3-2
「誰かっ!頼む!離してくれ…助けてくれ…逝かせてくれ…」
エイミルは嘆く。それしか出来ないのだ。
「エイミル師団長!援軍です!」
「何っ!?ええいっ!鬱陶しい!離せっ!私は冷静だ!」
「み、皆の者、エイミル様を解放するのだ!」
エイミル達が守る街に突然現れたドラゴン。
何とかここまでドラゴンを誘き出すことに成功したが、その後が続かなかった。
相手があまりにも強大だったのだ。
「援軍は?何処にいるっ!?」
この部隊は近隣の兵全てである。
援軍には一切期待していなかったが、神が味方してくれたのだ。
そうエイミルは考えたが、その援軍は一向に姿を現さない。
ここは見晴らしの良い草原なのだから見えなくてはおかしいのだ。
援軍という大所帯であるのならば。
辺りを見渡しても兵が増えた雰囲気ではない。
まさか虚偽?
そう思い、エイミルの語気が荒くなる。
「こ、こちらの方です」
「ん?一人?……巫山戯るなっ!!」
紹介されたのはたった一人。
それも女である自分よりもさらに小柄。
「彼は別に巫山戯てはいないわ」
「…見たところ魔法使いのようだが?」
紹介された人物は金の刺繍があしらわれた白いローブを羽織っていた。
その人がフードを捲ると、中から見えたのは美しい白髪だった。
「私の名はアンジェリカ・シンドローム。かの『叡智の魔導師』の孫娘よ」
「叡智…はっ!?八大列強っ!?」
「そうね。お祖父様はそうよ。私は未だ到達していないけど、いずれ辿り着くわ。
私だけだと、援軍には足りないかしら?」
エイミル達の窮地に助力を申し出たのは、白髪の魔導師アンジェリカであった。
「済まない…部下を…彼等を助けてくれ…」
かくして、エイミルはアンジェリカに助力を頼んだ。
そこからは若くして師団長へと登り詰めたエイミルの本領。
作戦を練り、残された軍とアンジェリカでドラゴンを打倒せんとする。
作戦はシンプル。
力に力をぶつける。
一方の力はドラゴン。
対する人側はアンジェリカの魔法。
ドラゴンに対抗するだけの魔法を行使する為には、時間が必要だった。
ドラゴンも馬鹿ではない。
魔力の高まりを感知すれば、先ずはそこを潰しにかかる。
そうさせない為に、常に人側は攻勢に出なくてはならなかった。そうでなくては無防備なアンジェリカが死んでしまう。
例え、どれ程の犠牲を払ったとして。
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「全軍離脱っ!!」
怒号と咆哮が鳴り止まない草原へ魔法により拡声された音が響き渡る。
流石軍隊だな。
しっかりと統率されており、一瞬にしてドラゴンの元から人の姿が消えた。
「『炎獄岩』」
と、同時に聞いたことのない魔法名が紡がれた。
その魔法を知らないから正確な威力は分からない。しかし、そこに込められた魔力は十分にドラゴンを屠れると感じ取れた。
当たれば、な。
「あ…」
魔法はここからでも感じ取れるほどの熱波を放ちながら、高速でドラゴンへと迫る。
しかし、ドラゴンもこの機を逃すまいと強大な魔力を溜める魔法使いへ迫るように動いた。
それが命運を分けた。
ドーーーン
質量と高熱を纏った魔法は着弾と共に爆ぜた。
その威力は目を見張るものがあったが、残念ながら狙った場所には着弾しなかったようだ。
『グルルルルッ』
爆炎が晴れると、そこには片翼に大穴が空いたドラゴンがいた。
ダメージは重そうだが、戦意は喪失するどころか先ほどよりも増しているように感じる。
「さて。この後は……どうやら、手詰まりのようだな」
この後に二の矢三の矢があるのかと期待したが、どうやらあれが最初で最後のチャンスだったようだ。
兵士達は動ける者で塊となり、ゆっくりと後退している。
俺は深呼吸の後腰の剣を確認し、木陰から飛び出すのであった。
「刺激するなっ!向こうの傷は深い!ゆっくりと後退するのだ!」
指揮官の声が聞き取れるまでに迫っていた。
だが、未だ俺は見つかっていない。
理由は単純で、皆の視線が前方のドラゴンに集中しているから。
だから、横合いから迫る俺には誰一人として未だ気付けないのだ。
故に声を出す。
「助力は必要か?」
もう、身を隠す必要はない。
闘気を使い、高速でドラゴンと軍隊の間に割って入り、声を掛けた。
「だ、誰だ!?」「また!?」「こ、今度は強そうだぞ!?」
またって何だよ。
まあ、良い。
「俺がアイツを倒しても良いのかと聞いた」
コイツらは命を賭けていた。
横取りは恨みを買うかもしれん。それはつまらんからな。
俺だって、もしあの茶龍が生きていたら横取りされたくないと思うだろう。例え、命懸けになったとしても。
「馬鹿者っ!ドラゴンを刺激するなっ!攻撃してきたらどうしてくれるっ!?」
「だから困るだろう?ほら。早く答えないとドラゴンが動き出すぞ?」
ドラゴンは先ほどの攻撃を受け、慎重になっているに過ぎない。
そしてすぐにでも気付くだろう。
あの攻撃はもう来ない、と。
「冒険者と見受けた。ランクは如何に?」
これまでの兵士とは違い、冷静な声にそちらを向く。
そこにいたのは茶髪に猫耳の女だった。恐らく30前くらい。見た目が人族と同じであるならば、だが。
「Bランクだ」
「…悪いことは言わない。我々と共に退け」
折角Bランクに上がったが、その評価はこんなもの。
冒険者と魔物のランクはSSSまであり、ドラゴンはSからSSSランクまでの珍しく幅の広いランク帯を持つ魔物である。
つまり、Bランクなど何の役にも立たないと。
この女は優秀なのだろう。
この状況でも飛び入りの冒険者の身を案じ、それによりドラゴンを刺激しない方向へと誘導している。
「ドラゴンを放棄したと受け取ろう」
良いな?とは聞かない。
返事は決まっていて、時間の無駄でしかないから。
「ま、まてっ!」
「安心しろ。すぐに終わる」
女の声を無視し、ドラゴンへと向かいゆっくりと歩を進める。
ゆっくり歩くにも理由はある。
戦場とそこから下がり続けている兵士達の距離を少しでも離したいが為だ。
手負とはいえ初めての相手。
ドラゴンは魔法も使うと聞いているから、距離が離れているに越したことはない。
放っておけばこの兵士達は全滅しているだろうと思うが、被害が少ないに越したことはないからな。
数歩また数歩と、着実にその距離は縮まっていく。
「馬鹿者が…」
「エイミル様。どうされますか?」
「…我々は撤退する。もしあの男が時間稼ぎにでもなってくれるのなら、我々の助かる可能性は増えるからな」
体内の魔力を徐々に活性化させていく。
所謂闘気使いと呼ばれる状態になると、身体能力が飛躍的に上がるのだ。
だから、今の俺には遠く離れた兵士等の会話も聞こえる。
『グルルルルッ…』
ドラゴンまでは残り20m。
既に間合いへと入っているはずだが、ドラゴンに動きはない。
「やはり知能が高いのか」
その辺の魔物のように低脳であれば、恐れることもなかっただろうに。
「どうだ?勝てない相手は初めてだろう?」
『グルッ…ルル…』
これまでの魔物と比べて少し賢いくらいでは、人の言葉を理解することはできない。
だが、相手の強さが分かる程度には賢いようだ。
洞窟の周りの魔物は魔力の扱いに長けていた。
故に、俺とジジイがいる洞窟近辺には近寄りもしない。
このドラゴンも同等かそれ以上に魔力の扱いが上手いのだろう。
活性化させた俺の闘気を敏感に感じ取り、警戒度は高まっている。
「死ぬ前に見せてやろう。絶望をな」
最早威嚇することすらなくなったドラゴンに対し、全力を出すことに決めた。
「これが早乙女流の闘気だ」
内に秘めた魔力を解放した俺の周りには、漏れ出る魔力が着色された湯気のように可視化される。
「手負いを痛ぶる趣味はない」
ドラゴンまでの距離は凡そ20m。
その距離を一瞬にして縮め、地を蹴り剣を一閃した。
上空にてドラゴンと視線が混じるも、それは一瞬の出来事。
飛び上がった勢いのまますぐにドラゴンの頭部を抜き去った俺は、その勢いを殺すことなくドラゴンの背を越えて地面へと着地する。
抜き身の剣に血糊が付着していないことを確認すると、それを腰に戻した。
シャリィィン…チャキッ
鞘と刃が擦れる甲高い音の後、ドラゴンの首は胴体と斬り離され地面へと向かって落ちて行った。
ドォォンッ
首が斬り落とされたドラゴンだったものは横倒しに倒れ、その巨大に見合う量の砂塵が草原へと舞うのであった。
蚕に弱者を嬲る趣味はなく、又早乙女流に油断もありません。
故の全力です。