歴とした悪口よっ!馬鹿っ!」
馬鹿は悪口だぞ?
「それで?続けろよ」
「偉そうに…ふんっ」
いや、実に興味深い話だ。
今となっては知り得ないはずだったのだからな。
「お祖父様が八大列強となってから暫くして、龍が人の世に現れたの。
龍は天災クラスと呼ばれる通り、災害そのもの。
只人は甘んじてそれを受け入れるしかなかった。
でも、この大陸には八大列強がいた。
人々の希望を背負い八大列強は集められ、その中からパーティが組まれたの。
その時のパーティメンバーには、勿論お祖父様も拳王様もいたわ。
そして、龍を討伐した。
ううん。今となっては、討伐してしまったと言うべきでしょうね。
それは貴方も知っているはず」
「死んだのか。そのえ、え、叡智の?魔導師も?」
「?そうよ」
聞いてはいたが、やはりそうなのか。
「ここからが、本題よ」
「ん?まだ続きがあるのか?」
「当たり前じゃない。こんな昔話をするために貴方に付きまとうほど私は暇じゃないわ」
それもそうか。
これまでの話にはアンジェリカに何の利もなかったからな。
「私が八大列強になったら…」
「なったら?」
「倒しにいくわ。その時には貴方も行くでしょう?敵討ちに」
……伝えても良いものなのだろうか。
「本当は一人で行くつもりだったけど、貴方の強さを見て考えが変わったわ。お祖父様方も、協力してやっと倒せたんですもの。私が一人で敵討ちなんて、烏滸がましかったわ。
貴方も同じくらい恨んでいるでしょうしね」
……益々伝えづらい。
「悩んでいるようね?でも、それは仕方ないわ。現時点では、貴方の方が強いもの。
私を仲間にする利点が見当たらないのでしょう?
でも、安心して。
お祖父様もそうだったように、魔法使いは闘気使いよりも大器晩成型が多いの。
それは魔法が肉体に依存しづらいから。
だから・・・・・」
その講釈は知ってるよ。
それよりも……いや。覚悟を決めよう。
コイツは、アンジェリカは悪い奴じゃない。
寧ろ真っ直ぐで素直。
じゃあ、伝えないとな。例え言いづらくとも。
「意気込んでいるところ悪いが、済まない」
「そう…貴方にその気がないのなら、仕方ないわね」
「違う、そうじゃないんだ」
既に敵はいないこと。
それを伝える為、先ずは深呼吸から始めてみるのであった。
登場人物紹介
エイミル(168/58師団長、茶髪、猫耳族、28歳)
アンジェリカ・シンドローム(156/41叡智の魔導師の孫娘、白髪ロング、魔族の末裔、15歳)