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悪魔の落とし子  作者: ふたりぼっち
山籠りの老師に拾われた子、人里に現る
37/116

3-1

 






「エイミル様!お下がりください!」


 全身鎧に身を包んだ男が叫ぶ。

 鎧の左胸にはここ『アビス首長国連邦』の国印が刻まれている。


「私だけ下がれるものかっ!」


 エイミルと呼ばれた女性もまた同じ鎧を着ていた。

 その鎧は他とは違い、装飾が多めではある。

 それもそのはず。

 この女性がここの指揮官であり、現在巨大な魔物と交戦中である千人もの軍のトップなのだから。


「皆の者!エイミル様を止めるのだ!多少の乱暴は許す!何としても国へと連れて帰るのだ!」

「「「はっ!」」」


 命令された軍人達は、数の利を生かし指揮官を抑え込んだ。

 その身に秘める魔力から、エイミルが強者であることは間違いのない事実。しかしそれも数の前では意味をなさなかった。


「やめろぉっ!私が行かねば…皆が、皆が死んでしまうっ!」

「エイミル様!相手は災厄のドラゴンです!一人加勢したところで戦況は変わりませんっ!」

「くっ……」


 何かしらの理由により、ドラゴンを討伐しなくてはならない様子。

 戦況は側から見ても最悪の一言。

 どう足掻いても、このままでは全滅を避けられそうにない。


「た、頼む!だれかぁあっ!何でも願いを叶えてやるっ!だから…だから頼むっ!アイツを…災厄のドラゴンを倒してくれぇ!」


 エイミルの悲痛な叫びだけが虚しくも広がっていく。


 その視線の先では、ドラゴンによって阿鼻叫喚の地獄絵図が繰り広げられていた。





















 〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓


「あれ?また同じ道じゃないか?」


 王都センティアを出立してから丸三日。

 俺は絶賛森の中を彷徨っている。


「行けども行けども、周りには木しかない」


 この旅での俺の移動速度は、凡そ常人の倍ほどのもの。

 その速度でも未だ大森林を抜け出せないでいた。


「最後の村はなんて名前だったかな」


 昨日泊まった村がミシェットガルト王国最後の村であることは村民に確認済み。


 つまり、この先には見えない国境があり、他国に足を踏み入れることになる。

 普通であれば。


「森が切れたらそこが国境だと聞いていたのだが…未だその気配はないな」


 そう。普通の国境であれば目に見える境界線などないが、この国は少し特殊だ。

 その国土が全て大森林の中で完結している。

 故にそこから脱した時、それが他国へと国を跨いだ証となるのだ。


「わかりやすいのは結構。しかし…ずっと景色が変わらんから、道が合っているのかわからないのが難点ではあるな」


 俺の旅はまだまだ続きそうだ。












「森が切れたぞ!」


 やった。俺は遂に脱したのだ!

 いやまあ、ミシェットガルト王国は良い国だったのだが。

 それとこれとは別問題というやつだな。


「おお…山といっても千差万別。中々に雄大な景色だ」


 森の切れ目へ一直線に駆けると、そこから見える景色は初めて見るものだった。

 事実、ここへ来たのは初めてなのだが、そういう意味ではなく。


「木が生えていない山というのも、中々見応えがある」


 そう。こちらの山岳地帯は俺が育った山とは違い、無骨な岩肌を晒していた。

 現在の季節は夏を過ぎた辺り。

 恐らくそう遠くない内に山の上の方では雪が降るだろう。


「越えるにはちょうど良い季節だ」


 木が少ないということは、日陰がないということ。

 夏であれば逃げ場のない暑さが襲ってくる。

 冬になれば遮るもののない冷たい強風が吹き荒れるだろう。


 故に、丁度いい季節。


「確か次の国は…そうだ。アビス首長国連邦だったな。

 確か幾つもの種族で構成されている国だったはず。

 帝国とも王国とも違う制度。

 それも少し楽しみなんだよな」


 俺はその制度に縛られない立場。

 だからこそ、色々と楽しめるというもの。


 見上げる山は雲よりも高い。

 それでも山である限り地は続いている。俺は意気揚々と登山を始めるのであった。



















 〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓


「お祖父様ぁぁあっ!!?!」


 黒く焦げた広大な大地へと跪き、その大地へ向かって慟哭を上げる少女。

 辺りには草木一本たりとも生えていない。

 まさに不毛という言葉そのもの。


「アンジェリカ様…この様子では何も遺されていません。残念ですが…御師様は…くっ…」


 アンジェリカと呼ばれた少女の傍には黒いローブに身を包む女性が立っていた。

 その女性もまた悲しみを抱いているがそれを押し殺し、気丈にも少女の背を摩っている。


「ごめんね?悲しいのは私だけじゃないのに…」

「いえ。ご家族を亡くされたのです。アンジェリカ様の悲しみは計り知れません。それにしても…これが、龍ですか」

「ええ…規格外ね。街が…文字通り跡形もなく消えるなんて」


 真っ白なローブに身を包むアンジェリカは返答と同時に白いフードへと手を掛け、日の元に自身の顔を曝け出した。


 フードの中から現れたのは何物にも染まっていない純白。

 先祖返りだと周囲から騒がれたその白髪は、昔の物語によく出てくる有名な魔族という魔法に特化した種族の証。


「お祖父様…必ずや、仇を」

「アンジェリカ様…私は反対に御座います。『叡智の魔導師』と呼ばれていた御師様でも敵わなかったのです。叡智の魔導師、その正統後継者であるアンジェリカ様の身にもしものことがあれば…私は御師様に顔向け出来なくなってしまいます」

「今すぐではないわ。いずれ…お祖父様と同じ八大列強となった暁には…きっと…ううん。必ず、その龍を打ち倒してみせるわ」


 前八大列強であり、最期は最高位の序列三位でこの世を去った『叡智の魔導師』。

 叡智の魔導師もまた、アンジェリカと同じく白髪としても有名であった。


 茶龍により滅ぼされた街の一つ『イスタープラ』。

 そこに墓標が並べられるのは、これよりまだ随分と先の話である。


















 〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓


「ん?多くの反応が…」


 勢いづいていたが、山を登る前に一旦冷静になり、麓で一泊した後で登山を開始した。

 そして昨日見えていた山を昼前には越えたのだが、その先も中々の山道が続いていた。

 行きよりなだらかではあるし、少し低い位置には草原なども見えている。


 なので、精神的には落ち着いて散歩のような気分だった。

 先程までは。


「まだ距離はあるが、これは…」


 俺の魔力探知の精度は日に日に磨かれている。

 切っ掛けを掴めたから、一度にスキルアップしたともいえる。

 恐らく反応の多い人里での暮らしが功を奏したのだと思う。

 そんな今では、以前よりもかなりの広さを探知することが可能となっているのだ。


「反応が多過ぎて不確かだが…これは千に迫るぞ」


 さらに、二つほど飛び抜けた反応も捉えていた。


「魔物はスタンピードの時くらいしか集団行動をしない、ということを念頭に置くと…やはり、人なのだろうな」


 俺の目的は世界の美食…ではなく、最強。

 もし、強者がいるのであれば、そこは避けて通れない道なのだ。

 未だ見ぬ美食を求めての行動ではない。

 そう。決して、そうではないのだ。


 誰に言うでもない言い訳を思い浮かべた後、その反応に向けて走り出した。







「何だあれは…いや、アイツらも」


 気配を殺しながらの疾走であったが、目的地には割とすぐに辿り着くことが出来た。

 周囲は草原となっており、辺りには木もポツポツとだが生えている。

 そんな木陰から覗き見る俺の視線の先には、灰色の体色をした全長20mに迫るほどの大きな身体を持つ魔物が。


 そして、その魔物を囲むように対峙しているのは何処かの兵士。

 既に何人もやられているようで、巨体の足元には兵士達が倒れていた。


 その兵士達もおかしい。いや、魔物は大きいだけでおかしくはないのだが。


「魔物は…ドラゴン…か?」


 王城の書物に描かれていたドラゴンの姿絵そのものだ。


「あの犬耳や猫耳、熊耳は獣耳族…だろうか?」


 倒れている兵士の中には鎧兜が取れている者も多数いた。

 その兵士達の頭の上には普段見慣れない…というか、見たことがない獣耳が付いている。

 これも書物で学んだ『獣耳族』の最たる特徴。


「お。強い反応が動きそうだな」


 明らかな劣勢であるにも関わらず、その指揮は高いように見える。

 それには何かしら理由があるのだろう。

 例えば、命よりも倒すことを優先する何かがあるのか。

 又は、倒せる何か秘策があるのか。


 それはおそらく後者。


 反応からも、あのドラゴンに対抗出来そうな者は一人しか存在しない。

 その者が動くのを兵士達は待っているのだろう。


「白いローブ。魔法使いか」


 魔法使い。

 大陸の常識として、闘気と魔法は両立し得ないというものがある。

 俺は両方使えるが、普通は片方だけとのこと。

 ジジイが魔法を使えなかったのは、ジジイが闘気使いだったからというわけだ。


 例外として、あの龍族も俺と同じ闘気と魔法の両方を使う。それは有名だから誰もが知るところ。


「一撃で決められる、か。全てはそこに掛かっていると」


 俺の評価では、あのドラゴンと魔法使いの強さは拮抗している。

 魔法使いが上だとは思うが、それは魔力反応だけの話。防御力、攻撃力、体力など全てを合わせるとドラゴンに分があるのではと推測する。


 故に兵士の犠牲は、防御力と詠唱時間を稼ぐための犠牲だったのだと気付いた。


 魔法は、込める魔力と詠唱の長さと正確さで威力が決まるからな。


「さて、どうなるか」


 状況がわからないので手を出すべきか悩んでいる。

 という訳でもない。

 今俺が出て行っても、戦場が混乱するだけだ。

 折角の魔法も不発に終わるかもしれない。

 それならば、結果を見てから。


 ある意味で初めて見る他人の実戦闘。

 そこに少しだけ心躍るのは不謹慎か。

 それとも、それが俺の(さが)なのか。


 冷静に戦場を見つめていた。

序列について。

拳王は最高位三位でしたが、死ぬ間際は七位までその序列を落としていました。

それは他の者達が強くなったこともありますが、本人の老化が主な要因です。

そこにきて、叡智の魔導師は肉体にあまり依存しない魔法使い。

ですので、歳を重ねても衰えるどころか、その技量は研ぎ澄まされていったわけです。

もちろん、全く老化を無視するわけではなく、少しずつ魔力という力も衰えていきます。

あくまでも肉体より衰えづらい。

その程度の認識でお願いします。


ですので、衰える魔力以上に技量を磨けば、何歳になっても昨日の自分を超えることが可能なのです。

全盛期の拳王と叡智の魔導師のどちらが上かは明言を避けますが、叡智の魔導師の最期の瞬間が、彼の人生の中で最も強かったことは事実です。


以上、補足となります。

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