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悪魔の落とし子  作者: ふたりぼっち
山籠りの老師に拾われた子、人里に現る
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閑話 すれ違いの兄弟

 





「貴方は兄なのだから、我慢なさい」


 母から受けた叱責により、少年の心に泥が溜まる。


「兄を見習い、その様に振る舞いなさい」

「はい!ははうえっ」


 母からの指導に、満面の笑みで応える少年。


「それが弟の手本となる兄の姿なのか?」


 父からの言葉に、少年の心にまたも泥が溜まる。


「お前は兄よりも優秀だ。そのまま頑張りなさい」

「父上。兄上は兄上です。あまり大っぴらに比べぬようお願いいたします」


 父からの言葉に、また溝が深まると不安になる少年。

 国王である父もまた一人の人間だ。

 少年はそう考えたが、王は王であった。


「平時であれば、お前達を競わせるようなことはしなかった。許してくれとは言わん。恨むのだ。この愚王を」

「何を。陛下のお力により、帝国が易々と攻め込めないのです」

「王子の立場であれば、余もそう思うだろう。だが、余は王である。故に、結果だけではなく現実も見なくてはならぬ。それがどれ程目を背けたい現実であっても。

 スバルフスキー、其方には友がいるであろう?王になるとそれすらも居なくなってしまうのだ。

 王とは孤独なモノ。息子達にはそうなって欲しくないものよ」


 立場上、誰かと同一視されてはならない。国王とは如何に気の許せる者がいたとして、それらを友と呼ぶことが出来なくなる。そして、気を許すことも。


「直に我が国は乱世へと突入する。帝国のある限り、安寧の世は訪れないだろう。

 その時、国が求めるのは強く賢い王である」

「はい」


 少年はそう応えるも、心の中では別の考えを捨てきれずにいた。

『ここから兄上が頭角を現せばいい。そうなれば、私は兄上を支え、国を守ることに』


 少年は少年である。

 如何に才覚に恵まれていても、まだまだ年長者に期待してしまう年頃。

 走っても、剣術でも兄には遠く及ばない。

 たったそれだけのことで、兄という幻想は大きなモノとして少年の思想にこびり付いていた。


 故に、王へ嘘をつく。

 自分は将来兄を支える身。今は兎に角その時に備えて勉学に励めば良い、と。


 それが、その姿勢が、兄にとって大きなプレッシャーになることを、幼い少年には気付きようもなかったのだった。













「母上!珍しい茶葉が手に入りました!飲みましょう!」


 王である父からはいつも値踏みしているかのような視線を感じていた。

 会えば『弟は…お前は…』と、比べられるまでもなく叱責される。


 いつしかそんな王とは疎遠となり、厳しくも決して突き放すようなことはしない母へと依存していた。


 それに拍車をかけたのが周囲の声。

 初めは同情の声も多かったが、今では良くて憐れみ。殆どは否定的なモノだった。


「貴方にそんなことをしている暇がありまして?良いですか?次期国王となるために努力しなくてはならない時期なのですよ?」

「重々承知しております。今日も帝王学の講義が終わったので、こうして馳せ参じたのです」

「…はあ。良いでしょう」


 貴方の弟はその後も筆を下ろさない。

 とは、言えなかった。


 国王と比べ、自分が息子に甘いことは承知の上。

 それでも、自覚していても突き放せない。

 自分まで突き放せば、この子には誰も居なくなってしまう。


 そんな母心を捨てることが出来ない自分は王妃失格だと、スバルフスキーへと心の中で謝罪した。

 全ての責は、もう一人の息子へ将来降り掛かってしまう。

 それがわかっていても、『あの子なら』と期待して任せてしまったのだ。


 それによりこの兄弟には、修復不可能な溝が出来てしまうのであった。
















「この国は代々長男が世襲してきた」


 第一王子であるユーフォルニアは、現実から逃げている。


「兄上は自身の出来る限り努力しているのです。ちゃんと見てあげてください」


 第二王子であるスバルフスキーは、現実に抗おうとしている。


「あの子に…人を率いることは向いていないのでしょう」


 王妃は、諦めていた。


「次代の王はスバルフスキー。しかし、この国は今まで例外なく長子が継いできた。頭の硬い貴族共をどう黙らせるか…」


 王は悩んでいた。


 貴族達には貴族達の戦いがある。

 それは時に権力争いと言われ、時に武勇伝として語り継がれているもの。


 大森林に身を置くミシェットガルト王国は、建国時から大きな争いはなく、戦争を知る貴族家も少ない。

 故に、危機感が足りない。


 貴族達は現状を楽観視している傾向にあり、王はそれを見て『これが国の潰える光景か』と半ば納得もしていた。


 しかし、最期まで抗うのも又王族の使命。

 その抗いの終着点は、スバルフスキー王即位というものになる。


「如何に優秀な息子でも、この窮地を脱せられるとは思っておらん。しかし、抗わなくてはならんのだ。

 先祖に顔向けする為にも、国の為にも」


 優秀な国王へ代わったとて、途端に国が裕福になるわけではない。

 食べ物も降ってこないし、金も湧いて出てこない。


 それには時間が必要だが、その時間もあまりないと実感していた。


「何かないものか…本人に相談……いや。兄に期待しすぎているスバルフスキーのことだ。到底受け入れられまい」


 兄からは目の敵にされている。

 それでもいつかきっとと、スバルフスキーの幻想は消えていない。

 それは幼少期の思い出がそうさせるのか。立派な王であってもまともな父ではなかった国王には、どれだけ頭を悩ませてもわからないことだった。
















「まさか、この様な形で動きがあるとは…」


 その日、城を訪れたのは帝国からの使者。

 その者が持って来た書状には、婚姻の相談が記してあった。


 これが第一王女と皇帝の弟の見合い要請である。



 それより少し後、国に新たに認められた八大列強がいることが明らかとなる。


「父上。これは千載一遇の好機です」


 スバルフスキーから齎された策を聞き、国王の視点からもそれならばと思えた。


「スバルフスキーよ。確かにその策であれば()()問題もなくなろう。して、その後はどうする?」


 第二王子の策ではその場凌ぎにしかならない。されど、今はそれが重要だ。


「その策を許可するに一つ条件がある」

「条件ですか?」

「うむ。其方が次代の王となれ」


 今後十数年は安泰かもしれない。だが、その先は?

 そう考えた時、次の国王がユーフォルニア王子では心許なかった。

 ならばその憂いも一度に晴らそう。

 そう考え、スバルフスキー王子へと王太子へなるように命じた。


 兄妹想いの優しい子。

 その優しさが時に枷になることも、王は同時に学ばせる算段であった。

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